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【SS】お待ちかねのスイーツタイム
しおりを挟む「えー・・・・・休業します」
「「「「「は?」」」」」
いつもの朝礼の時間。
唐突に宣言した私の言葉に、その場にいたスタッフが声を揃えて返事をした。
そんな声が出たのも無理からぬ事と言えよう。
でも仕方がない。
・・・・・恨むならメインシェフを恨んでください。
□ ■ □
「え、な、なんで?」
「上手くいってんじゃねえか?」
「どうしたんですか!? はっ!!!わ、私何かしましたか?」
「落ち着け、万里。
いったいどうしたってんだ?響子?休業だなんて何かあんのか?」
「えーと・・・・・」
「お待ちください、響子さん。私から説明します」
言いよどむ響子を抑え、東堂さんが進み出た。
俺達フロアスタッフ4人を前にして、こほん、と1つ咳払い。
そうやって俺達に聞く姿勢を取らせた。
ひそひそと話し込んでいた康太と大亮も改まる。
「休業、といっても数日の話です。
メインシェフである巽君が急遽、海外のレストランへ出張へ行くことになりまして」
「へ?」
「海外?」
「そうです。以前お世話になっていた方の代理、という事のようですが」
「もしかしてそれって、・・・・・巽さんが前に世話になってたオーナーシェフか」
「ええ、そうなの。何でもフランスで大きな会合みたいなものがあるんですって。
今回その方が体調を崩されていて、参加できないそうなの。
本人は無理をしてでもって言っているんだけど、現地に行くのも大変でしょう?
そこで浩一朗に白羽の矢が立ったみたい」
「なんで巽さんなんだ?」
「そこのレストランの奴が行くもんなんじゃねえのか?」
康太と大亮の疑問も最もだ。
以前世話になっていたとはいえ、巽さんはすでに別の店の人間だ。
普通なら、その同じ店の人間が出るものなんだろうが・・・・・
「・・・・・開催側の意向、だそうですよ」
「開催側の方が、以前浩一朗がいた時にお店に食べに来た事があるんですって。
『彼の味ならば十分代わりを勤められる』って・・・・・」
「そういう事か。向こうで何か料理を振舞うんだな?」
「というか、何かのコンテストみたいなのよ・・・・・
内輪の集まりに近いのだそうだけど、特別にあのオーナーシェフさんが腕を奮ってたらしいの。
だから同じ味を知る浩一朗じゃないとダメみたい」
「「・・・・・」」
「す、すごいです」
「なんだか途方もねえ話だな?そういう話って事は、お偉いさんが来るのか」
「そういう事のようですよ。ですので生半可な腕では意味がないそうです」
「「「・・・・・」」」
「それじゃあどうしようもねえな?
巽さんじゃねえとダメって事はウチも閉めないとな」
「一応、土屋君にも打診はしたのよ?」
「今もキッチンで説得しているみたいですけどね」
「彼、結構頑固だから・・・・・」
「あー・・・・・あいつの事だから、巽さんがいねえのにやるわけにはいかねえってか」
「「その通り」」
□ ■ □
メインシェフの不在。
ということで、最初は土屋君に代わりをお願いしたのだ。
ランチタイムだけで構わないから、やってもらえないかと。
彼が入った初日、体調を崩した浩一朗の代わりにランチのシェフをやってもらった。
数日間キッチンで腕を奮ってもらっていたのだが、ディナーを始めてからというもの・・・・・
彼は浩一朗の腕に心酔してしまったらしく、浩一朗がいないならばやらない、と言う様になってしまった。
いやいやいや、それじゃ意味ないから・・・・・と説得してもらっているのだが。
「なんか・・・・・嫌みたいで・・・・・」
「なんだってんだよ?シェフなら誰だって腕を奮いたいんじゃねえのか?」
「いや、浩一朗に心酔しきっちゃって・・・・・
1人でやるのは『まだ』早いって一点張りなのよね」
「・・・・・『まだ』って事は」
「ええ、浩一朗の留守を任せられるくらいになりたいって思ってはいるみたい。
だけど、それは『今』じゃないみたいなのよね。
こればっかりは本人の気持ち次第だから、私も東堂さんもどうにもできないの。
それこそ、浩一朗みたいに同じシェフの人じゃないとわからないかも」
「お手上げだな」
「降参ですね、今回ばかりは。
まあ、この際ですし数日休暇と洒落込んでもいいのではないかと思いまして。
幸い、ウチのオーナーもそう思っていますし」
「うん、たまには連休もいいんじゃない?ずっと休み週1だったし」
「まあな、シーズンオフでもあるから旅行も安いだろうし」
久々の休み、という事にそれぞれ気持ちをシフトチェンジしだした時。
キッチンから1人出てきた。
話が終わったのかな、と振り返ると・・・・・
「響子さん」
「ん?どうしたの総悟君」
「・・・・・ちょっと、話があるんだけど。いい?」
くい、と2階を示す総悟君。
東堂さんもどうぞ、と仕草で示してくれたので、私は2人で上に上がった。
オフィスに入り、応接セットに腰を下ろす。
普段ならたわいない話を始めるところだけど、総悟君は真剣な顔をして私に向かった。
「ねえ、本当に休みにするの?」
「うーん・・・・・代わりになれそうなサブシェフさんがあれじゃあねえ。無理矢理やらせるのも違うし。
たまの連休っていうのもいいかなって思うから。総悟君は嫌?」
「・・・・・嫌っていうんじゃ、ないけど」
「?」
怒っている、というのでもなさそうだ。
何かを伝えるのを迷っている、というのが正しいかもしれない。
普段意見を真っ直ぐに伝えてくる彼にとっては、珍しい事。
何を話すのかな、と思って私はじっと待ってみた。
「・・・・・あのさ、キッチンなんだけど、僕がやっちゃダメかな」
「え?」
「勿論、僕は巽さんみたいにパスタとかあそこまで作れないよ?
だから、スイーツのみになるんだけど」
「・・・・・何か案があるのね?」
「案っていうか、こういうのもアリかなぁって」
総悟君が話したのは、こんな提案だった。
いつもランチタイムからカフェ、時間を置いてディナータイム。
サブである土屋君が来てからそういう経営にしてきた。
勿論客入りも上々。たくさんではないけれど、黒字経営にはなってきた。
「ランチタイムから通しで、スイーツのみで営業って事?」
「うん。ただのカフェになる訳だけど。
一応サンドイッチくらいなら対応はできると思うし。
軽食くらいなら、柊が作ってくれると思うんだよね。
『本格的な営業』だと巽さんに遠慮してやらないだろうけど、ちょっと特別営業にすればやると思う」
ちなみに、総悟君と土屋君は気が合ったのか、お互いに名前を呼び捨てにし合う仲だ。
2人ともすごくお喋りする方ではないんだけれど、ウマが合うってこういうことをいうのかしらね。
「成程ね・・・・・カフェ営業だけにすれば、スイーツにちょっとした軽食で済むか」
「うん。期間限定のケーキバイキングみたいな感じにしたらいいかなって」
「軽食も普段出さないような物を作ればいいわよね」
「そうだね、そうすると僕もケーキいっぱい作れて気分いいしさ」
「いいわね~~~女の子いっぱい来るかしら?」
「多分ね? でも時間区切らないと延々動かない人出るかもね」
「・・・・・えーと、時間区切ろうかな」
「じゃあ、決定って事でいい?」
「そうね・・・・・」
パティシエ本人がこれだけやる気を出してくれているんだから、やらない手はない。
それでなくても普段人気があるスイーツ。
シェフ不在であっても、売り上げがかなり見込める事は間違いない。
浩一朗がいなくなるのは2週間後。
今から準備や告知をすれば十分間に合う・・・・・よね?
私が色々と脳内シミュレーションをしていると、静かなノックの音。
「はい」
「失礼しますよ。・・・・・お話は終わりましたか?」
「うん、言ったよ。OKだって」
「そうですか。では準備にかかりましょうか」
「山崎君と打ち合わせしてくるね。あと柊はこっちで説得しとくから、任せておいて」
「頼みますよ。巽君にも一口かませれば一発でしょう」
「OK。じゃあメニュー決まったらまた話に来るね、響子さん」
なにやら東堂さんと示し合わせたような会話。
あれ、もしかして。
東堂さんと目が合うと、彼は苦笑して私の向かいのソファへ腰掛けた。
「すみません、彼から相談を受けていたんですよ」
「なんだ、ご存知だったんですね?道理で話がすんなり・・・・・」
「私としても面白い企画だと思いまして。
響子さんならきっとOKすると思いましたよ。何よりあの泉君がやる気ですから」
「・・・・・そうですね」
思わず笑みがこぼれる。
真剣な瞳。悪戯を考え付いたようなキラキラとした瞳の、翡翠の輝き。
新しいメニューを考え付いた時と同じような総悟君に思わず見とれてしまったものだ。
「営業を止める事、彼なりに真剣に考えていてくれてたって事ですかね」
「そうですね。彼も自分なりに店を休業とする事のリスクを考えていてくれたんでしょう。
休暇というのも確かに魅力的ですが、当店の味を楽しみにしてくれているお客様にはがっかりさせてしまいますしね」
「とはいえ、今回の企画はお客様の中でも女性陣の目の色が変わりそうですけど」
「おや、すでに旭君はかなりのやる気を見せていましたよ」
「え」
「上でお話している間に、下の人間には説明しておきました。
火原君と森谷君は休みよりも、店に来る方が楽しいそうです。
確かに、休みも必要ですけれどね」
「手回しが良くて助かります」
「とはいえ、巽君が留守にするのは4日ほどです。
スイーツフェアにするにしても、3日ほどにして2日は休養に当てましょう。
巽君にも1日くらい休みをあげないと、キッチンで当たられても困りますからね」
「あはははは、そうですね。
じゃあその日程でやりましょう。店内にもきちんと告知しないといけませんね」
「ええ、ディナーの予約も切らないといけませんね。
HPに関しては火原君に一任していますから、伝えておきます」
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ。お礼を言うのは私達の方ですよ」
「え?」
東堂さんは優しく微笑み、口を開く。
「スタッフやシェフの我侭に付き合ってくださるオーナーは貴重ですからね」
「・・・・・そ、そういうものですか」
「ええ。普通なら一笑されておしまいですよ。
本格的なレストランの営業を止めて、スイーツカフェにしようっていうんですから」
「よく考えたら、そうですね・・・・・
私、ケーキがいっぱいってすごいなあくらいにしか思ってませんでした」
「ふふふ、そういうオーナーですから私共スタッフの腕の奮い甲斐があるというものです。
当日のインテリアや細かい所は、旭君がやるそうです。
火原君と森谷君が手伝うそうなので、心配ありませんよ。
サポートは私と金子君がしますからね」
「はい、お願いします」
「さてさて、暴走しがちな旭君を諭してくるとしますかね」
ふふふ、と不適な笑みを浮かべて立ち去る東堂さん。
まるで小さな子犬をしつけるブリーダーのようだ・・・・・
確かに『泉さんのスイーツ命!』の万里ちゃんを抑えないと大変な事になる気がする。
賑やかな階下の声を聞きながら、私は階段を下りた。
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