夢見るディナータイム

あろまりん

文字の大きさ
上 下
51 / 59

47皿目

しおりを挟む


ほんの少しのドレスアップ。
車から手を取って降ろしてもらう事なんて早々ない。

ライトアップされたレストランはとても綺麗で。
うっとりしてしまうくらい。



「おい、こっちだ」

「ちょっとくらいひたらせてくれてもいいと思うの」

「あん?・・・・・女はいつもそう言うな」

「『いつも』って言うだけ女性を連れてるってことね、ご馳走様」

「あのなあ・・・・・」



□ ■ □



そんな軽口もいつもの事。
でも、こういった本格的なフレンチレストランにディナーに来る事なんてない。
それこそ何かのイベントでもない限りは。



「いらっしゃいませ」

「予約していた巽だ」

「・・・・・お待ちしておりました。どうぞこちらへ」



ボーイさんが案内してくれたのは個室。
でもフロアも見れるお席だった。



「奮発しちゃった?」

「いや・・・・・普通の席で予約した気がすんだが」

「・・・・・お間違え?」

「多分あの人が気を利かせてくれたんじゃねぇのか?」

「なるほど。・・・・・ありそうね?それより」

「ん?」

「さっきのボーイさんはお知り合い?」

「ああ、俺が居た頃からの古株だ。顔を覚えてたんだろ」

「そういうこと。・・・・・ちょっと驚いたような顔してたから」

「あんな出て行き方をしたシェフが、客としてくるとは思ってなかったんだろうよ」



そうか、浩一朗はオーナーシェフと揉めた末辞めた、って事だったっけ。
2人の間では暗黙の了解として道を分けたのだろうけれど。
その他のスタッフにしてみれば『クビになったシェフ』なんだろうな。

そう思うと、さっきのボーイさんの戸惑いも頷ける。



「人が多いとしがらみとか多そうね」

「まあ、そうかもしれねぇな。俺はあんまり好かれちゃいなかったし」

「・・・・・そうやってむっつりしてたら『近寄るなオーラ』出るものね」

「うるせぇ」



席に通され、寛いでいるのだけれど。
いつになってもメニューを聞きに来ない・・・・・。

ていうかそもそもテーブルにメニューの【め】の字も見当たらないんですけど???



「ねぇ浩一朗」

「なんだ」

「予約したときにメニューも決めたの?」

「いや、見て決めようかと思ってたんだが・・・・・ねぇな」

「そうよね?ていうかこの店、普通テーブルにセッティングしないの?」

「・・・・・どうだったか記憶にねえな。多分置いてたとは思うんだが」

「ないわね・・・・・」



そう、テーブルにはナプキンとお水の入ったワイングラスだけ。
カトラリーは後から持ってくるのかもしれないけれど。

そう思っていると、ノックの音と共にソムリエさんが入ってきた。



「失礼致します。食前酒です」

「おい」

「はい、なんでしょうか」



浩一朗の問いかけにも紳士的な振る舞いを崩さない。
多分この人も浩一朗を見知っているだろうに。



「俺達はまだ注文もしてねぇんだが」

「はい?・・・・・ああ、お伝えしていないのですね。
本日はオーナーシェフ自らが全てのご注文をしておりますので」

「・・・・・え?」
「なんだって?」



ソムリエさんの説明によると。
浩一朗が入れた予約を見て、オーナーシェフさんは部屋をここに変更。
ディナーも自らが腕を奮う為に、全てのメニューを選んだと・・・・・。



「・・・・・」
「・・・・・」

「ですのでご注文は全て承っておりますので。
料理も今日の食材の中から、オーナーが采配しています。
なんでもメニューにないものも作るとかで」

「そ、そうですか・・・・・」

「はい。後でオーナー本人がご挨拶に来られると思いますので」



では失礼します、とソムリエさんは退出。
後には半ば呆然とした私と呆れ返った浩一朗が残るのみ・・・・・。



「─────まあ、あの人らしいがな」

「ま、まあ歓待されてると思えば・・・・・」

「いいのか?」

「もうどうしようもないじゃない・・・・・」



多分以前ウチに迷惑を掛けたことも含め、これはオーナーさんの罪滅ぼしなのだろう。
ご好意に甘える・・・・・というよりも。
メニューわかんないからどうしようもないっていうか。


その後、続々と運ばれてきたお料理は勿論美味しかった。

本格的なフレンチ料理。
コースメニューともなれば見た目・質・ボリューム共に素晴らしかった。
・・・・・ちょっと私には多いかな?

浩一朗と話もしつつ、彼はじっくり味を確かめるように食べていた。
やっぱり、同じ料理の世界に身を置くものとして気になるのかもしれない。



「お味はいかが?元シェフさん」

「・・・・・さすがだよ。あの人の味だ」

「そんなに違うかしら」

「違うんだよ。・・・・・お前にはちょっと難しいか」

「『美味しい』しか出てきません」

「しょうがねぇな」

「でも貴方との違いはわかるわよ?
なんていうか、こっちの方が本格的っていうか」

「言うじゃねぇか。俺のは本格フレンチじゃねぇってのか?」

「うーん・・・・・なんていうか、カジュアル感?っていうのかしら?
こっちのお店のは『老舗の味』って感じだけど、浩一朗のはそこに一工夫してる感じ」

「・・・・・」

「ちょっと上手く言えないんだけどね」



この感じを表現したくてもいかんせん私は素人。
しかも繊細な味覚している訳じゃないし、評論家でもないから無理。

でも私には浩一朗の作る料理の方がなんとなく食べやすい、ってのは確か。



「貴女の感覚は間違いではありませんよ、マドモアゼル」



笑いを含んだ渋い声と同時に、ドアが開く。
そこにはあのオーナーさんがデザートを持って立っていた。



「あら」
「おでましか」

「よく来てくれたね、マドモアゼル。
嬉しくて張り切ってしまったよ」

「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「・・・・・」

「それはよかった。私の腕を堪能してもらおうと思ってね」

「ふふふ、もう十分なくらいですよ」
「・・・・・俺は無視かよ」

「おやいたのかね」

「・・・・・」

「冗談だよ巽。全く短気なのは相変わらずだね」

「・・・・・くそ・・・・」

「無理だって敵わないんだから諦めなさいな」



いつも余裕たっぷりな浩一朗も、この人の前じゃ若造扱いだ。
そりゃそうだ、倍近く年が違う。
ならばシェフとしても、男としても倍以上の経験値があるのだから。



「あの」

「ん?なんだね?」

「先程の言葉はどういう意味でしょう?」



そう、この人は入ってくるときに『私の感覚は間違いじゃない』と言ったのだ。
それが何を指すのか、私にはピンとこないまま。

オーナーさんはふんわり笑って私の問いに答えてくれた。



「この男はね、自分の味というものを出すのが好きなのですよ」

「自分の・・・・・味?」

「ええ。伝統をよしとせず、オリジナリティを出したがるとでも言うのでしょうね。
勿論ないがしろにする訳ではありませんよ?」

「別に昔からの味が悪いって訳じゃねぇぞ」

「ああ、なるほど・・・・・」



だから、なのだろうか。
浩一朗の作る料理がどこか斬新な感じがするのは。

老舗の味、昔からのレストランの味。
それらに自分の思う『一手間』を加える事で、より美味しい料理を作っているのかもしれない。

けれど、それは伝統を重んじる人にとってはタブーだろう。
だからこそ、今まで浩一朗はその他大勢のシェフと折り合いが悪かったのかもしれない。

ここの店のオーナーさんも同じ。
伝統の味を守る1人。
けれど、この人は浩一朗の腕も認めているからこそ、それを容認していたのだ。



「前に言ってた『俺の料理じゃないと・・・』のくだりはそういう事ね」

「そういう事です、マドモアゼル」
「そういう事だ」



こんなところで浩一朗の謎が1つ解けるなんて。
美味しいデザートを口に運びながら、私はそんな事を思うのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...