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47皿目
しおりを挟むほんの少しのドレスアップ。
車から手を取って降ろしてもらう事なんて早々ない。
ライトアップされたレストランはとても綺麗で。
うっとりしてしまうくらい。
「おい、こっちだ」
「ちょっとくらいひたらせてくれてもいいと思うの」
「あん?・・・・・女はいつもそう言うな」
「『いつも』って言うだけ女性を連れてるってことね、ご馳走様」
「あのなあ・・・・・」
□ ■ □
そんな軽口もいつもの事。
でも、こういった本格的なフレンチレストランにディナーに来る事なんてない。
それこそ何かのイベントでもない限りは。
「いらっしゃいませ」
「予約していた巽だ」
「・・・・・お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
ボーイさんが案内してくれたのは個室。
でもフロアも見れるお席だった。
「奮発しちゃった?」
「いや・・・・・普通の席で予約した気がすんだが」
「・・・・・お間違え?」
「多分あの人が気を利かせてくれたんじゃねぇのか?」
「なるほど。・・・・・ありそうね?それより」
「ん?」
「さっきのボーイさんはお知り合い?」
「ああ、俺が居た頃からの古株だ。顔を覚えてたんだろ」
「そういうこと。・・・・・ちょっと驚いたような顔してたから」
「あんな出て行き方をしたシェフが、客としてくるとは思ってなかったんだろうよ」
そうか、浩一朗はオーナーシェフと揉めた末辞めた、って事だったっけ。
2人の間では暗黙の了解として道を分けたのだろうけれど。
その他のスタッフにしてみれば『クビになったシェフ』なんだろうな。
そう思うと、さっきのボーイさんの戸惑いも頷ける。
「人が多いとしがらみとか多そうね」
「まあ、そうかもしれねぇな。俺はあんまり好かれちゃいなかったし」
「・・・・・そうやってむっつりしてたら『近寄るなオーラ』出るものね」
「うるせぇ」
席に通され、寛いでいるのだけれど。
いつになってもメニューを聞きに来ない・・・・・。
ていうかそもそもテーブルにメニューの【め】の字も見当たらないんですけど???
「ねぇ浩一朗」
「なんだ」
「予約したときにメニューも決めたの?」
「いや、見て決めようかと思ってたんだが・・・・・ねぇな」
「そうよね?ていうかこの店、普通テーブルにセッティングしないの?」
「・・・・・どうだったか記憶にねえな。多分置いてたとは思うんだが」
「ないわね・・・・・」
そう、テーブルにはナプキンとお水の入ったワイングラスだけ。
カトラリーは後から持ってくるのかもしれないけれど。
そう思っていると、ノックの音と共にソムリエさんが入ってきた。
「失礼致します。食前酒です」
「おい」
「はい、なんでしょうか」
浩一朗の問いかけにも紳士的な振る舞いを崩さない。
多分この人も浩一朗を見知っているだろうに。
「俺達はまだ注文もしてねぇんだが」
「はい?・・・・・ああ、お伝えしていないのですね。
本日はオーナーシェフ自らが全てのご注文をしておりますので」
「・・・・・え?」
「なんだって?」
ソムリエさんの説明によると。
浩一朗が入れた予約を見て、オーナーシェフさんは部屋をここに変更。
ディナーも自らが腕を奮う為に、全てのメニューを選んだと・・・・・。
「・・・・・」
「・・・・・」
「ですのでご注文は全て承っておりますので。
料理も今日の食材の中から、オーナーが采配しています。
なんでもメニューにないものも作るとかで」
「そ、そうですか・・・・・」
「はい。後でオーナー本人がご挨拶に来られると思いますので」
では失礼します、とソムリエさんは退出。
後には半ば呆然とした私と呆れ返った浩一朗が残るのみ・・・・・。
「─────まあ、あの人らしいがな」
「ま、まあ歓待されてると思えば・・・・・」
「いいのか?」
「もうどうしようもないじゃない・・・・・」
多分以前ウチに迷惑を掛けたことも含め、これはオーナーさんの罪滅ぼしなのだろう。
ご好意に甘える・・・・・というよりも。
メニューわかんないからどうしようもないっていうか。
その後、続々と運ばれてきたお料理は勿論美味しかった。
本格的なフレンチ料理。
コースメニューともなれば見た目・質・ボリューム共に素晴らしかった。
・・・・・ちょっと私には多いかな?
浩一朗と話もしつつ、彼はじっくり味を確かめるように食べていた。
やっぱり、同じ料理の世界に身を置くものとして気になるのかもしれない。
「お味はいかが?元シェフさん」
「・・・・・さすがだよ。あの人の味だ」
「そんなに違うかしら」
「違うんだよ。・・・・・お前にはちょっと難しいか」
「『美味しい』しか出てきません」
「しょうがねぇな」
「でも貴方との違いはわかるわよ?
なんていうか、こっちの方が本格的っていうか」
「言うじゃねぇか。俺のは本格フレンチじゃねぇってのか?」
「うーん・・・・・なんていうか、カジュアル感?っていうのかしら?
こっちのお店のは『老舗の味』って感じだけど、浩一朗のはそこに一工夫してる感じ」
「・・・・・」
「ちょっと上手く言えないんだけどね」
この感じを表現したくてもいかんせん私は素人。
しかも繊細な味覚している訳じゃないし、評論家でもないから無理。
でも私には浩一朗の作る料理の方がなんとなく食べやすい、ってのは確か。
「貴女の感覚は間違いではありませんよ、マドモアゼル」
笑いを含んだ渋い声と同時に、ドアが開く。
そこにはあのオーナーさんがデザートを持って立っていた。
「あら」
「おでましか」
「よく来てくれたね、マドモアゼル。
嬉しくて張り切ってしまったよ」
「ありがとうございます。とても美味しかったです」
「・・・・・」
「それはよかった。私の腕を堪能してもらおうと思ってね」
「ふふふ、もう十分なくらいですよ」
「・・・・・俺は無視かよ」
「おやいたのかね」
「・・・・・」
「冗談だよ巽。全く短気なのは相変わらずだね」
「・・・・・くそ・・・・」
「無理だって敵わないんだから諦めなさいな」
いつも余裕たっぷりな浩一朗も、この人の前じゃ若造扱いだ。
そりゃそうだ、倍近く年が違う。
ならばシェフとしても、男としても倍以上の経験値があるのだから。
「あの」
「ん?なんだね?」
「先程の言葉はどういう意味でしょう?」
そう、この人は入ってくるときに『私の感覚は間違いじゃない』と言ったのだ。
それが何を指すのか、私にはピンとこないまま。
オーナーさんはふんわり笑って私の問いに答えてくれた。
「この男はね、自分の味というものを出すのが好きなのですよ」
「自分の・・・・・味?」
「ええ。伝統をよしとせず、オリジナリティを出したがるとでも言うのでしょうね。
勿論ないがしろにする訳ではありませんよ?」
「別に昔からの味が悪いって訳じゃねぇぞ」
「ああ、なるほど・・・・・」
だから、なのだろうか。
浩一朗の作る料理がどこか斬新な感じがするのは。
老舗の味、昔からのレストランの味。
それらに自分の思う『一手間』を加える事で、より美味しい料理を作っているのかもしれない。
けれど、それは伝統を重んじる人にとってはタブーだろう。
だからこそ、今まで浩一朗はその他大勢のシェフと折り合いが悪かったのかもしれない。
ここの店のオーナーさんも同じ。
伝統の味を守る1人。
けれど、この人は浩一朗の腕も認めているからこそ、それを容認していたのだ。
「前に言ってた『俺の料理じゃないと・・・』のくだりはそういう事ね」
「そういう事です、マドモアゼル」
「そういう事だ」
こんなところで浩一朗の謎が1つ解けるなんて。
美味しいデザートを口に運びながら、私はそんな事を思うのだった。
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