夢見るディナータイム

あろまりん

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ディナーの構想が決まって週明け。



「おはよう」

「おっはよー!響子さん!」
「ちーす」
「おはようございます」

「あれ。ハルは?来てないの?」

「それがさ、電話も出ないんだよなハルさん」

「え?」

「俺達も電話してみたんだけどよ。ハルの奴、出ねぇんだよ」

「お寝坊、でしょうか・・・・・。でも金子さんに限って・・・・・」

「そうね。ハルなら休みだって連絡の1つや2つくれそうなものだけど」



彼が何も言わずに無断欠勤だなんてした事がない。
そうでなくても、彼はいつも営業時間よりかなり前に来て、私と話をするくらいだ。
でも今日はそれがなかった。遅刻かな?と思ってたんだけど。

とりあえず、フロアの3人には開店準備を進めてもらった。

お休みだとしても、私がフロアに出れば済む話。
晴明にも具合の悪い時くらいあるだろう。



そのままキッチンへと向かう。

彼等にも挨拶しなきゃだもんね。



「おはよう、皆」

「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう、響子さん」



ランチの支度をしながら、浩一朗、山崎君、総悟君が返事をしてくれる。

変わりがないか声をかけて、キッチンを後にしようとしたときに声がかかった。



「おい、晴明は来たか?」

「来てないのよ」

「休みか?・・・・・連絡は」

「ないの。珍しいわよね?具合悪いのかしら」

「あいつらしくねぇな。一言電話くらい来そうなものだがな」

「確かにね。起き上がれないのかも。
フロアは私が出るから大丈夫。こっちはいつも通りお願いね」

「ああ」
「はい」
「任せといて」



キッチンは大丈夫。
・・・・・もしこれが浩一朗だったら代わりができないから困るけど。

ハルの代わり、とまではいかないかもしれないけど。
私もウェイトレスくらいは出来る。

よし、頑張ろうと思った時。
思いがけないお客さんが来た。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「ごめんください」



レジで作業をしている私に、控えめな声がかけられる。

目線をあげれば、入り口に佇む眼鏡の男性。
私と目が合うと、にこり、と優しく微笑んだ。



「はい、なんでしょうか」

「こちらのオーナーさんは・・・・・貴女でしょうか?」

「そうです。何か御用ですか?ランチはもう少し後からなのですけれど」

「いえいえ。食べに来たわけではないのですよ。・・・・・金子君の事で」

「え?」



きょとん、とする私に向き直り、彼はゆっくりと頭を下げた。



「あ、あの・・・・・」

「申し訳ありません。彼は今日こちらには来られないのです」

「・・・・・すみません、どちら様なのでしょうか・・・・・?」

「申し送れました。東堂  圭介とうどう  けいすけ、といいます。
彼の働くバーのオーナーをしています」

「!!! こちらこそご挨拶が遅れました。眞崎  響子と申します」



顔を上げて、にこりと微笑む彼はとても紳士的な人。

そっか、この人があのお店のオーナーさんなんだ。
優しそうな人。



「いつも昼間はこちらで働いているのだそうですね」

「はい。・・・・・夜も営業することになれば、こちらに来てくれるそうですけれど。
その件に関しては申し訳ありません」

「いえいえ。いいのですよ。
彼が好きでこちらのお店に厄介になりたい、と言うのですから。
私が引き止める理由はありません。また他のバーテンを探せばいいだけの話です」

「そう言ってもらえるとありがたいのですけど・・・・・」

「それで、ですね。
今日、彼を私の用事に使ってしまいまして。ですので来られないのですよ」

「・・・・・?」

「彼はこちらの仕事がある、と言っていたのですが。
こちらも彼でないとどうにもならない用件でして。・・・・・すみません」

「あ、いえ。こちらも彼を毎日出勤させてしまっていますし」



申し訳なさそうに謝ってくれる東堂さん。
でも、こっちも彼を縛り付ける訳にもいかない。
あちらのお店でも、彼を必要とする用事があるのだったら、どうしようもないし。



「今日はなんとかなりますから。大丈夫です。わざわざすみません」

「そうですか?」

「はい。私がフロアに入りますから。
確かに彼がいないと困る事もありますけど・・・・・1日くらいならなんとか」

「あ~~~、その。それが。」

「?」

「3日程かかる用件でして・・・・・」

「え。」



あれ。
3日?

・・・・・へいき・・・・・だよね?



若干かちん、と固まった私に、東堂さんはこう言った。



「ですので。代わりに私はどうですか?」

「・・・・・・・・・・・ハイ?」



なんだろう、今、不思議な言葉が聞こえた気がするのは。



◼︎ ◻︎ ◼︎



ランチタイム。
いつも通り、忙しい時間のスタートだ。

ハルがいないから、サラダやスープの配分。
それと珈琲や紅茶のサーブが心配。
私でそれが出来るかな?と不安もあった。

しかし・・・・・



「旭さん。あちらのお客様にお水を」

「はいっ」

「火原君。サラダを運んでください。帰りにあちらのテーブルのカトラリーを下げてくださいね」

「了解っ」

「森谷君。タイが曲がっていますよ。直してください」

「お、悪りい」



・・・・・。



あれ。



出番・・・・・ないかも。



東堂さんはあっさりとフロアの様子を把握して、彼等3人を手足のように操る。

しかも珈琲や紅茶のサーブもお手の物。



「金子君に手ほどきをしたのは私ですのでね」

「納得です・・・・・」

「これだけは彼にも負けませんよ?」

「いえ、それだけじゃないと思うんですけど・・・・・」



にっこり、と笑顔を向ける東堂さん。

何でかって言うと、彼はフロアの人員を捌くのも。
キッチンから出てくる料理の時間さえも予測できるみたいで。

かなりうまいバランスで皆を誘導しているのだ。



「という訳で。こちらはお任せ頂いて結構ですよ。響子さん」

「・・・・・ですね・・・・・」

「後でお茶をお持ちしますから。
オフィスでお仕事をして頂いてもいいですよ」

「・・・・・そうします・・・・・」



すごすごとオフィスに引き返す私。

確かに、制服もストックで大丈夫だった。
あれ、サイズ聞いておいたっけ?というくらいピッタリに着こなして。

まるでいつもそこにいたかのような采配ぶりだった。



◼︎ ◻︎ ◼︎



ランチも終わり、カフェタイムが始まる頃。
区切りがよくなったところで、私にお茶とケーキを持ってきてくれた。



「失礼しますよ」

「あ、はい。・・・・・すみません」

「いえいえ。お茶にしませんか」

「頂きます」



応接セットに向かい合ってお茶。
すでにお昼休憩をしたフロアの皆とは話をした。


『すげーよあの人!目がいくつあんの?って感じでさ!』
『アドバイスを沢山頂けるので、すごく助かりました!』
『いやー、動くの楽だったぜ!!!』


ハルの割り振りが悪いわけじゃない。
東堂さんのやり方が、それを上回ってるってだけだ。

・・・・・もしかして、こういうのやってたのかな?



「いえ、初めてですよ」



まだ何も言ってないのに!!!
心を読まれた!!!



「顔に出ていますよ」

「・・・・・そ、そうですか」

「元々、こういうのは好きなんです。
人を見るのは得意ですから、反応を予測するのは得意ですしね。
バーを始めたのはいいのですが、私の需要がありませんのでね」

「そんな・・・・・紅茶もすごく美味しいですよ?」

「カフェにすればよかった、と今更ながらに思っています」

「あらあら。うふふ」

「・・・・・素敵なお店ですね。ここは。
金子君が大事にしているのもよくわかります」

「そうですか?」

「はい。アットホームな感じもしますし、それでいて特別な場所という空気も。
『ここでしか味わえない空間』というのでしょうかね」

「・・・・・そう言って頂けると嬉しいです」

「シェフやパティシエもかなりの腕です。
三ツ星レストランでもあれだけの人材を揃えるのは至難の業ですよ?」

「それだけは、運が良かったと思っています」



そう、本当にそう思う。
彼らはピカイチの腕の持ち主。
三ツ星を貰うようなレストランにいたって何らおかしくはないのだ。

・・・・・ただ。



「まあ、性格に難あり、のようですが」

「・・・・・返す言葉もございません・・・・・」

「腕が良くても、あれだけ曲者だと周りが困るでしょうからね」

「・・・・・その通りです・・・・・」



ううう、なんだか悲しいのは何で?
お茶にお付き合いしてもらい、結局営業の最後まで勤務してくれた。



「・・・・・帰ったのか」

「あら、浩一朗。東堂さんの事かしら?」

「ああ」

「うん、さっきね。今日は助かっちゃったわ。すごいわね、あの人」

「確かにな。キッチンの方も把握してみてぇだな。
料理も溜まる事なく流れていたし、フロアの混乱もなかったみてぇじゃねぇか」

「そうなの。ビックリね。私じゃああはいかないし」

「晴明はどうした」

「メール来てた。なんでも電波が入らない所に急遽行かなきゃならないって。
明後日までは来られないらしいわ」

「なんとも急だな」

「忘れてたんですって。なんでも毎年お酒を取りに行くところだそうよ」

「なるほどな。こっちに勤めるようになって忘れてたのか」

「そうみたいね。バーの方で出してるお酒みたいだから。
こっちと向こうと、両方でやってるからうっかり忘れてたのね」

「・・・・・だからあの人が来たってのか」

「そうみたい。ちょっと見てみたかった、とも言ってたわ」



『金子君が自慢げに話すところはどんなレストランかと思いましてね』



一緒に紅茶を飲みながら、そう話してくれた。

ハルはいつも、この人と色んな話をしているらしい。
それこそ、キッチンメンバーの事。
フロアメンバーの事。
私の事も。

だからこそ、東堂さんは気負わずに私達の中に入ってこれたと。



『あと2日。金子君が帰ってくるまでは、お力になりますよ』



そう言って帰って行ったのだ。



「・・・・・なるほど、な」

「素敵な方よね」

「惚れたか?」

「そうかも」

「おい・・・・・」

「うふふ、冗談よ。・・・・・でも、本気」

「あん?」

「ふふふ、内緒」



訝しがる浩一朗を尻目に、私は心の中で1つ、決意をした。
叶うかどうかは、わからないけれど。



その後2日間。
東堂さんはきっちりと仕事をこなしてくれた。

フロアの人間は彼を信頼して動いているし。

キッチンもまた、シェフが何も言わないので従う。



「僕は別に誰でもいいよ。響子さんが認めたならね」



総悟君はそんな事を言っていたけれど。
なんとも彼らしい意見だなあ、なんて思ってしまった。

すごく助かってしまった。
私じゃやっぱりこうはいかないしね。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「おはよう」

「あら、おはようハル。お酒、どうだった?」

「ああ、しっかり確保してきたぜ?こっちの分もな?
今度のディナーに来る客にも振舞えるようにしとこうと思ってよ」

「へえ。ちょっと楽しみだわ」

「悪かったな、いきなり店を開けちまって。大変だったろ」

「まあね。でもなんとかなったわ?」

「そうか。それがちっと心配だったんだ」



そんな会話を交わしながら下へ降りる。

朝のミーティング。
すでに皆は揃っている。



「・・・・・はあ!?何やってんだ!?何で此処にいんだ!?東堂さん!?」

「それはこちらの台詞ですよ、金子君。少々遅いのでは?」



そこに立っていた東堂さんに驚きの声をあげる晴明。
口をパクパクさせて、顔色も心なしか青い。



「はいはい、皆、朝礼ですよ~」

「ちょ、響子!?」

「改めまして、ご紹介します。東堂  圭介さんです。
今日から正式に、皆さんと一緒に勤務してもらいます」

「よろしくお願いしますね」

「「「はい!」」」
「えええええ!?」



すんなり返事をする3人と、驚きの声をあげる対照的な晴明。

私と東堂さんは顔を合わせて、くすり、と笑う。



「ハルが不在の間、東堂さんがその穴を埋めてくれていたの」

「マジか!?」

「そうですよ」

「とても助かっちゃったの。それに、他の3人もとても働きやすかったようだし」

「はい!」
「だな」
「楽だったよな」

「働きぶりも、礼儀も申し分なし。
キッチンのスタッフからもいい評価を貰ったわ。
だから、正式に給仕長として此処で働いて貰える様にお願いしました」

「「「「!!!」」」」

「私としても、やぶさかではありませんしね」

「ランチならまだしも、これからディナーを始めるに当たって。
ハルにはソムリエとして動いてもらわなければならなくなる。
そうすると、フロアは少し機動力が落ちるわよね?」

「確かに・・・・・」

「それを補うのが、給仕長の役目。
フロアを見て、キッチンの調理状況、ウェイター達の采配。
それを任せるには、東堂さんがいてくれたらと思って」

「私でよければ、何なりとお力になりますよ」

「嬉しいです。引き受けてもらえるかわかりませんでしたし」



そう、これからの営業を始めるには、フロアを仕切る人が必要だった。

それは私では力不足だ。
とはいえ、その役をディナーの時間まで晴明に任せるわけにもいかない。

けれど、今のフロアメンバーにはそれを兼任できるだけのスキルはない。

ならば・・・・・。



「さて。時間も迫っていますし、開店準備をしましょうか」

「ええ。お願いします」

「お任せ下さい。・・・・・火原君、看板を外へ。
旭さんと森谷君はテーブルのセットを。
金子君は飲み物のチェックをお願いしますよ」

「「「「はい!」」」」



パンパン、と手を鳴らす東堂さん。

すでに彼等の手綱は取ったようなものだ。
私も彼等を安心して任せられる。



「ったく」

「ごめんなさいね、ハル。隠しちゃって」

「いいさ。あの人の実力は折り紙つきだ。引き込んでくれてサンキュな」

「たなボタだけどね」

「それもまた『運』だろ?」



パチン、とウインクして開店準備に戻る晴明。
彼もなんとなく、嬉しそうだ。

・・・・・一緒に働きたい、と思っていたんだろうな。きっと。



着々と、レストランが理想通りの形を作っていく。

こうやって、人材が集まってきてくれるのを嬉しく思う。
ディナーの予約も入っていたから、不安面がまた1つ消えて安心した。

さて、後はサブシェフかな・・・・・。

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