夢見るディナータイム

あろまりん

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泣き止まぬ彼女を晴明が支え、彼女達の席へと連れて行く。
その後ろを心配そうに見やりながら歩くお友達。

・・・・・心配してくれる友達がいるのなら、平気だと思うけれど。



「響子」

「はい?」



返事をして振り向けば、心配そうに頬を撫でる浩一朗。

先程まで射殺しそうな光を持っていた紫の瞳が、今は心配そうな色を持つ。
優しく頬に手を添えて、私を見た。



「大丈夫か」

「ええ、大丈夫。浩一朗が止めてくれたし、総悟君が守ってくれてたし」

「ならいいが」
「とんでもないね、あの子。いきなり叩こうとするなんて」



呆れたようにため息を付く総悟君。
やれやれ、とでもいうように彼女達を見て、お酒を一口呑んだ。



「・・・・・まあ、感情を持て余す人もいるから」

「それで済ませるのもどうかと思うよ、響子さん」

「そうかもしれないけど。・・・・・私と違って彼女はそういう人だったんでしょ」

「とはいえ。こんな公共の場で襲い掛かってくるなんざ非常識以外の何者でもねぇだろうが」

「そうね。・・・・・それはどうかと私も思うわ」



彼女に何があったのか―――察する事は難しくない。

透の事だ。
おそらく、彼女にも別れを告げたのだろう。

『自分にそんな資格はない』とでも言って。

私が別れ話をした後、『俺も考えないとな』と自嘲気味に言っていた。
こういう結果になるとわかっていて黙っていたのは私。
だから、彼女に起こった出来事は、私が引き起こしたようなものなのかもしれない。

・・・・・かといって、彼女がしてきた事が正当化されるわけじゃないのだけど。



晴明がため息を付きながら戻ってきた。



「お帰り」
「お疲れ、ハルさん」

「おう・・・・・」

「なんだってんだ、あの女」

「・・・・・」



困ったような、苛立たしいような瞳でちらりと私を見た。

常連だという女性から、佐々木さんがああなった訳を聞いたのかもしれない。



「ハル」

「ん・・・・・?」

「教えて?」

「いいのか」

「うん。なんとなくだけど・・・・・予想がついてるから」

「・・・・・ああ、わかった」



黙って私達の会話を聞く浩一朗と総悟君の2人。
そして、晴明はゆっくりと話し出した。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「ひっ、う、・・・・・っ、ふ」
「麻里子・・・・・」

「っと。・・・・・後は任せていいな」

「はい。ありがとうございました、金子さん」

「・・・・・ああ。先に言っておくが、店内でああいう騒ぎは困る。
店の人間としてもそうだが、彼女は俺の職場のオーナーだ。
悪いが、今後ああいった事は控えてくれねえか」

「そ、そうだったんですか。すみません。
店にも迷惑をかけてしまいましたね・・・・・」

「幸い、他の客はほとんどいなかったしな。店長にもこっちから説明しておく。
友達が落ち着いたら帰るんだな」

「はい・・・・・」

「それじゃあな。・・・・・失礼致しました、お客様」



軽く礼をして、カウンターへと戻ろうとすると。
遠慮がちに常連の女から声がかかる。



「あ、あの・・・・・」

「どうかしましたか、お客様」

「あの女性に、すみませんと言っておいてください。
本来なら私が・・・・・麻里子が謝るべきだと思うんですけど。
今のこの子にそこまで出来るとは思えないので」

「・・・・・ああ。わかった」

「それと・・・・・」

「どうかしたか?」

「・・・・・麻里子、彼女に嫉妬してたんです。
確かに、浮気相手でしたけど。彼女も彼に振られて。どうしようもなくて。
自業自得だってお思いでしょうけど・・・・・」

「・・・・・」

「けれど、いままで男性とちゃんと向き合ってこなかった彼女が、初めて本気で好きになったんです。
だから、その気持ちをうまく消化できてなくて。あんな風に爆発しちゃったんです。
・・・・・今、何を言っても都合のいい言い訳でしかないんですけど」

「・・・・・確かにな。だが、彼女もまた辛かったってのはわかった。
許す、許さないとは別次元だがな。でも、彼女に当たるのは筋違いだ。言っといてくれ」

「はい。それは私もそう思います。・・・・・すみませんでした、金子さん」

「あんたみたいな友達がいてくれて、彼女は幸せだと思うぜ?
今はまだ忠告を聞き入れねえかもしれねえが、根気良く付き合ってやれよ」

「はい」



ふふ、と笑う女。
女性の友情ってのはいいもんだ。
こうやって苦しい時に支えあえるんだもんな。

・・・・・男にだってねえ訳じゃねえが、こうやって寄り添うってのは女ならではかもしんねえな。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「・・・・・って訳だ」

「そう・・・・・」
「成程ね」
「確かに自業自得だな」

「響子、わかってたのか?」

「なんとなく、だけど。もしもうまくいっているのなら、あんな風に突っかかってこないだろうし。
透の感じからして、彼女とも疎遠になると思っていたの」

「そうか」

「うん・・・・・自分が甘かったと言っていたから・・・・・。
そのまま自分だけ女とよろしくやろう、って人じゃないから」

「ま、そこだけは評価できるな」
「ていうか、浮気する事からどうかと思うけど」
「それを言ったら元に戻るだろうが」

「彼女も・・・・・本気だったのよね。
すごくひたむきに、透を追いかけてた。それは私が一番見てる。
女としては、胸が痛くなるくらいにね」

「・・・・・」

「でも、悪いのは透。一番最初に彼女をちゃんと拒絶していればこうならなかった。
変に可哀想と思ってしまったから、ずるずるとこうなってしまったのよね。
・・・・・私ももう少し、ガツンとやればよかったのかもしれないけど」

「今更言っても始まらねぇだろ。なっちまったもんはなっちまったんだ。
・・・・・そういう縁だったんだろうよ」

「貴方にそう言われると何か説得力があるのよね」
「確かに」
「確かにな」

「・・・・・てめえら・・・・・」

「それだけ『女遊び』の経験があるって事ですよね、巽さん」

「うるせぇんだよ!!!」

「・・・・・否定しないのね」
「まあ、本当の事だしな」



その後、彼女達はそっと店を出たようだ。

帰る雰囲気は分かったけれど、今私ができる事なんて何もない。
だから、気がつかないフリをした。

・・・・・彼女が次に出会う恋は、どうか幸せなものでありますように。



「はぁ。・・・・・どっかに白馬の王子様いないかしら」

「響子さん、僕がいるじゃない」

「うーん。従業員に手を出すのはダメでしょ、オーナーとして」

「それを言うと、僕も巽さんもハルさんもアウトだね」
「・・・・・」
「・・・・・」



◼︎ ◻︎ ◼︎



そんな事があっても、いつもの通り日々は続く。

レストランはいつも通り順調だし、みんなも生き生きと働いてくれている。



浩一朗はディナーメニューの用意に余念がないし。
前に考えてくれていた物に、旬の素材を生かすように変更を入れている。

山崎君はそれに合わせて色々とこき使われているみたい。
それでも、彼にとっては全てが勉強だ。
いつものランチメニューではなく、本格的なディナーメニューの下ごしらえに嬉しそうだ。



総悟君は焼き菓子を色々と試作してくれた。
勿論どれもこれも美味しくて、どれを出しても遜色ない。
結局、マドレーヌとマカロン、リーフパイにクッキーを2種類に決めた。

入れるお菓子を決めてしまえば、後は万理ちゃんの出番。
すごく楽しそうにパッケージを決めて、綺麗に詰め込んでいた。
細いリボンを何色も使い、ウチの店の名刺を入れる。

10箱作ってご満悦だ。



「凄い凄い、万理ちゃん。綺麗だわ~」

「自分でも会心の出来です!!!」

「うん、これなら及第点かな。賞品として見栄えもいいかも」

「お、泉さぁぁぁん・・・・・」

「なにその声。文句あるの」

「い、いえ・・・・・」

「こーら総悟君。ちゃんと褒めてあげなさいな。
せっかくこんなに綺麗に包んでくれたんだし。すっごく美味しそうよ?」

「あれ、美味しくなかったの響子さん」

「すっごく美味しかった。凄いわ~総悟君」

「うん、響子さんにOK貰えれば自信付くね」

「そう?きっと当たった人も最高に喜ぶと思うわよ?」

「ならいいんだけど。・・・・・んじゃ万理ちゃん後は責任持って片付けてね」

「・・・・・はい?」

「何呆けた顔してるわけ。それ全部ちゃんとんだよ、いいね」

「・・・・・!!!」

「それじゃ、僕はディナーのドルチェを用意しなきゃね」

「・・・・・あ。ありがとうございます、泉さん!」



総悟君は一度こちらを振り向いて、ちらっと万理ちゃんを見た。
でも何も言わず、そのままキッチンへと戻る。

テーブルの上には、たくさん残った焼き菓子たち。
箱詰めしたなら、あと2箱は作れる量。
総悟君は、そのお菓子たちを万理ちゃんに『ご褒美』としてあげた訳だ。



「い、いいんでしょうか、こんなに・・・・・」

「勿論。総悟君が万理ちゃんのラッピングに満足したからでしょ?」

「響子さんは持ってかないんですか?」

「私はもう貰ったもの。だからこれは万理ちゃんが全部持って帰りなさいな。
ほら、お兄さんにも分けてあげたら?」

「は、はい!!!・・・・・喜ぶかなあ、薫・・・・・」



いそいそとお菓子達をまとめる万理ちゃん。

薫、というのは万理ちゃんのお兄さんだ。
双子だと言っていた。

・・・・・そ、そっくりなのかしら。
こんなに可愛いのが2人・・・・・。
どうしよう、ときめくかもしれない。



それでも万理ちゃんは全部持っていかなかった。

『康太君や森谷さんも食べたいだろうし』

と言って、オフィスに置くようにした。
まあ、彼等なら見つけたら喜んで食べるだろうけど・・・・・。



商店街のセールはすでに始まっている。
賞品の引き換えは明日からなので、賞品は明日持っていこうっと。

さて。

どんな人がウチの賞品を当てるんだろう。
そして、どんな人がディナーを食べに来てくれるんだろうか。

すごく、すごく楽しみだ。

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