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37皿目
しおりを挟む「麻里子、どうしたの?本当に」
「・・・・・ごめん」
「いいんだけど・・・・・何があったの?」
何が?
・・・・・そんなの、私が知りたい。
◼︎ ◻︎ ◼︎
それは、突然だった。
いつものように、週末は透さんの部屋へ行くお決まりのデート。
外で食事をして、そのまま部屋に行く。
彼女―――眞崎さんがいても関係なかった。
私は、彼が好き。
今までお付き合いしてきたのが遊びだって思えるくらい。
特別な事をしている訳じゃないけれど、どうしてか満足できる何かがあったんだ。
「はぁ、疲れた!」
「・・・・・そうだな。お疲れ様」
「透さんこそ。毎日ミーティングたくさんじゃないですか。
かなり平日も残業続きだったんだし」
「それは皆同じだよ。佐々木さんだってそうだっただろ?」
「そうですけど。透さんは一番遅くまで残ってるじゃないですか」
そうかな、と笑う彼。
最近、少し疲れ・・・・・というか影のようなものを感じる。
何か悩み事があるのだろうか。
仕事も確かにうまくいってない。
メンバー達も皆そう言っている。
まあ、こういうプロジェクトにありがちな事だ。
勿論、そういう遅れを見越して計画は立てているけれど、やはり気にするものらしい。
悩みが仕事でないとするなら。
・・・・・やはり、彼女の事なのだろうか。
眞崎、響子。
もう2年以上の付き合いだって聞いた。
向こうが年上だけど、透さんが惚れて口説き落としたんだって。
社内でも有名なカップル。
・・・・・今は、私が透さんの彼女・・・・・のようなものだけど。
「佐々木さん。話があるんだ」
「・・・・・何?」
あらたまった様子。
何だろう。
胸がどくん、と大きく鼓動を打つ。
この疼きは、幸運のしるし?
それとも・・・・・不幸のしるし・・・・・?
私もソファに座って向かい合う。
隣に座っているけれど、体を斜めにして彼に向き合うように。
「・・・・・彼女と、別れた」
「え?」
「1週間前。響子に『別れよう』って言われた」
「それって・・・・・」
「佐々木さんとの事。全部知ってたみたいだ」
「・・・・・」
「『さすがにもう信じてあげられない』って言われたよ。・・・・・当たり前だよな」
「透さん・・・・・」
はは、と苦笑気味に笑う透さん。
目には、苦しい光。
・・・・・ああ、この人は本当に彼女の事を好きだったんだ。
ちくり、と心が痛む。
こうやって間近にいるからこそ、体を交し合ったからこそ、痛みがわかる。
「それで・・・・・どうするの?」
「・・・・・」
「・・・・・透さん」
「響子と別れてから・・・・・俺なりに、自分の事を考えたんだ。それと、君との事を」
、
どきん、と高鳴る。
こんな風に言われたら、どんな女でも期待するだろう。
ようやく、自分の気持ちが実る時が来たのだろうか、と。
透さんは私を見て、ゆっくりと言った。
「俺と、別れてくれ」
何を言われたのか分からなかった。
「・・・・・え?」
「俺は、ずっと君にも響子にも甘えてきた。
・・・・・これ以上、君と一緒にいる事はできないよ」
「どうして!!!」
「・・・・・俺自身が、情けないからだよ」
「そんな!!!そんな事ないわ!!!」
「怒るのも無理はないと思う。
俺は今までずっと君に甘えてきた。都合のいい女だって」
「それは、私が望んだから・・・・・!」
「だけど、それでいいのか?ずっと君は俺のセカンドのままでいいって思ってる?」
「っ!!!」
真剣な顔。
いつも、笑顔で包むように接してくれる彼の顔じゃない。
「このまま、君と付き合う事はできない。
・・・・・俺は、まだ響子の事を忘れられないままだから。
君と一緒にいて、楽しいと思う。癒されるよ。でも、君を特別な女と思ってあげられない」
「・・・・・そんな・・・・・」
「それに、俺自身がダメなんだ、このままじゃ。
もしも、君と付き合う事になったとしても、俺は自分に自信がないままだから。
俺は君の彼氏になる資格なんかない」
「・・・・・っ、私、私!透さんが・・・・・!」
「すまない」
頭を深く下げ、謝るばかりの透さん。
私がいくら声を荒げようと、叩こうと・・・・・変わらなかった。
彼の意思は変わらなかった。
まだ、彼女を想っている事。
このまま、私を『彼女』として見れない事。
そして何よりも。
2人の女の間を行ったり来たりしているような男に、女を幸せにする資格はない、と。
「・・・・・っ、バカ!!!!絶対、諦めないから!!!」
捨て台詞のようにそう怒鳴って、コートとバッグを引っつかんで部屋を出た。
マンションを出て、表通りを泣きながら歩く。
・・・・・彼は、追いかけてきてはくれなかった。
◼︎ ◻︎ ◼︎
「・・・・・ちょ、それ、本当に?」
「うん・・・・・」
「いつ!」
「もう、1週間以上前の話」
「それから仕事も一緒でしょ!?なんともないの!?」
「表面上はいつも通り。・・・・・前からそうだったから、同じ。
ただ、以前みたいに家に行かなくなったり、電話が無くなっただけっていうか・・・・・」
「・・・・・麻里子・・・・・」
「でも、諦めたくない」
「・・・・・」
「まだ、好きなんだもん」
諦められるくらいなら、最初から彼女がいる人を追いかけてない。
自分でだって、どうしてかはわからない。
もし、彼に彼女がいなかったら?
そんなの、私にはわからない。以前金子さんにも言われたけど、そんなのわからない。
だって、出会ったときにはすでに彼には彼女がいたんだから!!!
ふっと目を上げれば、カウンターに男女の集団。
・・・・・あれ・・・・・?
確か、あの人達・・・・・?
「・・・・・麻里子?」
「ねぇ?あの人達って・・・・・」
「あ。巽さんと泉さん、だっけ?金子さんと一緒に超イケメントリオ」
「・・・・・」
「ねえ、麻里子。忘れろとは言わないからさ・・・・・」
沙織が色々私を励まそうと話をしてくれている。
でも、今の私には頭に入ってこないのだ。
どんな思いやりのある言葉も、素通りしていくだけだ。
なのに、どうして私は此処に来ちゃったんだろう。
・・・・・答えは簡単だ。
いつもの週末なら、透さんと一緒。
でも、今は違う。
私は、1人で週末の時間を過ごすのが耐えられなくて、沙織と過ごしている。
・・・・・ずるいのは、私もだよね。
透さんが、彼女と会えない寂しさを私で埋めていたように。
私もまた、彼と一緒に居られない寂しさを友達で埋めようとしているんだもの。
そうやって自暴自棄になるのもいつもの事。
それでも平日はなんとかなった。
明日は仕事、そう思えば多少の気持ちの切り替えは付いたからだ。
でも、今日は週末。
明日・明後日と休みで家にいる。
・・・・・苦しかった。
絶対に1人で家にいたら・・・・・リストカットくらいしたかもしれない。
それくらい、今の自分は情緒不安定になっている。
そうしてぼんやり店内を眺めていると。
今一番見たくない人物が、視界に入った。
「・・・・・っ」
「・・・・・だからさ、って・・・・・麻里子?どうしたの」
「・・・・・あの女・・・・・」
「は?」
「っ、何で、こんな所にまでっ!」
「ど、どうしたの麻里子!」
慌てる沙織を無視して、私は一直線に彼女のところへと向かった。
自分でも抑えが効かなかった。
ただ、彼女の姿を目にしただけで、蓋をしていた感情に一気に火がついたのだ。
◼︎ ◻︎ ◼︎
それは、突然だった。
私自身、彼女の姿を目にした時は息が止まるかと思ったのだ。
パウダールームから出て、店内を見渡すと目の前に佐々木さん。
隣にいるのは、お友達なのだろう。
どんな表情かは見えなかった。
・・・・・いや、あえて見ないようにしたというべきか。
流石に私でも、別れた彼氏の浮気相手と会いたい気持ちなんてあるわけがない。
けれど、今の私にはどうでもいい事なのだ。
・・・・・『立ち入れない』というべきか。
だって、私はもう透の彼女、ではないのだから。ただの『モトカノ』だ。
2人がこの先どうなろうと。
幸せになろうと、私が何一つ言う権利はないのだから。
だから、3人から聞かれた時は一瞬言葉に詰まった。
でも、私と透、2人で決めた事だ。
『お互い別れて、別々の道を歩く』って。
すぐに忘れる事なんて出来ない。
少しの間、きっと、苦しい気持ちは続くだろう。
随分長い事一緒にいたのだ。そうならない方がおかしいものね。
平気なフリをしたけれど。
きっと、3人は気付いているだろう。
目を見れば分かる。優しい色。
だから、私は平気なフリをやめない。
せめて、この店にいる時間は。・・・・・家に帰り、1人になるまでは。
だから、彼女の声が聞こえた時は―――――心臓が飛び出るかと思った。
「―――――なんで、ここにいるのよ!!!」
悲鳴のような声。
驚いて振り向くと、泣きそうな顔をして、彼女が後ろに立っていた。
「・・・・・・・・・・佐々木、さん」
「どうして、・・・・・どうして私の目の前にいるの!消えて!!!」
「ちょ、ちょっと待って?落ち着いて?」
「消えなさいよ!!!大嫌い!!!」
掴みかかってくる手が見えて、体が硬直する。
綺麗に塗られたネイル。
ああ長く伸ばしてるんだなぁ、手入れ欠かさないんだなぁ、なんて変に暢気な事を思った。
ひっぱたかれる―――――――そう思って体を硬くして、目を閉じた。
反射的に逃げよう、と体が動かなかったのだ。
・・・・・不思議な程の静寂。
そして、衝撃すらも来ない。
・・・・・あれ?
私がそっと目を開くと―――――
私を包み込むように抱きしめる総悟君。
佐々木さんの手を掴みあげる浩一朗。
そしてカウンターから半身を伸ばして、私と総悟君をさらに腕で庇う晴明の姿。
「・・・・・てめえ、悪ふざけにも程があるだろうが・・・・・!」
低く響く、怒りを宿した浩一朗の声。
私が言われた訳でもないのに、びくん、と体が震えた。
そんな私の背中をゆっくりと大きな掌が撫でる。
「大丈夫。・・・・・絶対に守るから」
「・・・・・そうご、君・・・・・」
にこ、と翡翠の瞳が優しく笑う。
そのまま佐々木さんの方を見れば、その優しい色は消え、冷たく光る色へと変わる。
彼女を『敵』として認識したように。
晴明を見れば、すでにその瞳は怒りを湛えた黄土。
・・・・・カウンターなかったら、殴りかかってるんじゃないかしら?
一番喧嘩っ早いのは浩一朗じゃなくて、晴明かもしれない・・・・・。
「ハル・・・・・」
「・・・・・大丈夫だ。まだキレてねえ」
「・・・・・まだって」
「巽さんがいなかったらカウンター越えてたな」
「良かったわ、浩一朗いて」
そんな会話の間も、晴明は一瞬私を見て優しく笑うけど、また無表情で彼女を見る。
浩一朗と佐々木さんをみれば、一触即発な感じだ。
慌ててお友達らしき女性が駆け寄ってくる。
「ちょ、ちょっと麻里子!何してるのよ!
すみません、金子さん!!!」
「・・・・・穏やかじゃねえな。何だってんだ?」
「それが・・・・・」
「その女がいけないんじゃない!早く出て行ってよ!」
「んだと?」
「こ、浩一朗!相手は女性だから!落ち着いて!」
「落ち着いてんだろ。まだ殴ってねぇぞ」
「・・・・・そういう意味じゃなくて」
ぐるるるる、と唸り声を上げそうなくらい怒っていた。
まあ確かに、彼がいなければ私は叩かれていただろうから。
・・・・・いやその前に総悟君が被害に合っていたけど・・・・・。
懸命に浩一朗の手から逃れようとしている彼女。
そうしている内に、ぼろぼろぼろ、と大粒の涙が転がり落ちた。
「・・・・・っ、ひぐっ、な、なんで、こんなっ、えぐっ」
「泣いてんじゃねぇよ」
「っ、う、うるさい、のよっ、ふぁっ、ううう・・・・・っ」
まるでスイッチが入ったように、しゃくり上げる佐々木さん。
それでも浩一朗は冷ややかな顔をして、彼女の手を離さない。
・・・・・離したら、私に何かすると思っているんだろう。
「・・・・・浩一朗」
「なんだ」
「離してあげて」
「・・・・・また殴りかかってくるかもしれねぇんだぞ」
「それでも。・・・・・お願い」
「・・・・・」
「巽さん。僕が守りますからいいですよ」
「わ、私からもお願いします!麻里子を離してください!」
「・・・・・次はねぇぞ。覚悟しろよ」
ぱしん、と音が鳴るかのように。
乱暴に手を離す浩一朗。
そして彼女と私の間に入るように、距離を取った。
泣き崩れる佐々木さん。
それをあやすお友達。
なんともいえない空気の中、私はなんだか別世界にいるような感覚を味わっていた。
「・・・・・おい、いつまでくっ付いてるつもりなんだ総悟」
「いいじゃないですか。役得ですよハルさん」
「おい、いい加減にしやがれ」
「嫉妬ですか?やだなあ巽さんまで」
「ええと・・・・・気持ちいいのは山々だけど、そろそろ離してくれるかな・・・・・?」
応援ありがとうございます!
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