夢見るディナータイム

あろまりん

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「もしもし?透?」

『ああ。響子?どうしたんだ?』

「あのね?」

『うん』

「別れましょ」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?』



えっと、これで間違ってないよね?
はっきり言った方がいいもんね?



◼︎ ◻︎ ◼︎



フロアへ降りて、皆に挨拶。
朝礼・・・・・とはいえ、すでに10時過ぎてるんだけどね?
でも、一応朝礼だよね?


皆揃って挨拶して、今日の連絡事項。
でもって、頑張ろう!と一声かけていつも通り仕事を始める。



「じゃあ今日も1日頑張ろ~」

「おう!」
「あいよ」
「はい!」
「んじゃ、掃除すっか」
「山崎、仕込みの続きだ」
「はい」
「万理ちゃん、今日の分の焼けたから取りに来て」



思い思いにバラバラに動こうとしたとき。



ガタン!と玄関入り口で音がした。
そのまま、ガタガタガタ、とドアを開けようとしてる音。



「・・・・・誰かしら」
「まだ開店前なのになぁ」
「だよなあ」
「やけに急いでねえか?」
「わ、私、見てきます!」



しゅぱ!と万理ちゃんが走っていった。

しかし他の皆は動かない。
ていうか、私もなんだけどさ。

しばし待つと、声が聞こえてくる。



「響子!」

「・・・・・・・・・・・あれ?透?」



フロアに急いで入ってきたのは、透。
スーツ姿。焦っているようで、額にも汗をかいている。



「・・・・・ん?何してんの?仕事は?」

「っ、あのなあ!『仕事は?』じゃないだろ!!!」

「何怒ってるの」

「怒るだろ!!!なんだよ昨日の電話!!!」

「なんだよと言われても。そのままだけど?」

「そのまま、じゃないだろ!いきなり言われたって、意味わかんないだろ!!!」



いきなり怒鳴りつけてきた透。
意外だ。あんまり声を荒げる事はないのに。
部下に怒ってるところを何度か見た事はあるけれど。

なぜか私は怒られていても平然としていた。

なんていうか、平然というよりは自分の事じゃないような、変な感覚。



何を言っても、のんびり返す私に苛立ったのだろう。
顔を歪め、私の腕を掴んで外へ出ようとした。



「行こう」

「え?どこに?」

「外!ここじゃ話せない!」

「ちょ、待って。落ち着いて」

「俺は落ち着いてる!」

「・・・・・わかった、行くから。
ゴメンね、皆。ちょっと抜けるから、ランチの準備お願い。
もし時間内に戻ってこれなくても、お店は通常通り開けて頂戴?」

「ああ、わかった」



差し出したファイルをそっと受け取る晴明。
康太君や大亮さん、万理ちゃんは心配そうにしていたけど、晴明だけは軽く笑ってくれた。

なんていうか、この状況を察してくれたとでも言うか。



「透、2階に行きましょ。オフィスがあるからそこで話そう」



無言で続く透。
はあ、昨日言ったこと、もう一度言わなきゃいけないのかな・・・・・。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「・・・・・・・・・あ、あの」
「何だあれ」
「台風みたいだったな」

「ほらお前等。開店準備するぞ。あと1時間切ってるだろ」

「お、おおう」
「え、気になんねえの、ハルさん」

「気にしても仕方ねえだろ?ほら、万理も」

「あ、はい」



ぽかん、とする3人を急かすように準備を始める。

そのままキッチンへ行くと・・・・・・



「・・・・・帰ったのか」

「いんや?2階だ」

「ま、響子さんの先制パンチって訳?」

「ま、そうだろうな。それに納得できねえ彼氏が乗り込んで来たんだろ?」

「・・・・・昨日の話が現実になったな」



俺も、巽さんも、総悟も苦笑気味。
昨日、バーであの浮気相手の女にお灸を据えたが・・・・・。
響子は本人に最後通告をしたんだろう。

それに納得してねえ彼氏が、直接会いに来た・・・・・ってところか。



「な、何かあったんですか・・・・・?」



1人付いていけねえ山崎が呟く。

俺達は顔を見合わせるが・・・・・こういうのは何て言ったらいいんだ?
そんな中、巽さんが言った。



「お前はそんな事気にしている状況か。出来たのか」

「あっ、はい!もう少しです!」

「ブイヨンは目を放すと命取りだって教えたろう」

「はい!」



山崎はあわてて鍋に目を落とす。
慎重に作業を始めた。



「・・・・・さすが」
「・・・・・犬ですね」

「うるせぇぞ、2人とも。ま、何か揉めたら出て行きゃいい。
2人の間の事だ。俺達がどうこう言うもんじゃねぇさ」

「そりゃあな」
「ですよね」



視線で頷きあい、それぞれの作業に戻る。
どうなってんだろうな?2階・・・・・。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「入って」



オフィスの中へ案内する。
透はきょろきょろしながら、ソファに座った。
私も目の前に座る。



「・・・・・立派なもんだな」

「でしょう?前の人がきちんと設計してくれてあったのよ」

「凄いな・・・・・下のフロアには最初来たけど。
あの時とは違って、もっとよくなってたな、下も」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。結構お客さんも入るようになったし。
みんなにもちゃんと決まった金額が払えるようになってきたから、ようやく軌道に乗ったかな」

「そうなのか。・・・・・大変だったな」

「そうね・・・・・でも腕のいい人ばっかり集まってくれたから。すごく助かったわ。
私は全体的な経営を見ていればいいし。料理に関してはシェフやパティシエにお任せよ。
私じゃさっぱりわからないからね」

「ま、会社と同じだよな。専門的なことは、専門家に任せる。」

「そういう事ね。私は今まで通り、お金の流れを見てるだけよ。
・・・・・経理にいたときとそう変わらないかもしれないわね。
全体的な金額の単位が減って、少し楽かもしれないわ」

「確かにな・・・・・会社全体ともなると、かなりのもんなんだろ?
俺は営業ばっかりだからよくわからないけどさ」

「まあ、ね。でもあれくらいの会社なら、とんとん、って感じなんじゃないのかしら?
・・・・・どう?水澤さんは頑張っている?」

「ああ。かなり頼りにされてるみたいだぜ?お前がいなくなってから、窓口が彼女だしな」

「そう。・・・・・たまに連絡をくれるんだけど。
泣き言ばっかりじゃなくて、嬉しい連絡もくれるからそう心配はしてなかったのよ。良かった」



どっちからも、本題に入らずにこんな調子。
こうやって普通に会話している間は、今までと同じなんだけど。

でもやっぱり、いつまでもこのままじゃいられない。



ぷつん、と途切れる会話。
それ以上、言葉が続かなくなる。



透もわかっているのだ。
このままじゃいけない事を。



「・・・・・昨日の、電話だけど」

「うん」

「本気なのか?」

「うん」

「・・・・・なんで、いきなり」



困り果てた顔の透。
どうしていきなりそんな事言い出すんだよ?と言う瞳。

・・・・・本当に、心当たりがないとでも言うんだろうか。
バレてないって思ってる?



「佐々木麻里子」

「っ!」

「わかるよね?言いたい事」

「・・・・・彼女の事、か」

「そう。一度目は見逃した。・・・・・流石に2度も見逃す程、私も優しい女じゃないの」

「・・・・・一度目・・・・・」

「もう1年くらい前になる?彼女が入ってきて、半年くらいの頃。
3ヶ月くらいだけど、浮気してたでしょ?」

「っ、何を」

「気付いてないと思ってた?」

「・・・・・」

「残念。あの子、大したもんよ?洗面所に化粧品残すわ、冷蔵庫にヨーグルトとか置いてくわ。
・・・・・透、ヨーグルト食べないもんね?嫌いだから」

「・・・・・」

「それ、あの子知らなかったのか、知ってたのかわからないけど。
そんなの見つけたら、おかしいって思うでしょ?」

「・・・・・ああ」

「しかも、本人から直接言いに来たわ」

「っ、はあ!?」

「『私、透さんと付き合ってます。別れてください』って」

「あっ、あいつ、何考えて・・・・・」

「そうなのよ。変な事言うけど、私もそう思っちゃった。」

「・・・・・お前ね」

「だって、そうでしょ?普通浮気してて、相手に堂々と言いに行く?
私だったら無理だけど?透なら行く?」

「・・・・・行かないだろ、普通。隠れてやるから浮気じゃないのか?」

「そうよねえ、普通そうよね?相手にバレないように、ってのが鉄則でしょ?
・・・・・何?若い子ってそうなの?私達がちょっと古いの?」

「・・・・・いや、どうなんだ・・・・・?でも他の奴に聞いてもそう言うだろ?」

「え、でもそれって、同じ年代の子でしょ?
あれくらい若い子・・・・・5歳下の子達に聞いた事ある?」

「いや、ないよな・・・・・ていうか、そんなの聞けなくね?」

「そうよねー?聞いたら何事かと思うわよね?セクハラよね?」

「・・・・・でも気になるな」

「ちょっと、今度聞いてみてよ。新入社員とかと飲みに行くでしょ?」

「え、俺が聞くのか?嫌だって!空気読めない上司とか思われたくないし!」

「だって、私は接点ないもの!!!だったら透の出番でしょ!!!」

「お前な!!!そういう時だけ俺にやらせんなよ!!!」



ぎゃいぎゃい言っていると、こんこん、とノックの音。

ぴたり、と止まると遠慮がちに開く扉。



「・・・・・あのなあ?別れ話じゃなくて、痴話喧嘩か?」

「「あ」」

「・・・・・響子らしいけどなあ」

「「すいませんでした」」

「いやいいけど。時間だから、店開けるぞ?」

「あ、うん!宜しく!」

「ああ。ほら珈琲。ちゃんと話し合えよ?」

「はい」



全くもう、と苦笑する晴明。
呆れ顔なのは言うまでもない。



「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・なんか、すごく申し訳ないな」

「・・・・・そうね、ものすごくね」

「飲むか」

「あ、晴明の特製珈琲は美味しいわよ?」



芳しい香りの珈琲。
淹れ方なんだろうけどね。

お茶請けには、総悟君のクッキー付き。
なんだか、皆が『心配してますよ』って言ってるみたいだ。

くす、と笑いがこみ上げる私を、透が不思議そうに見る。



「どうした?」

「ううん。ダメなオーナーだなって思って。
みんなに心配されてるわ。別れ話までも」

「・・・・・そうか」

「このクッキー。うちのパティシエが作ってるの。美味しいでしょ?」

「ああ。どこで買ったのかと思った。手作りなんだな」

「ええ。いつもすぐ完売しちゃうの。結構人気なんだから」

「そうか。・・・・・レストランは順調なんだな」

「うん。そろそろディナーも始めたいわ。来月・・・・・再来月?かな」

「そうか・・・・・」



かたん、とカップを戻す。
そして、深く頭を下げた。



「ごめん」

「・・・・・何に?」

「全部に。浮気してたことも、全部、全部。」

「認める?」

「ああ。・・・・・お前の優しさに甘えてた。佐々木さんにも、だな。
いつも傍で、優しく包んでくれるようなお前の優しさに甘えてた。
仕事で忙しくてお前と会えない寂しさを、埋めてくれてた佐々木さんに甘えてた。
・・・・・どうしようもない男だな、俺」

「そうね」

「・・・・・ばっさり切ったな」

「だってそうだもの。・・・・・とはいえ、私もいけないわよね。
新しく始めた仕事にかまけて、透のことをすごくおざなりにしてた。ごめんなさい」

「・・・・・」

「でも、許せない事もある。だから、私は貴方のマンションに行かなくなった。
・・・・・理由はわかるよね?」

「・・・・・ああ」

「ベッド、燃やしてやろうかと思ったわ?
他の女と・・・・・よりによって知ってる女といい事したベッドで、私を抱こうなんて嫌。
だから、部屋には行かなくなったの」

「・・・・・そうだったんだな」

「ええ。知り合いから、貴方と佐々木さんがまた関係してるって聞いたから。
でも、私は止めなかった。・・・・・止める権利はないと思ったから。
透が、私よりも彼女を選んだんだって、思ったから」

「・・・・・響子」

「一度別れた浮気相手と、また関係する。
それって、私よりも彼女を選ぶって事でしょ?違う、って事はないよね?」

「そんな、つもりじゃ・・・・・」

「貴方にとっては、手軽に靡く都合のいい女だったかもしれない。
彼女にとっては、忘れられない男がまた戻ってきた。そういう思いかもしれない。
でも、私にとっては、そうじゃない。私よりも、彼女を選んだ。そうとしか思えない」

「・・・・・」

「だから、別れる。もう一度、貴方を信じてあげる事はできないわ。ごめんなさい」



私もまた、頭を下げる。

男と女が『付き合う』って事は、こういう事だ。
お互いが、お互いの事を理解して、信用して、預ける。
どちらか一方だけの所為で別れに発展することはない。

両方、悪いところはあるのだ。

たとえ、きっかけが『どちらかの所為』だとしても。
修復しようとしなかったのは、その相手側の努力が足りないからだから。



透も、それ以上を言う事はなかった。
ただ、一言。



『わかった。・・・・・ありがとう。ごめん』



と、呟いた。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「・・・・・そうだ。ランチ食べていく?」

「・・・・・そうだな。いいか?」

「勿論。とはいっても、下は一杯だからここで。
メニューは今日はペペロンチーノか、きのこの和風パスタ」

「んじゃ、きのこで」

「オッケー。ちょっと待ってて」



とん、とん、と下へ降りればお客様がたくさん。
今日も大盛況だ。ありがたいわね。



キッチンへ回る。
中は大変な忙しさだ。



「・・・・・話、終わったのか?」

「ん?うん。ご心配お掛けしました」

「全くだ。・・・・・おい!出来たぞ!回せ!」

「はい!」



山崎君がしゃかしゃかと動き回る。
うーん、頑張ってる。



「んで?」

「あ、ランチ食べて行ってもらおうと思って。一皿ずついい?」

「ああ。上か?」

「うん。私と彼の分ね」

「・・・・・わかった。持って行かせるから行ってろ」

「ありがとう。お願いね」



戻り際、総悟君のクッキーを3袋持っていく。
これは、会社の子に渡して貰うために。



上で待っていると、大亮さんがランチを持ってきてくれた。

『へい、お待ち!』

と言って笑わせてくれた。優しいなあ、もう。



「・・・・・あいつも、スタッフか?」

「うん、そうよ。面白いでしょ」

「・・・・・なんか、建築現場とか引越し現場にいそうだな」

「あ、土日は引越し屋さんでバイトしてるって言ってた」

「・・・・・わかるかも」

「これ、葉月ちゃんと、笹さんにあげてくれる?」

「・・・・・さっきのクッキーか?」

「そう。お土産。会社戻るでしょ?」

「ああ。・・・・・半休取って抜けてきたからな。
もう一袋は?俺にか?」

「そうよ。これからもご贔屓に~」

「別れる彼氏に言う台詞か?それ」

「いいじゃない。別に恨んだりしてないわ?楽しかったわ、2年も。
一緒にいてくれてありがとう、透。」

「・・・・・俺もだ。ありがとう、響子。幸せにしてやれなくてゴメンな」

「何言ってるの。幸せは『してもらう』んじゃなくて、一緒に『なる』ものなのよ?
残念だけど、私が一生を共にする相手は透じゃなかった、ってだけよ」

「・・・・・なんか結構ぐっさり来るんだけど」

「あはは、それくらいは受け止めなきゃね?だって透の浮気から始まってるんだから」

「それを言われると返す言葉がないよ」



そう、別れてしまったけれど。
彼を恨む気持ちはない。

だって、私はこの2年・・・・・たくさん、透と楽しい時間を過ごしたのだ。
それは、自分1人じゃ味わえない時間。彼がいてくれたからこその、時間だから。
それを恨む、なんてお門違いというものだ。

この先、私は他の男性と歩むだろう。
それと同じように、透もまた、私とは別の女性と人生を生きて行く。
ただ、それだけの事だ。

胸が痛むのは、楽しかった時間と別れるのが辛いから。

でも、自分達で選んだ事だ。
前を向いて、歩かなきゃいけない。

だから、笑顔で。
できるなら、そうやって別れたい。



◼︎ ◻︎ ◼︎



彼を、送り出す。
手を振り、歩いていく彼の後姿をじっと見つめていた。
それこそ、門を曲がって見えなくなるまで。



たくさんお客さんが並んでいて、騒がしいけれど、私は1人ぼんやりしていた。



「・・・・・よし。切り替え切り替え。」



ぱちん、と頬を叩いて再スタート。
だって、まだお客さんは並んでるもの!!!
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