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33皿目
しおりを挟む「もしもし?透?」
『ああ。響子?どうしたんだ?』
「あのね?」
『うん』
「別れましょ」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ!?』
えっと、これで間違ってないよね?
はっきり言った方がいいもんね?
◼︎ ◻︎ ◼︎
フロアへ降りて、皆に挨拶。
朝礼・・・・・とはいえ、すでに10時過ぎてるんだけどね?
でも、一応朝礼だよね?
皆揃って挨拶して、今日の連絡事項。
でもって、頑張ろう!と一声かけていつも通り仕事を始める。
「じゃあ今日も1日頑張ろ~」
「おう!」
「あいよ」
「はい!」
「んじゃ、掃除すっか」
「山崎、仕込みの続きだ」
「はい」
「万理ちゃん、今日の分の焼けたから取りに来て」
思い思いにバラバラに動こうとしたとき。
ガタン!と玄関入り口で音がした。
そのまま、ガタガタガタ、とドアを開けようとしてる音。
「・・・・・誰かしら」
「まだ開店前なのになぁ」
「だよなあ」
「やけに急いでねえか?」
「わ、私、見てきます!」
しゅぱ!と万理ちゃんが走っていった。
しかし他の皆は動かない。
ていうか、私もなんだけどさ。
しばし待つと、声が聞こえてくる。
「響子!」
「・・・・・・・・・・・あれ?透?」
フロアに急いで入ってきたのは、透。
スーツ姿。焦っているようで、額にも汗をかいている。
「・・・・・ん?何してんの?仕事は?」
「っ、あのなあ!『仕事は?』じゃないだろ!!!」
「何怒ってるの」
「怒るだろ!!!なんだよ昨日の電話!!!」
「なんだよと言われても。そのままだけど?」
「そのまま、じゃないだろ!いきなり言われたって、意味わかんないだろ!!!」
いきなり怒鳴りつけてきた透。
意外だ。あんまり声を荒げる事はないのに。
部下に怒ってるところを何度か見た事はあるけれど。
なぜか私は怒られていても平然としていた。
なんていうか、平然というよりは自分の事じゃないような、変な感覚。
何を言っても、のんびり返す私に苛立ったのだろう。
顔を歪め、私の腕を掴んで外へ出ようとした。
「行こう」
「え?どこに?」
「外!ここじゃ話せない!」
「ちょ、待って。落ち着いて」
「俺は落ち着いてる!」
「・・・・・わかった、行くから。
ゴメンね、皆。ちょっと抜けるから、ランチの準備お願い。
もし時間内に戻ってこれなくても、お店は通常通り開けて頂戴?」
「ああ、わかった」
差し出したファイルをそっと受け取る晴明。
康太君や大亮さん、万理ちゃんは心配そうにしていたけど、晴明だけは軽く笑ってくれた。
なんていうか、この状況を察してくれたとでも言うか。
「透、2階に行きましょ。オフィスがあるからそこで話そう」
無言で続く透。
はあ、昨日言ったこと、もう一度言わなきゃいけないのかな・・・・・。
◼︎ ◻︎ ◼︎
「・・・・・・・・・あ、あの」
「何だあれ」
「台風みたいだったな」
「ほらお前等。開店準備するぞ。あと1時間切ってるだろ」
「お、おおう」
「え、気になんねえの、ハルさん」
「気にしても仕方ねえだろ?ほら、万理も」
「あ、はい」
ぽかん、とする3人を急かすように準備を始める。
そのままキッチンへ行くと・・・・・・
「・・・・・帰ったのか」
「いんや?2階だ」
「ま、響子さんの先制パンチって訳?」
「ま、そうだろうな。それに納得できねえ彼氏が乗り込んで来たんだろ?」
「・・・・・昨日の話が現実になったな」
俺も、巽さんも、総悟も苦笑気味。
昨日、バーであの浮気相手の女にお灸を据えたが・・・・・。
響子は本人に最後通告をしたんだろう。
それに納得してねえ彼氏が、直接会いに来た・・・・・ってところか。
「な、何かあったんですか・・・・・?」
1人付いていけねえ山崎が呟く。
俺達は顔を見合わせるが・・・・・こういうのは何て言ったらいいんだ?
そんな中、巽さんが言った。
「お前はそんな事気にしている状況か。出来たのか」
「あっ、はい!もう少しです!」
「ブイヨンは目を放すと命取りだって教えたろう」
「はい!」
山崎はあわてて鍋に目を落とす。
慎重に作業を始めた。
「・・・・・さすが」
「・・・・・犬ですね」
「うるせぇぞ、2人とも。ま、何か揉めたら出て行きゃいい。
2人の間の事だ。俺達がどうこう言うもんじゃねぇさ」
「そりゃあな」
「ですよね」
視線で頷きあい、それぞれの作業に戻る。
どうなってんだろうな?2階・・・・・。
◼︎ ◻︎ ◼︎
「入って」
オフィスの中へ案内する。
透はきょろきょろしながら、ソファに座った。
私も目の前に座る。
「・・・・・立派なもんだな」
「でしょう?前の人がきちんと設計してくれてあったのよ」
「凄いな・・・・・下のフロアには最初来たけど。
あの時とは違って、もっとよくなってたな、下も」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。結構お客さんも入るようになったし。
みんなにもちゃんと決まった金額が払えるようになってきたから、ようやく軌道に乗ったかな」
「そうなのか。・・・・・大変だったな」
「そうね・・・・・でも腕のいい人ばっかり集まってくれたから。すごく助かったわ。
私は全体的な経営を見ていればいいし。料理に関してはシェフやパティシエにお任せよ。
私じゃさっぱりわからないからね」
「ま、会社と同じだよな。専門的なことは、専門家に任せる。」
「そういう事ね。私は今まで通り、お金の流れを見てるだけよ。
・・・・・経理にいたときとそう変わらないかもしれないわね。
全体的な金額の単位が減って、少し楽かもしれないわ」
「確かにな・・・・・会社全体ともなると、かなりのもんなんだろ?
俺は営業ばっかりだからよくわからないけどさ」
「まあ、ね。でもあれくらいの会社なら、とんとん、って感じなんじゃないのかしら?
・・・・・どう?水澤さんは頑張っている?」
「ああ。かなり頼りにされてるみたいだぜ?お前がいなくなってから、窓口が彼女だしな」
「そう。・・・・・たまに連絡をくれるんだけど。
泣き言ばっかりじゃなくて、嬉しい連絡もくれるからそう心配はしてなかったのよ。良かった」
どっちからも、本題に入らずにこんな調子。
こうやって普通に会話している間は、今までと同じなんだけど。
でもやっぱり、いつまでもこのままじゃいられない。
ぷつん、と途切れる会話。
それ以上、言葉が続かなくなる。
透もわかっているのだ。
このままじゃいけない事を。
「・・・・・昨日の、電話だけど」
「うん」
「本気なのか?」
「うん」
「・・・・・なんで、いきなり」
困り果てた顔の透。
どうしていきなりそんな事言い出すんだよ?と言う瞳。
・・・・・本当に、心当たりがないとでも言うんだろうか。
バレてないって思ってる?
「佐々木麻里子」
「っ!」
「わかるよね?言いたい事」
「・・・・・彼女の事、か」
「そう。一度目は見逃した。・・・・・流石に2度も見逃す程、私も優しい女じゃないの」
「・・・・・一度目・・・・・」
「もう1年くらい前になる?彼女が入ってきて、半年くらいの頃。
3ヶ月くらいだけど、浮気してたでしょ?」
「っ、何を」
「気付いてないと思ってた?」
「・・・・・」
「残念。あの子、大したもんよ?洗面所に化粧品残すわ、冷蔵庫にヨーグルトとか置いてくわ。
・・・・・透、ヨーグルト食べないもんね?嫌いだから」
「・・・・・」
「それ、あの子知らなかったのか、知ってたのかわからないけど。
そんなの見つけたら、おかしいって思うでしょ?」
「・・・・・ああ」
「しかも、本人から直接言いに来たわ」
「っ、はあ!?」
「『私、透さんと付き合ってます。別れてください』って」
「あっ、あいつ、何考えて・・・・・」
「そうなのよ。変な事言うけど、私もそう思っちゃった。」
「・・・・・お前ね」
「だって、そうでしょ?普通浮気してて、相手に堂々と言いに行く?
私だったら無理だけど?透なら行く?」
「・・・・・行かないだろ、普通。隠れてやるから浮気じゃないのか?」
「そうよねえ、普通そうよね?相手にバレないように、ってのが鉄則でしょ?
・・・・・何?若い子ってそうなの?私達がちょっと古いの?」
「・・・・・いや、どうなんだ・・・・・?でも他の奴に聞いてもそう言うだろ?」
「え、でもそれって、同じ年代の子でしょ?
あれくらい若い子・・・・・5歳下の子達に聞いた事ある?」
「いや、ないよな・・・・・ていうか、そんなの聞けなくね?」
「そうよねー?聞いたら何事かと思うわよね?セクハラよね?」
「・・・・・でも気になるな」
「ちょっと、今度聞いてみてよ。新入社員とかと飲みに行くでしょ?」
「え、俺が聞くのか?嫌だって!空気読めない上司とか思われたくないし!」
「だって、私は接点ないもの!!!だったら透の出番でしょ!!!」
「お前な!!!そういう時だけ俺にやらせんなよ!!!」
ぎゃいぎゃい言っていると、こんこん、とノックの音。
ぴたり、と止まると遠慮がちに開く扉。
「・・・・・あのなあ?別れ話じゃなくて、痴話喧嘩か?」
「「あ」」
「・・・・・響子らしいけどなあ」
「「すいませんでした」」
「いやいいけど。時間だから、店開けるぞ?」
「あ、うん!宜しく!」
「ああ。ほら珈琲。ちゃんと話し合えよ?」
「はい」
全くもう、と苦笑する晴明。
呆れ顔なのは言うまでもない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・なんか、すごく申し訳ないな」
「・・・・・そうね、ものすごくね」
「飲むか」
「あ、晴明の特製珈琲は美味しいわよ?」
芳しい香りの珈琲。
淹れ方なんだろうけどね。
お茶請けには、総悟君のクッキー付き。
なんだか、皆が『心配してますよ』って言ってるみたいだ。
くす、と笑いがこみ上げる私を、透が不思議そうに見る。
「どうした?」
「ううん。ダメなオーナーだなって思って。
みんなに心配されてるわ。別れ話までも」
「・・・・・そうか」
「このクッキー。うちのパティシエが作ってるの。美味しいでしょ?」
「ああ。どこで買ったのかと思った。手作りなんだな」
「ええ。いつもすぐ完売しちゃうの。結構人気なんだから」
「そうか。・・・・・レストランは順調なんだな」
「うん。そろそろディナーも始めたいわ。来月・・・・・再来月?かな」
「そうか・・・・・」
かたん、とカップを戻す。
そして、深く頭を下げた。
「ごめん」
「・・・・・何に?」
「全部に。浮気してたことも、全部、全部。」
「認める?」
「ああ。・・・・・お前の優しさに甘えてた。佐々木さんにも、だな。
いつも傍で、優しく包んでくれるようなお前の優しさに甘えてた。
仕事で忙しくてお前と会えない寂しさを、埋めてくれてた佐々木さんに甘えてた。
・・・・・どうしようもない男だな、俺」
「そうね」
「・・・・・ばっさり切ったな」
「だってそうだもの。・・・・・とはいえ、私もいけないわよね。
新しく始めた仕事にかまけて、透のことをすごくおざなりにしてた。ごめんなさい」
「・・・・・」
「でも、許せない事もある。だから、私は貴方のマンションに行かなくなった。
・・・・・理由はわかるよね?」
「・・・・・ああ」
「ベッド、燃やしてやろうかと思ったわ?
他の女と・・・・・よりによって知ってる女といい事したベッドで、私を抱こうなんて絶対に嫌。
だから、部屋には行かなくなったの」
「・・・・・そうだったんだな」
「ええ。知り合いから、貴方と佐々木さんがまた関係してるって聞いたから。
でも、私は止めなかった。・・・・・止める権利はないと思ったから。
透が、私よりも彼女を選んだんだって、思ったから」
「・・・・・響子」
「一度別れた浮気相手と、また関係する。
それって、私よりも彼女を選ぶって事でしょ?違う、って事はないよね?」
「そんな、つもりじゃ・・・・・」
「貴方にとっては、手軽に靡く都合のいい女だったかもしれない。
彼女にとっては、忘れられない男がまた戻ってきた。そういう思いかもしれない。
でも、私にとっては、そうじゃない。私よりも、彼女を選んだ。そうとしか思えない」
「・・・・・」
「だから、別れる。もう一度、貴方を信じてあげる事はできないわ。ごめんなさい」
私もまた、頭を下げる。
男と女が『付き合う』って事は、こういう事だ。
お互いが、お互いの事を理解して、信用して、預ける。
どちらか一方だけの所為で別れに発展することはない。
両方、悪いところはあるのだ。
たとえ、きっかけが『どちらかの所為』だとしても。
修復しようとしなかったのは、その相手側の努力が足りないからだから。
透も、それ以上を言う事はなかった。
ただ、一言。
『わかった。・・・・・ありがとう。ごめん』
と、呟いた。
◼︎ ◻︎ ◼︎
「・・・・・そうだ。ランチ食べていく?」
「・・・・・そうだな。いいか?」
「勿論。とはいっても、下は一杯だからここで。
メニューは今日はペペロンチーノか、きのこの和風パスタ」
「んじゃ、きのこで」
「オッケー。ちょっと待ってて」
とん、とん、と下へ降りればお客様がたくさん。
今日も大盛況だ。ありがたいわね。
キッチンへ回る。
中は大変な忙しさだ。
「・・・・・話、終わったのか?」
「ん?うん。ご心配お掛けしました」
「全くだ。・・・・・おい!出来たぞ!回せ!」
「はい!」
山崎君がしゃかしゃかと動き回る。
うーん、頑張ってる。
「んで?」
「あ、ランチ食べて行ってもらおうと思って。一皿ずついい?」
「ああ。上か?」
「うん。私と彼の分ね」
「・・・・・わかった。持って行かせるから行ってろ」
「ありがとう。お願いね」
戻り際、総悟君のクッキーを3袋持っていく。
これは、会社の子に渡して貰うために。
上で待っていると、大亮さんがランチを持ってきてくれた。
『へい、お待ち!』
と言って笑わせてくれた。優しいなあ、もう。
「・・・・・あいつも、スタッフか?」
「うん、そうよ。面白いでしょ」
「・・・・・なんか、建築現場とか引越し現場にいそうだな」
「あ、土日は引越し屋さんでバイトしてるって言ってた」
「・・・・・わかるかも」
「これ、葉月ちゃんと、笹さんにあげてくれる?」
「・・・・・さっきのクッキーか?」
「そう。お土産。会社戻るでしょ?」
「ああ。・・・・・半休取って抜けてきたからな。
もう一袋は?俺にか?」
「そうよ。これからもご贔屓に~」
「別れる彼氏に言う台詞か?それ」
「いいじゃない。別に恨んだりしてないわ?楽しかったわ、2年も。
一緒にいてくれてありがとう、透。」
「・・・・・俺もだ。ありがとう、響子。幸せにしてやれなくてゴメンな」
「何言ってるの。幸せは『してもらう』んじゃなくて、一緒に『なる』ものなのよ?
残念だけど、私が一生を共にする相手は透じゃなかった、ってだけよ」
「・・・・・なんか結構ぐっさり来るんだけど」
「あはは、それくらいは受け止めなきゃね?だって透の浮気から始まってるんだから」
「それを言われると返す言葉がないよ」
そう、別れてしまったけれど。
彼を恨む気持ちはない。
だって、私はこの2年・・・・・たくさん、透と楽しい時間を過ごしたのだ。
それは、自分1人じゃ味わえない時間。彼がいてくれたからこその、時間だから。
それを恨む、なんてお門違いというものだ。
この先、私は他の男性と歩むだろう。
それと同じように、透もまた、私とは別の女性と人生を生きて行く。
ただ、それだけの事だ。
胸が痛むのは、楽しかった時間と別れるのが辛いから。
でも、自分達で選んだ事だ。
前を向いて、歩かなきゃいけない。
だから、笑顔で。
できるなら、そうやって別れたい。
◼︎ ◻︎ ◼︎
彼を、送り出す。
手を振り、歩いていく彼の後姿をじっと見つめていた。
それこそ、門を曲がって見えなくなるまで。
たくさんお客さんが並んでいて、騒がしいけれど、私は1人ぼんやりしていた。
「・・・・・よし。切り替え切り替え。」
ぱちん、と頬を叩いて再スタート。
だって、まだお客さんは並んでるもの!!!
応援ありがとうございます!
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