夢見るディナータイム

あろまりん

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翌週の月曜日。
彼はちゃんと来た。



「・・・・・えと、前の職場って」

「辞めてきました」

「あ、うん、・・・・・はい」
「はいじゃねえだろが」



晴明の突っ込みが入る。
だって、それ以上言う言葉が出てきません・・・・・



「いいのか、そんな簡単に辞めて」



浩一朗が私の言いたい事を引き継いでくれた。

山崎君は真剣な顔で浩一朗を見て、私、晴明と順番に見る。



「構いません。・・・・・元々、数も多くて週に1度か2度の出勤だったんです。
最初の頃は毎日だったのですが、徐々に人が増えまして」

「・・・・・そうか」

「なので、別の仕事先を探していたんです。
オーナーもお話したらわかってもらえました。」

「なら、いいのだけど。ウチは一応平日毎日来てもらうけど大丈夫?」

「はい。その方が勉強にもなりますし」



ちら、と浩一朗を見れば頷いた。
シェフがOKを出したという事だ。なら私は何も言う事はない。

同じように晴明を見上げれば、ウインクして返す。
『なら、俺も異存はねえさ』というように。



「じゃあ、今日からよろしくお願いします。山崎君」

「はい!」

「晴明。そいつを上に連れてって着替えさせて来い。
俺はキッチンにいる。着替えたら降りて来い。仕込みだ」

「あいよ」
「わかりました!」



こっちだぜ、と2階に連れられていく。
・・・・・あれ?あの子、服持ってんのかな?

かくり、と首を傾げた私に気付いたのだろう。
浩一朗が一言言い添えた。



「ま、大抵厨房に入ってる奴は、自分の白衣持ってるもんだぜ」

「そうなの?ああいうのって貸与じゃないの?」

「そういうところもあるが。油やらなんやら付くだろ?
だったら自分専用のものを持ってる方がいい。そういう奴が多いからな」

「なら、いいんだけど。」



そっか、自分のあるならいいんだ。
そのうち経費で買わないとね?何枚あるのか知らないけど・・・・・



◼︎ ◻︎ ◼︎



「・・・・・あの」

「あん?なんだ?・・・・・っと、ここがロッカーだ」

「結構広いですね」

「そうだな、休憩室も兼ねてる。向こうはオーナー用のオフィスだ。
営業時間外なら、大抵響子はそっちにいるから話があるんならそこだな」

「はい」

「んで、ここが俺。こっちが巽さんが使ってる。
他2箇所はすでにフロアの奴が使ってるから。空いてるとこはどれ使ってもいいぜ?
お前のネーム、これな。貼っとけ」



ほらよ、と手のひらにマグネット式のネームをのせる。



「んじゃ、俺は下にいるからな」

「あ、あの!」

「なんだ?」

「金子、さん、で宜しいのでしょうか」

「ああ、自己紹介してなかったか?金子晴明だ。いちおうソムリエ兼バーテンだ。
昼間はフロアだな。飲み物は俺がサーブしてる」

「はい。俺は・・・・・」

「山崎、だろ?巽さんああだからちっと厳しいが、いい人なんだ。
よろしく頼むぜ?」

「はい。心得ました。・・・・・で、」

「どうした?」



何か言いかけちゃいるが、言いにくそうにしている。
・・・・・?何か説明してねえ事でもあったか?



「フロアの奴等はもうちょっとしたら来ると思うぜ?」

「あ、そういうのではなくて、あの、」

「ん?」



他に・・・・・と思っていると、若干顔が赤いのに気付く。
ああ、あれか・・・・・



「あー。あれな。まあ本人は『そんな事ない』って言い張ってるから俺等としてもそれ以上言えねえんだ」

「そ、そうですか・・・・・」

「多分、見慣れるから」

「そう、ですかね・・・・・」

「大丈夫だ、他の奴等はそれで頑張れるって張り切ってる」

「・・・・・」



おそらく、響子の制服姿だろう。
ま、最初に見る奴はそうなる。・・・・・見慣れれば、まあ、そう・・・・・でもあるが。

清潔感、から言えばいう事ねえ。
ただし、康太が言ったようにどうも『清潔感+禁欲的』な雰囲気が出る。
男はちっと目に毒かもしれねえが。

本人に言わせれば『そっちの方がフェロモン出まくって毒だから!!!』と言う。

どっちもどっち、って事で決着がついたのだ(ついてねえか?)



「んじゃ、そういうことで。よろしく頼むぜ」

「はい。よろしくお願いします」



頭を下げる山崎に手を振り、俺は下に降りた。

キッチンでは巽さんが動き出し、フロアでは響子が掃除を始めてた。
さて、俺も手伝うとするかな。



◼︎ ◻︎ ◼︎




ほどなく、山崎君が降りてきた。
白い調理着。

ぺこん、と一礼してキッチンへと入る。

次々と浩一朗から指示をもらい、きびきび動いている。

・・・・・彼のことは、浩一朗に任せておけばいい。
きっといいようにしてくれるだろう。



「おーす、おはようさーん」
「おっす、おはよう!」



元気な声が2つ。



「おはよう、大亮さん、康太君」



どやどや、と2階に上がり、すぐに着替えて降りてくる。
1分かかってる?かかってない?

すぐに晴明と話し始めて、山崎君を見に行った。


挨拶を交わし、ちょっとおしゃべり。
そして浩一朗に怒られて戻ってきた・・・・・。



「ちぇー。そんなに怒らなくたっていいのにさあ巽さん」
「なあ?」

「まあまあ。営業後でも好きなだけおしゃべりしてあげて?」

「俺と同じ歳だって!!!」
「よかったな、康太」
「歓迎会でもすっか?」



人見知りをしない彼等。
きっと上手くやっていくだろう。

開店時間が近くなり、私もキッチンに顔を出す。



「どーお?」

「ああ、開けていいぜ?今日は60超えてもいいぞ」

「あら、余裕ね」

「ま、1人補助がいればそうとう回るようになる。こいつも使えるしな」

「そうなの?頑張ってね山崎君」

「はい。俺にできる限り」



お墨付きが出たので、安心して店を開ける。

・・・・・いつもどおり、人がいっぱい。
でも今日はキッチンを気にせずに営業できる。

してもいいんだよね?



結局、いつもより少し多めに人数を入れた。
それでも80人くらい来た。

・・・・・うーん、これくらいで固定してくれたら少しは対策練れるかも?

フロアは大変そうだったけど。
キッチンは前よりスムーズになったみたいだ。

料理が出るのにスムーズになったから、テーブルの回転率もいい。
お客様も満足してくれたみたいだ。
一応、『撮影禁止』って張り紙したしね。





営業後。
15時を回り一息。

浩一朗の賄いで遅いランチタイムだ。



「いやー、結構来たな」

「でもさ、料理すっげえ早かったじゃん!やっぱ晋くん1人いるだけで違うよな!」

「ま、確かにな。俺が最後までやらなくてもよくなったから、作るのに集中できるし」

「恐縮です」

「なんだよ、固えなあ」

「まあまあ大亮。それがこいつの個性だろ?」

「うん、バッチリね?明日もこの調子でよろしくね?」

「うん!」
「おうよ!」
「ああ」
「わかってるって」
「はい」



5者5様・・・・・。
でも、チームワークは悪くない。
多少お客さんの数が増えてはいても、協力してなんなくこなせる。

私もフロアを逐一チェックしてなくても平気そう。

人数考えて入れてるけど、やっぱり食事時間はそれぞれだから、終わり時間が掴みづらい。
プラス料理の時間とかも見て、だったし。

初めてだからそういうのも加減がわからなかったけど。
それも含めて、中の皆がフォローし合ってくれてるから上手くいってる。



こうして、私達のレストランはスタートした。

平日のランチタイムだけ、ってのもあって、康太君、大亮さんは他のバイトも掛け持ち。
晴明は夜、今までどおりバーで働いてる。出勤日数は減らしてるみたいだけど。
浩一朗は、ウチだけ。・・・・・優雅?
そして、山崎君は学校を来月卒業するらしい。
なんでも、規定の時間数をクリアすれば卒業できるみたいだ。



1ヶ月も経てば、徐々に常連客も増えてきて話しかけられる事も増えた。



「ここ、ランチ以外の営業はしないんですか?」



そう聞かれることも増えた。

『もっと長い時間いたい』
『ミーティングで使いたい』
『商談とかしてもいいかな?』

意外と、中小企業が多いから会社ではなくウチを使って話し合いとかしたいようで。
なので、カフェタイムを作ってもらいたい、との要望が多いのだ。



◼︎ ◻︎ ◼︎



「ううううう」

「響子さん、何唸ってんだ?」
「さあ・・・・・何か変な物食べたとか」
「馬鹿野郎、お前等じゃねえんだ、そんな事あるわけねえだろ」

「ひでえ」
「ひでえよハルさん」

「はぁ・・・・・なんでお前等は放っておくと漫才するんだ」
「お察しします」

「あっ!晋くんまでひでえ!!!オレ達だって色々考えてんだかんな!!!」

「す、すまない」

「全員正座しやがれ」



こっちからしてみれば、貴方達全員、劇団員か何か?ってくらい面白いけど?
なんだってそんなに息がピッタリになっちゃったんだろうか?

同じ釜の飯ならぬ、同じ皿の飯?



「響子」

「こーひーください・・・・・」

「疲れてんな」

「みるくも」

「・・・・・」



無言でいい匂いの珈琲を淹れる晴明。

フロアのテーブルに座り、突っ伏す私の周りに皆がわらわらと来る。



「どーしたんだ?響子さん」
「何か心配事か?俺でよけりゃいくらでも聞くぜ!」
「お、俺に出来ることがあるなら・・・・・!」

「ん~~~、誰かデザート作れる?」



かちん、と固まる。
そーだよね?君等に期待しちゃいないけどさ?



「カフェタイムを作って欲しいって要望が多いの。
でもやるにしても、飲み物だけじゃ・・・・・ね?」

「なるほどな、だから『デザート』か」

「そゆこと」

「だな、飲み物だけじゃ限度があるからなあ」

「ありがと、ハル」



ことん、と珈琲のカップ。
ちゃんとミルクも入れてくれてある。さすが。

一口こくり、と飲めば豊かな薫り。

頭がほぐれる感じがする。



「おいし」

「それはよかったぜ」

「でもって何か甘いもの、ときちゃうわけよ」

「あー・・・・・それはなー」
「俺、チョコレート持ってんぜ」

「ちょーだい大亮さん・・・・・って私はこれでいいけど、お客様にはそうはいかないでしょ?」

「だよなー」

「俺も作れないわけじゃねぇが・・・・・パティシエじゃねぇからな?
どうしたって、アラが出るし」

「俺も手伝い程度ならできますが、それ以上は・・・・・」

「私も『趣味』程度のお菓子作りはするけど、とても人様に出せるレベルじゃないもの。
友達にあげるくらいならいいけどね・・・・・」

「つーことは?」

「パティシエ、探さなきゃね・・・・・」



ていうか、こんな不定期な営業のレストランに来てくれるパティシエいるの?

そうとう物好きな子じゃないと・・・・・
しかも低賃金でも我慢してくれる子。

求人、出してみようかな・・・・・
経営面も多少形が見えてきたから、1人くらいなら雇えるかも。



・・・・・今いる人にも低賃金なのにねえ・・・・・。とほほ。
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