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12皿目
しおりを挟むオープンまで5日。
準備におおわらわで、忙しい日々を送っていた時のこと。
忙しいのもあって、透にもあまり会えていなかった。
折りしも大きなプレゼンを控えていた透。
電話はちょくちょくしていたけれど、疲れたような声に、仕事の忙しさを知った。
『大丈夫?』と聞いても、『平気だよ、頑張らないと。俺がリーダー任されたし』と答えていたけど。
プレッシャーになっているのは間違いないだろうなと思った。
佐々木さんもプロジェクトメンバーとしてお手伝いをしているそうだけど。
正直、それよりも私は自分の事で精一杯だったのもあって、追及はしなかった。
こうして話に出してくるくらいだし、特にやましいところもないだろうと思ったから。
そうして、準備で忙しくしている私に、晴明が話しかけてきたのだ。
「ちっと、いいか?」
事務所にいた私のところに顔を出した晴明。
なんだかいつもよりも遠慮がちに。
「いいわよ?どうぞ」
「悪いな、仕事中に」
「大した事ないわ、休憩したかったから」
デスクからソファへと移れば、晴明も隣へ座る。
何の話かな?と思って顔を見れば、ちょっと困ったような顔。
「何?」
「ああ、いや・・・・・」
「?」
「言いにくいんだが・・・・・」
いつもハッキリ物を言う彼にしてみたら珍しい。
こっちが恥ずかしくなっちゃうような台詞だって平然と言うくせに。
「ま、まさか。辞めたいとか?」
「なんでそうなるんだ?」
「だって、私に言いにくい事なんてそれくらいしかないじゃない!」
「違えよ。それはねえ。安心しろ」
「・・・・・」
「俺がお前から離れるなんて事はねえ。誓ってもいいぜ?」
「・・・・・なんか聞きようによっては大変恥ずかしくなる台詞なんですけど」
「そう取ってくれても構わねえぜ?」
「大変口が回るようになったようで。・・・・・話しやすくなった?」
はは、と苦笑が漏れる。
つと、視線を下に逃がし、真剣な色をした。
「お前、彼氏とうまくいってんのか?」
「ん?最近ずっと会ってないかな。お互い忙しいから」
「そうか・・・・・。昨日なんだが。バーの方で仕事してたんだがよ。
あの女が来てな」
「・・・・・佐々木さん?前に私の彼の隣にいた、髪の毛くるくるの子?」
「ああ。最初はわからなかったんだが。友達数人と来ててよ。その中の1人が常連でな。
女子会?みたいな感じで世間話をしてたわけだ」
「へえ・・・・・」
「女だけのおしゃべりだと、すぐに恋愛の話題になるんだな。
じっくり聞いてた訳じゃねえけどよ。」
「あはは、そうかも」
「んで、自慢げに話してた訳だ。『私の好きな人は彼女持ち』だってよ」
「すごっ」
「すごっ、じゃねえだろ全く。」
「いや、そこまで悪びれないその性格、真似しようと思ったって出来ないわよ?」
「『もう少しで奪えそう』って言ってた」
「っ、・・・・・」
「・・・・・悪いな、こんな話で。知らないよりはいいかと思ったんだが」
「いいの。しかし、諦めないのよね・・・・・どうしたらいいのかしら?
いくら邪険にしても頑張っちゃうのよね、あの子。
そのエネルギーを違う方向に持っていったら凄いと思うんだけど」
「あー、確かに。」
「いっそのこと、ハルに惚れないかしら」
「おい・・・・・勘弁してくれ」
「あら?その反応・・・・・もしかして、常連って言った子は惚れられてたりする?」
「・・・・・」
「そうなんだ、それもまた困り者ね?昨日も迫られちゃった?」
「思い出したくねえ」
「イケメンバーテンか。そりゃ心奪われちゃう子も続出よね」
「客に手を出すのはNGだぞ」
「そうなの?」
「俺ルールだが」
「そんなの自分次第じゃないの・・・・・」
だんだん趣旨が外れていってしまっているけれど。
でも私が会社からいなくなった事で、彼女はかなりアタックしてるんじゃないかと思う。
同じ部署なら、お手伝いとして一緒にもいられるだろうし。
透も、まんざらじゃないのかな。
そんな考えが顔に出たのかもしれない。
晴明が何か言いかけた時、事務所のドアが開いた。
「ここにいたのか。晴明」
「巽さん」
「下で康太が探してるぞ。どこだか行くんじゃねぇのか」
「あっと。そういやそうだったな。・・・・・悪い、行くな」
「あ、うん。いってらっしゃい」
入れ替わりに、浩一朗がソファに座る。
ぱふ、と頭を軽く叩かれて見上げれば、笑いを含んだ紫色の瞳が私を見た。
「何辛気臭い顔してやがる」
「巽さま~~~~~~」
ここはアレだ。
百戦錬磨(であろう)なこの人に助言をもらいましょう、そうしましょう。
「おい。何してんだ」
「すがってみた」
「だから何だってんだよ・・・・・」
「女なんて吐いて捨てるほど取り巻きのいそうな巽浩一朗さんに助けてもらおうと」
「ちょっと待て、お前は俺をなんだと思ってやがるんだ」
「現在の女の数は5人くらい?」
「いるかそんなの」
「いやいや。3人くらいは」
「いねぇっつってんだろ!いい加減にしろ!」
「ちぇ」
「ちぇ、じゃねぇよ・・・・・。ほら、離れろ」
「いい匂い」
くそ、と小さく呟きながらも、私のしたいようにさせてくれる。
意外に優しい。
口は悪いけど。
すぐ怒るけど。
でも、気遣いがあって、とってもいい男。
・・・・・女にモテるのがわかる。
「で?」
「ん?」
「晴明に何言われてたんだ」
「あ~~~。
・・・・・一刀両断せずに聞いてくれる?」
「話によるな」
「もういいです」
「・・・・・わかったよ、言ってみろ」
多分、そういう話あんまり好きじゃないんだろうな。
でも、私が相手だからちょっと頑張って構ってくれてる。
『別れろ』以外のフレーズが出てくるかなあ?
そのまま、私はさっき晴明に言われた話をしてみた。
最近忙しくて、透に会ってない事。
とん、とん、と背中を指先が軽く叩くのに気持ちよくなって、話してみた。
「・・・・・また面倒臭い女に引っかかったな」
「言っちゃう?ソレ」
「大抵、引き際を心得てる女ならすでに一線引いて、会社の仲間くらいに留めてるだろ。
それを構わずにくっついてるんだから、相当クセのある女だな」
「そうよね・・・・・私にメールやら電話やら頑張ってたし」
「直接相手の彼女に言うってのも、相当自分に自信がねぇとしねぇだろ。
この場合、相手がお前だろうと他の女だろうとこいつのやる事は同じだろうな」
「冷静な分析ね」
「お前が頼ってきたんだから少しは役に立たねぇと拙いだろうが?
『別れろ』って言うのは簡単だがな」
「ありがたいです」
「・・・・・別れる気はないんだろ?」
「うん、今のところはね。・・・・・浩一朗は別れて欲しそうね」
「お前にゃもっといい男がいるだろ。」
「そうかなあ・・・・・」
「相手の男がお前を離したくないって気持ちはわかるがな」
「え?」
「お前も言ってたろ。『いるだけでなんか落ち着く』って」
「あ・・・・・」
「男はな、若いうちは隣に連れ歩く女は綺麗でスタイルよくてとか見た目で選びがちだが。
そのうち、一緒にいて安らげる女を求めるもんだ。
外でだけ会う遊びの女なら見てくれを重視すんだろうが、家の中で長時間共にいる女には安らぎを求めたいんだよ。」
「そういうもの、なのかしら」
「女だってそうじゃねぇのか?だんだん、落ち着ける相手を探すだろうが」
「・・・・・ですね」
「その点、お前は合格点だろ。こうやっていても俺もそんなに気を張らずにいられるしな」
「そうなの?もっと猫被ってるの?」
「・・・・・猫を被る、が当てはまるかどうかはわかんねぇが。そうかもな」
そういうもの、なのだろうか。
自分だって、『安心できる人がいい』なんて思っておきながら、相手はそう思ってると考えてなかった。
指摘されれば、納得できないこともない。
そんな理由で、透は佐々木さんより私を選んだの?
・・・・・私もそういうところがあった事は否めない。
今、別れた所で他の人を探すのが面倒。
そういう気持ちがあったのも事実だ。
それに、『戻ってきてくれた』。
そう、『勝った』と思わなかったかと聞かれれば、そんな事はない。
浮気相手より、私の方が本命。
そう思った。汚い事実。
「おい。考え込むなよ」
「だって・・・・・」
「そういうのも込みで『恋愛』なんだろ?違うのか」
「そうだけど。はあ。なんか急激に色んなことが面倒になったわ・・・・・」
「おいおい」
「よし。放っておこう」
「放置かよ」
「だって、それよりやらなきゃいけないことあるもの」
色恋よりも、目先のオープンの事が今は大事だ。
・・・・・例えそれが、透を失うかもしれなくても。
今の私は、彼との恋愛よりも、レストランのオープンが大事だと思ってしまっている。
・・・・・こんなの、彼女失格だよね?
佐々木さんに、獲られても文句言えないかも。
『忙しい』を理由に、お互いに関係をおざなりにし合っているんだから。
ひし、と縋ってくっ付いていた体を起こし、ぺこ、と頭を下げる。
「ありがと」
「・・・・・訳ねぇよ」
「ふふ。さすが巽様。勉強になりました」
「やめろ」
「あはは。照れる?」
「俺も人の事言えねぇよ。今はないが、昔はそうとう女にひどい事したからな」
「え」
「それこそ、気に入れば抱いたし、飽きれば他の女に手を出した。
常時、3人くらいは女がいたからな」
「うわわわわ」
「流石に揉められると面倒になって、手を出すのを止めたが。
・・・・・不思議なもんで、止めたら止めたで今度は女の方がしつこく寄って来る。どうなってんだかな」
「も、モテる方にも悩みがあるのね・・・・・」
「俺の顔だけに目がいってんだろ?『そんな事を言う人だと思わなかった』が喧嘩の上位だな」
「・・・・・男の人に言うのもなんだけど、浩一朗って美人だものね・・・・・。
ハルや、大亮さん、康太君も揃ってイケメンだけど、みんな顔立ちの雰囲気違うもの。
で、今は?いないの、彼女?」
はっ、と面倒臭げに笑う。
「女なんて面倒だろ。そりゃ、抱きたくなる時もあるがそれはそれだろ?
なんにせよ、今は仕事の方に手一杯で、彼女なんて必要ねぇよ」
「そう・・・・・」
「お前の所為じゃねぇからな。そこんとこ勘違いすんなよ」
「ハイ・・・・・」
晴明にも同じ事を言われた。
でも確かに、自分だけでいっぱいな状態。
彼氏、彼女がいても、フォローしにくいのも確か。
『会いたい』という欲求に答えてあげられない事も多いだろう。
そう、今の私と透のように。
これからどうなるかなんて、わからない。
でも今は、一歩ずつ進んでいくしかない。
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