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学園生活、2年目 ~前期~
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しおりを挟む軽食を食べ終え、お茶を入れてもらう。
さて、カイナス副官の時間を無駄にさせる訳にはいかないしね。
「改めて、すみませんでしたカイナスさん。とりあえず体調は大丈夫です、とアナスタシアさんに伝えてください」
「大丈夫なんですか?魔力切れになるほど疲れさせたということで、アナスタシア様も心配していましたよ。俺に見て来いと仰るくらいですから」
「それはお手数お掛けしました・・・」
「昨日の事は、団長がアナスタシア様にお伝えしたんです。そうしたらアナスタシア様はとても気にされてね。お嬢さんを危険に晒したと」
「あー、いえ、あれは自分から首を突っ込んだようなもので」
「いえ、こちらの甘さもありました。団長はアナスタシア様にきっちりしごかれていますよ」
えっ…まぁ愛する妻を宥めるのは夫の役目だろうし…それはそれでいいか。頑張れ団長さん。
カイナス副官は私をじっと見て、さらに問いを重ねる。
「魔力切れの方はもう回復しましたか?」
「はい、筋肉痛もあったんですけど。あれって回復魔法でなんとかなるものなんですね。私、てっきり二、三日はダメだと思いました」
「そうですね、あまり知られていませんが楽になります。元々回復魔法自体は自己回復能力を高めるものですからね。・・・だったらどうして?」
「あ、本を読もうとしたら過呼吸起こしちゃって。もう大丈夫ですよ、耐性付きましたし。アナスタシアさんにもそう伝えてもらって構いません」
「・・・」
何か言いたげなカイナス副官。でも私はそれ以上の情報を開示する気はない。
アナスタシアさんに報告するのなら、これだけでもわかるはずだ。団長さんにも聞かれるのかもしれないけど、きっとこの答えでは何も分からないと思う。それはカイナス副官も同じだろうけど、私は説明する気はない。
カイナス副官もそう感じたのか、そうですか、と答えて帰って行った。
見送りに出たセバスさんに、本のお礼を言っていた。
どうやらゼクスさんの書斎から借りた本は、本当に貴重なものだったようでカイナス副官は読んでみたいものだったらしい。
「お役に立ちましたようで、ようございました」
「本当にありがとうございました。ここで読めるとは思っていませんでしたので。むしろお嬢さんが起きてこなくて助かってしまったね」
「え、読み終わったんですか?」
「ああ、なんとかね。だから待たせた事を気に止まないでくださいね、お嬢さん。俺としてはとても有意義な時間の過ごし方でしたから」
「カイナスさんがそういうなら、そうします」
「そうしてください。・・・また何かあれば遠慮なく近衛騎士団詰所へ来てください。アナスタシア様が不在でも、俺や団長はいますから」
「ありがたく受け取っておきます」
ではね、と馬車に乗り込む。今日は馬じゃなくて、タロットワークの馬車で近衛騎士団詰所まで送るのだそうだ。
来る時は近衛騎士団の馬車で来たらしいけど、さすがに時間がかかるから、私を待つ途中で帰したのだとか。
「さて、読書の続きしますか・・・」
「お夕食は少し遅めにご用意しますね」
「そうですね、今食べたばっかりだし。今度は気をつけて読書するので、お願いしますね」
「何かありましたら遠慮なくお声がけ下さい」
心配しましたよ、と念を押される。すみません、私も倒れるつもりじゃなかったんですけどね…
部屋へ戻り、再度チャレンジだ。大学ノートを手に取り、ページを捲る。大丈夫、今度は受け入れられるから。
********************
「コズエ殿はまた部屋に篭っているのか」
「・・・はい。夕食は簡単なものをお部屋へとお運びしました。かなり真剣にお読みでしたから」
「・・・そうか」
カチリ、とカトラリーを戻す音。
遅い帰りであったので、旦那様の食事も軽めのものに。
最近は城での仕事も増えた様で、お帰りも遅い。
タロットワークの当主を降りて数年。現当主の肩書きは息子であるゲオルグ様に移ってはいても、魔術研究所の所長である事。そして前王族であり第一王位継承者であった方だ。多くの貴族の当主が今でも旦那様に傾倒している事は知っている。
この方の父親である元国王、ジェムナス様も立派な王であった。
既に鬼籍に入っておられるが、あの方の治世に関わった『影』の一人としては今でも誇らしい。
私は十代の頃より『影』として生きてきた。
技術を学び、同輩と切磋琢磨し、王族たるタロットワーク一族の助けとなり、国を支える手となり足となり働いてきた。
その中には明るみに出られないことも多かった。しかし国を維持するということは綺麗事だけでは回らない。その光も影も全てを掌に包み、転がし、操る。
ジェムナス陛下も、ゼクスレン様もその『技量』は人よりずば抜けておいでであった。だからこそ王族を降りる、臣籍降下する事になっても私『達』はこの方達に付き従ったのだから。
「セバス、其方には苦労をかけるな」
「何を仰せですか、旦那様。いついかなる事があろうとも、『我等』の忠誠は貴方と共にあります」
「・・・現王族を支えてもらいたかった、とも思ったのだがな」
「彼等はきちんと私達と同じ『影』達がお守りしております。御心配には及びません」
フッ、と苦笑する旦那様。『だがそれはお前ではないだろう?』と言いたいのだろうと察するが、言葉にはしなかった。
王家が代わる際、『影』も分裂した。
すなわち、そのまま新王家を守る事を是とする者達と、旧王家に付き従う事を決めた者達と。
こればかりは本人の忠誠の有り様であった為、強制的に行く先を決められる事はなかった。
…長たる私が旧王家と共に在る事を選んでしまったのだから、何も言える立場ではないのだが。
私の忠誠は『王家』ではなく『ゼクスレン・タロットワーク』にある。この方が臣籍降下すると言うのならば付いていかない道理は無いのだから。
「王城にいたのではできない経験を積ませて頂いておりますので、悔いはありませんよ」
「確かに、王城は窮屈すぎる。城から出て多くの見るべきものがたくさんあることに改めて気付かされた。我が国がどれだけ恵まれ、そして変わらなければならないのかも」
臣籍降下してから、たくさんの事を成し遂げて来た。
ジェムナス様もゼクスレン様も精力的に動き、凝り固まった王家の古いしきたりを治し、今の国の在り方を作られた。
それは『王』として上から見ていたのだけではできなかったこと。そして臣下となったからこその働き。
「・・・色々ありましたね」
「そうだな。そしてまた風が吹いている。『彼女』はどんな事を我等にもたらしてくれるのか」
「少し期待をしすぎではありませんか?彼女は単なる一人のか弱い女性ですよ」
「よくも言うものだ。あれだけ魔法の手解きをしておいて。今も尚、魔法の特訓に付き合っているだろう?」
「そうですね、彼女は非常に優秀な生徒ですので」
驚くほど、彼女は魔法について無知であり、そして驚くほどに多彩な才能を見せた。力が飛び抜けて強い訳ではない。しかし、そのバリエーションの多さ、想像力の強さは『異世界人』である事を差し引いてもあまりあるものだと思われる。
「・・・彼女に『攻撃魔法』の才能がないことに感謝せねば。あの調子で魔法を開発されれば、驚くような魔法が生み出されるのではないかと」
「それは大丈夫だろう。彼女は何よりも『命の重み』を知っているお方だ。この世界の人間よりも一番『命の重み』を知っているだろう」
「・・・異世界の知識がそうさせるのでしょうか」
「そうだな。そして、おそらく経験もしているのではないか?そう思わせる程に、彼女の『攻撃魔法』に対する忌避は強い。だからこそ護らねばと思う」
確かにその通りだ。あの心優しい方をなんとしても護らねば。
通年よりこの国は非常に平和で、過ごしやすい。それは彼女の『加護』のおかげもあるのだろう。
願わくばずっとこのままいてもらいたいと願うが、彼女の願いが『帰ること』であるのならば助力を惜しんではならない。
─────そう、それが主君たる『この方』の望みなのだから。
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