異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん

文字の大きさ
上 下
86 / 158
学園生活、2年目 ~前期~

109

しおりを挟む


日当たりや温度、湿度共に適温に調整されているサロン。
その中の一角に、ゆったりと寛ぐ男性の姿があった。

私がサロンへ入ると、本を読んでいた顔が上がる。


「お嬢さん、具合は大丈夫なんですか?」

「す、すみませんカイナスさん。ものすごくお待たせしましたよね・・・!?」

「あー、そうですね。でも色々と本を読ませてもらっていましたのでとても有意義な時間でしたよ」


苦笑するカイナスさんは、本日私服のようだ。近衛騎士団の制服…鎧姿や隊服しか見た事なかったから新鮮。
シャツにベスト、皮のパンツにショートブーツ。お洒落ですねぇ、さすがに。このくらいの歳になれば、自分に似合う物似合わない物がきちんとわかっているし、若者みたいにゴテゴテ飾り立てもしない。まぁその辺りは人の好みに寄るのだろうけど。

同じ私服でもシリス殿下やカーク殿下はアクセサリーがある程度あってもそれがよく似合っているからね。

向かいのソファへ座ると、カイナスさんもまた腰を下ろしてくれた。テーブルの上には茶器セットと、数冊の難しそうな本。持ってきたのかな?


「その本、持ってきてたんですか?」

「いえ、これらはゼクスレン様の書斎よりお借りしたんですよ。執事さんが『どれでも好きなものを』と許可をくれましたのでね。さすがはゼクスレン様の書斎ですね、こんなに貴重な本がたくさんあると思いませんでした」


どうやら、カイナスさんは割りと読書家?なのかもしれない。見てみると高位な魔法の本ばかりだ。私には読もうという気すら起きてこない…
だいたい高位魔法の事はゼクスさんやセバスさんに噛み砕いて教えてもらっている始末。


「お腹とか空きませんでした?」

「いえ、そこまでは。普段から朝と夜しか食べていませんしね。昼は軽く摘む程度ですから、そこまで気にしませんでしたよ。お茶はさすがにいつも俺が飲むのとは違って美味しいですし」

「そ、そうなんですか」

「昨日のことがありましたから、体調が少し心配だったんです。経緯は全て団長がアナスタシア様に報告したようで、今日は朝から『様子を見てこい』とご命令をいただいてしまってね」

「す、すみません!カイナスさん忙しいのに」

「いえ、今日は俺は非番だったんですよ」

「非番!?お休みですよね!?だったら尚更じゃないですか!」


貴重な休みの時間を四時間も無駄に!?
しかももう昼も過ぎて三時のティータイムだよ!?一日無駄にさせちゃったんじゃないの!?

しまった、どうしよう!と思う私をカイナスさんは面白いというように笑って見ている。笑い事じゃないですけど!


「いや参ったな、お嬢さんに気負わせてしまいましたね。俺は非番でもいつも近衛騎士団詰所にいて、ほとんど出掛けたりしてないんですよ。結局訓練に参加したりしてね。大体の近衛騎士は同じように過ごしていますかね、婚約者がいればまだ違うんでしょうが」

「お休みに出掛けたりしないんですか?」

「うーん、結局何かあれば呼び出されてしまうし、そうするとどこか遠出だったりすると困るからね。街をぶらぶらするくらいかな。買い出しに行く時もあるけれど、それも月に一度行けば済んでしまうしね。だから今日ここに来て貴重な本が読めるのは俺にとってはかなり有意義な時間なんですよ」


お茶も美味しいし、街のカフェに行くより居心地もいいしね、とウインク。まあそう言ってくれるのであれば少しは気は晴れるけれども。
…図書館?いや、ブックカフェとでも思えばいいのかな?

ふと、いい匂いがしてくる。サロンの入口方向を見ると、ライラがワゴンを押してくるところだった。あ、エッグベネディクトか。


「失礼いたします。コズエ様、お食事をお持ちしました」

「ありがとう、うわ、さすがの再現率」

「セバスさんが腕を奮いましたから」


過去食べたエッグベネディクトに勝るとも劣らないビジュアルのやつが出てきた。ホントにざっくりとした説明しかしてないのに驚きの再現率…私の脳内イメージ見えてるのかしら?セバスさんて。

私の目の前にサーブされる皿を見て、カイナスさんも驚いた様子。


「・・・これ、何だい?」

「え?エッグベネディクトです」

「えっぐ・・・べね?」


しまった、これはあちら地球の食べ物だったー!
タロットワーク別邸では当たり前になっているあちら地球産のレシピも、こっちアースランドの人にとってはお初だよね!?

私は『食べたい』っていうだけでどんどん作ってもらっちゃってるけど、基本的に全てのレシピはこのお屋敷以外には出回らないようにしっかりとした規制がされている。

…まぁこのお屋敷にいるのタロットワークの息がかかった人だけだしね?漏らそうものなら粛清されちゃうよね?わかんないけど。


「・・・」

「えと。食べます?」

「えっ?・・・いいのかい?」

「えーと。ライラ?」

「セバスチャンさんがご用意していますのでお待ちくださいませ」


そう言うと、セバスさんがワゴンをカラカラ運んできた。こうなる事を予測していたのか、カイナスさんの分も作っていたらしい。

私はカイナスさんの前に用意されるのを待って、食べることにした。


「どうぞ、カイナス伯爵閣下」

「すみません、色々と。しかし私はまだ『伯爵』として名乗っておりませんので、どうかご容赦を」

「申し訳ございません、本日は公務でいらっしゃっている様子ではありませんでしたので、『近衛副官』とお呼びするのはいかがなものかと思いまして」

「お気遣い痛み入ります。そうですね、この年で侯爵子息を名乗るのも烏滸がましいですね。伯爵で結構です」


なんか政治的なやり取りを見た。カイナスさん『伯爵』って呼ばれたくないのかなー?とはいえ侯爵家の名前を名乗るのも微妙?よくわからないなぁ。

セバスさんは、このレシピはタロットワークのシェフのオリジナルだから、外には漏らさないで下さいと茶目っ気たっぷりにカイナスさんに口止めしていた。グッジョブです、セバスさん。

しかしエッグベネディクト、これってそこまで秘密レシピにしなくても良さそう。だってこれに使ってるソース…オランデーズソース?だったかしら?これ元々あったものだし。
最初は白身魚のムニエルにかけて出されたのよね。なんか食べるうちにどこかで食べたことある味だなぁと思いながら何度か食べていたら、ピンと閃いた。

下地のパン…マフィンだってあってたし、ポーチドエッグだって元々ある卵料理だし?サーモンもベーコンもチーズも素材自体はこちらアースランドにだってあるものだ。
ただ、それをこんな形で組み合わせて食べる人がいなかった、ってだけで。


「・・・よく思い付きましたねこんなメニュー」

「ホントですよね~でもこれ美味しいから好きです。ボリュームもありますしね」

「確かにね。見た目も華やかだし、ランチの軽食にピッタリだね。女性達にも人気が出そうだ。
・・・こちらのメニューはタロットワークお抱えのレストランやカフェで出す事はないのですか?」


気に入ったのだろう、カイナスさんはセバスさんにそんなことを聞いた。ん?タロットワークってレストランとかカフェ経営しているの?

セバスさんはふむ、と少し考え込むポーズ。
…もしかして本当に商品化させるつもりでいるんじゃないだろうか?リコッタチーズのパンケーキも、学園のカフェでのみ出すようにしてるんだったよね。あれもカフェで出したら売れそうよね。


「そうですね、旦那様と相談してみなければなりませんが、カイナス伯爵のお墨付きとなれば、考えざるを得ませんね」

「はは、私の意見なんて大したものではないですよ。またこれを食べたいと思っただけのことです。こちらへ来る訳にもいきませんからね」

「お気に召したようで何よりです」


まぁこれくらいなら王都で流行らせてもいいんじゃないかなぁ?なんて呑気なことを考えながらもぐもぐ食べる私でした。うん、おなかいっぱい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

【☆完結☆】転生箱庭師は引き籠り人生を送りたい

うどん五段
ファンタジー
昔やっていたゲームに、大型アップデートで追加されたソレは、小さな箱庭の様だった。 ビーチがあって、畑があって、釣り堀があって、伐採も出来れば採掘も出来る。 ビーチには人が軽く住めるくらいの広さがあって、畑は枯れず、釣りも伐採も発掘もレベルが上がれば上がる程、レアリティの高いものが取れる仕組みだった。 時折、海から流れつくアイテムは、ハズレだったり当たりだったり、クジを引いてる気分で楽しかった。 だから――。 「リディア・マルシャン様のスキルは――箱庭師です」 異世界転生したわたくし、リディアは――そんな箱庭を目指しますわ! ============ 小説家になろうにも上げています。 一気に更新させて頂きました。 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...