56 / 158
学園生活、1年目 ~春季休暇~
79
しおりを挟むアリシアさんを先に帰し、私とエリーはちょっぴり秘密のお話をする事にした。
さっきの『監視』のお話もアリシアさんには『まあそこまでいかないわよ!』と言っておいたので気にやまないとは思う。多分。
「アリシアさん、気にしてるかしら」
「私もあそこまで踏み込む事はありませんでしたわね、反省しますわ」
「・・・そこまで『聖』属性の魔力の持ち主、ううん、アリシアさんて重要視されてるの?」
『監視』とは穏やかじゃない。しかしエリーがそう言うってことは、有り得るって事だ。
エリーも紅茶に口を付け、目を伏せる。
「コズエがどこまで事情に詳しいかわかりませんけど、『聖』属性の魔力の持ち主というのは本当に一握りなのですわ。だからこそ、神殿は対象者が産まれたらすぐに使者を送りますの」
「そこまで?」
「神殿も必死なのですわ。『聖』属性の魔力の持ち主は昔よりも少なくなっているみたいですから。とはいえ絶やすわけにもいかないでしょう?
生まれつきでなく、後天的に属性が出たという事は、かなり特殊なのです。ですから神殿はアリシアさんを諦めはしないと思いますの」
思ったより大変だった、アリシアさん。
元々少ない属性の持ち主なのに、ふと後天的に得る事ができるなら、確かにそのカラクリを解明したいと思うのだろう。
…そのうち『聖女』認定とかされちゃったりして。
「それに、今学園ではカーク殿下と仲がよろしいでしょう?星夜祭ではダンスまでしていましたし」
「ダンスもまずかった?」
「いいえ、婚約者がいてもダンスくらいは大した事ではないんですのよ。ただ、相手が『アリシアさん』という事が問題ですの」
そういう事か。いかに婚約者がいる身とはいえ、夜会のダンスのお相手なんか、他の令嬢も務める事がある。
しかし相手が『後天的に聖属性を獲得した』『アリシア・マール』だった事がまずかった、と。
学園での噂がやたら多い、と思ったのもこれか。他の女生徒ならばともかく、『アリシアさん』だったから他の貴族生徒達もあそこまで過剰に騒いだ訳だ。
「アリシアさん、他の誰と仲良くしても噂になるって事ね」
「その通りですわ。もしアリシアさんがカーク殿下と・・・となれば王家と神殿のパワーバランスにも影響が出るかも知れませんわね。実際にどうなるかはわかりませんけれど」
「ねぇエリー?前にアリシアさんがカーク王子を好きなら諦める、って言ってたのは本心?」
「ええ、そうですわ」
エリーはそう言うと、少し改まるように話し出した。
「・・・コズエには違和感があるでしょうね。どうして、って」
「私ね、前にカフェでアリシアさんとエリーと初めて話した時に『ワタクシの婚約者に手を出さないで』って言うと思ったの。でもエリーは言わなかった」
「はい」
「カーク王子を好きではないのか、それとも家族としての愛情しか湧かないのか、それとも誰か他に好きな人がいるのかの三択かなって」
「・・・コズエは鋭いですわね。こんな話、他の令嬢には理解してもらえないと思っていましたわ」
まあ年頃の令嬢にはわかるまい。しかし『好き』には人それぞれあって、『異性』としての愛情と『家族』としての愛情はまた違う。
そして、愛しているからこそ自分ではなく他の人と幸せになって欲しいと願う気持ちもある。
ただ相手を恋うる感情だけを『愛』とは呼ばないという事を『私』は知っている。
「・・・ただ相手を好き、ってだけでなんとかなると思うほど私は単純じゃないのよ」
「まあ、お母様のような事を言いますわね」
ウフフと笑うエリー。そうですね、気分は母親です…
子供産んだことないから、100%わかるとは言わないけど!
「カーク王子の事は好きですわ。ただ、それはコズエの言うように『家族』としての愛情に近いのではないかしら。だからこそ、もしもあの方に本当に愛する相手が現れたのなら、私はその方と幸せになって欲しいと思いますの。
王族の伴侶となる事を拒否している訳ではありませんけど、何よりも幸せになって欲しいと思いますから」
「エリー・・・」
「貴族の娘として産まれたからには、嫁ぎ、子を成す義務があります。お祖母様もお母様もそうして血筋を守って来られた。私だけがその義務を果たさなくていいなんて思いはしませんわ。
その相手が誰であろうと、私はローザリア公爵家の長女として役目を果たします」
まだ、15~6歳の少女がここまで自分の運命を受け入れているとは。私は頭が下がる思いだ。私、同じ年の頃何してたんだろう?ただ呑気に高校通ってたっけなぁ。
「・・・カーク王子と婚約破棄したら、シリス王子とか」
「・・・」
「えっ、あるの」
「可能性としてはありますわ。シリス殿下と近しい年代の方は皆様、婚約あるいは結婚していますから。近隣諸国にも年の合う姫君はいらっしゃらないし、そうなると私にも白羽の矢が立ちますの」
「弟王子の婚約者を兄王子がってアリなの?」
「ない、とは言えませんわ。幼少期から婚約してはいましたけど、既成事実もありませんもの。公に公表したのも夏でしょう?」
「もしかして打診された?」
「正式に、ではありませんわ。お父様からそれとなくカーク殿下とアリシアさんの事を聞かれたくらいで」
あ、暗躍している…!もしかしてシュレリア様主催の『プリンセスレース』の余波がここに!?
ごめんエリー、本当にそうなら言い出しっぺは私か…?
エリーは血筋、身分共に申し分ない。幼い頃から王族の伴侶となるべく教育を受けているし、相手が王弟から国王にランクアップするだけだ。第一夫人として振る舞う素地はあるし、王妃となるべく仕上げをするだけで完璧。
…うん、並んでも美男美女カップル。
「コズエ?何か不穏な事を考えていませんこと?」
「えっ?いやさぞかし美人な子供が産まれそうだとか思ってないわよ?」
「考えてるじゃありませんの。私、知ってましてよ?シリス殿下はコズエにコサージュを贈る仲なのですって?」
「ブフッ」
むせた。盛大に。
まさかエリーがそこを付いてくるとは!
「いやあのエリー、それは」
「私、王妃様からある程度のお話を聞いてますの」
「シュ、シュレリア・・・」
「あらまあ、お互い名前を呼び合う仲って本当ですのね?すごいことですわよ、コズエ」
シュレリア様!いったいどこまで話をしたの!?
私から探らないとどこまで話をしていいかわからない!
まさか異世界人とか、中身は30オーバーとか言ってないよね!?
エリーにおそるおそる聞いてみると、そこまではバラされてないようで、シリス殿下が私に興味がある事、そしてフリーのお嬢様達でシリス殿下の正妃の座を競わせたい事を話されたのだそうだ。
それもこれも、カーク王子がアリシアさんに興味がある、という前提での話になるが。
だからエリーはアリシアさんに直接『カーク殿下とはどうなのか?』を聞きに来たのだ。それによってはエリーが今後どう動いていくかを決める為に。
「・・・エリー、私はシリス王子の隣には立てない。私には貴方のように国を、民を、命を背負う覚悟はないから」
「コズエ・・・」
「だから私は彼の気持ちを受け入れる訳にはいかない。他にも理由はあるけれど、私が今エリーに開示できる情報はこれが一番の理由」
「コズエ、私だけでなく他の令嬢達にもそこまで『国を背負う』覚悟をしている子はいませんわ。私もこれからその覚悟をしていかなければならなくなるのかも知れませんけど・・・」
「けど、彼の隣に立つのならその覚悟がなければいけない、と私は思うの。私は今自分の事だけで精一杯。彼を支え、国を支える国母とはなれない。
今すぐその覚悟がなくても、その覚悟をできる人でなければいけないと私は思う。でもエリー?貴方にはその下地があるでしょう?」
そう、彼女にはその下地がある。『貴族の娘として産まれたからには、意に沿わない人にも嫁ぎ、子を成す』覚悟のある彼女には。
きっと他の令嬢達にも、その覚悟がある人はいる。そういう『国』もしくは『家』にその身を捧げる覚悟のある女性ならば、気持ちの強さひとつで『国母』となる決意をするだろう。
そういう人でなければ、人の上に立つ器量はない。私はそう考えているからこそ、私にはその資格はない。
方法があるのなら、必ず自分の世界に帰る、という覚悟をしている私なのだから。
私はすでにこちらとあちらを天秤にかけ、結果を出してしまっているんだもの。
367
お気に入りに追加
10,641
あなたにおすすめの小説

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~
於田縫紀
ファンタジー
ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。
しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。
そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。
対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-
ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。
自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。
いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して!
この世界は無い物ばかり。
現代知識を使い生産チートを目指します。
※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜
青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ
孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。
そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。
これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。
小説家になろう様からの転載です!

異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

【☆完結☆】転生箱庭師は引き籠り人生を送りたい
うどん五段
ファンタジー
昔やっていたゲームに、大型アップデートで追加されたソレは、小さな箱庭の様だった。
ビーチがあって、畑があって、釣り堀があって、伐採も出来れば採掘も出来る。
ビーチには人が軽く住めるくらいの広さがあって、畑は枯れず、釣りも伐採も発掘もレベルが上がれば上がる程、レアリティの高いものが取れる仕組みだった。
時折、海から流れつくアイテムは、ハズレだったり当たりだったり、クジを引いてる気分で楽しかった。
だから――。
「リディア・マルシャン様のスキルは――箱庭師です」
異世界転生したわたくし、リディアは――そんな箱庭を目指しますわ!
============
小説家になろうにも上げています。
一気に更新させて頂きました。
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる