異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん

文字の大きさ
上 下
53 / 158
学園生活、1年目 ~後期・Ⅱ ~

76

しおりを挟む


一瞬にして、びしょ濡れの状態から元に戻った縦ロール令嬢。いったい何が起きたのか把握できない様子だ。

周りのお嬢様達も何が何だかわからない様子だ。
確かにアリシアさんが紅茶を掛けられ、そして縦ロール令嬢がわざとらしい謝罪。
そこから皆さん目を逸らしてしまっていたから、多分一部始終を見ていた子はいない。
しかし私の白々しい謝罪と水音、縦ロール令嬢の喚き声。それらを聞いてはいただろうが、今見てみれば縦ロール令嬢が濡れている様子は全くないのだから。

アリシアさんもスカートを捲って、自分が紅茶を掛けられた所を確認していた。が、すでに私の治癒魔法ヒールで火傷は消えている。
あれ?あれ?と首を捻っているけど、私は今縦ロール令嬢を睨みつけているのでそれどころではない。


「あ、あな、あなたっ、いったいなにをっ」

「あら?蒸し返します?」

「っ、ヒッ」


友好的に微笑んだつもりだが、何やら縦ロール令嬢は怯えて後ずさった。しまった何か黒いものが出ているかもしれない。

そこまで不穏な空気が漂っていたのか、さすがにエリーがこちらへ来た。


「皆様、どうかしましたの?」

「あら、エリー。別に何でもないわよ?」

「・・・コズエがそう言うのなら、そういう事にしましょうか?そんな所でどうなさいましたの?ラドラー侯爵令嬢」

「・・・あら、ラドラー侯爵令嬢と仰るのね、貴方」


名乗りもしなかったから、名前を聞く手間が省けた。
ラドラー侯爵令嬢、って事はアレか。ドランの婚約者候補。

オリヴァー・ドランは婚約してはいないが、国内の貴族に何人か婚約者候補がいるという話は聞いていた。
もちろんコレはメグの情報網からなんだけど。公にはしていないみたいだけど、本人も騎士団に所属する事が決まっている為、学園在籍中に婚約する事はないようだけど、ある程度家同士で話が進むことはあるようだ。ラドラー侯爵令嬢とは、そういう婚約手前の関係。

しかし、ここ最近ドランとアリシアさんの噂も立てられている。本人達はそこまで親密ではないのかもしれないが、元々女性と噂を立てられる程、ドランは周りの女生徒と交流はない。
夜会に出た所で、大抵カーク王子の側近として控えているために、女性と触れ合うことも少ない。
だからだろう、このラドラー侯爵令嬢は、アリシアさんを脅威と見たのだ。将来の婚約者を取られないようにするために。


「な、なんでもありませんわ!失礼!」

「ちょっと、その前に」

「な、なんですの!?」

「失礼な真似をしてすみませんでした」


先手必勝、と私はラドラー侯爵令嬢に頭を下げた。
まあ証拠ないけど、ピッチャーの水おもいっきりぶっかけたからね?一応ね?一応。

ラドラー侯爵令嬢もポカン、と一瞬戸惑ったけれど、私が頭を下げたのを見て、反っくり返るかのように威張り出した。


「わ、わかればよろしいのよ!」

「でしたら、貴方もがありますよね?」

「えっ?」

「さぁ、どうぞ」


私はアリシアさんの前から退く。すると、ラドラー侯爵令嬢とアリシアさんは向かい合う形になった。

私がラドラー侯爵令嬢に何を要求しているのか、彼女は瞬時に悟ったようで、たちまち顔を赤くして異を唱える。


「なぜ私が平民如きに頭を下げないとなりませんの!?」

「あらあらあら?侯爵令嬢ともあろうお方が、まさか自分が何をしたかも覚えていらっしゃらないなんて事はありませんよね?」

「っく、貴方!」

「まさかとは思いますけど、侯爵家では悪いことをしたら謝る、なんて今どき平民の子供でも教えてもらう初歩的なマナーの一つも教えてもらえないだなんて非常識な教育がされているだなんて事はありえないと思うんですけど、どう思います?ローザリア公爵令嬢」

「・・・まさか、貴族ともあろう者がその程度の常識もないだなんてあり得ませんわ、コズエさん」


私の嫌味ったらしい言葉に何かを感じ取ったのか、エリーはさらっと私に合わせてくれた。
多分、自分の見てないところで何か嫌がらせをされたのだろう、と察してくれたのかもしれない。

ラドラー侯爵令嬢はプルプルプル、と羞恥に耐えていたが、勢いよく頭を下げ、噛み付くように言葉を吐いた。


「申し訳ごさいませんでしたっ!」

「これでいいかしら?アリシアさん」

「あ、はい、私は、大丈夫です!」

「そう、なら良かった」


ラドラー侯爵令嬢は頭を上げると、アリシアさんではなく私を睨み付けた。ふむ、私を敵に認定した?別にいいけどね、別にね。

…私今まで新しく入った新人何人も泣かせてきた事あるけどいいのね、私に喧嘩売って。そのメンタルぽっきり折るわよ本当に。

心配そうなエリーを席に戻し、私も再度席に座る。同じテーブルのお嬢様達はとても静かだった。とても。やり過ぎたかな?


「あ、あの、コズエさん?」

「え?」

「すみませんでした、私のせいで」

「いやいいのよ、誘ったのは私だし。さすがにあんな非常識な嫌がらせを堂々としてくるとは思わなかったから、私もおもいっきり反撃したけどね」


目の前にある、空っぽのピッチャー。2リットルくらい入ってた?しかし全部ぶっかけたからな…


「私、かけられた紅茶の事でいっぱいで何したのか見えなかったんですけど、もしかして、あの」

「すごく手応えあったわ」

「そ、そうですか・・・」


目の前のピッチャーを見るアリシアさん。その他のお嬢様。まさか皆これをぶっかけられるとは思ってなかっただろう。


「言ったでしょ?売られた喧嘩は三倍にして返す、って」

「そ、そうでしたね・・・」


にっこりと笑って見せたのだが、アリシアさんの笑顔は引きつっていた。おかしいな?





********************





授業終わりに、教師に呼び止められた。
恐らくさっきの事だろうな。アリシアさんは心配そうに見ていたけど、私はエリーと先に行くように促した。


「何のお話かわかりますか?ミス・ヤマグチ」

「ラドラー侯爵令嬢から何かありましたか?」

「ええ、貴方に恥を欠かされた、と」

「それはまた」

「一応、私も注意をする前に、貴方からも話を聞いておくべきだと思いましてね」

「そうですか。ラドラー侯爵令嬢が何をどうご説明したのか知りませんが。
先に手を出したのはラドラー侯爵令嬢です。アリシアさんに向かって、紅茶を注ぎました。彼女の手に向けて」

「まっ!」

「ポットから直接かけられたのですから、どのくらい熱いかはお分かりですよね?彼女をこの授業へ誘ったのは私です。ですので何もしないわけにいかないと思って、その場にあったピッチャーの水をラドラー侯爵令嬢へ引っ掛けました」

「あら、まあ・・・」

「その後、火傷の手当が先だと思いましたので、アリシアさんに治癒魔法ヒールを。その後ラドラー侯爵令嬢の濡れた服を乾かすために乾燥魔法ドライを使用しました。失礼を働いたのは事実ですので、彼女には謝罪をしました。それはあの場にいた生徒に聞いていただいて構いません。ローザリア公爵令嬢もその場にいましたので」

「そうでしたか、分かりました。貴方のした事は褒められたことではありませんが、事情が事情だけに貴方だけを責めるのはお門違いですね」


ふぅ、とため息を付く教師。
ご迷惑おかけしてすみません、ホントに。


「今後、ラドラー侯爵令嬢が貴方に嫌がらせをしてくるかもしれませんが・・・」

「周りに被害が及ばない程度にお返ししますから、大丈夫です。もありますし」


私はゼクスさん作の魔法具ガードブレスを見せる。あの時紅茶をかけられたのが私だったら、どんな反応をしていたのだろう、コレ。何が起こるのか分からないのよね。

わかりやすく侯爵家の力で何かしてこようとも、私の後見はタロットワーク家だ。何かできようはずもない。逆に口封じされるんじゃなかろうか。侯爵は触らぬ神に祟りなし、と娘を諌めてくれたらいいのだが。

教師もそれはわかっているらしく、貴方にその心配はありませんね、と苦笑している。

一年次最後の特別授業。なんだかすごく騒がしかったな。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

異世界リナトリオン〜平凡な田舎娘だと思った私、実は転生者でした?!〜

青山喜太
ファンタジー
ある日、母が死んだ 孤独に暮らす少女、エイダは今日も1人分の食器を片付ける、1人で食べる朝食も慣れたものだ。 そしてそれは母が死んでからいつもと変わらない日常だった、ドアがノックされるその時までは。 これは1人の少女が世界を巻き込む巨大な秘密に立ち向かうお話。 小説家になろう様からの転載です!

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?

サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。 *この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。 **週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

処理中です...