異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん

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2度目の夏至祭

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年に一度の星夜祭。
夏至祭のフィナーレともいうべき夜会。
ここで数多くの恋仲になる2人を見送り、心の奥では羨ましいと思っていた。

今年も、あの方は来てくださっているのだろうか。
あの方を思って作ったドレスに、気づいてくれるだろうか。

カイナス様の瞳の色。ほんの少しだけ、あの方の色を差し色に使ったドレス。意中の人がいる女性は、そのお相手の髪の色や瞳の色を少しだけ入れてドレスを仕立てる。
そうやって『私は貴方を想っています』と好意を示すのだ。



「まあ、今日のドレスは素敵ね、フリージア」
「ええ、カイナス伯爵の目に止まるわよ、きっと」

「そうだといいのだけど」



私のように、アイスブルーを取り入れたドレスを来ている方は数人いる。きっと、彼女達もカイナス様の目に止まりたくて仕立てたはず。カイナス様のように、アイスブルーの瞳をした独身の男性はそうはいらっしゃらない。

広間に入ってから、扇で隠しつつもあの人を探す事をやめられない。そんな私を友人2人は笑いながら見ているのだ。



「・・・ほら、いらっしゃったわよ、意中の方」
「残念、おひとりではないわね?」



広間の端、殿方2人が談笑しているのが目に入る。
グレーの夜会服に胸元にアイスブルーのポケットチーフ。
珍しくもタイを止めるピンは黒曜石のような宝石。

想いを寄せるあの人と隣にいるのは─────



「あの方・・・」

「あら、フリージアのお知り合い?」

「ええ。確か・・・父の知り合いではなかったかしら?」

「だったらもしかして、話しかけるチャンスではなくて?」
「そうよ、フリージア。カイナス伯爵だってモタモタしてたら他の令嬢が誘いに来るかもしれなくてよ?」



でも、どうしよう、でも─────

迷う間に、カイナス様とご友人だろう方は離れていった。
カイナス様はそのまま、他の男性に話しかけられて、談笑していた。・・・女性をエスコートしてきたのではない姿に、そっとため息が出る。

踏ん切りのつかぬまま、カイナス様を目で追っていれば、先程カイナス様とお話していらした父の知り合いの殿方が近付いてきた。



「こんばんは、フリージア嬢。良い夜ですね」

「あ・・・、ええ、こんばんは。良い夜ですわね」

「こうしてお話するのは初めてですね。リグルド・バルザスと申します。お父上の友人であるレーリッツ伯爵は私の姉の夫でして」

「そう、でしたのね。レーリッツ伯爵夫人にはお世話になっておりますわ。色々とお話し相手になっていただきまして」



そう、どこかで見たことがあると思った。
父上のご友人でいらっしゃるレーリッツ伯爵。その奥方のリシエル夫人は私の趣味の先生。
趣味、というのもおこがましいけれど、料理や編み物などを教えて頂いている。リシエル夫人のレース編みの腕は驚くくらいで、私はその虜になってしまい、色々と御指南を頂いているのだ。



「あの、バルザス伯爵は、カイナス様と・・・お知り合いですの?」

「ええ、彼も私も同じ近衛騎士ですので」

「それは失礼致しました」

「いえいえ、彼ほど抜きん出ていませんのでね。
─────フリージア嬢、少しお時間をいただいても?」

「え?ええ」



ドキ、と胸が跳ねた。
カイナス様のお知り合いというバルザス伯爵、何を話してくださるのか。この方は確か奥方のいる身であったはず・・・

広い大広間の端、人気の少ない区域で向かい合う。
周りから見れば、男女が談笑しているようにしか見えないだろう。



「すみませんね、フリージア嬢。」

「いえ、構いませんわ。夜会も始まったばかりですもの。
それで、あの・・・?」

「あー、と。少しばかり恥ずかしいような、言い難い話なのですがね。実は、姉よりとある方の交友関係を調べてくるようにと言われまして。それをフリージア嬢にお伝えせよ、と」

「まあっ、リシエル夫人たら、そんな事を?」



趣味の時間を共に過ごすうち、私とリシエル夫人はかなり親しくなった。姉がいない私にとっては、まるで本当の姉のように。女同士で1番花が咲く話題といえば、そう。恋愛話。

私はカイナス様への思慕をリシエル夫人に相談していたのだ。
恥ずかしい、という事は目の前のこの方にもそれが伝わっているという事であって。
私は扇で顔を隠し、恥ずかしさのあまり目を合わせずらくなってしまった。



「いやー、ははは」

「お恥ずかしいですわ、未練がましく思うでしょうね」

「いやいや、カイナスが羨ましいくらいですよ。あの歳でもこんなに若いお嬢さんに心を向けられるとはね。私が独身だとしてもこんな事ないでしょうから」

「そっ、そんな事ありませんわ、バルザス伯爵も素敵ですもの」

「ははは、恐縮です。で、まあ、カイナスの事なのですが。
フリージア嬢、もしあいつに想いを寄せる女性がいるとしても、貴方はあいつを追いかけますか?」

「え・・・」



ガン、と頭を殴られたかのよう。
あの人に、想い女性びとが、いる?
いつも出ている夜会にも、取り立てて一緒にいたり、ダンスをしたりしている方はいないはず。

私がショックを受けた事がわかったのだろう、バルザス伯爵は申し訳なさそうに他の方から私が影になるように移動した。



「・・・申し訳ない、もっといい助言をしたかったのですが」

「い、いいえ、それで、あの。
カイナス様の、想い人、というのは」

「それが私も半信半疑なんですが。『姫殿下』に想いを寄せているようで」

「っ、・・・タロットワークの、姫君?」



くらり、と目眩がするかのよう。
これからカイナス様にもっと自分を知ってもらって、お話をさせてもらって、と意気込んでいたというのに。
なんてこと。お相手が姫殿下では、私など相手にもなりはしない。

絶望に襲われながらも、ふと、希望が首をもたげた。
でも、でも、まだ・・・決まった訳では?



「─────あの、バルザス伯爵?今宵、姫殿下はまだ?」

「え?ああ、まだいらっしゃってはいませんね。もしいらしたとしても、今宵は姫殿下の決まったお相手はいないと聞いておりますよ」

「では、まだ、私にもチャンスはありますわよね」

「フリージア嬢?」



最初から、カイナス様と一緒にお出ましになる、という事ならば諦めなければならない。この星夜祭にパートナーとして出るという事は、既に決まった婚約関係にあると言ってもいいからだ。

その時、ワッと広間がざわついた。
広間の入口。そこから1組の男女が入場してきた。

皆、場を開けて頭を垂れる。
そこには、タロットワーク大公閣下が。そして、その隣には白を基調としたエレガントなドレスを纏った令嬢。その場でゆっくりと皆様に向けて淑女の礼カーテシー



「あれが・・・」
「なんと可憐な方か」

「まあ、素敵ですこと」
「ええ。アナスタシア様とはまた違って可愛らしい方ですこと」

「驚きましたね。・・・彼女が『タロットワークの姫殿下』ですか」

「ええ・・・」



ゆっくりと広間を歩くお2人。
まるで王族のように優雅に、ゆったりと歩く。
その後ろにはピタッと老齢の執事が付いていた。

お2人はそのまま談笑しながら大階段の手前へ。



「国王陛下、王妃陛下のお越しです」



ちょうどタロットワークのお2人が階段下に着いた頃、国王陛下達の入室を知らせる声が響く。
階段上を見上げれば、国王夫妻、王太子と婚約者様、第2王子殿下が揃ってお入りになった所だった。

ゆっくりと皆様階段を降り、設えられた王族の席へと移動した。

・・・と、国王陛下が途中で足を止め、タロットワークの姫殿下の手を取って進む。
姫殿下も驚いた顔をされていたけれど、そのまま一緒に歩いていかれた。一体、何だというのだろうか?



「皆の者、今宵はよく集まってくれた。夏至祭も最後、ゆるりと楽しんでいくがよい。
そして今宵は皆に知らせる事がある。───コーネリア姫、こちらへ」

「はい」

「皆には顔を合わせるのが初となろう。此度、我が息子達に次いで、王位継承権を持つ事になった、タロットワークの一族が姫、コーネリア・タロットワークである」



国王陛下自ら、手を取り、皆に紹介をする。
それは勿論、国の礎たる一族タロットワークへの尊敬の念がそうさせるのかもしれない。
コーネリア姫は何も言わず、ただ優雅に礼をした。

そのまま、国王陛下はコーネリア姫殿下へ『王位継承権の印』として小さなティアラを頭上に贈っていた。
確か、王子達には成人の際に王冠の指輪クラウンリングを贈られていたと記憶している。

まるで、なんだか物語の一節のようで、皆も熱に浮かされたように拍手を送っていた。



「なんだか、凄かったです」

「本当ですね。いやー・・・あいつ本当にあんなお姫様と・・・」



バルザス伯爵は小声でなにやらもごもごと言っている。私には聞き取れなかったけれど…
周りは先程の喧騒とは打って変わって、また思い思いにお話に花を咲かせていた。



「バルザス伯爵」

「ん?なんでしょうかフリージア嬢」

「私、諦めません」

「はい?」

「ですから、諦めませんと申しましたの。あのような高貴な方と張り合うのはあまり褒められた事ではないとわかっております。
けれど、諦めたくないのです。カイナス様の事は、私が、幸せにして差し上げたいのです」



ああ、そう。私があの人を諦めたくない理由。
あの人を、幸せにしてあげたいから。
私は絶対、あの人を1人になんてしない。ずっと側にいて、あの方を支えたい。
もうあのような、寂しい目をさせていたくないから。

バルザス伯爵は、私を見てふわっと笑った。



「ありがとうございます、フリージア嬢」

「はい?私、お礼を言われるような事はなにも・・・」

「いえ。あいつを『幸せにしてあげたい』と言ってくださる令嬢がいるとは思っていませんでした。
・・・俺はひそかに応援しますよ、フリージア嬢。あいつはあっちにいるはずです。頑張って」

「はい!ありがとうございます」



はやる心を抑え、淑女の礼カーテシー。先程、姫殿下がしていたように、優雅に。
恋する女は強いのですわよ!負けてなどいられませんわ!

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