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留学帰国後 〜王宮編〜
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しおりを挟む「何だ、シオン?ニヤニヤして」
「すみません、顔に出てましたか?」
「最近、やたら機嫌がいいじゃねえか。どこかでいい女ひっかけたのか?」
「・・・団長の中での『いい事』というのはそれ一択なんですか?」
「アナスタシアがいないとどうも張り合いがねえんだよな」
本当に、団長の女性の基準は一貫して『アナスタシア様』だ。
団長には愛人がいる。アナスタシア様とは似ても似つかない、細身のか弱い女性だ。俺も何度か団長の邸に行った時に挨拶をした事がある。か弱く、男の庇護欲をそそるような容姿の女性。
ふと、俺から去っていったかつての婚約者を思い出す。俺の記憶の中では彼女もああした雰囲気の女性だったように思った。
最近、関係を経ったオランディア男爵夫人…彼女はまた別で、蠱惑的で彼女とはまた違った意味での庇護欲をそそる女性だった。
だが、今俺の心を占めている女性は違う。
意地っ張りで、どこか鈍感で、優しい彼女と共に居たい。他のどんな事からも守り、腕の中に捕らえておきたい。くるくる動く表情のどれもが、俺にとっては魅力的でならない。
この歳になって、あんな歳下の女性に惑わされるなんてどうかしている。どうかしているが、もう構わない。
夏至祭のエスコートを承諾してくれた彼女の為に、ドレスと装飾品や小物。…そしてコサージュを贈った。
俺の瞳の色と、タロットワーク独自の色を使って作った。
考えてみれば、女性に対して装飾品を贈ったことはあっても、ドレスを仕立てるのは初めてだった。
タロットワーク邸に挨拶に行った時にはかなり緊張した。
騎士となってからあんなに緊張したのは初めてだったと思う。挨拶をするのも、相手は元王族であるゼクスレン・タロットワーク様だ。本来ならば俺如きが対面する事すらおこがましい程。
団長はいつも『針のむしろどころか、氷の檻に囚われるみたいなもんだ』と言っていたからさらに覚悟していた。
しかし、タロットワーク邸でお会いしたゼクスレン様は、そこまで威圧感を向けてこない御人だった。
『ご無沙汰致しております。近衛騎士団副団長を務めております、シオン・カイナスと申します』
『儂に御用とか。さて此度はどのような要件か』
『恐れながら、夏至祭におきまして、コーネリア・タロットワーク姫のお相手を務めさせて頂きたく、御挨拶に参りました。何卒、ご許可をお願い致します』
『そうか。・・・コーネリア自らが望むなら、認めよう。
既に姫より話は聞いておる。実りあるものにせよ』
『有り難き幸せにございます』
『時に、カイナス伯爵。コーネリアをエスコートする、ということはどういう意味か分かっているのだろうな』
『・・・はい。ゼクスレン様』
『ならば、ひと時そなたに預ける事としよう。かの姫は我がタロットワークにとって特別な姫。心せよ』
『御身に害なす者あらば、全てを払ってみせます』
『その言葉、信じるとしよう。セバス、後を任せる』
『かしこまりました、旦那様。・・・さて、カイナス伯爵。夏至祭のエスコートをお引き受け頂くからには、コーネリア様をとびきり喜ばせなくてはなりません。準備を怠りなく』
キラリ、と片眼鏡が光る。隙のない身のこなしが特徴的な執事。団長もこの人を苦手にしていたようだが、俺も少し苦手である。
何か、思っていることを見透かされている気がする。
しかし、コーネリア姫の為に準備を進めるには、この執事殿の助言は大いに役に立った。ドレスクチュールから、装飾品の店まで。タロットワーク贔屓の店を次々と紹介され、困る事もなかった。
しかし、姫のお付きのメイドから渡された姫のドレスのサイズを貰った日は…さすがに、ヤバかった。
あそこまで体のサイズを詳細に書いてあるとは。不覚にも想像してしまい、男として困ることになった。それだけ女性のドレスというものは繊細で大変なものらしい。
ドレスのデザインを選んだのは、いつもコーネリア姫のドレスを作っているクチュリエだったが、いくつものデザインを出してきてくれた。どれが姫に似合うかを想像しながら、色んな装飾品を選ぶのは楽しいものだった。
姫の喜ぶ顔を想像してしまい、いい歳して少し恥ずかしくもあったが。
「大したことではないですよ。夏至祭のドレスが出来上がりましたので、姫にお届けしたんです」
「お?そうか、もうそんな時期だな」
「ええ、早いものですね。そういえば、今年の『星姫』には3年連続彼女が付くようですよ」
「アリシア・マールか。これはいよいよ『聖女』認定もやぶさかではないかもしれんな」
「それはどうでしょう。神殿内部もかなりきな臭くなって来ていると情報も来ています。神殿上層部はこれ以上外部の勢力を大きくしたくないのでは?」
「とはいえ、民衆の声を無下には出来んだろう。・・・『聖女』認定されたところで、第2王子がさっさとかっさらってしまえば話は終わる」
「大々的に婚約発表、という流れならば自然と受け入れられそうですね。…打診しますか?」
「そうだな、王には俺から打診しておこう。これ以上の混乱は支障をきたす。お嬢・・・コーネリア様が王位継承者として名を出した事でうるさい貴族連中も黙ったんだ、ここでまた騒がせたくはない。
・・・ていうか、コーネリア姫が本気で神聖魔法ぶっ放したら、アリシア・マールも霞むんじゃないのか?」
「それは言わない約束ですよ、団長」
「・・・詠唱破棄して完全治癒魔法を使いこなすなんざ、『聖女』以外になんて呼ぶよ?」
1年半前。コーネリア姫がまだ『お嬢さん』だった頃。
学園の郊外授業で、高位魔獣のマンティコアと交戦した事があった。その時コーネリア姫は長い詠唱を破棄し、倒れていた友人に向けて完全治癒魔法を使った。
神殿内部でも、聖属性の魔力を持っている治療術士でも、あんなにあっさりと完全治癒魔法を扱う者はいないだろう。
現在『聖女』候補と噂される、アリシア・マールと、神殿巫女のレオノーラ嬢でも不可能に近いと思われる。
故に、俺も団長もそのことに対しては口を噤んだ。
その後、彼女に対し探りを入れたが、本人は至ってそのことに対しては何とも思っていない。自分がしている事を『特別』だなどと思っていやしない。
そして今、彼女は『魔術の頂点の一族』としてそこにいる。
「あー・・・ほんとに、とんでもねえやな」
「コーネリア姫自体は、普通の女性なんですけどね」
「あー、くそ、『胡蝶の夢』め・・・!あれがなきゃあ、もっとスムーズに事は進んでいたのによ!」
「は?どうしたんですか、団長」
ガリガリガリ!と頭を掻きむしっている団長。一体何に行き詰まった?今日は大して書類仕事も回していないんだが。
ガバッ!とこちらを向いた団長は、忌々しそうに唸る。
「シオン、これだけは言っておく」
「どうしたんです、団長。アナスタシア様切れですか」
「ちゃんと聞いとけ!俺が1年前、コーネリア姫とここで話をしてたの覚えてるな?そんとき『胡蝶の夢』使ったな?」
「・・・そうでしたね。いいんですか?忘れますよ」
「だから引っかかんねえように言ってんだよ。
あーと、だな。お前、コーネリア姫を諦めない覚悟は出来たな」
「何を聞いてるんですか貴方は」
「だーかーら。腹は括ったな?」
「・・・ええ。こんなオジサンになってから何をと思うでしょうが。俺は彼女を諦めるつもりはありませんよ」
「よく言った。何があっても離すな。諦めるなよ。追いかけろ。お前が本気で口説けば、姫は落ちる。逃げると思うが、絶対離すな」
「・・・確かに逃げそうですね」
「だから言ってんだ。俺もこれがギリギリだからな?理由は言えねえが、姫はお前が口説けば口説くほど逃げる。でもお前が真剣なら、絶対に落ちる。わかったな?」
「ええ、逃がしませんよ。外堀からきっちり埋めさせてもらいます。逃げる場所をなくしてしまえばいいんですから」
「・・・そういやお前、包囲戦や殲滅戦とか得意だもんな」
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