異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん

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留学帰国後 〜王宮編〜

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シリス殿下は私があれ、これ、と指す本を文句を言うことなく取ってくれる。これどこかな?と悩んでいるとメモを見て、これですねとサクッと探してきてくれる。なんて便利…!



「さて、こんなものですか?姫」

「はい、助かりました。お目当ての本を探すのも苦労するんですよねここ」

「高い棚にある場合はどうするんですか?まさか、あの足場を使ってご自分で取ってませんよね?」

「つ、使ってます」

「姫・・・危ないことはしないように。父上からもそう言われていませんでしたか?」

「危なくなんてないですよ?しっかり掴んでますもん」

「本を取った後は?」

「え」

「片手、塞がってませんか」

「・・・」

「塞がってますね?」

「・・・ハイ」



まったくもう、と子供をしかる親のような顔をして、腕組みをして私を見ているシリス殿下。
でもみんな過保護過ぎない?これくらい普通でしょうに。確かにちょっとばかしドレスの裾邪魔ね、と思う事はあるけれど。

ぽん、と頭に大きな手が乗る。そっと優しく頭を撫でる感触。
見あげれば、シリス殿下が苦笑しながら私の頭を撫でていた。



「本当に、目が離せないですね、貴方は。
どこか手の届かない存在のようでいて、こうしてとても近くに・・・身近に感じられる」

「シリス殿下・・・?」

「こうして、貴方と共にゆっくり歳を重ねて行けたら・・・どんなに幸せな日々でしょうね」



何を返そう、と思いながら私は言葉にならなかった。
1年余り離れていて、少し距離が掴みにくかったけれど。たった1年離れていただけなのに、ずっと大人になったようなシリス殿下。

少し背伸びをしているようにも思っていた雰囲気が、何だかとても落ち着いた青年の余裕を感じる。
…これは、エリーを婚約者と迎えたことによる安定感もあるのかしら?

そのまま、頭を撫でていた手が頬へ。そして親指がゆっくり、唇をなぞる。微かな感覚にぞわり、と電気が走るかのよう。



「・・・愛しています、コーネリア姫」

「シリス殿下、その」

「言わないでください。貴方が私を事はわかっています。貴方の立場、状況がそれを許さない。わかっているんです。
─────けれど、私がコーネリア姫、貴方を愛おしく思う気持ちは抑えられない。この先、私がエリザベスを正妃として迎え、他の女性達を側妃として迎えても、この想いは消えることはないでしょう。
応えなくていいんです。けれど私は貴方を愛している。これから先もずっと。『シリス』という名の男の心は貴方に捧げます」



こんな所で、こんな形で愛の告白を受けるとは思ってもいなかった。これまで生きてきた中でこんなに熱烈な愛を囁かれた事なんてない。だからどうやって反応していいかもわからなかった。

ただ、彼から目を離せなかった。
いきなり、こんなに『男』として成長してきた彼を。

そっと、唇が触れ合う。
重ねるだけのキス。
キスした事がないわけじゃないのに、呼吸を忘れるくらい、私はその感覚だけに囚われていた。

唇が離れ、至近距離で絡む視線の先。優しいロイヤルブルーの瞳は、私だけに愛情を向けていた。



「すみません、姫。卑怯でしたね」

「止めなかったのは、私も、ですから」

「───この先は、王太子として生きていきます。『シリス』という1人の男の恋は、ここで封印して。貴方という女性に会えて、良かった。
見ていてください、貴方に認められるように立派な王となります」

「シリス、ごめんなさい」

「やっと、名前で呼んでくれたね。ありがとう、愛しているよコズエ。君と共に過ごす時間は少なかったけれど、私にとっては幸せな一時だったんだ。
この先、私を選ばなかった事を後悔しても遅いよ?」

「ふふ、そうね。貴方を選んでいたらとても大事にしてくれたと思うわ。貴方に愛されて、貴方だけを見て、何もかも忘れさせてくれたのかもしれない。
───でも、ごめんなさい。私は、手放せない」

「いいんですよ、だからこそ、私は貴方に惹かれたのだから」



共に過ごした時間は、ほんのひと握りだ。
恋と呼ぶには、密度の少ない関係だったかもしれない。でも恋に落ちるのは時間なんて関係ない。それを私は知っている。

シリス殿下が私に好意を持っている事はわかっていた。それをわかっていて先延ばしにしていたのは私。決断できない事をわかっていて、曖昧にしたまま時間をくれていたのはシリス殿下の方だ。

夏至祭の時、コサージュを贈ってきてくれた時から分かっていたのだ、彼が私を『ただ1人の女』として求めてきてくれていたことに。
わからない振りをして、知らない振りをしていた私をただ、見守ってゆっくり進もうとしていてくれたのだ、彼は。

そして、離れていたこの1年は、彼を大人にした。
いや、ならざるを得なかったのかもしれない。王太子になり、妻を娶り、国を継いでいかなければならない立場を選ばざるを得なかった彼。誰よりも国を愛している彼が、自分の立場や身分を捨てて私を奪いに来る事はできなかった。
そう、私を無理矢理に繋ぎ止める事もできた。でも彼はそうしなかった。…自惚れかもしれないが、私の想いを尊重してくれたのだと思っている。『還りたい』という想いを。

ギュッと強く私を抱擁した後、彼はそっと書庫を出ていった。
仕事が詰まっていた、のは嘘かもしれない。
ここで線を引こう、そう決めてくれたのかもね。

彼の優しい思いに、唇に、腕に残る温もりに、私は少しだけ涙が零れた。



********************



執務室に戻る途中、廊下でオリアナが立礼をして待っていた。



「姫は『奥宮』だよ」

「はい、承知しております」

「・・・すまなかったね、私の身勝手な想いのために時間を貰った」

「いえ、問題ございません」

「姫の望むように、助力してくれ」

「承知致しました」



ずっと、考えていた。
愛している彼女の為に、いったい何ができるのか。
1人の男として、彼女に愛を誓い、側にいて欲しいと願うのか。
王太子として、国を導く為に、彼女を手放すのか。

今までの私ならば、何を犠牲にしても彼女を手元に置くことを願っただろう。汚い手を使ってでも、自分の傍に置き、愛を囁き、真綿に包むかのように守って。

しかし、エリザベスと時を過ごすようになり、私の考えは変わっていった。側で愛を囁く事だけが、全てではないと。

彼女を、コーネリア姫を、コズエを愛しているから、大切な人だから、1、そう願うようになった。
そう思えるようになったのは、エリザベスのお陰だ。彼女の事を知り、共に時間を過ごす度に、自分はなんて浅はかだったのか、器量の狭さを思い知った。

『コーネリア姫が1番大事ですわ。だから私は彼女が1番に望むことを応援するのです』

ピンクトルマリンの瞳に、溢れるほどの愛情を宿し、頬を染めて話すエリザベス。それはまるで愛しい恋人の事を語るかのようで。
彼女を婚約者として迎え、いい関係を築かなければ、愛さなければとどこか脅迫めいた想いがあっただけに、毒気を抜かれた。

『ねえシリス様?私、シリス様を1番愛しているとは言えませんの。私の1番はコーネリア姫ですから、許してくださいませね?』

悪気なくそう私に言った彼女に、ストンと気が楽になる。
ああ、彼女を愛したまま、このまま生きていってもいいのだ、と。

『それは気が合うね。私も1番愛している女性はコーネリア姫なんだ。君は2番目だけど、許してくれるかい?』
『あら、そうなんですのね?うふふ、私達、同じですわね』

その時、私はこのままこの想いのまま、エリザベスと手を取り合ってこの国を支えていこうと決めた。
同じ相手コズエを愛し、大事に想い、同じように国を想い、支えていける彼女となら、苦難を乗り越えていけるだろうと。

愛しているからこそ、側にいなくてもいい。
他の男を愛していてもいい。
手の届かない世界に、例え戻っていくとしても。

彼女の為に、立派な王となってみせる。
エリザベスと共に。

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