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留学帰国後 〜王宮編〜
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しおりを挟む「おめかししてきましたわね、フリージア。これならあの堅いカイナス伯爵様もお誉めくださるわね」
「ミリエンヌ、恥ずかしいわ」
「何を言っているのかしら、いつもはカイナス伯爵様の事になると止まりませんのに。ねぇシェーラ」
「本当に綺麗よ、フリージア。今日はカイナス伯爵様にそれ、渡せるといいわね?」
2人の目が、私が持つバスケットに向く。
スコーンを焼いてきたのだけれど、カイナス様は受け取ってくださるかしら。毎回近衛騎士団での順位戦を観戦に来てはいるものの、カイナス様はお忙しそうにしてらして、お声掛けするタイミングがなくてお渡しするのも大変。
前回はようやくクッキーをお渡ししたのだけれど…覚えていてくださっているのだろうか。
『私は、もう、誰とも』
そう言ったカイナス様の傷ついたようなアイスブルーの瞳を思い出す。
この間の夜会で、思い切ってテラスに追いかけた。外の風にあたる、と言って1人になる殿方に声を掛けるのはとても勇気がいる。
『外の風に当たりませんか』と誘われるのは、意中の方と2人きりで言葉を交わしたい時に使う殿方の常套句。
意中の相手がいる令嬢達は皆、そうしてお誘いを受ける事がステイタスである事も確か。その後、後日デートに誘われたり、観劇に誘われたりするものだから。
カイナス様が夜会にお出でになるようになったのは、本当にここ1年位の事。昔、あの方を振った女性がいたのは公然の噂話。それからカイナス様を夜会で見掛ける事は無くなったという。お相手のご令嬢は他の殿方と出ていたようだけれど。
********************
私が初めて、夜会に出たのは7つの時。
あんまりにも夜会に憧れた私を母様が仕方なく連れて行って下さった。
『リジー?いい子にしていないとすぐに連れ帰りますからね?』
『ええ母様、いい子にしていますわ!』
今でも思い出せる。背伸びをして踵の高い靴を履き、とっておきのドレスで母様のドレスに隠れるようにして見た夜会。
キラキラと輝くシャンデリア、ゆったりと流れる音楽。それに、たくさんの着飾った人、人、人!
普段の生活とは掛け離れた輝きに、私は有頂天になった。
そうして、見つけた。
物語から抜け出たような、王子様を。
『あら、どうしたのリジー?』
『母様、あの、あの人は?』
『───ああ、カイナス侯爵のご子息ね。シオン様と仰るのよ。
近衛騎士団にお入りになったと聞いているわ』
『シオン、さま・・・』
たくさんの物語。騎士様が囚われのお姫様を助けるお話が、私は1番好きだった。あんな風に素敵な人が、いつか私を迎えに来てくれたらって。物語の中にしかいないような、素敵な人が、本当に現実にいるなんて─────!
『あら、リジー?顔が赤いわ?どうしたのかしら、熱?』
『あ、ううん、いえ、母様、大丈夫』
『あら、嫌だ。本当に熱があるじゃない。エレナ、リジーを』
違うの、これはあの人の事を考えていただけ。
待って、もう少しだけでいいから、あの人を見ていたい。
そう思ったけれど、体調を心配した母様と侍女のエレナによって私は邸へと戻された。その後本当に熱が出て、1日寝込んでしまったっけ。
それからというもの、私の頭の中に出てくるのは、王子様のようなカイナス様。子供の憧れ、と周囲は思っていたようだけれど、私にとっては初恋で、それは今もなお続いている。
あの夜会から1年ほどして、父様と母様の何気ない会話から、カイナス様が婚約者の令嬢とお別れしたという話を聞いた。
それが大胆にも他の殿方が婚約者の令嬢を奪い去ったと聞いたのは、私が社交界デビューをした15の歳。あれはどこかのお茶会に出た時に、年配のご婦人から聞いたのだった。
「えっ、・・・そのような、事が?」
「ええそうなんですの。フリージア様はその頃まだ子供でいらしたものねえ?あの頃はすごく噂になりましたのよ。ワタクシの友人も『あんな風に略奪されてみたい』なんて言ってね」
「それで、あの、カイナス様、は」
「シオン様?確か、そのまま近衛騎士団にいらっしゃるわよ?今では立派な副団長様ですもの。お相手だったご令嬢もさぞ残念に思っているのではなくて?」
「あら嫌だわ、ガジェッタ伯爵夫人たら」
「あーら、皆様もそう思っているのでしょう?ただの伯爵夫人で収まるよりも、近衛騎士団副団長婦人の方が素敵ではなくて?」
「それもそうね?」
「うふふふふ、今だから言える話ではなくって?」
皆様の笑う声も耳に届かない。あの人は、あの方は・・・今も独身でいらっしゃるのかしら?
そうだとすれば・・・お会いできる?側に、行ける?
それから友人達を巻き込んで、近衛騎士団の事を調べた。
基本的に女性禁制という事はなさそうだ。入団しようにもできないけれど、どうやら半年に1度、外部の人間も観戦できる試合があるらしい。それだ!
そうして、あの方を見つけた時は本当に嬉しかった。
子供の時に見たままの、王子様。剣を振るうお姿が眩しくて、心を掴まれて。周りの友人は『素敵な騎士様と御縁を結ばなくては!』と色々としているけど、私はカイナス様をお見かけできるだけでもよかった。
───あの方は、やはり夜会にはお出にならないから。
夜会に来ない方、というのはそういった異性のお相手を探していないという意思表示でもある。
逆に、ここに顔を出すという事はそういうつもりがあるということ。あれから私はたくさんの方からカイナス様の情報を集め、独身であることは間違いなかった。
このまま、見つめるだけで終わる恋なのかしら…お父様やお母様もそろそろ嫁ぎ先を決めなさいと言っているし。
私ももう20歳になる。いくつか来ていたお話も、お相手と会いはするものの断ってしまっていた。あちらも私が心ここに在らずな様子に気付けば次の誘いはなかなか来なくなる。
このままだと、恐らく遠縁の親戚へ嫁ぎ先が決まるのだろう。この王都でお相手を探すには、私は些か歳を重ねてしまった。探すとしてもある程度歳の行った方の後添えか、妾か…子爵家の娘などそんなものだ。
そんな中、私はまた運命に合ったのだ。
友人に誘われ、気晴らしに出た夜会に、カイナス様がいた。
「そんな、嘘・・・!」
「どうしましたの?フリージア?」
「どなたかいらっしゃ・・・、あら」
ミリエンヌとシェーラ。私の数少ない友人達。
ミリエンヌは私と同じく、絶賛お相手探し中。シェーラは幼馴染の殿方が騎士となっている。数年経たないうちに結婚するだろう。
2人とも、私がカイナス様に心奪われている事を知っている。
それからというもの、私は2人に励まされ、夜会でカイナス様をお見かけする度に積極的に行動している。
これが最後のチャンスだ。カイナス様も夜会に出てきてくださるのがいつまでかなんてわからない。あちらは私の事なんて、他の数いる女性の1人としか思って下さらないはず。子供と思われるかもしれない。
…でも、でも………!諦めるなんてできない…!
********************
「───フリージア?どうかしましたの?」
「えっ、あ、いいえ、なんでもないわ」
「大方、愛しいカイナス様の事を考えていたのでしょう?ほら、私のオルガ様とカイナス様の試合が始まりますわよ!」
「ミリエンヌ?貴方いつからリューゼ様の事を?」
「いけませんわシェーラ?そんな事を聞くものではなくってよ!」
どうやら、最近ミリエンヌのお気に入りは、オルガ・リューゼ様の様子。私と共に、何度か近衛騎士団での練習にも見学に来ている。その時に見初めたのかしら?確かカイナス様の部下でもあったはず。
目の前では、カイナス様が壇上に上がって試合の準備をなさっている。負けるはずなんてないのはわかっていても、心配になってしまう。知らず、胸の前に両手を組む。カイナス様がお怪我なんてなさらないように。
「・・・それより、あの方。あの方が『タロットワークの一の姫』ですのね」
「私も気になっていましたの。流石はタロットワークたる一族の姫君ですわね。近衛騎士達も厳重な警備をなさっている様子ですもの」
「あの方が、そうなのね・・・確か、お名前は・・・」
「コーネリア姫と仰るそうよ。敬称でお呼びするなら『大公女様』か『姫殿下』ですかしらね」
「タロットワークならば『大公』とお呼びするのが相応しいですものね」
私達下級貴族の人間からすれば、雲上の人だ。
この国を創り、栄えさせた一族の姫君。・・・先程はカイナス様ともお話していらしたのをお見かけした。
でも、負けたくない。こんなにカイナス様を想っている気持ちは、たとえ姫殿下がお相手でも、どなたがお相手でも譲りたくない。
「・・・あら、フリージアがやる気みたいですわよ?」
「そのようね。私達も応援しましょう。フリージアのためにね」
私が1人闘志を燃やしている間に、友人達はそんなことを話していたようだ。
そう、まだ私はカイナス様に色々アタックしなければならない。まずは『私』という女の存在をアピールしなくては。
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