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留学帰国後 〜王宮編〜
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しおりを挟む中堅騎士達の試合も半分くらい終わり、カイナスさんは勝者との試合があるため離れてしまった。
それを見ていたのだろう、フレンさんとアナスタシアも席を立ち、私の所まで来た。
「姫、こちらに」
「はい?あ、椅子を持ってきてくれたの?」
「立ちっぱなしでは辛いだろう?
あそこからでは臨場感に欠けるからな、こちらに席を作ろう」
アナスタシアの言葉にフレンさんが手隙の騎士に椅子を運ぶように言っている。
なんだか悪いなあと思いつつ、確かにあそこからだとちょっと離れているから臨場感には欠けた。
一応気を使ってあの位置にしたのだと思うけれど。
「さて、今年はどれだけ腕を磨いたのか」
「シオンが適度に手を抜いてくれないとすぐ終わっちまうだろうな?」
「その辺りは心配あるまい、前回のフリードリヒは一瞬だったからな」
「あれはなー・・・さすがに不味かったよな」
手加減とかやっぱり知らないのかも。
というかフレンさん達の『手加減』と他の人の『手加減』ってきっと意味合い違うんだわ。
目の前では試合が続く。
観戦席のご令嬢達も、お目当ての騎士様を応援しているようだ。婚約者同士の方もいるに違いない。
「あ、フレンさん、知ってたらなんですけど」
「ん?何だ?」
「アントン子爵令嬢、ってどなたか分かります?」
「はっは~ん?お嬢、好敵手の出現にいてもたってもいられないってか?」
「カイナスさんを幸せにしてくれる方であるならもちろん祝福しますよ?」
いつかいなくなる私が伴侶となるよりも、この世界で共に歳を重ねていける女性の方がいいに決まっている。
それが素敵な方であれば、それに越したことは無い。
っていうか、ものすごくパパラッチ根性で見てみたいのは事実だけど。
フレンさんとアナスタシアは観戦席に目をやり、お目当てのご令嬢がいるか見てくれる。
…というか2人とも知ってるのね?アナスタシアはともかく、フレンさんも部下の恋バナには敏感だな。
「いたな」
「お嬢、あそこにいる山吹色のドレスの令嬢見えるか?」
「え、どこです?」
「一番前の、左から3人目だよ、姫」
アナスタシアに言われ、ようやく探し当てる。
山吹色のドレスに、オレンジや黄色のリボンで髪を飾った令嬢。
金色の髪に、翠色の瞳をした美人だ。なんとなくアリシアさんに似ているかもしれない。
「うん、優しそうな人ね」
「そうかあ?」
「その2つ隣の縦ロール令嬢に比べたらとても温和な気がする」
「・・・まあ確かにな」
久しぶりに見ました、ドリル縦ロール。
あれってアイロンで巻いてるのかしら?でも彼女もアントン子爵令嬢と友人のようで、騎士達の試合を見ては楽しそうにしている。お目当ての彼がいるのかもね。
観戦席のご令嬢の事を見たり、フレンさんやアナスタシアと話しながら試合を見ていると、どうやら勝者が決まったようだ。
皆さん、大体5分くらいのスパンで試合しているのね?時間制限しないと長々と戦うのもつらいか。
時折、フレンさんやアナスタシアが解説してくれていたので、私は割りと楽しく見ていられた。
試合が終わる度にパチパチ拍手すると、皆さんこちらを向いて騎士礼を返してくれる。礼儀がきちんとしているわよね。
「さて、シオンが出るな」
「勝者にもハンデがいるな?姫、回復魔法をかけられるか?」
「え?やっていいんですか?」
「姫の力量ならば周りの奴等も気づきはすまい」
んー、まあ確かにここまで連戦しているから、万全の調子とは言えないわよね?せっかく勝者の権利として副官と試合するのだから、少しくらいのハンデがあっても…いいか。
向かい合う2人。
カイナスさんは余裕の立ち姿に対し、挑戦者である騎士さんは少し疲れが見える。うんうん、ここはひとつ体調を整えてあげるのも観戦者の役目よね?
回復魔法をそっとかけると、挑戦者の騎士さんは首を傾げ、医療班の方をチラチラ見ている。
そんな挑戦者を見て、カイナスさんは私をじとっと見た。あ、バレてます。
「バレましたね」
「まーな、一瞬キラっとするからな」
「カイナスの動体視力ならば見逃さないだろう。だからと言って姫に苦情など言えまい?」
私がフレンさん、アナスタシアと順番に見てからカイナスさんへ視線を返すと、何やら悟ったのか、目元に手を当てて溜息を付いていた。わかってくれて一安心です。
ふと、観戦席へ目をむけると、アントン子爵令嬢が身を乗り出すようにしてカイナスさんを見つめていた。
ああ、本当に彼の事が好きなんだわ。追いかけずにはいられないほど。胸の奥がキュッとする。私もああして昔は好きな人をなりふり構わず追いかけていた時もあったわよね。今は…そんな風には出来ないけど。
アーティストの歌に『大人の方が恋はずっと切ない』っていう歌詞があったけれど、本当にそう。
若い頃はただひたすらに追いかけていられたけど、それができなくなる。
「では、順位戦第2部勝者、オルガ・リューゼと近衛騎士団副官、シオン・カイナスとの試合を開始します」
チャキ、と2人がそれぞれに構える音が響く。
それすらもこの場に響いて聞こえるほど、その瞬間辺りがシンと静まりかえった。
たった数秒のはずなのに、長く感じる瞬間。
「始め」と言わずに腕を水平に払った審判役の騎士さんが下がった瞬間、互いに剣を打ち合わせた。
ジャリン、と鳴る刃合わせの音。
先程までの試合が嘘のように、激しい剣戟が響いた。
ああああああああぁぁぁ何あれカッコよすぎじゃない!!!!
コートのような騎士服の上衣の裾が翻り、またもう真剣な表情がごちそうさまです!(もう大変)
これは卑怯ですわ、ヤバい口元ニヤケちゃう。
私は扇を開いて口元を隠す。だってニヤついてるの周りにわかっちゃうってば!
チラッとアントン子爵令嬢を見れば、頬を紅潮させつつも、両の手を胸の前で握り合わせてお祈りポーズ。
『カイナス様、気を付けて…!』という心の声さえも聞こえてきそうだ。なんて健気。
対する私、試合中のカイナスさんが格好良すぎて口元ニヤケっ放し。ヤバいヤバい、この差って何かしら。
深呼吸深呼吸、スーハァスーハァ。
「お?お嬢その扇見た事ないな」
「あ、はい。これ蓬琳で作ってもらったんです」
「誰から貰ったんだ?第1皇子か」
「えー、と、まあそうですね。素敵な品だったのでゴネて作ってもらいました」
私が今口元隠しに使っている扇。こちらは蓬琳皇妃様お抱えの職人が手作りした逸品。1品ではなく、逸品です。
皇妃様が使っていらした扇が素敵で、うっとり見ていたら高星皇子が渋々オーダーしてくれた。
なんでも蓬琳でも随一の職人さんで、受注生産のみ。数年先まで予約が入っていたのだが、高星皇子の必死の懇願で先に作ってもらえたのだとか。
職人さんは高星皇子の幼馴染の父親ということで、何やら色々と無理難題を押し付けられたと言っていた。
この扇を貰う時に『お前それものすごく!ものすごく大変だったんだからな!一生大事にしてくれよ頼むから!』と涙目で主張される始末。何を引き換えに頼まれたのかは知らないが、大事にしようと思う…
「ほお~?お嬢は蓬琳皇子からも貢物をされるとはなあ」
「貢物・・・ではないと思いますよ?私の頑張りに対する対価だと思いますけど?」
「あ~、アナスタシア」
「姫、男が女に贈るもので『扇』というのは蓬琳皇国では意味があってね。
『この女性に求愛中だから他の男は遠慮するように』というね」
「はっ!?」
『まあ、かの皇子がそのつもりで贈ったのかはわからないけどね』とアナスタシアは笑う。えええええ、そういう意味があるの!?もうほんとにこの世界ってそういう暗黙の了解ばっかり!
前のシリス殿下がくれたコサージュもだけど!誰か受け取る前に教えてくれてもいいんじゃない!?
ターニャもライラもしれっとしてたし!ゼクスさんやセバスさんも何も言わなかったし!!!知らないわけないもんね!あの人達ならね!
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