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幕間 ~それぞれの一年~
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しおりを挟む◆シリス・ワン・アルゼイドの場合
恋をした。
これほどまでに、人を、愛おしく思う事はないと思うほど。
幼い頃に婚約者ができた。
隣国の王女である、サルマール王国第一王女、アレシエル・フロウ・サルマール。
花のような、可憐で守ってあげなければならないと思わせる姫君。
国同士の結びつきを深めるための政略結婚であることは子供にもわかっていた。
けれど、毎年会うたびに、手紙で近況を語り合うたびに、小さな想いを育ててきた。私もアレシエルも。
そう信じていた。
ふと、気がついた。
アレシエルの瞳が、私を見る時とは違う色で見ている人がいる事を。
それはアレシエルを守る騎士の1人だった。
アレシエルは理想的な婚約者であり、王女として振る舞いや人柄も申し分のない女性だった。
私を見る瞳に、向けられる笑顔に『愛情』が無かったとは言わない。
そこには長年育んできた想いがあったのだから。
けれど、徐々に彼女が彼を見る視線の色に、強さに、気づけない程私も鈍感ではなかったのだ。
「お気づきなんでしょう?お姉様の想いに」
「ミラシエル、か」
ミラシエル・クラン・サルマール。アレシエルの双子の妹であり、第二王女。
髪の色も、瞳の色も、顔立ちすらも同じだが、そこに宿る表情は全く違う。
アレシエルが清楚、淑やか、慎ましさを持つならば。
ミラシエルは奔放、煽情的、自由奔放な姫だった。
「お姉様もお姉様だわ。彼が好きなら好きと言えばいいのに。こんな風に黙って、押し込めて」
「第一王女ならば『為さねばならない事』があるとわかっているからだろう?
ミラシエルのように自由奔放に生きられないよ、彼女は」
「あら!私とお姉様は双子よ?私のようにならない、なんて誰が決めたの?ただ我慢しているだけかもしれないじゃない」
「それは・・・」
「それに、私、軽蔑しているのよ、お姉様を」
「なんだって?」
アレシエルと同じ顔、同じ声で全く違う発言がこうもポンポンと出て来るとは。
しかしなんだって軽蔑している、なんて言うんだ?
「だって、お姉様は貴方を裏切っているじゃない。それなのにああして『自分は悲劇の主人公』なんて気取っちゃって。
その前にシリス殿下に対して何か言うことがあるんじゃないの?って思うわ」
ミラシエルの瞳には冷たい色。かつて彼女がアレシエルを見る瞳にはそんな色はなかったというのに。
私は驚きを隠せなかった。アレシエルから想い人がいる様子を感じ取ったのは2年前。それからずっと…彼女はそう思っていたのだろうか。
「けれど、シリス殿下?貴方にも原因があるのではなくて?なぜお姉様を放っておいたの?」
「2年前かな。最初に気づいたのは。けれど、それはすぐに消えるものだと思っていたんだ。
彼女がエル・エレミアに輿入れするまであと数年ある。その間の心の慰めになればとね」
「確かに、一理ありますわね。王族の婚姻なんてそこには恋愛感情なんてなくて当然ですもの。
必要なのは、国同士の繋がりでありその後の関係ですものね。私もそう思いますわ。でも・・・」
パチリ、と扇を畳むミラシエル。その視線の先には、恋する騎士へ想いの視線を注いでいるアレシエルの姿。
秘める恋があってもいいだろう。いずれその身は他国の王族へと嫁ぐ身。故国を離れるまでの間、少しの間のお遊び。
かく言うミラシエルも国の貴族の子息とロマンスが囁かれる身だ。ミラシエル本人はサルマールの貴族の誰かを王配に迎え、この国の礎となる。
それまでの間、誰とロマンスを楽しもうが自由、とばかりに蝶が花から花へと移るようにロマンスの花を咲かせている。
「あれでは、醜聞にしかなりませんわ」
「どこかで線を引いてくれる、と思いたいが、ね」
あれでは無理だろう。そう思う気持ちがどこかにあった。それでもいい、と思う気持ちもある。
アレシエルがそれで幸せになれるのであれば、それでも。
そう言えるだけの『愛情』はあった。それは『家族』へ向ける類のものであって、『妻』となる女性へと向けるものではないかもしれないが。
その後、サルマール国王より内々に婚約破棄の話があった。
父は難解を示したが、私はあっさりと同意した。彼女のあの瞳が目に焼き付いていたから。
第一王女ではなく、第二王女をとの話もあるにはあったが、それは彼女達2人に対して失礼だろうと思って断った。
サルマール第一王女の不義理によっての婚約破棄。
それでは世間体が悪かろうと思い、病を得ての婚約破棄とした。
サルマール国からは過度な程の謝罪があった。今後、サルマールはエル・エレミアに頭が上がらないことだろう。
アレシエル、ミラシエル。どちらの王女が王配を迎えても、この関係は変わらないのだろう。
********************
そして、私は彼女に出逢った。
アレシエルの気持ちが、ようやく手に取るようにわかる。
彼女の為ならば、自分はなんでもするだろうという想い。
この身は王国の為に在るものであり、この心は国の民に寄り添わなければならないというのに。
心は自然と彼女の方へと動いてしまう。視線は囚われたように吸い寄せられる。
近づいて、もどかしくて、強引に動いて。
それが彼女の為にならないとわかっていても、止められない程に。
その気持ちが弾けるより前に、彼女は手の届かない所へ飛んで行ってしまった。
すぐにでも追いかけてしまいたい、と急く気持ちと、これでいいと安堵する気持ちがせめぎ合っていた。
そう、これでいい。
彼女が戻ってくるまでに、気持ちに整理をつけよう。
諦めるのではなく、彼女に選んでもらえるような、自分に。
女1人振り向かせられないような情けない男に、どうして国の礎たる王が務まろうか。
身勝手な王太子だな、と笑いが漏れる。
「まあ、思い出し笑いだなんて。『ムッツリスケベ』の証しでしてよ」
「何ですか、その『ムッツリスケベ』というのは」
「私も存じませんわ?でもコーネリアがそう言ってましたの」
くすくす、と品良く笑う令嬢。私の婚約者となったエリザベス・ローザリア公爵令嬢だ。
彼女は弟である第二王子の婚約者であったが、私の婚約破棄、その他の様々な思惑が入り組んで、この度正式に私の婚約者候補として名が上がった。
エリザベス嬢自身はその事に不満を言うことなく、受け入れたという。
彼女が内々に婚約者候補として決まったと聞いて、初めて彼女が私へと挨拶に来た言葉が爽快だった。
『改めまして、シリス王太子殿下。ローザリア公爵が一女、エリザベスと申します。
これからは私と共にコーネリア姫との蜜月を目指し、切磋琢磨致しましょう』
聞いた途端、目が点になった。返礼さえも出来なかった。
驚くと頭の中が真っ白になる、という現象については聞いたことはあっても、自分に起きるとは思ってもみなかった。
そんな私を見て、エリザベス嬢はにっこりと華麗に笑った。
彼女の瞳に浮かんだ色を見て、私は彼女となら良きパートナーとして共に歩んでいける、そう感じた。
「私、コーネリア姫の事に関しましてはたとえシリス殿下相手でも引きはしませんわよ」
「望む所だね。私も彼女の一番になる為ならどんな事も惜しまないよ」
「まあ、好敵手ですわね、私達」
「しかし、エリザベス嬢?いいのかい?」
「何がですの?」
「いや、カークの事だよ。一応数年とはいえ、婚約者だったわけだろう?それに学園ではカークを巡ってあの星姫と一悶着あったそうじゃないか」
いい機会だ。一度きちんと聞いておかなければと思っていた。
カーク自身には聞いたけれど、なんだか要領を得ないというかなんというか。
ここは女性目線で彼女から顛末を聞いてみてもいいかもしれない。カークをどう想っているのかについても。
コーネリア姫と共同戦線を張っているからといって、アレシエルの二の舞の女性を生むわけにはいかない。
すると、エリザベス嬢はフッと笑って紅茶のカップを置いた。
「遠慮は要りませんわ、シリス殿下?私は今貴方の婚約者、ですのよ。世間的にはまだ候補の1人ですけれど」
「まあ、君以上に王太子妃として適任の女性はいないと思うよ。私の意見で恐縮だけどね」
「恐れ入りますわ、殿下。そればかりは私もコーネリア姫には引けを取らないと思っていますの。
殿下の寵を争うには私は力不足ですけれど、私のコーネリア姫への愛情は殿下にも勝りますから」
毎度思うのだが、エリザベス嬢は私の婚約者というより、コーネリア姫と一緒にいるために私の婚約者を受け入れた、ように聞こえる。
いや、多分、間違っていない。それでいいんだろうか?
「確かに、カーク殿下の事はお慕いしていましたわ。でもそれは家族に近い気持ちだったのかもしれませんわね。
学園ではアリシアさん・・・星姫と噂もありました。けれど、私はカーク殿下が本当に星姫を選ぶというのでしたら身を引く覚悟でしたの。
結果としては、お互いまだまだ育っていない果実のようでしたけれど」
「なるほど。かなり誇張された噂も耳に入ってはいたけれど、噂の域を出なかったという事か。
君から見てどうだい?『星姫』アリシア・マールという女性は」
去年に続き、今年も彼女は『星姫』を務め上げた。
所作を見ても、上級貴族とはいわないまでも下級貴族としては目を引く程の品の良さを身につけていた。
それはそこかしこにエリザベス嬢の所作に似ていて、どこか繋がりを感じさせていた。
「ええ。私、アリシアさんならばカーク殿下を支えていける器量の女性だと思いますわ。
私の教育にも根をあげず付いてきますし、あと一年あれば上級貴族の子女としても恥ずかしくないくらいになると思います。
本人の資質、努力もありますけれど、国の文官としてもよい人材となると思います。友達だからといって言っているわけではありませんわよ?」
「君がそこまで褒める女性、という事だね」
「ええ。平民だとしてもどこぞの女性とは偉い違いですわね。
けれど、カーク殿下の隣に立つならば・・・まず、本人にその気があれば、ですけれど」
「・・・?
2人は想いあっているものだと思っていたけれど、違うのかい?」
それは内緒ですわ、と笑う婚約者殿。
またこれはすんなりいかない様子・・・全く、我が弟ながら不甲斐ない。
エリザベス嬢といい、アリシア嬢といい・・・こんな魅力的な女性を放って何をしているのか。
もうすぐ一年が経つ。
蓬琳皇国より彼女が戻ってくる。
私も策を練らねばね。愛しい彼女を伴侶とする道を選ぶか、否か。
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