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幕間 ~それぞれの一年~
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しおりを挟む◆フリードリヒ・クレメンスの場合
「─────以上が、通達事項だ。何か質問があるかな?クレメンス」
「いえ、委細承知致しました」
「ふむ、何か質問があるだろうと思っていたのだがな」
その声に俺は顔をあげる。
目の前では主君たる国王陛下が面白そうに俺を見ているのがわかった。
「私にとって陛下のお言葉は『絶対』ですから」
「何を言うか。私が世迷言を言うようならば苦言を呈するのも臣下の務めだろう?」
「ゼクスレン様が何も仰らないならば問題はないかと」
そう、国王陛下のすぐ側に立っている、ゼクスレン・タロットワークその人。
恐ろしく冷徹な目でこちらを見下ろしていた。
我が愛する妻の兄上であり、俺にとっては義理の兄でもあるのだが、この人に面と向かって話をしたのは過去数度数える程でしかない。
世が世なら、俺はこのお方を主人とし、 剣を、全てを捧げていたのだろうか。
お二人に一礼をし、執務室より退出しようと思ったその時、ゼクスレン様が口を開いた。
「・・・女房役に何を何処まで伝えるかは貴殿に一任しよう。お手並み拝見とさせて貰うぞ」
「っ、・・・畏まりました」
ズシン、と響くような低い声。
主人である国王陛下に言われるよりもさらに感じる威圧感。
まるで首筋にヒヤリとした剣筋を突きつけられたかのよう。
********************
「だーーーーーっ!疲れた」
「お疲れ様です、団長」
騎士団詰所に戻り、自室の机に足をドカンと乗せる。
ダラリと脱力すれば、苦笑しつつも労いを言葉に乗せてくれる副官。
俺が脱ぎ捨てた鎧やらマントやらをやれやれと言いながら片付けてくれる。
…確かに『女房役』だな。アナスタシアがこんな事するとは思えないが。通常の一般家庭ならば女房というのはこうしたものなのだろう。
とはいえ自分も貴族の端くれであり、このような雑用は使用人がやってくれるのだが。
騎士団では基本的に何でも自分で出来るようにならないといけない。
貴族の坊ちゃんもたくさん入団してくるが、王国軍でもこの基本姿勢は崩れない。
いざ遠征に出た時に『使用人がいないから支度ができない』などという奴がいたら任務に支障が出る。
なので、騎士見習いのうちから身の回りの事は自分一人で出来るようになってもらわないと困る。
隊長付きともなれば、隊長の身の回りの世話もするようになる。
そこで『面倒だから』などと言っているような甘ったれは騎士団では重用される事はない。
生家の家格や身分も通用しない。そんなもので上に上がっても、部下は誰も着いて来やしないだろう。
と、これは騎士団で通用するものであって、各地の領地軍ではそうではないのかもしれないが。
遠征で各地の領地を回る事もあるのだが、確実に地位のみで着任したかのようなトップもいるからな。
話が逸れたが、副官であるシオンも侯爵家の出。
三男であるが故に騎士団で身を立てる事を目指したのだろうが、天性の素質があったようで剣の腕は俺に並ぶ程だ。
「休憩は10分ですよ、団長」
「短くねえか?シオン」
「おや、団長の目にはその書類の山が見えていませんか?決裁の山ですよ」
さっさと終えてください、とばかりにズイっと書類の山を示される。なんだこの量、一日に来る量じゃないだろ?
口を開こうとすると、シオンは完璧なまでに隙のない笑顔で答える。
「団長があっちこっちにフラフラと遊んでなければこんなに貯まっていませんよ」
「てつだ・・・」
「俺が手伝える分はとうに終わってます」
…先を越された。クソ。
やらなければならない事はわかっていても、書類仕事はどうも苦手だ。いつもはアナスタシアのあの冷ややかな視線を浴びながら片付ける所なのだが。
「あー、それより話がある。重要な、な」
ごほん、と咳払いをしつつ書類の山を脇に退かす。シオンの冷ややかな笑顔を見ながらも、俺は先程の話をどこまで話すかを吟味し始めた。
********************
「─────以上が、国王陛下より通達だ。今後魔獣の討伐依頼が増えてくるだろう。冒険者ギルドにも依頼は入るだろうが、騎士団自体にもあるかもしれん」
「そう、ですか。少し警備体制も見直さないといけませんね。物資の備蓄情報も確認します」
「ああ、頼む。─────それと、お嬢の事だが」
「コーネリア嬢、ですか」
あのお嬢がホンモノのお嬢様になったというのだから驚きだろう。元々タロットワークが後見になっていたという事情であったが、それとこれとは大違いだ。
なんせ、前王族の名前を名乗ることになった、のだから。
「逆玉だぞ、シオン」
「何言ってるんです全く。そもそも俺のようなオジサンを相手にしませんよ、お嬢さん・・・いえ、コーネリア嬢は」
「何言ってんだ、あんなにお嬢がアタックしてたってのに。
お前も気にしてただろうが」
「それは・・・まぁ、悪い気はしませんよさすがに」
年の差を気にしてる、って事は脈アリとしか思えない。クソ、あの事を言えればこんなに回りくどい話をせずに済むんだが。言ったが最後全てを忘れちまうってんだからな。やきもきしながら見守る他ない。
「ま、お嬢・・・コーネリア嬢が留学から戻るのは1年先だ。この話は先送りにしておいてやる」
「何を偉そうに言っているんですか全く。それよりも団長はその机の上をきちんと片付けてください。これから更に忙しくなりますよ?」
くっ、忘れてなかったか。有耶無耶にしちまおうと思ったんだがな。俺は溜息を付いて書類に向き合った。どうせ屋敷に戻ってもアナスタシアはいない。
…帰ってきたら、話をしなければならんな。お嬢の願い通りに。
俺は憂鬱になるのを自覚しながら書類に向かう。苦手は苦手だし、好きではないが、今は逃げ込める場所がある事に感謝した。
********************
それから、アナスタシアが屋敷へと戻ってきたのは数ヶ月先のことだった。各領地の見回りが予想以上に長引いた。
なんでも、魔獣が頻発して出現し、気が抜けていた領軍を鍛え直していたのだとか。
「全く、手間がかかるものだ」
「アナスタシアの教練を受けられるんだから、一部にはウケたんじゃないか?見込みがあるやつもいただろう」
「少数ではあるが、な」
長期の遠征から帰った愛しき妻は、疲労さえも見せない。彼女が表に出すのは本当に稀な事である。俺も連れ添ってから数度しかお目にかかった事は無い。
それから、アナスタシアと長い───長い時間をかけて話をした。
お嬢の言う通りに…と思いはしてもなんとか屋敷に留まっては貰えないだろうかという気持ちもあり、すんなりと『タロットワーク邸に』と言えなかった。
だがアナスタシアは譲る事なく、結局はお嬢の言う通りに、アナスタシアはタロットワーク別邸へと居を移す事になる。
それと同時に、愛人であるキャロルと子供達を迎え入れ、跡継ぎとなる為の教育を受けさせ始めた。
アナスタシアと疎遠になる事はなく、騎士団の詰所に行けば毎日のように顔を合わせる。しかし、あの屋敷にアナスタシアが待っている事は無い…というのが寂しいと思ってしまう。身勝手な想いではあるが。
お嬢が留学してこら少しずつ、魔獣の出現率が上がっていった。大発生とは言わないが、騎士団や冒険者ギルドでも魔獣討伐依頼が増えている。
俺は元より、シオンやアナスタシアも部下達を連れて討伐に向かう事も増えた。王国騎士団も参加する事も多く、将来が楽しみな騎士達もちらほら見かけるようになった。まったく、実践に勝る修練はないということか?
季節が巡り、もうすぐ一年が経つ。
そろそろお嬢も戻ってくる頃合だろう。…アナスタシアの機嫌がいいからな。これは帰ってくる日も近いのだろう。
さて、彼女は一体どんな土産話を持ってきてくれるのだろうか。
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