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幕間 ~それぞれの一年~
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しおりを挟む◆エリザベス・ローザリアの場合
宝石のような女。
それが私の、彼女への感想。
********************
初めて彼女を見たのは、学園の中だった。
平民の女子生徒。でも何故か、ふと目を惹かれた。
話してみたら、とても話しやすくて。なんだかまた話したいと思わせる人だった。
私は『公爵令嬢』であったし、『第二王子の婚約者』だったから、昔から周りには『友達』という名の取り巻きは大勢いたものだ。
貴族令嬢の友達付き合いなんてこんなもの、と知っていた。
幼い頃からお茶会やお付き合いがあれば、自然と近しい身分の令嬢達で固まっていく。そうして代わり映えのない話や噂に興じるのだ。
それでいい、と思っていた。
自分は『公爵令嬢』なのだから。
年頃になれば家の為に嫁ぎ、子を成し、家を盛り立てていく。
それが『公爵令嬢』として生まれた自分の使命だ。
けれど、彼女に会ってほんの少しだけ、変わった。
自分の使命は忘れていない。でも『楽しまないなんて損!』とばかりに彼女といるとたくさんの事が色を変えて見えたのだ。
「でもコズエ、これはさすがに予想の域を越えてましてよ…?」
蓬琳国の皇子に見初められ…いや、招かれて留学。
しかもひと月も経たずに出立とは。
エリザベスとてただ黙って見ていただけではない。もちろん蓬琳国の窮状は知識として知っていた。
それ故に第一皇子自らが他国へ留学をし、様々な知識や協力者を得て故国を救おうとしていることも知っていた。
けれどそれが自分の無二の友人であるコズエを連れていこうなどとは思いもしなかったのだ。
********************
「改まってどうしましたの、お父様」
「エリザベス、座ってくれ。話がある」
「ええ、構いませんわ。あの方を認めてくれ、なんていうお話でないのなら」
悲しそうな目を向けるお父様。けれど、私はその事に何の感情も湧いてこない。私の中でこの人を『父親』だと思わなくなってしまってから随分経つものだ。
今では兄様に爵位を譲渡するまでの『繋ぎ』としてしかこの人に役割を感じてはいない。
考えてみれば、物心付いてからこの人を父親だと認識した事があったのだろうか?
…今考えても思い出せはしない。あったのかもしれないけれど、それが色褪せるまでに私達の中ではいろんなことがありすぎたのだ。
「エリザベス、カーク殿下とは仲良くしているかい?」
「ええ、建前通り『婚約者』としては良好な関係を保っていましてよ」
「なるほど、『そんな関係』という訳だね」
「・・・王家から打診がありまして?『ローザリア公爵閣下』」
そう告げると、スっとお父様の顔が『父親』から『公爵』のものへと変わる。
私自身、お父様は『公爵』として有能であると思っている。汚職や不正に手を染め、賄賂を受け取り堕落していく他の貴族と違い、『ローザリア公爵閣下』は真に貴族としての品格と義務を担う第一人者であると思う。
…それが色恋に溺れて家庭を壊すのだから、恋なんて不確かなものは私にはなくていい。
子を産むのは義務。そこに愛がなくとも、時間をかけて情を育めばいいのだ。色恋に溺れて自身の行先を見失うのならば、私にはそんなものなくて結構。
「エリザベス、第一王子殿下の婚約者候補に名が上がった」
「畏まりましたわ」
「・・・良いのか」
「自らの嫁ぐ先が国へと変わっただけでございますから」
「世話をかける」
「何を言っていますの?今の情勢で私以外の『誰』が王太子妃候補に上がると言うんですの?
まあ、タロットワークの姫がお戻りになられたらまた変わるかも知れませんけれど」
「コーネリア姫、か」
「けれど、タロットワークの一族がそれを簡単に許すとは思えませんわ。ですから、私が一番ふさわしいのでしょう」
そこに驚きはなかった。第一王子であるシリス殿下の心の内がどうであろうとも、『ローザリア公爵令嬢』として王太子妃候補に上がるということは予見していたこと。
第一王子殿下に早くから婚約者がいた事で、私は第二王子殿下へ嫁ぐことが決められていたようなものだ。
同世代の令嬢達は既に結婚している方々ばかり。未だ婚約者も決まらない令嬢もいるにはいるが、『正妃』として王族へ輿入れするには身分が足りなすぎる。
家格が合い、なおかつ年齢もそう離れていない令嬢のうち、私が一番つり合う。
…でも家格で言うならば、タロットワークが一番適しているのだろうけれど。とはいえコズエが王太子妃として候補に上がるには様々な制約があるだろう。
今の現状で一番考えられる形は、私が王太子妃として王家へ嫁ぎ、他の令嬢の方々に側室として数人を第一王子殿下へ娶ってもらうのが理想形だ。
第二王子であるカーク殿下には、それこそ同年代の他の令嬢でも、他国の王女を迎えてもらってもいいのだから。
「君の言い分はわかった、エリザベス。王へ『是』とお答えするがいいのだね?」
「ええ、構いません。ローザリア公爵家の名に恥じぬ様、尽力させていただきますわ」
「済まない、エリザベス」
「と、思うのでしたらどうかこれ以上の醜聞を広めないでくださいましね」
「わかっているよ」
では、と優雅に一礼を送る。
私はシリス殿下にとって、良き理解者となれるだろう。
もちろん、シリス殿下がコズエを伴侶にと求めているだろうことは知っている。けれどそれは茨の道だ。『タロットワーク』の名を受け入れたコズエだけれど、その名は王家に嫁するにはまた大きな意味を持つものなのだから。
正妃に迎えようものならば、またタロットワークに力が集まりすぎる。集まったところであの一族にはこの王国に対して害とはならない事は分かっているが、一部の物分りの良くない貴族達に取っては面白くはないだろう。
それ故に側室として迎えるのもやぶさかではないだろうが、果たしてコズエが頷くだろうか。
そんな事をつらつらと考えていると、自然と笑いが漏れる。
自分が母親と同じ立場になるかもしれないというのに、私にはその未来が来てもきっと楽しめるだろう。だって私がコズエに嫉妬するなんてありえない。私はシリス殿下よりもコズエを一番大事に想うのだろうから。
「ふふ、そんな未来も楽しみに思えますわね」
コズエが『コーネリア・タロットワーク』となったからこそ現実味が出てくる未来図。
私が正妃で、コズエが側妃?いや、寵妃だろう。反対にコズエが正妃で自分が側妃だとしても、諍いなどありえない。
未来はどうなるかわからないが、私は私なりに輝かしい未来を紡ぐだけだ。
…こうなると、アリシアさんには万が一を考えて『教育』を施さなければなりませんわね。忙しくなりますわ。
********************
学園でアリシアさんと会えば、これまでとは違う真剣な色の瞳をしていた。
ああ、そうなのね。貴方もまた、『覚悟』を決めたのね。
その『覚悟』がなんであるかは聞かなかった。
けれど、彼女は一歩、『こちら側の世界』に足を踏み入れる事を決めたのだ。その結果がどこに繋がるのかは彼女次第。
そして私は自分が得たできる限りの知識をアリシアさんへと教えた。それはもうアリシアさんにとっては予想もしなかった事かもしれない。戸惑いも感じはしたけれど、彼女は必死に食らいついてきた。
…この辺りがナキア様とは違いますわね。本人の資質によるとは思いますが、教える方も気合が入りますわ。
コズエからも手紙が来た。蓬琳国へ行く前にアリシアさんの事を頼まれたけれど、手紙には再度その旨が記されていた。
もちろんそれだけでなく、私へ別れをきちんと言えなかった事や、蓬琳国についての話も色々と。
私はアリシアさんに貴族社会の知識を教えると同時に、水面下では第一王子殿下の婚約者としての勉強もすることになる。
そもそもの下地があるので、自分の勉強はそれほど苦ではない。アリシアさんという生徒がいることで、自分の励みにもなったから。
シリス殿下とは月に一度、お茶会という名の密会を続けている。
世間的には私はまだ『第二王子殿下の婚約者』である。それが『第一王子殿下の婚約者』と発表されるのはまだ期間を置くことになった。これは国王陛下の決定である。
********************
もうすぐ、一年が経つ。
ようやく彼女が戻ってくる。
さて、一番初めに何を言おうかしら?
何から話すべきか、言いたいことも聞いてもらいたいこともたくさんある。
でも、最初はやっぱり『おかえりなさいませ』かしらね?
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