悪役令嬢になりたくないので婚約を阻止しようとしましたが、いつのまにか王子様に溺愛されています。

えるる

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第二章 <断罪阻止>

第21話 <ヒロイン>

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 チョークの粉まみれだったヒロインは、魔法を使ったのか綺麗になって帰ってきた。
 今黒板に書かれている案は、ミモザの提案した幽霊屋敷だけだ。

「はーい!」

 元気よく手を上げるヒロイン。

「はい、君。どうぞ」
「劇がいいと思いますっ」

 ――それだ。学園祭の出し物は、劇だった。たしか……

 ヒロインが、その不思議な瞳をキラキラとさせてアシュガ様を見る。
 ふと、何かが頭に引っかかる。
 まぁいいか、と黒板に『演劇』と書く。
 とんとんとん、と、異世界でも変わらない音。

「他に意見はない?……じゃ、どっちがいいか決めようか。」

 アシュガ様がそう言うと、紙がひとりでに皆の机に配られていく。その一つ一つが、じんわりと紫の光を帯びている――アシュガ様の魔法だ。……かっこいい。

「名前は書かなくていいよ。書き終わったら半分に折ってね。」

 何やらこちらを見てニヤニヤとしているアシュガ様。
 そんな表情もかっこいいんだから、もうどうしようもないと思う。

 ゲーム通りなら演劇になるけれど、最後の足掻きとして、アシュガの色を纏う紙に『幽霊屋敷』と記入する。
 ローズが紙を半分に折った途端、それはひとりでにアシュガ様の元へ向かった。

 なるほど。そういうことか。チラリと視線をアシュガ様に向けると、キラキラとした目でこちらを見ている。……なんだか、『ほめてほめて!』とねだっている子犬に見えてきた。

「アシュガ様、この魔法凄いですね。後でどうやったのか教えていただけますか?」

 殆どが『演劇』と書かれている紙を数えながら、アシュガ様に囁く。

「ふふ。いいよ」

 嬉しそうだ。そんなに褒めてほしかったのか。そんなところも可愛いけど。

 そんなこんなで集計をした結果、やはり劇に決まった。
 この学園は殆どの生徒が貴族の子息令嬢だから、幽霊屋敷より演劇の方が受けが良いのだろう。

「学園祭の出し物は劇に決まったよ。先生に報告に行ってくるね。――ローズ、行こうか」
「はい、わかりました」

 職員室までの道は、そんなに遠くない。
 特に話すこともないので、心地良い沈黙のままだ。
 他の教室から聞こえてくる賑やかな声は、壁を隔てているせいで廊下の静けさを一層強調するばかりだった。

「ローズはここで待ってて。」
「はい、わかりました」

 職員室の扉を開け、アシュガ様はその向こうへ消えて行く。

 その時、後ろからはしたないと言える程大きな足音が聞こえてきた。

「あらっ、ローズ様。」

 にっこり。
 全くヒロインらしくない、寧ろ悪役令嬢に相応しい微笑み――を浮かべるのは、アナベルだ。

「っ……!」

 瞬間、思い出すのは試験当日のこと。階段からふわりと……。
 ぞわりと何かが背中を走った、その時。

「お待たせ、ローズ……あれ、君は……何をしているんだい?」

 アシュガ様が姿を現した。
 知らない間に入っていた肩の力がふっと抜ける。

「あっ、アシュガ様っ!」

(ヒロインの切り替え、すご……)

 ローズは場違いにも呆けてしまった。
 つい一瞬前まで悪役令嬢も震える微笑だったのに、今やあどけない笑み。
 いっそ感嘆する。

「えへへ、アシュガ様に会いに来ちゃいましたぁ」
「そ、そうか……?」

 ヒロインはキラキラした不思議な瞳でアシュガ様を見上げる。
 が、アシュガ様は困惑しきっている様子。
 ヒロインが一体何をしたいのかはなんとなくわかるが、どうしてこのタイミングで?

「アシュガ様、演劇のヒロインとヒーローを私達でやりませんかぁ?」

 あぁ、思ったとおりだ。

 ……でも、私の隣を歩くアシュガ様なら、きっと。
 勝手に決めることはできないと窘めてくれることだろう。
 半ば祈るようにそう考えていたローズだが、その祈りは、天に届かない。

「…………あぁ、そうだな。」
「っ……!?」
「ふふ、アシュガ様ならそう言ってくれると思ってましたぁ」

 どうして。どうして?
 やはり、私はこれからゲーム通りに嫌われてしまうの?

「…………もちろんだ」

 絶望的なローズの瞳の先には、ヒロインを見つめる横顔しかなかった。
 その事実にまた胸を刺され、ローズはふらりと後退る。
 しかし、まだ静かな廊下に響くはずだったその足音は、授業の終了を告げる鐘に掻き消された。

 その後ローズは、どうやってあそこから歩いてきたのか、あまり覚えていない。
 気が付けばクッキーを目の前にして、ぼーっと座っていた。
 どのくらいこうしていただろう。手に取った紅茶は微温くなっている。

「……ダメ。逃げてはダメよ、ローズ。」

 不安で潰れそうになる自分を叱咤し、前を向く。
 あの日、誓った。運命に立ち向かうと。逃げ続けるのは辞めだと。

 アシュガ様に話を聞こう。

「リリー、少し外に出るわね。すぐに戻るわ」

 その様子を見ていたリリーは、ローズの前では全く見せない心配気な表情を見せていた。

「やはり何か、おかしいですね……」

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

 部屋に戻ったアシュガは、酷く険しい表情をしていた。

「何かがおかしい。」
「ん?なんだ?」

 あのオパール・アイの少女に声を掛けられてから、なぜか目が離せなくなった。
 意思が吸い込まれるような、惹き付けられるような。
 そういえば、以前もこんなことがあった気がする。

「おい?何がおかしいんだよ」
「……オパール・アイの女生徒を知っているか?」

 そう言うと、リコラスは怪訝そうな顔をする。

「あぁ、知っている……というか、ここじゃ誰でも知ってるだろ」
「あの子に……なんというか、惹かれる」

 途端、リコラスは目を見開いて叫んだ。

「……医務室!!」
「おい待て。俺もそうしたいくらいに自分のおかしさに気付いているが、待て!!お、おい!」

 はぁ、と息を吐いて、アシュガは続ける。

「運命か何かと錯覚するような気分なんだ。……だが、そんなことは有り得ない……リコラス。」

 いつになく真剣な眼差しに、リコラスは少し気圧される。
 こういうときに、やはりアシュガは次代の王なのだと感じる。

「俺がローズを苦しめるようなことがあれば、俺の目を覚まさせてくれ。」
「……ああ、わかった。約束しよう、我が主。」
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