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第七章:新しい魔術士とそのパートナーの歓迎会

80 僕はスタイズさんの過去を少し知ってしまった

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 スタイズさんが手綱を揺らすと移動用の魔道生物が動き出して、速度がどんどん上がっていく。
 振り返ると、ついさっきまでいた催事企画部の建物が遥か遠くに見える。
 ワートさんの質問に対してスタイズさんは「覚えはない」とは言ったけれど、実は何かがあって、一刻も早くあの場から立ち去りたかったのだろうか?

 僕のお腹の辺りで身体を支えてくれているスタイズさんの手に、僕の手を重ねる。
 彼の怒りや悲しみが、少しでも消えてくれるようにと願って。





 催事企画部の建物から大分離れたからか、スタイズさんは手綱を操作して、移動用の魔道生物の速度を下げた。
 そして彼は溜息をつく。

 「見苦しい場面を見せてしまったな」

 「いえ、そんなことは……」


 「まさか今になって、こんな所で、あの名前を聞くことになるとは思わなかった。ワートさんに直接何かをされたわけではないが、あまり良い思い出ではなくてね……」

 「……」

 ワートさんが出した名前は、やっぱりスタイズさんに関係があるものだったようだ。
 何があったのかが凄く気になるけれど、僕から触れていいものなのかわからない。
 気の利いた言葉が全く思い浮かばなくて、ただ頷くだけにした。


 するとスタイズさんは「君と私の二人だけの秘密だ」と言って、ぽつりぽつりと話しだしたんだ。


 「ストライズというのは昔の私の名前で……私はバッフェム子爵家の四男だったんだ」

 「えっ!?」

 スタイズさんは明るくて気さくな人だけれど、時折見せる堂々とした品のある言動、整った顔……貴族の生まれなら納得できる。
 名前が変わるなんて、何があったのだろう?



 「私が十七歳だった時のことだ。エクシャル侯爵家の三男に婚約者を奪われてしまい、そして奴の策略によって、私は家から除籍されることになってしまったんだ」

 「ええっ!?」

 エクシャル侯爵家の三男ってことは、ワートさんのお兄さんによって陥れられたってこと?
 それならワートさんがスタイズさんのことを知っていても、おかしくはないような気がする。


 「除籍された者は名前を変えなければならない。名前が変わったことで、それまで卒業した学校の卒業証書は無効になるし、自分の過去に繋がる物を持つことは許されない。
 親しい人たちに迷惑がかかる可能性を恐れて、一人で領地を出てただの平民になって、学歴がないから教師になるという夢も諦めることになって……」

 スタイズさんが深い溜息をついた。

 「もう割り切ったつもりだったが、改めて思い出すと悔しいものだな……」


 話を聞く限り、彼に悪いところはなさそうなのに。
 婚約者、身分、過去、将来の夢を同時に失うなんて、気の毒すぎる。


 「そんなの酷すぎじゃないですか。その三男は『ざまぁ』されたりしてないんですか?」

 僕が振り返ってそう言うと、スタイズさんは目を丸くして「ざまぁ」とは何かと聞いてきた。
 娯楽小説において、主人公に酷いことをした登場人物がちゃんと報いを受ける展開のことだと説明すると、彼は苦笑しながら首を傾げて「さあ、どうだろうな?」と言ったんだ。


 「奴がどうなったかなんて、遠く離れた地で暮らす平民の私には知りようのないことだ。力のある家だし、よほどのヘマをしない限りは安泰だと思うよ」

 「そうなんですか……」

 スタイズさんに酷いことをした奴が、のうのうと生きている……そう考えると腹立たしくて、顔を顰めてしまった。
 そのまま前を向くと、彼の手が僕の頬をトントンと軽く叩いた。
  振り返ると彼は寂しげな表情で左右に首を振って……僕が怒る必要はないと言いたげで。

 そして僕に、母さんを今でも恨んでいるかと聞いてきた。

 ……うーん、どうなんだろう。
 研究所に来てしばらくは、母さんに対して怒りや悲しみの気持ちがあったけれど。
 銀行で大暴れしたことで現在は牢屋に入っているらしいから、それなりに報いを受けたということを知って溜飲が下がった。
 それにスタイズさんという素敵な人と出会えたし、他に気にしないといけないことが増えてしまったから、関わりのない母さんのことを思い出すことがなくなった……というのが正直なところだ。
 
 そう答えると、優しく頭を撫でられた。

 「私もだよ。エクシャル家の三男がどうなろうとも、今の私には関係のないことだ。それよりも、今感じている幸せを大切にしたいと思っているんだ」

 そうして後ろから優しく抱きしめられた。
 僕と一緒にいることが彼にとっての幸せだと言われているようで、僕は嬉しくて顔が緩んでしまった。
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