181 / 201
181話 『存在の証明①』
しおりを挟む
点々とした明かりに照らされた空間を高速でフェンリルが駆けていく。この先にアビスの王…………いや、お母さんがいる。揺れる背に掴まりながらメアさんの言葉を思い返す。
時乃回廊といわれるこの場所で、どこからか現れたアビスを封じようとしてお母さんはのまれた。ここならば被害もないと考えたのかもしれない。
「……あと、どのくらいかな?」
『気配が乱れているがもう少しってとこだろう。いつでも動けるように準備しておけよ』
促されると再度魔力を確認する。大丈夫、シトリーの反応もあるし力も使える……それに私は一人じゃない。腰に手を回しギュッと掴まるシャルを背に感じながら精神を鼓舞させる。
徐々に空間が変化していき見慣れた家がでてくる。何年も住んでいた思い出のある、お婆ちゃんと私の家だ。
『いいか、さっきもいったが決して情に流されるな。アビスを必ず倒せ、やり直せるなどと考えるな』
「わかってるわ……シャル、ここからは万が一何かあれば自分で考えて行動するのよ、できる?」
「はーいママ! まかせてー!」
しばらく歩くと周りの景色が変わっていく。机に椅子……誰もいなかったはずの空間にその人は立っていた。横に置いてある揺り籠を覗き込み、すすり泣く声が聞こえる。
「私の……可愛い、赤ちゃん…………」
「誰もいないよー?」
揺り籠を指指し、私に向かって顔を向けるシャルを下がらせる。
「お母さん! 私はここよ、正気に戻って!!」
「……か、カエして……ワ、わタシタチノ……ダイジナ……」
ゆらゆらと揺れる身体の内側からアビスが溢れ出てくると探し物を求めるように次々と手が伸びてきた。すぐに魔法を使いアビスを攻撃する。
炎の竜が女性の周りに纏わりつきアビスを焼いた。だが、アビスの手が竜に絡みつくと黒く染まった竜がこちらへ向かって攻撃を始めた。
魔法を取られた!? まずい、制御がきかない……!
竜が迫り咄嗟に攻撃をかわしたが、突然の出来事に惑乱した私の前に再度竜が迫る。だが、竜は高速で横切ったフェンリルに嚙み切られると霧散し消えていった。
『油断するなといっただろ。相手はお前たちと同じ魔法使いだ、すべてを想定しろ』
「ご、ごめんなさい……次は必ず!」
一進一退の攻防が続くなか、隙をついたシャルがアビスを抜き出そうと魔法陣を展開した。ソフィアさんのときに覚えたのか、アビスを取り除けばお母さんは元に戻る可能性が高いと思ったようだ。
魔法陣がアビスを引きはがそうと魔力を吸い取るとお母さんは苦痛のなか訴える。
「ダメッ……これを世に放っては……逃げ……テ…………」
魔法陣が割れると先ほどよりも濃い気配がお母さんを包み込んでいく。激しい攻防の末、魔法を当ててみるもアビスが減る気配はなかった。
もっと強力な魔法を当てるしか……だけどこれ以上はお母さん自身にもダメージが入る。
やはり……フェンリルの言う通りやるしかないのだろうか。最悪の場合を想定していなかったわけじゃない、何度も考え、その数だけ何度も決心した――しかし、それはあくまで私の想像の中でだ。
私だけじゃない、世界を救うためにみんなが戦っている。ここでお母さんを止めなければすべてが台無しになってしまう。
早く行動しろと急かすように鼓動が高鳴っていく。
やるしかない……みんなのためにも!!
――落ち着きなさい、まだ方法がなくなったわけじゃないわ。
ッ!! そうはいってもお母さんはアビスを離そうとしない、だったらもう……。
あなた、もう誰も失いたくないんでしょ? いいわ、智慧を貸してあげる。今回は特別に契約はなしでいいわ。
身体の主導権を得たシトリーはフェンリルに対し囮になるように呼び掛ける。唐突に無理難題を押し付けられつつも何か策があるとわかってくれたのか、アビスの周りを跳び攻撃を仕掛け始めた。
「シャル、あなたの中にいる魔人を起こしなさい」
「どういうことー?」
「違った魔力を感じるでしょ。それを叩いてあげればうるさいおじさんが起きるわ」
「ん-……あ、これかー!」
突如シャルの頭がガクリと項垂れるとゆっくりと顔をあげた。
「ぁぁあああくそがッ! なんで俺様がこんなガキに!!」
その口調は今でもはっきりと覚えている。レニ君の利き腕を斬り飛ばし、私たちを本気で殺そうとしてきた相手……。
こみ上げてくる憎悪を感じながらもシトリーは気にすることなく口を開いた。
「負けた相手には従う、それが道理というものでしょ。そんなことも忘れたわけ?」
「ちっ…………んで、こんなところで呼び出しておいて何をさせる気だってんだ?」
「今からあそこにいる人間のアビスを引き剝がすの。簡単でしょ?」
「はぁ? どこが簡単なんだよ……くそ面倒くせぇようにしかみえねぇじゃねぇか! ぶっ殺したほうが早ぇよ!」
会話から察するにシトリーはこの魔人に協力させる気のようだが……さすがに無理があるのではないだろうか。この態度といい協調性の欠片もなさそうだ。
「嫌なら別にいいのよ。ただし――一度ならず二度も、しかも子ども相手に負けたなんて、連中が知ったらなんていうかしらね」
「てめえぇぇ…………」
威嚇するように歯を剝き出しにするが完全にシトリーのペースだった。
魔人にとって負けることが恥なのか、それともこの人にとってそうなのかはわからないが、なんだかんだ言いながらも協力することになっていく。
フェンリルを呼び戻すと二人は交代するように駆け出していった。
時乃回廊といわれるこの場所で、どこからか現れたアビスを封じようとしてお母さんはのまれた。ここならば被害もないと考えたのかもしれない。
「……あと、どのくらいかな?」
『気配が乱れているがもう少しってとこだろう。いつでも動けるように準備しておけよ』
促されると再度魔力を確認する。大丈夫、シトリーの反応もあるし力も使える……それに私は一人じゃない。腰に手を回しギュッと掴まるシャルを背に感じながら精神を鼓舞させる。
徐々に空間が変化していき見慣れた家がでてくる。何年も住んでいた思い出のある、お婆ちゃんと私の家だ。
『いいか、さっきもいったが決して情に流されるな。アビスを必ず倒せ、やり直せるなどと考えるな』
「わかってるわ……シャル、ここからは万が一何かあれば自分で考えて行動するのよ、できる?」
「はーいママ! まかせてー!」
しばらく歩くと周りの景色が変わっていく。机に椅子……誰もいなかったはずの空間にその人は立っていた。横に置いてある揺り籠を覗き込み、すすり泣く声が聞こえる。
「私の……可愛い、赤ちゃん…………」
「誰もいないよー?」
揺り籠を指指し、私に向かって顔を向けるシャルを下がらせる。
「お母さん! 私はここよ、正気に戻って!!」
「……か、カエして……ワ、わタシタチノ……ダイジナ……」
ゆらゆらと揺れる身体の内側からアビスが溢れ出てくると探し物を求めるように次々と手が伸びてきた。すぐに魔法を使いアビスを攻撃する。
炎の竜が女性の周りに纏わりつきアビスを焼いた。だが、アビスの手が竜に絡みつくと黒く染まった竜がこちらへ向かって攻撃を始めた。
魔法を取られた!? まずい、制御がきかない……!
竜が迫り咄嗟に攻撃をかわしたが、突然の出来事に惑乱した私の前に再度竜が迫る。だが、竜は高速で横切ったフェンリルに嚙み切られると霧散し消えていった。
『油断するなといっただろ。相手はお前たちと同じ魔法使いだ、すべてを想定しろ』
「ご、ごめんなさい……次は必ず!」
一進一退の攻防が続くなか、隙をついたシャルがアビスを抜き出そうと魔法陣を展開した。ソフィアさんのときに覚えたのか、アビスを取り除けばお母さんは元に戻る可能性が高いと思ったようだ。
魔法陣がアビスを引きはがそうと魔力を吸い取るとお母さんは苦痛のなか訴える。
「ダメッ……これを世に放っては……逃げ……テ…………」
魔法陣が割れると先ほどよりも濃い気配がお母さんを包み込んでいく。激しい攻防の末、魔法を当ててみるもアビスが減る気配はなかった。
もっと強力な魔法を当てるしか……だけどこれ以上はお母さん自身にもダメージが入る。
やはり……フェンリルの言う通りやるしかないのだろうか。最悪の場合を想定していなかったわけじゃない、何度も考え、その数だけ何度も決心した――しかし、それはあくまで私の想像の中でだ。
私だけじゃない、世界を救うためにみんなが戦っている。ここでお母さんを止めなければすべてが台無しになってしまう。
早く行動しろと急かすように鼓動が高鳴っていく。
やるしかない……みんなのためにも!!
――落ち着きなさい、まだ方法がなくなったわけじゃないわ。
ッ!! そうはいってもお母さんはアビスを離そうとしない、だったらもう……。
あなた、もう誰も失いたくないんでしょ? いいわ、智慧を貸してあげる。今回は特別に契約はなしでいいわ。
身体の主導権を得たシトリーはフェンリルに対し囮になるように呼び掛ける。唐突に無理難題を押し付けられつつも何か策があるとわかってくれたのか、アビスの周りを跳び攻撃を仕掛け始めた。
「シャル、あなたの中にいる魔人を起こしなさい」
「どういうことー?」
「違った魔力を感じるでしょ。それを叩いてあげればうるさいおじさんが起きるわ」
「ん-……あ、これかー!」
突如シャルの頭がガクリと項垂れるとゆっくりと顔をあげた。
「ぁぁあああくそがッ! なんで俺様がこんなガキに!!」
その口調は今でもはっきりと覚えている。レニ君の利き腕を斬り飛ばし、私たちを本気で殺そうとしてきた相手……。
こみ上げてくる憎悪を感じながらもシトリーは気にすることなく口を開いた。
「負けた相手には従う、それが道理というものでしょ。そんなことも忘れたわけ?」
「ちっ…………んで、こんなところで呼び出しておいて何をさせる気だってんだ?」
「今からあそこにいる人間のアビスを引き剝がすの。簡単でしょ?」
「はぁ? どこが簡単なんだよ……くそ面倒くせぇようにしかみえねぇじゃねぇか! ぶっ殺したほうが早ぇよ!」
会話から察するにシトリーはこの魔人に協力させる気のようだが……さすがに無理があるのではないだろうか。この態度といい協調性の欠片もなさそうだ。
「嫌なら別にいいのよ。ただし――一度ならず二度も、しかも子ども相手に負けたなんて、連中が知ったらなんていうかしらね」
「てめえぇぇ…………」
威嚇するように歯を剝き出しにするが完全にシトリーのペースだった。
魔人にとって負けることが恥なのか、それともこの人にとってそうなのかはわからないが、なんだかんだ言いながらも協力することになっていく。
フェンリルを呼び戻すと二人は交代するように駆け出していった。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
神様、ちょっとチートがすぎませんか?
ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】
未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。
本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!
おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!
僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。
しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。
自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。
へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/
---------------
※カクヨムとなろうにも投稿しています
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる