上 下
180 / 201

180話 『未来の英雄③』

しおりを挟む
 強力な魔法とはなんだろうか。すべてを灰塵にする爆発、魂まで凍らせるような冷気、膨大なエネルギーで大気と地を揺らす雷光――そのどれもが個々の属性を持ち甚大な破壊力をもたらす。
 もちろん、彼女たち魔法使いが放つ魔法というのも強力だ。常識の範疇から外れたそれらはもはや奇跡といってもいい。

 ……そして、よりにもよって、僕の仲間はそんな非常識な連中が集まっていた。普通じゃ限界があるというのは身をもって体感していた。だからこそ考えた、この膨大な魔力をすべて無駄なく力にする方法を。


 さらに力を込めると放出された魔力がアビスを押し潰し、この世のモノとは思えない悲鳴と笑い声が響いていく。

 なぜ魔力酔いが起きるのか、回復魔法という都合のいい魔法が公に存在していないのか、僕が出した結論――それは、外から受ける魔力というのはある程度の例外を除けば、すべてダメージになりうるということ。


 膨大な魔力を凝縮させ一切の無駄をなくし相手にぶつける。僕がやっているのはいうなれば『無属性魔法』だ。


『まだだ! すべて出し切れぃッ!!』

「言われなくてもわかってる! そっちこそ出し切ってよッ!!!」


 圧倒的な二つの力を前に次々と霧散していくアビスは更に暴れ始めるがヒュノスはそれを許さなかった。
 ただひたすらに斬り続け、僅かな逃げ道すら残されていない状況で、全身を焼かれながらも動きを止めることはない。

 意志の力だなどと都合のいい解釈は不要だ。ただ一つ、その姿に敬意を払いすべてを込める。


「――これで、終わりだぁぁぁああああああああああッ!!!!!」



 随分と削られたアビスは最後の抵抗をしようと触手を取り込み身体を大きくしたが、ヒュノスがすかさず切り抜けるとバラバラになり、霧散して消えていった。

 魔力もほとんどつきた僕は辛うじて大地に降りると、ニッグも消耗しているのか落下するように大地へ着地する。
 すべてが終わったことを知ってか知らずか、ヒュノスは剣を持ち立ったまま制止していた。


「お、おい、大丈夫か!?」


 大丈夫なわけがないのは知っている、黒炎に包まれ魔力をぶつけられアビスに攻撃されていたのだ。だがそれ以外に言葉が見つからなかった。


『よくぞ……成し遂げたものだ。若き英雄よ』


 そこでやっと気がついたのかヒュノスはこちらに顔を向ける。しかしその目は焼け何も映してはいなかった。


「……オっ、おわ……っだ、カ……」


 短く発せられたその声は喉を焼かれたのか、ほとんど言葉になっていない。多分だが耳もすでに聞こえてはいないのだろう。

 助かることがないということは一目見てわかる。できれば誰一人犠牲なく戻りたかったが……。一番の功労者になんとか力を振り絞り近づいていくと背後に黒い点のような何かがみえた。


「ッ!! 後ろだヒュノス!!」


 やはり声が聞こえないのか、動かないヒュノスの背後にほんの小さなアビスが飛び掛かる。消耗しきっていた僕らにそれを止めることはできなかった。

 僕の目線に違和感を感じたのかヒュノスが後ろを振り返った瞬間、アビスは突如現れた獣人の身体に阻まれた。


「ぐっ……あぁあああぁぁぁぁ……」


 茫然とするヒュノスの前で獣人はアビスによって浸食されていく。苦しみながらも獣人は小さな小瓶を取り出し、ヒュノスに差し出す。


「……の、飲んでッ……!!」


 意図が伝わったのかヒュノスはその焼け焦げた手でなんとか瓶を受け取り、先端を折ると中に入った液体を飲み込んだ。途端にヒュノスの身体が元通りに治っていく。

 それは初めて見る光景――いくら強力な回復薬だとしてもありえない、目の前で起きているのはいったい何なのか――その異様な光景を目に焼き付けるようにジッと見ていた僕に声が聞こえる。


『もしやエリクサーか! 存在していたとは……』

「エ、エリクサーなんて幻の薬草だろ!? そんなもの――」


 あるわけがない。そう言いたかったが目の前の光景を説明するには十分な話だった。完全に回復するヒュノスの後ろで黒く飲み込まれていく獣人。


「……今楽にしてやる」


 ヒュノスが獣人に剣を突き刺すと全身からアビスが霧散し消えていく。だが、傷が癒えることはなかった。血を吐き寄りかかる獣人をヒュノスは丁寧に地面へと寝かせた。
 すぐに僕らも駆けつけたが傷は間違いなく致命傷だった。下手にアビスを逃がす可能性を考慮すれば仕方ないというしかないのだが……。


「なぜ俺を助けた」

「……あなたは……英雄だ、こんなところで死んじゃいけない」

「それを言うのならばこの世界で戦い抜いたお前こそが英雄だろう。俺たちはやるべきことをやったにすぎん」


 その言葉を聞いた獣人は苦しそうに血を吐くと、薄っすらと開けた目で僕とニッグをみた。


「僕は昔、四人の英雄に助けられた……だけどみんな死んだ。そんな僕を仲間に誘ってくれた人たちがいた……会うことはできなかったけど、君たちのようにとっても強い……最強のパーティ」


 そこまで聞いて僕は思い出した。仲間をずっと待ち続けた弱気な犬の獣人、目の前にいるその姿は成長し、ほとんど面影は残っていなかったが父親と雰囲気が似ている。


「僕ね、もう大切な人を失くしたくないから……探したんだ、薬。でも、もう誰もいなかった……だから、最後に、役に立ててよかった……」


 せき込んだその口からはほとんど血は出ず、もう随分と血を流したのかその顔からは生気が失われていた。


「君はもう立派な仲間だよ。あいつ・・・と同じで、勇気ある……とても立派な仲間さ」

「本物の英雄というのはお前のような者をいうんだ。俺たちが最期を看取ってやる、安心して眠るがいい」


 その言葉にニッグも頷くと、獣人は安心したのか天を仰いだ。


「ありがとう…………みんな……今……そっちに…………」



 * * * * *



 少しだけ回復した魔力で英雄の墓をつくり三人でお参りをする。こんな状況だからこそ小さく質素になったが、全員の心にはしっかりとその名が刻み込まれていた。

 アビスの気配は完全に消え、もう数分もすれば自動で僕らは戻される。そのとき、残りの王が倒されていれば僕らの勝ち。もし誰かが倒し切れなければ……。


「ふぁ~疲れた~! ねぇ、もし未来が平和になったら君たちは何をするんだい?」

「また違う未来を救いに――というかメアの暇つぶしに付き合うことになるかもな。ま、それもそれで面白いんだが」

『はっはっはっは! 暇つぶしときたか! ならば我も世界を渡ってみるとしよう。お前たちのような面白い者に出会えるやもしれん』

「一つ言っておくけどあんなのレニが何人もいたらそれこそ世界の危機だからね。万が一見つけたらちゃんと止めてくれよ」


 すべてが終わった大地でのんびり過ごす。
 たまには、こうやって誰かのために頑張るというのも悪くはない。まぁ世界が平和になったとしてもあいつの周りは騒がしそうだけどね。

 それに彼女リリアの気持ちに気付くのもいつになることやら……いい加減はっきり言わせたほうがいいかもしれないな……まだまだやることは山積み、退屈せずに済みそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!

naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』 シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。 そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─ 「うふふ、計画通りですわ♪」 いなかった。 これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である! 最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

処理中です...