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102話 『心労』

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「預言の本――あなたはそれが何か知っているわね?」


 開口一番、まさかの言葉がレイラさんから放たれる。一番聞きたくない単語であり、この世にあってはならないともいえる本……。


「あれが絡んでいるのならば……俺たちは帰らせてもらいます」

「レニ君!?」


 もう、これ以上は関わるな……俺の中で前世の幸信が忠告してくる。
 砂漠の件で学び、そしてマフィーの件で用心に用心を重ねたはずがあのザマ。これ以上関われば本当に取り返しのつかない犠牲がでてもおかしくない。

 俺の一言で場がピリついたがそのくらい用心しないと危険なのだ。


「あなたたちを巻き込むつもりはないわ。ただ、本のことについて少し聞きたいの」

「あれは…………予言などしていない。本に書かれた内容と同じになるよう、周りを動かしているだけです」

「そんなものが存在するとは思えないわ……」

「信じられないのはわかりますが、俺たちは二度もあれの影響を受け、危険な目にあってるんです」

「なるほど、だから予言の本について詳しいのね」

「あの……レイラさん、私たちが本の事を知っているって誰に聞いたんですか?」

「先駆者と名乗る男よ」


 なぜ俺たちのことを知っている? まさかどこかにいたのか? いや、それよりも本に関して知っているのならば、自分で解決すればいいはずだ。まさかフラードのように俺たちに本の破壊をさせようと目論んでいるのか?


「実は俺たち、その先駆者を追ってるんです。その男はいったいどこに」


 そのとき部屋の扉がノックされリッドさんの声が聞こえてきた。


「失礼致します、お茶菓子をご用意致しました」

「あらありがとう。入っていいわよ」


 扉が開けられるとお菓子と飲み物を積んだワゴンが入ってくる。とてもいい匂いだ……。案の定すぐにリリアとルークが反応している。ということはもう一人もきっと……。
 背筋が伸びたリリアと顔をあげきょろきょろしているルークにアリスが席を立ち説明する。


「これ、魔界で人気のお菓子なんです。みんながいらっしゃったら食べてもらおうと思って……お口に合えばいいんですが」

「うふふ、あなたたちがいつきてもいいようにって、アリスが一生懸命探し回ってたのよ」

「お~それは楽しみだな」

「わ、私も頂いていいのかな……?」

「もちろんです! リリアさんもご遠慮なさらず食べてください!」

「あ、それじゃあついでで悪いんだがもう一人仲間を紹介してもいいか?」

「ルークちゃんも別に問題ありませんが」

「あーいや、二人は大丈夫だと思うけどリッドさんはどうかな」


 たぶん妖精に関して二人は大丈夫だろうが、リッドさんはわからない。もしかするとあの戦争で身内を妖精に殺された過去があるかもしれないし。


「私のことはお気になさらないでください。ご心配なら外でお待ちしておりますが」

「んー……まぁいっか。嫌な思いをしたら謝るから一緒にいてくれ」


 さてと、ミントはどこに隠れて……そこか。


「紹介するよ。レイラさんたちは一度会ってるけど妖精のミントだ」


 俺はミントがいる方向を向き紹介するとミントが姿を現しこちらに飛んでくる。


「やっほー、いつぞやは世話になったね」

「おいおい、あのときのことはもう水に流せって」

「ど、どうしてここに?」

「あのあと色々あってさ、俺たちと一緒に旅をすることになったんだ」

「そうだったんですか。ミントさん、あのときは助けてもらって本当にありがとうございました」


 律儀にもアリスはお礼を言い頭を下げた。


「私もあなたにちゃんとお礼を言ってなかったわね。アリスを助けてくれてありがとう」

「ほら、二人ともこうして感謝してるんだし仲良くしてやってくれよ」

「別に怒ってるつもりはないよ。さっきからそのお菓子が気になって仕方ないんだ」

「それでしたら皆様ご一緒にどうぞ、足りなければまだおかわりもございますので」


 リッドさんが気を利かせてくれる、この人も大丈夫そうだな。


「ちなみに今の魔族は妖精に対してどう思ってるんですか?」

「そうですねぇ……私はアリス様とレイラ様の恩人なれば歓迎致しますが、未だに戦争の未練を残されてる方がいらっしゃるのも事実です。外ではあまりお姿をお晒しにならないほうがよいでしょう」

「そうか、わかった」

「いざとなったらぶっとばすから平気だよ」

「騒ぎを起こすなって言ってるんだ」

「ふふふ、それじゃあみんなで頂きましょう」


 レイラさんがそういうとリッドさんは準備を始める。目の前にはクッキーやデザートが並べられ洋菓子に近い形をしていた。


「うわ~いい匂い!」

「人間界でも人気なんですよ。まずはそのままお召し上がりください」


 アリスに勧められ俺たちはクッキーのようなお菓子を頂く。噛むほどになんともいえない甘い香りが鼻腔をくすぐる――これはとても美味しい!


「う~ん美味しい~!」

「香りと甘さのバランスがいいね、いくらでも食べられそうだ」


 感想を述べながら味わう俺たちの横で、ルークとミントは一心不乱に食べている。さすがに礼儀くらいはちゃんと教えたほうがいいだろう。


「おい二人とも! もう少し味わって食べろよ」

「クゥ?」

「ふふ、よろしければお土産にお包みしますか?」

「本当!? 君、すごくいい子だねー」

「すまんなアリス、こいつら美味いもんにはめがなくて」

「いえいえ、こんなに喜んで頂けるなんてお選びした甲斐がありました」

「この飲み物もすごく美味しいけど、これもアリスが選んだのか?」

「あ、いえ。それはお姉さまが選んでくださったんですよ」


 なるほど、だから少し大人が好きそうな味をしているんだな。おっさんの俺には的中だったが不思議と疲れが取れるような風味だ。
 アリスが自慢気にレイラさんをみるとちょうどそれを飲んでいたレイラさんは照れ笑いした。


「ちょっと子供には合わないかと思ったんだけどね。ほら、あなたって見た目よりも大人じゃない?」

「それどういう意味ですか!?」

「レニ君は確かに大人だもんね~。あ、私もこれ、好きな味ですよ!」

「ありがとう、ヴァイスはこれが苦手でね。よくケンカもしたわ」

「えー! あの人、絶対嫌いなものとかなさそうなのに」

「あの……ヴァイスさんってどなたです?」

「リリアちゃんはあのときいなかったものね。私の婚約者だった人よ、もうこの世にはいないけど」

「あっ…………ごめんなさい」

「気にしないで。レニさんのおかげできちんとお別れすることもできたから」

「あ、そうだった、レイラさんに報告があります。頂いた剣なんですが――」


 俺は剣をはずし鞘に入ったまま二人に見せた。


「えっと……これは?」

「魔剣……でしょうか? こんな剣、初めてみました……」

「これはヴァイスさんの剣です。ドワーフの里で鍛え直してもらったんです」


 レイラさんに手渡すと一通り眺め、剣を鞘から引き抜く。現れた刀身は相変わらず異様な雰囲気を放っていた。


「すごいわね……こんなものが作れるなんて……」

「ローラさんが鍛え直してくれたんです。あっ、ローラさんって人は実は伝説の鍛冶師の娘でして、まさかのその剣に怒られて――――」


 そこから俺はあれからあった出来事を次々と口にした。

 なぜだろう、まるで誰かに話を聞いてほしかった子供のように。そんな俺を誰一人として止めず、わからない部分があると質問してくる。
 俺はそれが嬉しく伝説を追っていた頃の懐かしい気持ちになっていた。

 そして俺の話が終わる頃、陽はすでに傾き始めていた。
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