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92話

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 男が飲んでいる横に座ると俺は声を掛けた。

「一杯奢ろう」

「ぶっ――なんだその真似は」

「……俺はここじゃ追放されてんだよ。一応バレないように、名前もゴードンで通してる」

 周りに聞かれないよう教えるとシルエは小さく笑った。

「ゴードンさんよぉ、気前がいいじゃねぇか。マスター酒をくれ」

「……私にはミルクを頼む」

 グラスを合わせ乾杯するとシルエは酒を飲み一息ついた。

「出発は早朝、二手に分かれて移動するらしい」

「もう一つはどこへ向かう気だ?」

「さぁな、この辺りからじゃ城に向かうなんてことはないだろう。考えられるとしたら別に拠点があるってくらいだ」

 ん~だったら逃げられると面倒だし同時に潰したほうがいいよな。

「――そんじゃ俺とゴードンさんでどっちに向かうかコインで決めるとするか」

「そうですね、コインで――ってウェッジさん、いつからいたんですか……」

 空いてたはずの隣の席にいつの間にかウェッジさんが座っていた。手にはすでに酒の入ったグラスを持っており飲み干すと新たに注文をする。

「あんまり遅いもんだから一杯やらせてもらってた」

「師匠は一緒じゃないんですか?」

「団長なら騎士団のとこだ。この件は俺たちにとって因縁があるからな、騎士団の連中には先代国王のときから俺たちと一緒に行動していた奴らもいるから、そいつらに協力を頼んでくるとよ」

「それ……王様、怒ったりしません?」

「それ以前の問題だな。伝手に聞いたが、このままじゃ騎士団の連中がブチ切れて反乱を起こしかねん。それに『白金師団』に組織と通じてる奴がいる可能性も高いときた。これを機にあの爺と側近共には少し痛い目をみてもらったほうがいいだろう」

 ウェッジさんがチビリと酒を飲みグラスを見つめると、俺越しにシルエが口を開いた。

「なぁ、あんたらはなぜそこまでこの国に肩入れするんだ? 仲間が追放されたうえに厄介払いされたんだろ?」

「……恩人である先代国王との約束でね。好きなときに国を出ていい、だけどもし危機が迫ったら、一度だけでいいから力を貸してくれと言われてる」

 師匠たちは元々傭兵のような集まりだ。みんなの詳しい過去は俺も聞いたことはないが、色々あったのち、最終的には【ブレーオア】の先代国王に仕えていたということだけは知っている。

 師匠たちが認める王様か……会ってみたかったな。

「どれ、行き先を決める前に……いい加減そのフードをとったらどうだ?」

「今更ですが俺は追放されてて顔バレするわけにはいかないんです」

「あ~言うのを忘れてたが、ここのマスターは俺の知り合いだ。とっくにお前はバレてるよ」

 えっ、マジで?

 マスターのほうを見るとコップを拭きながら頷いた。

「まぁ外で用心するに越したことはねぇからな。さてと――」

 ウェッジさんはコインを弾くと見えないように手の甲でキャッチする。

「表ならお前、裏なら俺たちが馬車を追う。異論はないな?」

 俺が頷くとウェッジさんはコインを隠している手をどかした。

「――裏だな、そんじゃ馬車は俺たちに任せろ」

「俺は分かれたほうですね」

「いいか、いくらお前が強いとはいえ、俺たちがいくまで絶対に無理はするなよ」

「はい、それよりウェッジさんもシルエのこと頼みましたよ。万が一があって困るのはシリウスですからね」

「そうは言うがお前といるより安全な気がするぞ」

 シルエは酒を一口飲むと俺をみた。

「……それはきっと人数差によるものだ、そうに違いない」

「くっくっく、こいつが絡んだ瞬間、危険が何倍にもなりかねないからな」

 それは言いがかりというもの、元々周りが問題だらけなのがいけないのだ。

 しばらく談笑すると俺は氷が解け薄くなったミルクを飲み干し宿に戻った。

「ただいまー……」

 っと、ちゃんと寝ているようだな。

 ニエは俺が寝れるようにか、ご丁寧にベッドの端で横になり寝息を立てていた。そのすぐ横でアンジェロが一瞬反応したが俺を見るとすぐに眼を閉じる。

 疲れはしっかり取っておきたいし今夜は俺がお邪魔するか。
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