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一章

〈活火山と断層〉(4)

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 私はアベルの姿になる事も忘れて、ドアの外に飛び出した。
 ドアにもたれかかり、両手で顔を抑えてズルズルと地面にヘタリ込む。

 顔が熱い、自分の顔が赤いのがわかる。
 慌てて飛び出してきた為か息が荒く、鼓動の音がはっきり聞こえる。

(何考えてるんだ私は! ととと兎に角、深呼吸! 深呼吸だ! 吸ってー……吐いてー……)

 何回か深呼吸をし、最後に長く息を吐くと少し落ち着いた。
 パッと立ち上がって、『パンパンッ!』と音を立てて頰を貼る。

(切り替え完了! ……兎に角! 今は目の前の事に集中、集中!)

 額の汗をぬぐって、いつもより少しぎこちないながらも、私はなんとか切り替える事が出来…た!

(さて、取り敢えず……セスの姿のままでは不味い。周囲に魔力反応は…なくてよかった。)

 周囲に人が居なかった事にホッとしてから、さっとアベルの姿に化けた。
 軽くのびをする。

(ふー、さってっと! 今日の予定は、遠くからドラゴンでも見ながら登山、観光、逃亡場所探し!)

 大きいドラゴンなら物凄く高い場所から探せば大体の居場所がわかる………筈。
 そこに近づかない様に目的の場所を探せば大丈夫と……私はいつもの事ながら能天気に高を括った。

(あ……っと、アベルの姿で飛ぶのはちょっと危険か。)

 私は空を見上げる。
 正にピクニック日和というような雲一つ無い美しい空だ。

(これなら、自分の姿を青く変えれば目立たない……かな?)

 お城で使っていたような光を透過させている様に見せる魔法ステルス迷彩は、相手がいる方向がわかっていないと使えない。
 光に魔力を乗せて、後ろから相手の視界に入る光を私の周囲を通し屈折させるイメージを持たなくてはならないのだ。
 もしこれを空の上で使おうとした場合、空の下の人間の位置を特定しなくてはいけないので、使い勝手が悪い。
 という訳で私は、空の色へと姿を変え、重力魔法・風魔法を使い飛び快晴の空へと飛び立った。


ーーーー山頂より高い空の上ーーーー


 澄んでいて、冷えている。
 高い建物など無く、遠くどこまでも見渡せる。
 広い、広い無限に広がる世界を、私は今、一人じめしている。

(これは……絶景だな。)

 移動は基本的に次元魔法だった。
 カミーユ長兄をと飛んだ時は、慌てていて景色を楽しむ余裕は無かった。
 空で魔物に襲われて魔力が切れたら対応できないし、正直ちょっと怖かったので今まで空高く飛ぶ事は避けていた。
 よって、高い場所をこんなに悠々と飛んだ事は無い。

 高い空は、寒を凌ぐ手間さえ省けば、低空で飛ぶよりも遥かに飛びやすかった。
 高く飛ぶ事には、最初こそ少し怖かったものの、すぐに慣れた。

(障害物がないし……そこまで人目を気にしなくていいから楽だな。そして何より。)

 空からの眺めは絶景で、筆舌に尽くしがたいものがあった。

(空からの下を眺めるた時の景色もいいが、空から空を眺めた時の景色もはまた……凄まじく美しい。)

 青い空にただ一人、ただ一人だけ私がいる。

(なんだか……なんだろうな、この感じ。)

 どういう風に表現したらいいかはわからない。
 それは嬉しい様な、切ないくて胸が苦しい様な、懐かしい様な感覚だった。

(こんな感覚になるのもまた、空の魅力なのだろうか。)

 登山家の様に苦労して山を登った訳でもないのに、私の頬に一筋の涙が流る。
 私は、しばらくぼーっと空から空を眺める。
 そして……

(……魔法、ちゃんと勉強しといてよかった……あ、っと、今日は、逃亡場所探しというお仕事があるのを忘れる所だった!)

 今日やらなくてはいけない事を思い出してハッとする。
 涙を拭って、周辺の山をざっと見え渡す。
 大きな魔物の姿や魔法反応は見当たらない。

(? ……おかしいな。ドラゴンは何処か別の山にでも飛んで行きでもしたのか? まぁ、人間嫌いだって言ってたし! この辺人は多いから、飛んで行ってしまったのかもしれないな。)

 我ながらなんと能天気な思考をしているのだろう。
 だがそれでこそ私なのかもしれない。

(悩んでても仕方がないし……んー、あそこらへんかな?)

 そこには断層がずれた跡があって、いくらか煙が上がっている。
 よく目を凝らしてみれば、小さな川も流れていた。

(活火山の下で、断層があり川が流れている。岩肌に面していて森があるか……正にここって場所だな……よし! 行ってみよう!)

 私は、明らかにそれ・・がありそうな場所に降り立った。


ーーー山腹ーーー


 硫黄の匂いが立ち込め、木々が生い茂り、小川が流れている。
 私は近くの川からの派生している水溜まりの温度を確認しながら川の上流へと登っていく。

(ここまで歩いてきたが、天然のあれ・・はなかなか見つからないな。やっぱり自分で作るしかないのかなぁ。)

 私は川沿いの大きな石に座り込んだ。

「ふーー……」

 長めのため息を吐く。
 これは捜し物が見つからない事への苛立ちというより、慣れない山道を登って疲れたお婆さんがよっこらせと切り株に座り込む心境に近い。

(しかし……途中からスライムをほとんど見かけなくなったんだよな。)

 私は眉を潜めてちょっと考えた。

 スライムは動きがゆっくりで、魔力を発している。
 よって周辺の魔力反応を探ればスライムを割と簡単に見つける事ができる。
 魔力反応を歩きながら確認していた私が、急に襲われるという様な事はなかった。

(殺生は……基本的に好かない。食べる時以外は…魔石も大きい物は無さそうだし。なんか、スライムはあんまり殺す気になれないと言うか。)

 ふよふよと漂うクラゲでも見ている心境だ
 癒されるという程でも無いが、無機質的な動きはぼーっと見ている分には落ち着くし、なんというか……

(触らぬ神に祟りなし。面倒臭いし……なんか、こう、祟られそうな気がしてしまうんだよな。)

 よって私は、全てのスライム見なかった事にして、全力で華麗にスルーして登ってきた。

 さて、そんな呑気極まりないスライム事情を考えつつ、進行方向の先の魔力の流れを確認した時、私が感じていた違和感がはっきりとしたものとなった。

(……んー? やっぱこの辺、変だよな。魔力が無さすぎる・・・・・。)

 普通、木々や石、水にも僅かながらに独特の魔力が宿る。
 その魔力がこの辺一体だけ異様に無さ過ぎる。
 そして、一部進行方向の奥の魔力の流れだけが見え無さ過ぎる・・・・・・・のだ。

 私は立ち上がって辺りを警戒する。

(ん? あれ、木の枝変な方向に曲がって……)

 自分の居る場所周辺が薄っすら影になる。

「っっ!!」

 私は思い切り魔力を使って次元魔法を使用、最低限自分がするっと通れるだけの穴を下に開ける。
 更に重力魔法・風魔法を併用、咄嗟に異次元に移動した。
 元の私がいた次元への穴を閉じる。
 穴を閉じる時、『バキバキバキバキッ』という音と共に影が一層濃くなった。

(私の予想通りなら。)

 私は、さっき襲われた・・・・場所から後方斜め上空に当たる異次元の位置まで移動する。
 そこから、私の元いた次元に繋がる穴を開け、時間魔法で未来を確認、攻撃が来ない事を確かめると穴を広げ元の次元に戻って、私がさっき居た場所を見下ろした。

(やっぱり。)

 私がさっき居た場所だけでなくその周辺にも大きな砂煙が立っている。
 空の上とはいえこの場所に居続ける事は危険だと直感したが、僅かに興味の方が勝ってしまいその場で煙が晴れるのを待つ。

 砂煙が晴れる。
 そこに、姿を表したのは……

(これが……)

「ドラゴン」
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