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一章
〈寝室の長兄〉(2)
しおりを挟む私は長兄に駆け寄って、首や体の状態を見る。
(これは……ほぼ間違い無くバセドウ病だ。)
若干の眼球突出(目がそこまででもないが若干飛び出している)と甲状腺腫(首の腫れ)がある。
これらはバセドウ病の代表的な症状だ。
(息切れが激しく、汗が大量に出ていて、手が震えている、どれもバセドウ病の症状に当てはまる…男の子でバセドウ病とは……珍しい。)
バセドウ病は、自分の免疫機能(本来自分の敵(ウィルスとか)を攻撃する物)が誤作動を起こし、自分の甲状腺を攻撃する事によって甲状腺から甲状腺ホルモンが異常に分泌されて引き起こされる病気だ。
この病気の場合、治癒魔法を無闇にかけてはいけない。
治療魔法は、自分の自然回復力を増加させる。
つまり免疫機能を活性化させ、細胞を活性化させる。
しかし、(特に先天的な場合)自分が異常と認識していない自己回復の根本たる免疫機能を変化、改善させる事は無い。
バセドウ病の場合、治癒魔法は免疫機能を活性化させるが回復どころか悪化しかさせないのだ。
「君は……はぁ、だれ?」
「今は治療中だ! 入って来るな!!」
薮医師が叫ぶ。
私は振り返えらずに尋ねる。
「お尋ねします、どんな治療をしていましたか?」
医者aが怒鳴る。
「言ってもこんな子供にわかる訳ないだろう! 君! とっとと出て行きたまえ!」
母はオロオロしている。
(ちっ、父権主義の申し子め! インフォームドコンセントも知らんのか!)
父権主義:強者が弱者の利益を考え、弱者の意思に反して介入する事。
インフォームドコンセント:医者が患者にきちんと説明をし、同意の下治療を行う事。
私は医学の事、特に治療の事になるとちょっと熱が入る。
うっかり低めの怒った様な声が出てしまったのは職業病だ。
「彼に、治癒魔法をかけましたね」
(多分、治癒魔法使ってればなんでも治るとか思ってたんじゃ無いかこいつ。というかこいつが来たから悪化したんじゃないか? この子14歳だし…まあ私の、偏見だが……それは兎も角として。)
「いいから出て行きなさいい!」
私は薮医者を土魔法で捕まえておく。
「な!」
「今はカミーユ兄様? が辛そうなので、ちょっとお話しは後にしましょう。母様、大丈夫、すぐに死んでしまう様な病気ではありません」
バセドウ病の治癒は、外科医手術で可能だ。
しかし免疫機能の改善自体は50%位の確率でしか起こらない。
基本的にバセドウ病は、治る病気というより付き合っていく病気なのだ。
そしてバセドウ病はすぐに命に関わる病気では無いが、放置し、悪化して心臓を悪くする(甲状腺クリーゼ)と致死率は非常に高い。
「セ、セスちゃん!」
(ささっと治療してしまおう、治療を母に見せるのはちょっときついだろ。)
バセドウ病の手術は大人で甲状腺を4/5位切除し、経過を見て終了する。
(子供の場合は薬で治療するんだが、手元に無い……この世界には魔法があるし、後に引きずらない素早い治療が可能だ。)
「母様、マリンを連れて来て下さい、一人ではきついです」
「セスちゃん、こんな事して……」
「大丈夫です、それより早くマリンを!」
私は急かす様に言う。
「わ、分かったわ! 行ってくる!」
母が部屋を出る。
(私の母様は行動力のあるよな。)
私はドアを音がしない様に閉め、土魔法で固めて強化する。
(でも、今は一緒にいられない。)
一人で手術をしなくてはいけないというただでさえ困難な状況の中、近くの母の動きを気に止めていられる自信は無い。
「何をするつもりですか?」
長兄の様子は最初より落ち着いている。
(だいぶ落ち着いたか、あの藪医者は病状が悪化したため更に治癒魔法を重ねてかけでもしたんじゃ無いか? ……っと、それは兎も角として。)
私は長兄の延髄の真後ろ辺りの首にそっと手を当てると雷魔法を使って気絶させ、気道が通るように首の下にタオルを丸めた物を引いて、上を向かせる。
(インフォームドコンセントとか自分で思っといてなんだが……余り時間もないですし!)
「な、何をする気だ!」
「治療です」
私は、後ろの薮医者の声が届かない様に音魔法を使う。
私は手や器具(地下牢から取って来た)をアルコールで消毒し、口の周りにマスクがわりの布を巻く。
(さて、それでは……いつもの呪文を唱えますか!)
私は軽くため息をついてから背筋を伸ばして言った。
『それでは、手術を始めます』
……結論から言おう、この手術はめちゃくちゃ早く終わった。
(周辺の神経の動きは雷魔法で動きを封じ、一瞬で麻酔をかけたし、治癒魔法で縫合(傷を縫う事)の必要も無かったし、水魔法で血管から血が飛び出る事も無かったし、傷ももう完全に塞がって、感染症さえ無ければ。)
私は椅子に座ってフゥ~っと一息吐く。
(30分位か……嘘みたいに早く終わった……けど凄い集中力使った、そして……疲れた。)
時間魔法を使って過去を見る時、昔に成れば成る程必要な魔力が多くなる。
その為私は、開始時刻が今から何分位前かを把握する事が出来るのだ。
私はマスクの代わりにしていた布を取る。
そして長兄のサラサラの金髪を撫でる。
(普通に呼吸しているし、具合は……もう良さそう。)
よく見ると長兄は、物凄く可愛い。
(サラサラの淡い金髪に、くりっとした紫で、優しそ~うなタレ目……母が自慢したくなるのも分かるな。)
等身大の精巧な西洋人形にすら見える。
(さて、ちょっとマリンに用があるんだが。)
私は自分が魔法をかけたドアと、横の驚いて固まっている医者aを見る。
(この後どうしよう?)
途中からドアを叩いていたのだろうか、ドアが揺れているが、音は後30分は届かないし(こっちからも向こうからも)、魔法も後30分は解けない。
(なるべく長居したく無い……が、母様にアフターケアの話もしなくちゃだし……)
そう思っていると長兄が目を覚ます。
「ん~、んん……」
(お!起きたか、調子はどうかな?)
「少し寒いと感じません?体はだるくないですか?」
長兄がギョッとしてベットの端の方へ逃げる。
(あー、これは嫌われたかも?)
「貴方は誰です?僕に何をしたんですか?」
(さ~て、どう言い訳したものか。)
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