上 下
33 / 93
一章

〈空の兵隊〉(4)

しおりを挟む
(ラッキーと言えばラッキーなのだが……)

 女騎士は、ガッと私の横の席を引きガンッと音を立てて座った。

(わわぁー、ど~しよー、助けてマリーン!)

 マリンは某青ダヌキではない、今頃は城でエドガーに魔法を教えているだろう。

「エールを一つ頼む」
「は、はい!」

(流石のガルム(酒場の店員)も慌てているか……私は、パニックになり過ぎて逆に冷静になって来たぞ。)

 何をいっているかわからないと思うが大丈夫、私も分からない。

「「「「「……」」」」」

(きっまず!)

 アガット・セリーヌと言えば結構有名な女騎士で、兵士からすれば憧れの的であり、民衆からすれば尊敬の的である。

 皆、彼女の前でとても緊張しているのだ。

(ここは何とかして場の空気を取り戻さなければ。)

 最早、当初の情報収集という目標を忘れている。

(ここは、いたって自然に盛り上がりそうな事を。)

「あんたが赤い獅子と名高いアガット・セリーヌか、近くで見ると更に別品だな」

(自分で言っててなんだけど恥ずかしいー!!)

 女騎士は少し目を見開くと、ふっと笑って私に言った。

「そういう貴殿の顔もなかなか男前だぞ、名前を聞いてもよろしいかな?」

 私は今ガタイの良い身体、茶色の瞳、茶色の長髪を後ろで一回括っている、まあまあのイケメンである。

「アベル・レイフォード、漁師をやっている」

 私は握手しようと右手を差し出す。

(普通に握手したら一発で子供の手だってバレるから、ちゃんと土魔法・火魔法・魔法操作により、男性の大きい、暖かい手を演出しております、フッフッフッ)

 女騎士が右手を掴んでぐっと手前に引っ張る。

 身体が引っ張られて手前に少し倒れかける……様に見せる。

(?!)

 女騎士が耳元(幻影の方)で囁く。

「この後、ちょっといいかな?」

 酒場から歓声が上がる。

「ヒューーやるなぁ~あんちゃん!」

|ガルム(酒場の店員)が盛り立てる。

「けっ他所でやれってんだ!」

別のテーブルの兵士が、ヤジを飛ばす。

「まあまあ、いいじゃねえか」

知り合いの船長が、それを宥める。

「なんだと~やるってんのか」
「いい度胸だな~漁師舐めんなよ!」
「グビッグビッグビッっぷはー!」

 取っ組み合いの喧嘩が始まる。

(はぁ、何やっとんだあの二人は…まあ船長が相手だから上手くやってくれるとは思うけど……というか常連のおっちゃん! よく飲むな~。)

 私はポケットから銀貨の沢山入った袋を取り出すと、ドンッとテーブルに置いた。

「足りなかったら付けで、多かったらチップで、兎に角また後で、てめぇら! 今日は存分に楽しみやがれ‼︎」

「「「「ウェーーーイ!!」」」」

(なんとかまた盛り上がってくれた様だ、さーて……)

「アベル! 受け取れ!」

 私は風魔法と重力魔法を使ってガルムが投げたワインのボトルを受け取る。

「これは……」

(コニャック村(酒の名産地)のピンクシャンパン!! こんな物どこで手に入れたんだ! 王宮にもなかったぞ!)

 ガルムは手でサムズアップをして、ウィンクする。

(ガルム……私は本当に良い友人を持った。)

「後で払えよ~!」

(おい!! まあ良いけど! いいんだけどね!)

 若干在庫処分の為に回された様な気もするが、そんな気分を振り払って女騎士をエスコートする。

「何処へでもエスコートするぜ?何処へ行きたい?」
「別に、宴会が終わってからでも良かったんだけどな……良かったのか?抜けてきてしまって」

 私は、あ~あいつらね……という顔になって言った。

「そんなことより、こんな美人をあんなむさ苦しい所に置いておく方が問題だっての……っと、夜景の綺麗な場所とか、星が綺麗に見える場所とかなら案内できるが、何分夜だからな、あんまりいい観光スポットはねーぜ?」

(女性だと分かっていないと、偶にとんでもない下ネタが飛んできたりするのだ、慣れて無い女性があそこに居るのはきついだろ……っと問題はそこじゃなくてだな。)

「いつもあんな感じなのか? 結構……財布にされてなかったか?」

(聞きにくい事をザックリ聞くなぁ、でもまぁ……)

「いいんだよ、あいつらには結構世話になってるし、来たばっかん時は結構助けて貰ったりもしたしな……それに、今回は多分特別だろ」
「……特別?」
「帰ってこない兵士とか……居たろ、それに帰って来た長らく会って居なかった息子に、なんかお祝いをしてやりたいって気持ちは分からなくも無いからな」

 アガットは目を見開いて、びっくりしている。

「……その、貴殿は、もっとこう、ガサツなイメージだったのだが……その、優しいのだな」

(お、私はガサツに見えるのか…それは兎も角として。)

「言葉だけって奴も結構いるぜ?あんまころっと引っかかんなよ、っと……で、あんたの方からなんかあったんじゃねーの?」

 アガットは、スッと真剣な顔になる。

「どうしてそう思ったんだ?」

 私は至って普通に答える。

「だって俺に声かけただろ? こんな美人だぜ、引く手数多だろってのに、な~んで俺なんかにって思うだろ普通ー?」

 私は肩をすくめて見せる。

 アガットはまた目を見開いて、目をパチパチさせて驚いている。

「普通そう思うのか?」
「普通そー思うだろうな」

 アガットはちょっとムッとした感じで言う。

「それは、聞くだけ野暮ってものでは無いのか?それとも口説いているのか?」
「残念ながら俺は美人でも旦那のいる美人には手~ださねぇ主義なんでね。奥がいるならそいつだけ愛する一途な男なんだぜ?」

 私は両手の手のひらを上に向けてやれやれといったポーズを取る。

「奥方がいるのか?」
「いや、まだ誰も居ね~な」
「いないのか? その容姿なら居そうなものだが……それともそれは……」

 アガットが言い淀む、真剣な顔でこっちを向く。

「それは……?」

 私にはちょっとだけ予想がついて居た。それは……

「貴殿が、魔法で自身の姿を誤魔化しているからなのか?」

 アガットが剣を抜いてこちらに向けながら、そう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...