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裏切られた勇者は、魔王に拾われる《後編》

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 ぽつんと一人部屋に残された勇者が、視線を宙に彷徨さまよわせる。
 ユーリは、漠然と自分達が考えていた常識や、王や城の騎士、かつての親友から伝えられていた話を思い出していた。

「魔物とは、余りある魔力の為に、誰彼構わず周りの者達を襲い始める、哀れな生き物だ。魔物は、影に隠れ、悪意によりその力を増し、我々人間の領土を犯し始める。勇者よ、魔物達の中核たる魔王を倒し、魔物を殲滅する事だけが、この世界で我々人間が平和に暮らす為の、唯一残された手段なのだ」

 国王陛下が、ユーリに命令する。

「行け、勇者よ。魔王を倒し、この世界に安寧をもたらすのだ」

 今思えば、不審な点は、多々あった。
 国王陛下には、黒い噂が流れた事もあった。
 昔の友人に、テオに裏切られたのも、それを確かめに行った直ぐ後だった。

「勇者よ。人は、妬みや嫉妬から、ありもしない噂を流すものだ……惑わされるな」

 その言葉だけで、全てを信じてしまった自分が、情け無い。
 何故、疑わなかったのだろう。
 何故、信真実を、もっと確かめ様としなかったのだろう。

 憎しみにかられて。

 ベッドの上でうずくまる勇者の横を、一陣いちじんの風が流れる。
 窓を閉め切った筈のこの部屋で、勇者の目の前に現れたのは――

「魔王……」
やつれた顔をしておるな。いい加減何があったか話す気になったか?」

 魔王が勇者の頬に流れる涙を、そっと手のこうぬぐう。
 ユーリが、その手を払った。

「俺は、魔物を沢山殺した……お前の同族を沢山殺した! お前は、それを分かって話し掛けているのか? あんなに優しい魔物達に囲まれて、魔物と達と心を通わせて、ただ俺が好きだという理由だけで、俺を伴侶にすると言っているのか?」

 魔王が、きょとんとした顔をする。
「クククッ」と笑った魔王が、妖艶な顔で尋ねた。

「なんだ。嫉妬か?」
「ちが……」

 よっこらせと、横に座り込む魔王に、違うと言い切る事が出来ない勇者。
 何も言えなくなって再びうずくまるユーリの髪を、魔王がそっと撫でる。

「随分昔のことで、お前は覚えて居ないのかも知れないが……昔、我はドラゴンと戦い、その傷を癒す為、お前の村の近くの森に立ち寄った事があったのだ」

 うずくまったままのユーリに、魔王が話しかける。

「魔物の性質を半分持っている我は、魔力が一定量以下になると子供の姿になってしまう。我は羽を休め、魔力を取り戻す為、森の、魔物の少ない場所で、子供姿で、苔の上に寝そべっていた。そして暫くじっとしていると、遠くから、村の子供達の声が聞こえて来たのだ」

 ユーリは、相変わらず下を向いたままだが、耳だけは魔王の話を聞いている。

「様子を覗くと、子供達は彼らだけでのピクニックに来ている様だった。何処か、裕福な家の子供が、自分の家で作った林檎の形の赤いパンを友人達に配っていてな。腹が減っていた我は、そのパンが欲しいと思って近付いたのだが、どうしても目立つうでを持っている我は、嫌われてしまってな」

 ユーリが、顔を上げる。

「だがその時、我に自分の分の林檎のパンを分けてくれた奇特きとくな子供が居た。友人達の制止を振り切って、傷付いた小さな魔物に、自分のパンをわたしてくれた奇特きとくな子供が……」

 ユーリを真っ直ぐに見つめる、魔王が言った。

「それがお前だ。勇者よ」

 あの時の、子供だったのか……。
 けれども、それでも……。

「それでも、私が魔物を殺してきた事に変わりない。そして、私の村が、魔物によって焼かれた事もまた変わらない事実だ……」
「案外頭が硬いのだな、勇者よ」

 魔王が、ユーリをひょいと自分の足の上に乗せる。
 瞠目どうもくする勇者が、すっぽりと背の高い魔王の前に収まった。

「魔物にも、人と同じ様に、性悪な奴ら、周りと上手くやっていけない奴らがいる。全部が全部、良い魔物であるなどという事は無いのだ。それに、自分達が生きて行く上で、障害となるもの、それらが居れば、自分達の生活を脅かすであろう者達と戦わないのは、家族を見殺しにし、自殺するのと何ら変わらぬ」

 魔王が、そうはっきりと言い切る。
 魔王はユーリに、力強く言った。

「自信を持て勇者よ。お前は、強くなった分、それだけ多くの同族に感謝され、応援されて来たのだ」

 ユーリが目を見開く。
 暫くの沈黙の後、こぼれる様にユーリの口から言葉が出た。

「そう……だな」
「そうであろう?」
「確かに……そうだな……。だが、魔王様に励まされるなんて、世話は無いよな」
「ククク、そうだな」
「実は、俺は、本当は……。悪い魔王に、騙されていたりするのだろうか?」

 そっと魔王の頬に手を伸ばすユーリに、魔王が少し目を見開く。
 直ぐに目を細め、愉快そうに笑った魔王が言った。

「騙されておいて、損はないぞ?」
「確かに。そんな気がする」

 ユーリが、「ふふっ」笑う。
 その笑い声を聞いた魔王が、ほっとした様に、にこりと笑った。

「やっと笑ったな」

 魔王が、さっとユーリを横抱きにする。
 再び、キスをしようと迫る魔王に、ユーリが待ったを掛けた。

「ま、魔王! 俺に男を愛する趣味は無い‼︎」

 手で顔を押し退けられた魔王が、ニヤッと笑った。

「案ずるな、勇者よ。これからじっくりと時間をかけて、攻略してやろう」

 不意打ちの様に、ユーリの額に短いキスを落とす。
 顔を真っ赤にしたユーリを見た魔王が、少し驚いてから、もう一度、悪戯っぽい笑みを浮かべた。



 ユーリは、徐々に城の生活に馴染んでいった。
 魔王は、ユーリが勇者である事を、誤解なのい様に出会いから全て魔物達に説明した。ついでに魔王は、ユーリの承諾は得ていない物の、自分の伴侶である事をちゃっかり宣言した。
 関わった事の無い魔物達も、驚いたり怖がったり、最初はユーリを遠巻きに見ていたが、ワイバーン戦の時に知り合った従事の魔物達が積極的に関わる姿を見せたことにより、徐々にその距離を縮めた。
 最初こそ、勇者も魔物もおっかなびっくりであったものの、今ではすっかり気の良いお兄さんとして、そして魔王の伴侶として、魔王が治める小さな国に馴染んでいる。
 ユーリが魔物に話しかける。

「魔王。本当に俺を伴侶にするつもりか?」
「何年待たせたと思っているのだ。今更お前を手放すものか」

 そのまま強引に腕を引き寄せたユーリにキスをする。
 そんな魔王と勇者の惚気のろけたやりとりが、割と日常風景と化した、ある日の事でだった。

「魔王様‼︎ 城に向かって人間達が攻撃して来ました‼︎ あ……勇者様以外のです!」
「む。それは由々しき事態だな……」

 魔王が、魔法で水鏡を作り、城の外の姿を映し出す。
 水面を見たユーリが、魔王に尋ねた。

「ところで、魔王」
「何だ」
「一つ気になったんだが、城の防衛に当てる魔力の半分を、俺なんかに当てていていいのか?」
「む、不味いな」
「……えっ?」
「滅茶苦茶不味いな」
「えー……っと?」

 ユーリが、首を傾げる。
 水鏡の様子を見た従者が尋ねた。

「ところで魔王様、彼処あそこに映されているのは、聖剣っでは無いのですか?」
「うむ、そうだな」
「聖剣の勇者様は此方こちらにいらっしゃいますよね」
「そうだな」
「どうゆう事なのですか、勇者様」

 魔王と従者の視線が、ユーリに集まる。
 ユーリは、困った様に事情を話した。

「実は――」



「ふむ……許しがたし」

 説明を終えたユーリに、魔王や途中から勇者の話を聴き始めた者を含む魔物達は、皆、目を三角にして怒っていた。

「それで、彼処あそこに映っているクソ野郎が、貴方の聖剣を盗んだ元パーティメンバーの盗人ぬすっとという訳ですね?」

 言葉の端々にとげを含んだ魔物達の後ろから立ち昇る黒いオーラに、ユーリは肩を震わせる。
 襲って来た人間達を倒そうと奮起し出した魔物達に、決意を秘めた勇者が言った。

「俺も、戦闘に参加させて欲しい」

 その場にいた全員が驚く中、最も動揺したのは、魔王だった。

「駄目だ」
「俺は戦える」
「昔の仲間だろう」
「俺は、自分の闘いから目を逸らしたくない!」

「……だが、我はお前を手放したくない」

 振り向き、魔王が真っ直ぐにユーリを見つめる。

「だから尋ねよう。勇者よ。世界の半分なんて大それた物はやれない。だが、常に側に居て、誰よりお前のことを大事にする。だから――」

 勇者の前に結婚指輪を渡す前の恋人の様に跪く魔王が、ユーリの手を取った。

「だから……我の伴侶になってはくれまいか」

 プロポーズしてなかったんですかと魔物達が、驚愕する。
 ユーリが、にこりと笑って真っ直ぐに自分を見る魔王の手を取った。

「あぁ、分かった」 

『キィィィィン‼︎』

 突如として音を上げ、水鏡に映った聖剣が光を失う。
 元親友テオが、「何でだよっ‼︎」と玩具に当る子供の様に、攻撃力の無くなった聖剣を振り回した。

「行くぞ、勇者よ」

 魔王が、ふわりとユーリに手をかざす。
 ユーリに掛かっていた呪縛が解け、ユーリが本来の力を取り戻した。
  
 ユーリの目に迷いは無い。
 決意を心に秘めたユーリが、力強く頷いた。



 聖剣の力を失った魔王と勇者が、テオやその他の騎士達を倒しきるのに、そう時間は掛からなかった。
 自分を裏切った人々、今の魔物達の領土を犯さんとして攻撃して来た騎士を払いけ、テオにとどめを刺したユーリが、帰って来た聖剣を眺める。

「聖剣はな、人々のお前に対する想いで力を得ている。そして、その思いをコントロールするのは、聖剣のあるじたるお主の想いだ」

 魔物の国の城壁に座ったユーリの横に、魔王が座る。
 魔王は、溜息を吐く様に、ユーリに種明かしをした。

まる所、彼奴らが強かったのは、聖剣の主人、勇者であるお前が、彼奴らの身を知らず知らずの内に案じ、彼らが聖剣を使える様、聖剣に願っていたからなのだ」

 魔王が、聖剣を手に取るユーリを嬉しそうに見た。

「聖剣は、お前の手にあり始めてその真価発揮する。お前が、力が欲しいと強く願えば、聖剣に集う想いの力が、お前を強くする」
「そういう、物だったのか……」

 ユーリが聖剣をかかげる。
 繁々しげしげとその白く光る、元は誰かの思いだった物を眺めた。

「それで、どうするのだ」
「え?」
「お前は、聖剣を手に入れた。お前はもう、正しく、自分の力で聖剣を覚醒させる事が出来る。自分の脚でここから出て行く事が出来る。お前はこの後、何処へだって――」

 魔王の唇が、勇者の唇によって塞がれる。
 少し怒った顔をしたユーリが、魔王に向けて言った。

「俺は、お前と共にいる」

 真っ直ぐな視線を魔王に向けるユーリに、魔王は――

「その言葉を、ずっと待っていた」



 世界三大魔術師の一人、エルフィン・バレンティーヌにより記された、世界の未来を予言した“予言の書”。
 そこには、”聖剣により選ばれし一人の勇者が降り立つとき、人々は魔物の脅威から救われる”と記されていた。

 予言通り、一人の勇者が現れた。
 勇者は聖剣を抜き、悪意のある人や魔物と戦い、多くの人そして心優しい魔物達を救った。

 だが、予言には記されていなかった。
 勇者が、魔王の伴侶になる事など――


「ま、魔王っ! そんなところっ! んっ……」
「ふっ。今宵は寝かさぬぞ、勇者よ」


 めでたしめでたし。
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