強面さまの溺愛様

こんこん

文字の大きさ
上 下
44 / 57
一章

本領発揮 1

しおりを挟む
アデライド南方に位置する、魔獣の蔓延る森。近隣の村の住民さえ恐れて近寄らない森の奥に、その男達はいた。

「グルル……、ガァッ」
「うわっ、……っこの、ケダモノが!」

一人の男が、捕縛してきたらしい、猿轡を噛まされた魔獣を蹴りつける。蹴り付けられた魔獣はギャッ、と潰れるような声を出し床に叩きつけられ、腹を伏せるようにして蹲った。それを見ていた仲間の一人が男に声を掛ける。

「おいおい、まじか。鎮静剤打ったんじゃねえのか?まだこんなに元気なのかよ」
「こんなの蹴って殴れば黙るって。なんせこいつは他のよりも小さくて弱いしな。だったらには使われないだろ?それで捨ててあるところを、俺が貰うわけさ」
「ああ、確かにこいつの毛皮と臓器は高額で売れるからな!はは、お前は悪知恵だけは働くな」

下卑た笑いを上げながら、五人ほどの男達はそれぞれの手に魔獣の首から伸びた鎖を巻き付け、施設へと歩いてゆく。

この施設は壁を土とツタの葉で覆われており、上空から見ても、一部分盛りあがった草木が生えているようにしか見えない。更に土のおかげで建物の匂いは消え魔獣が寄り付くこともなく、男達はこうして順調に魔物を捕縛しては施設に運んでいた。


先頭の男が施設の壁に手の甲を当て、独特のリズムで四度、叩く。そして反対の手に首にかけていた金属のネックレスを握り、壁に生えているツタの葉の間に手を差し込んだ。差し込んだところには金属の網で覆われている、一見すると通気口にも見えるような正方形の穴があった。

「俺だ。ダンだ」

すると、ダンと名乗った男の目前にある壁の土に亀裂が走り、人が一人入れるくらいの長方形型にくり抜かれ、重い音を立てながらゆっくりと奥へ下がっていった。

「しっかしこの手順、本当に意味あんのか?毎回内側から外側の壁に新しい土を塗りたくるの、土属性の俺でも結構疲れるんだけど」
「まあしょうがないって。外からこの施設が見つかっても人のいない廃墟だと思われる必要があるから、入口の所だけぽっかり空いてると不自然なんだよ。最初にそう説明されたろ?」

渋々といったかたちで奥に入っていく男の肩を、ダンはばんばんと叩きながら軽快に笑い声を上げる。そうして手馴れたように、内側から後ろ手で扉を閉めたのだった。








施設から少し離れた物陰で、ゼルドは今しがた閉められた扉を見つめていた。


「…………事前に聞いていたより、建物の規模が小さいが」
「地上に出ている施設部分は恐らく全体の四分の一にも満たないでしょう。探査したところ、地下に三倍ほどの空間があります。主要な実験施設はそこにあるかと」
「探査か……そういえば、フィード第一副団長は土使いだったな。地盤の固いこの土地で地下に存在する空間の広さを把握するとは、さすが偵察に長けていると言われるだけのことはある」
「こちらの指揮を預かった身としても、それくらいの貢献はさせて頂きますよ」

同じく物陰に身を潜めているエダンズ第二聖師団長が、横で屈んでいるフィード第一聖副師団長へと小声で話し掛ける。フランチェスカ=フィードはそう答えながら、片手を挙げてその場にいる隊員たちを配置につかせた。その数は、僅か十人ほど。しかし、ここにはいないノーヴァ第一聖師団長が選んだだけのことはあり、この場にいる全員が腕の立つ精鋭たちだ。


フランチェスカが前進の合図を出したのと同時に、それぞれが足音一つも経てずに施設へと近づいていく。その中でも突出して体格の良いゼルドは、先程土によって覆い隠された扉の真横についた。


……この扉の仕組みは、先日この施設を発見した土使いの隊員が会議で報告していた。外部から戻ってきた仲間が扉を特定のリズムで叩き、中にいる人間に扉の横の小窓から本人であることを示すものを見せ、内側から鍵を開けてもらう仕組みだ。
しかしこの扉は内側からしか開くことができず、外側にはカギを差し込むような場所もない。恐らくこの扉は、施設の中に仲間がいる前提で作られたものだ。他にも入口がある可能性はあるが、それを探し出すことはその隊員には不可能だった。


だからゼルドが、を任された。


フランチェスカが合図を出したのを横目に捕らえ、ゼルドは掌に火力を集中させる。


―――この扉の向こうに、組織の手掛かりがある。やっとだ。やっと……ロゼを、守ることができる。


薄らと口元に笑いを浮かべながら、ゼルドは扉の真ん中を、神力を込めた拳で殴った。

ガォン、という地に響くような爆発音とともに扉が吹き飛び、目の前に粉塵が吹き荒れる。

らしくなく気分が高揚しているせいか抑えていたはずの神力は自分で思っていたよりも強く、隣にいた風使いの隊員が慌てて自らを守る風壁ウィンドウォールを展開させたのが分かった。だがそれを気にすることもなく、中へと突入する。


中は予想通り騒然としていた。
先程魔獣を連れて中に入っていった男の内二人が先程の爆風によって吹き飛ばされ、壁に身体を叩きつけられたようにして床にずり落ちている。爆発の際扉の近くにいたのだろう、それぞれの背中と腹部には熱で皮膚が爛れた部分が広がっていた。

硝子が割れ、椅子や机がひっくり返るようにしてごちゃごちゃになった室内に、もう一人、明らかに戦闘員では無いようなやせ細った男が床にへばりついたまま、逃げ腰でこちらを見ていた。

その男へ、ゼルドはつかつかと歩み寄る。

「――っひ、な、何だおまっあ゛っあ゛あ゛ァァァ!!!」
「地下への通路が見当たらない。何処だ」
「っあ゛、あ゛」

腹這いにさせ両腕を捻りあげ、肩関節を外すまでに抑えた。

…………非戦闘員には、極力武力を行使してはならない。その神殿の掟を、ゼルドはこの瞬間、生まれて初めて忌々しいと感じた。

「っロード!やり過ぎだ!地下通路への道は見つけた。そいつを気絶させてから、お前も続け」

焦ったようにそう言うエダンズに、ゼルドは一度自分の下にいる男を一瞥してからその首に手刀を落とし、地下へと降りていく。



その後ろ姿を、意識の薄れる中、手刀を落とされた男は見た。その後ろ姿は、こちらを見る顔は、こちらへと向かってくるあの足音は、これからその男を悪夢として苛むだろう。


片手に持った、鎌状の大きな得物。歩く度に地が揺れるような巨体と、その鋼の筋肉を覆う黒い戦闘服。そして端正な顔にはめ込まれた、瞳孔の開いた瞳。

その鎌を振り上げる様は、鬼神か、……それとも死神か。


その男の行動全てがただ一人の少女の為のものだとは、誰も思うまい。


















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

ヤンデレ幼馴染が帰ってきたので大人しく溺愛されます

下菊みこと
恋愛
私はブーゼ・ターフェルルンデ。侯爵令嬢。公爵令息で幼馴染、婚約者のベゼッセンハイト・ザンクトゥアーリウムにうっとおしいほど溺愛されています。ここ数年はハイトが留学に行ってくれていたのでやっと離れられて落ち着いていたのですが、とうとうハイトが帰ってきてしまいました。まあ、仕方がないので大人しく溺愛されておきます。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

処理中です...