強面さまの溺愛様

こんこん

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一章

スパルタとはこのこと

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入隊の翌日から、ロゼ達は本格的に活動を開始した。活動と言っても、新しく入った隊員は最初の一ヶ月程の殆どを訓練に費すのが恒例らしく、今年も例に漏れずそのように隊長であるリデナスから説明があった。訓練や難易度の低い討伐なら新人隊員の頃もやっていたのに、慣らす為の期間は必要であるのかと不思議に思っていた。


「さあみんなぁー、あとちょっとで頂上だよ!その後に折り返したら少し休めるからねー」

……そんな甘ったれた過去の自分に今、猛烈に張り手を食らわせてやりたい。
ロゼはそう思っていた。

やや間延びのしたシュデルの声に、ロゼは脱力しそうになる。
ロゼ、アリア、レイ、ハンスの新人四人は今、自身の重さ程ある装備を纏いながら、神殿から少し離れた場所にある山を登っていた。厳密に言えば山ではなく、数年前土使いが隆起させた森の地面の一部なのだが…………何せ規模が大きすぎるため、余裕のないロゼにはもはや山にしか見えない。所々低木の生えた斜面は急で、乾燥した地面は粒子の細かい砂で覆われている。少しでも気を抜けば滑り落ちてしまいそうだ。

登り始めた時から今に至るまで、穏やかな表情を崩さないシュデルは、自身も重い装備を纏いながらロゼ達に声を掛けてくる。その隣には、これまた装備を身につけたディノ=ラコッタが、心配そうに此方を見つめていた。

ロゼは息を切らしながら俯けていた顔を上げる。

―――どこがっ!あとちょっとなんですかっ!しかも頂上じゃなくて、折り返してゴールなの!?

あとちょっとで頂上という言葉に期待してみれば、見える先は遥か遠く、森の霧で霞みがかっている。しかしここで脱力すれば間違いなく全身に固定された装備に押し潰されてしまうだろう。ただえさえギリギリな状態のロゼは、そこから持ち直す自信など微塵も持っていなかった。

「み、みんな、がんばろう。この訓練も、強くなるには必要なものだから」

ディノが励ますように、どもりながらもシュデルの声にそう付け加える。

確かに、重い装備を纏い、なおかつ神力を使うことを許可されていない今のこの状態は、全身の筋肉を使うかなりのトレーニングになると言えるだろう。神力に頼りすぎずに自身の基礎体力を高めることは、戦闘職種である御使いにとってはとても大切なことだ。かなり危険な方法とはいえ、訓練を積んできたロゼ達にとってはかなりギリギリではあるが可能の範疇である。
……その訓練で身体を壊したら元も子もないと、思わないこともないが。

「……っロゼ、大丈夫」
「まぁ、っなんとか」

ロゼの左後ろを歩くハンスが、額に汗を浮かべながら聞いてくる。
本当は大丈夫では無いのだが、ここでそう言ったところで何か変わる訳でもないだろう。この場を指揮するシュデルは外見や話し方に反して訓練では厳しいらしく、にこにことその爽やかな顔に笑みを浮かべながら容赦のない訓練内容を告げてくる。根をあげたところで休ませてもらえる程甘くはないだろう。

―――それにっ、ここまで来たんだから。最後まで頑張りたいです!

荒い呼吸を繰り返しながら、左足、右足と前に出していく。立つことにさえかなりの体力を使うこの状態では、足を踏み出す度にふらつく重心を保つことも困難だ。訓練で鍛えられた体幹をもってしてもそれは変わらない。

「っあ、はぁっ」

身体の至る所から流れ落ちる脂汗がうっとおしいが、如何せん腕を上げるのにも力を使う。
ロゼはただ足を前へ踏み出すことに集中した。



それから暫くして、漸く頂上に辿り着いたロゼは堪らずにそこで手をつき、腰をどさりと落とした。他の隊員たちも疲れ切った様子であったのを見たシュデルは、やれやれと言った口調で休憩を挟むことを告げる。

「言っておくけど、僕はまだマシな方だよ。ゼルドは休憩挟まない訓練なんてしょっちゅうだしね。そりゃ魔王とか邪神とか言われるわけだよって感じ」

―――…………もう、いいや。今日生きて帰れれば。

さらっとなんでもない事のように告げられたシュデルの言葉に、自身のこれからを考えようとしたロゼは思考を放棄することにした。




それから休憩を挟んだ後、再び重い身体をなんとか支えながら立ち上がり、下山を始めた。今回ロゼたちが訓練を行った場所は神殿の北に位置する森の近くにあるため、帰りは森を通り第一訓練場に辿り着くかたちとなる。
訓練場に辿り着いた頃には既に日は暮れ初め、赤く染まった木々と神殿が一行を出迎えた。

「他の隊員は討伐から帰ってきていないようだね。隊長からは到着後に解散していいと言われているから、今日はここで解散。後は各自の部屋に戻っても訓練を続けてもいいよ」

ベルトと付随の紐で固定されている足首の装備を外しながらそう告げるシュデルに、外気で冷えた赤い鼻を啜りながらロゼは質問する。

「他の方は、何処で討伐を?」
「今日はここローザリンドの領域内、その南端に行ってるよ。あそこでは闇市で禁止魔薬が出回ることがあるから」
「………薬物取締、ですか」

神殿直轄地であるローザリンドの南に位置する風神の子孫の国アデライド。そこから流れてくる物資や人は、ローザリンドの南端にある都市ノルドで検分を受けてローザリンドへと入ってくる。ノルドは流通の地である為商売が盛んに行われ、神殿敷地内ということもあり治安は良いと聞く。

しかし表には裏が、光には影がついて回るように、繁栄には闇が少なからず存在する。

アデライドからか、もしくはアデライドを経由して他国から輸入したのか。流通を許可されていない禁止薬物が密かに売買されており、多くが表立った市場ではなく闇市場に出て回っている。
そんな禁止薬物の中でも、魔物から取り出した魔素を使って生成する魔薬は希少性が高く、高額で取引される。
公的な実験施設、例えば神殿に附属する研究機関では、いつくかの審査を通過した魔薬使用許可請求が認められ使用を許可される場合があるが、それは表立った手段を使える立場に限られると言えよう。
どのような理由であれ、高い効力を持つ魔薬の需要は高く、その需要の中には表立って入手出来ない者が当然含まれる。闇市はそんな者にとっては薬の宝庫、捕まる危険を犯してでも足を踏み入れたい場所なのだ。

「確かノルドの管理者は、数年前に代替わりされたはずですね。…………あ、すみません。関係の無いことをつらつらと」
「いや、いいんだよ。しかし代替わりしたなんてよく知ってるね。もしかして、実家の方でノルドの管理者と私的な交友でもあったのかな」
「まあ、そのような感じですかね。……でも代替わりされる前には、それほど魔薬は問題になっていなかったように思うのですが」
「今の管理者になってからは何かと物騒な事続きでね。そこらへんは上が把握していると思うけど。末端の僕たちにまで詳細な情報は回ってこないよ」

それもそうか、とロゼは相槌を打つ。
聖師団長や高位神官からなる神殿上層部は平の隊員であるロゼとは程遠い存在であり、その人達が何を考えてどのような命を下すのかなどロゼには想像もできない事なのだろう。

「話は終わったかしら?ロゼ、そろそろ部屋に戻りましょう。昨日の続きを教えてあげるわ」
「あっ。そうだねアリア、ごめん。ライツィヒ先輩、お話してくださってありがとうございました」
「だからシュデルでいいって!ロゼちゃんは頑なに名前で呼ばないねー。………………ん、あれ?そういえばゼルドも名前で呼んで……ない?」
「そう、ですね。最初からずっとロードさんと呼んでます」
「え、名前で呼ぼうとか、思わないわけ?」
「…………それは。何と言うか、まぁ……」

歯切れ悪くそう答えるロゼを、シュデルは観察するようにじっと見詰める。

「……ロゼ、そろそろ」
「――あぁ、そうだね。引き止めて済まなかった」
「っあ、いえ。ではまた、明日の訓練で」
「また明日」







「……あなたは存外、ニブチンなのね」

そう言ってシュデルと別れ、二人で並んで歩き出した後に、アリアがふとそう零した。

「ニブチン、ですか?アリアもそんな言葉を使うんですね」
「私だって人間よ。それくらいあるわ」

むっと膨れた様子のアリアに、ロゼは顔を綻ばせる。どこか話し掛けづらい容姿の彼女はその見た目に反して、お茶目な部分を持っているらしい。
裏表がなく、言いたいことは正面から言う様な同期の女の子。友達と言える関係になれたらと、ロゼは密かに思っていた。

「それより、部屋に帰ったら一度着替えて私の部屋に来てちょうだい。鍵は空けておくから」
「はい。昨日の続き、教えてくださいね」
「勿論よ」

ロゼは昨日から、神力の事についてアリアから教わっていた。同調の素質があるということは伏せて、ただ神力について知りたいと前に話したのだ。本をよく読むアリアはその手の話にも少し詳しいらしく、関連する書籍が手元にあるので見てみるかと提案してくれた。それで貸すだけというのも味気ないからと、要所をかいつまんで教えてくれているのだ。

昨日は話が白熱して夜更かししてしまったから今日は早めに寝ようと心に決め、ロゼは自分の部屋へと帰っていくのだった。


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