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最終節
第17話「最終節」
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多喜城スタジアム。
通称『タキスタ』
収容人数一万五千人。JR多喜城駅からペデストリアンデッキを経てわずか徒歩5分と言う立地と、全ての観客席に屋根が付いており、応援の声が響きやすい構造になっている事から、この小さなサッカー専用スタジアムは、国内有数の『観戦が楽しい』スタジアムとして名が知れていた。
関係者用スロープに入る選手バスからも、開場前にもかかわらず隣の公園の中にまで伸びるサポーターの列がよく見える。
優勝決定戦と言う事も有り鬼怒川FCサポーターの数も多く、あちらこちらに各テレビ局、新聞雑誌社のリポーター・インタビュアーの姿も見え、3部リーグの試合とは思えない盛り上がりを見せていた。
「これ、一万人以上入るんじゃないですか?!」
窓に張り付くようにして外を見ていた伊達 雫は興奮気味だった。
興奮するのも無理は無い。ゴールデンウィークの小学生無料招待試合で一万人を越えた実績はあるが、今年の多喜城FCの平均観客動員数は約5千人。
これだけでも平均観客動員数が3千人と言うJ3にあっては記録的な数字であるのだが、純粋に有料観客のみで一万人を越えるというのは未曾有の出来事と言えた。
「それだけ期待されてるってことだ」
バスの中でもタブレットで対戦相手のデータとにらめっこを続けている清川が、目も上げずにそうつぶやく。
「今日はMVPとってインタビューされたいな。絶対気持ちいよね」
清川の言葉に何人かの選手は身を固くし、緊張した表情を浮かべたが、石元のこの一言で笑いが広がる。
財満も表面上は一緒になって笑っていたが、今日の試合にかける気合の入り方は尋常ではなかった。
夏過ぎに怪我から復帰し少しずつ試合に出るようになってから、毎回ベンチ入りはしている。
しかし、足の調子と実践から遠ざかっていた影響で、90分間試合に出たことはまだ無かった。
得点もアシストも、司令塔となるエースナンバー10番を背負っている選手としては物足りない記録しか残っておらず、それでもそれ以外の動きで周りの評価は低くはないものの、本人としては焦りの色を隠せない。
多喜城FCでの2年間、10番を怪我人の自分に託し、期待し続けてきてくれた、監督、スタッフ、そして何よりサポーターたちへの恩返しをする機会は、今日をおいて他には無いと心に決めていたのだった。
「今日はザイの日のような気がする」
突然、後ろからそう声をかけられる。
慌てて振り向いた財満の見つめる先には、キャプテンの元日本代表ボランチ、森 一の笑顔があった。
「ただのカンだけどな。結構当たるんだ」
そう言って肩を揉む森の暖かな手に肩の力は抜け、財満は救われたような気持ちになる。
「おう、イチ(森)のカンは当たるぜ。何度か馬で儲けさせてもらったこともあるしな」
付け加えた清川の言葉に、選手達はまるで小学生が乗った遠足のバスのように笑いに包まれた。
バスから降りる選手たちを迎えたのは、先に会場入りしていたスタッフと、何台ものテレビカメラ。
気合の入った選手たちの絵を期待した取材陣は、涙をながすほどに笑いながら次々と降りてくる選手の表情を見て呆気に取られた。
ロッカールームで準備を進める選手とスタッフを見回し、頷いた清川は試合前最後のメモをタブレットに書き込んだ。
緊張や気負いはあるものの、空気を読んだ石元の言葉にのって盛り上がれるくらいの余裕はある。
フィジカル的なコンディションは昨日までの状況と変わらず、精神的なコンディションも悪くない。
やっと完成した試合プランを見直すと、清川は立ち上がり、選手へスタメンを告げた。
GKは守護神、片端 則夫
DFはCBにディフェンスリーダーのバリッチ、山市 義人、SBは左に仁藤 克行、右に守備のユーティリティ渡部 義隆
MF、守備的な位置に元日本代表、森 一、千賀 直樹のダブルボランチ、攻撃的な位置には多喜城のダイナモ、福石 泰、元日本代表で破壊力抜群の左足を持つ、石元 輝夫
FWにエースナンバー10番を背負った天才、財満 信行、ブラジル人助っ人で圧倒的な制空圏を持つアリオス
両サイドバックに守備的な選手を配置した布陣は、選手たちに向けた「最初は失点しないように様子見で行く」と言うメッセージだった。
「今日の試合でも僕ベンチなんですか?」
元日本代表の山田 芳裕が不満気に手を上げる。清川はチラッと視線を向けると小さく笑った。
「お前が使えねぇって訳じゃねぇよ。今日はまず守備的に行く。後半ヨシヒロ(山田)を入れたら、その瞬間が攻撃のスイッチを入れる時だ。お前らもそう思っておいてくれ」
完全に納得したわけではなかったが、山田は手を下ろす。しかし、あらためてスタメンの顔ぶれを見回すと、もう一度手を上げた。
「キヨさん、このスタメン見たら、ガッチガチで行くのは向こうの監督さんにバレバレですよね?」
山田の提案を受け、清川と山田はホワイトボードの脇で額をくっつけるようにして小声で相談を始める。まるでイタズラを思いついた子供のように、楽しそうなその悪巧みは暫く続いた。
ついに「それでいこう」と言う清川の声とともに石元が呼ばれる。
選手たちが不思議そうに見守る中、両サイドから挟まれるように肩を組まれた石元は、何やら耳打ちをされた。
「それマジでやっていいの?」
吹き出しながら山田と清川の顔を交互に見た石元は、「やれ」と言う二人の言葉に、居ても立ってもいられないといった感じで足踏みをした。
「絶対面白くなるよ! この試合!」
「ああ、だが、脅威にならなきゃ意味が無い。必ず相手を焦らせる球を蹴れよ」
清川は石元の肩に手を置く。
石元はいたずら小僧のような顔で、清川の腰をポンポンと叩き返した。
「大丈夫。僕サッカー上手いんだよ?! 知らなかった?」
昔、日本代表の10番を背負った事もあるほどの男のその言葉に、清川は笑う。
それを見ていた山田は「僕のほうが上手いけどね」と片眉を上げ、腕組みをして大げさなため息をついた。
FIFAアンセムの流れる中、運命の最終節の入場が始まる。同時刻に、同じように始まったはずの3位盛岡のゲームの情報は、雫がネットで監視してコーチに伝えることになっていた。
多喜城スタジアムの入場者記録となる1万2千7百人の観客が声を合わせて声援を送る。
普段はゴール裏からしか聞こえない多喜城FCのチャントも、今日はメインスタンドやバックスタンドまで広がり、鳴り響いていた。
ゴールの影にならないように、少しメインスタンドよりに掲げられた『俺達はいつだってここに居る! 共に行こう! 頂上へ!』の横断幕も選手たちから良く見える。
一瞬の静寂、そして主審の笛がなる。
同時に、スタジアムの空気を揺るがすほどの音量で、多喜城FCのチャントが始まった。
それは、このサポーターたちの熱狂的な声援に慣れている多喜城の選手たちでも一瞬身をすくませるほどの声。言葉に乗せた気持ちで選手を後押しする、まさに声援だった。
声援に後押しされ、前に進みたい気持ちをグッと堪えて慎重に試合を進める。
多喜城の応援に気圧された面もあるだろうが、鬼怒川も低い位置のボールにはプレスを掛けず、出方を伺っている様子だった。
山田の予言した通り、こちらのスタメンを見て守備的に試合に入るであろうことは、鬼怒川の監督にも読まれていたのだろう。誰の目から見ても、今日はなかなかボールが動かない焦れるような試合が続きそうに思われた。
そんな中、千賀と森のボランチの位置でボールを回していると、少し位置を下げた石元が手を上げてボールを要求する。
ハーフウェイライン付近でボールを受けた石元の位置には、まだプレスはかからなかった。
足元でボールを止めた石元は、あろうことか、ボールをそこに置いたまま、まるでボールを取られる心配のないフリーキックでも蹴るかのように、4歩、後へ下がる。
慌ててボールに詰めようとする相手DFをあざ笑うかのように、狙いすました石元のロングシュートが空を切り裂いた。
蹴った瞬間の音は、まるで特大の布団たたきで布団を叩いたかのような音だった。
無回転のボールはDFの頭上はるか上空を、そしてそのままゴールをも飛び越えそうに見えた。しかし、空中で踊りを踊るかのようにふらりと向きを変えると、ゴール左上隅へ向かって急降下を始める。
慌てて飛び込んだGKの指先がわずかに触れ、方向をもう一度変えると、ボールはクロスバーを振動させ、相手DFの足元に跳ね返った。
一瞬の静寂。
振動するゴールの音が余韻を引く中、すぐさま一層大きなチャントが鳴り響いた。
この一発のシュートにより、鬼怒川は引いてボールを回す多喜城にもプレスを掛けざるを得なくなる。
それに必要な集中力と運動量は、それでなくても精神を削るこの最終戦において、ボディブローの様に効いてくる事になる。
清川はテクニカルエリアでニヤリと笑い、山田は石元の左足のシュート力に、少しだけ嫉妬の視線を向けた。
そして試合は動き出す。
運命の90分間。本当の試合開始の笛は、今吹かれたのだった。
通称『タキスタ』
収容人数一万五千人。JR多喜城駅からペデストリアンデッキを経てわずか徒歩5分と言う立地と、全ての観客席に屋根が付いており、応援の声が響きやすい構造になっている事から、この小さなサッカー専用スタジアムは、国内有数の『観戦が楽しい』スタジアムとして名が知れていた。
関係者用スロープに入る選手バスからも、開場前にもかかわらず隣の公園の中にまで伸びるサポーターの列がよく見える。
優勝決定戦と言う事も有り鬼怒川FCサポーターの数も多く、あちらこちらに各テレビ局、新聞雑誌社のリポーター・インタビュアーの姿も見え、3部リーグの試合とは思えない盛り上がりを見せていた。
「これ、一万人以上入るんじゃないですか?!」
窓に張り付くようにして外を見ていた伊達 雫は興奮気味だった。
興奮するのも無理は無い。ゴールデンウィークの小学生無料招待試合で一万人を越えた実績はあるが、今年の多喜城FCの平均観客動員数は約5千人。
これだけでも平均観客動員数が3千人と言うJ3にあっては記録的な数字であるのだが、純粋に有料観客のみで一万人を越えるというのは未曾有の出来事と言えた。
「それだけ期待されてるってことだ」
バスの中でもタブレットで対戦相手のデータとにらめっこを続けている清川が、目も上げずにそうつぶやく。
「今日はMVPとってインタビューされたいな。絶対気持ちいよね」
清川の言葉に何人かの選手は身を固くし、緊張した表情を浮かべたが、石元のこの一言で笑いが広がる。
財満も表面上は一緒になって笑っていたが、今日の試合にかける気合の入り方は尋常ではなかった。
夏過ぎに怪我から復帰し少しずつ試合に出るようになってから、毎回ベンチ入りはしている。
しかし、足の調子と実践から遠ざかっていた影響で、90分間試合に出たことはまだ無かった。
得点もアシストも、司令塔となるエースナンバー10番を背負っている選手としては物足りない記録しか残っておらず、それでもそれ以外の動きで周りの評価は低くはないものの、本人としては焦りの色を隠せない。
多喜城FCでの2年間、10番を怪我人の自分に託し、期待し続けてきてくれた、監督、スタッフ、そして何よりサポーターたちへの恩返しをする機会は、今日をおいて他には無いと心に決めていたのだった。
「今日はザイの日のような気がする」
突然、後ろからそう声をかけられる。
慌てて振り向いた財満の見つめる先には、キャプテンの元日本代表ボランチ、森 一の笑顔があった。
「ただのカンだけどな。結構当たるんだ」
そう言って肩を揉む森の暖かな手に肩の力は抜け、財満は救われたような気持ちになる。
「おう、イチ(森)のカンは当たるぜ。何度か馬で儲けさせてもらったこともあるしな」
付け加えた清川の言葉に、選手達はまるで小学生が乗った遠足のバスのように笑いに包まれた。
バスから降りる選手たちを迎えたのは、先に会場入りしていたスタッフと、何台ものテレビカメラ。
気合の入った選手たちの絵を期待した取材陣は、涙をながすほどに笑いながら次々と降りてくる選手の表情を見て呆気に取られた。
ロッカールームで準備を進める選手とスタッフを見回し、頷いた清川は試合前最後のメモをタブレットに書き込んだ。
緊張や気負いはあるものの、空気を読んだ石元の言葉にのって盛り上がれるくらいの余裕はある。
フィジカル的なコンディションは昨日までの状況と変わらず、精神的なコンディションも悪くない。
やっと完成した試合プランを見直すと、清川は立ち上がり、選手へスタメンを告げた。
GKは守護神、片端 則夫
DFはCBにディフェンスリーダーのバリッチ、山市 義人、SBは左に仁藤 克行、右に守備のユーティリティ渡部 義隆
MF、守備的な位置に元日本代表、森 一、千賀 直樹のダブルボランチ、攻撃的な位置には多喜城のダイナモ、福石 泰、元日本代表で破壊力抜群の左足を持つ、石元 輝夫
FWにエースナンバー10番を背負った天才、財満 信行、ブラジル人助っ人で圧倒的な制空圏を持つアリオス
両サイドバックに守備的な選手を配置した布陣は、選手たちに向けた「最初は失点しないように様子見で行く」と言うメッセージだった。
「今日の試合でも僕ベンチなんですか?」
元日本代表の山田 芳裕が不満気に手を上げる。清川はチラッと視線を向けると小さく笑った。
「お前が使えねぇって訳じゃねぇよ。今日はまず守備的に行く。後半ヨシヒロ(山田)を入れたら、その瞬間が攻撃のスイッチを入れる時だ。お前らもそう思っておいてくれ」
完全に納得したわけではなかったが、山田は手を下ろす。しかし、あらためてスタメンの顔ぶれを見回すと、もう一度手を上げた。
「キヨさん、このスタメン見たら、ガッチガチで行くのは向こうの監督さんにバレバレですよね?」
山田の提案を受け、清川と山田はホワイトボードの脇で額をくっつけるようにして小声で相談を始める。まるでイタズラを思いついた子供のように、楽しそうなその悪巧みは暫く続いた。
ついに「それでいこう」と言う清川の声とともに石元が呼ばれる。
選手たちが不思議そうに見守る中、両サイドから挟まれるように肩を組まれた石元は、何やら耳打ちをされた。
「それマジでやっていいの?」
吹き出しながら山田と清川の顔を交互に見た石元は、「やれ」と言う二人の言葉に、居ても立ってもいられないといった感じで足踏みをした。
「絶対面白くなるよ! この試合!」
「ああ、だが、脅威にならなきゃ意味が無い。必ず相手を焦らせる球を蹴れよ」
清川は石元の肩に手を置く。
石元はいたずら小僧のような顔で、清川の腰をポンポンと叩き返した。
「大丈夫。僕サッカー上手いんだよ?! 知らなかった?」
昔、日本代表の10番を背負った事もあるほどの男のその言葉に、清川は笑う。
それを見ていた山田は「僕のほうが上手いけどね」と片眉を上げ、腕組みをして大げさなため息をついた。
FIFAアンセムの流れる中、運命の最終節の入場が始まる。同時刻に、同じように始まったはずの3位盛岡のゲームの情報は、雫がネットで監視してコーチに伝えることになっていた。
多喜城スタジアムの入場者記録となる1万2千7百人の観客が声を合わせて声援を送る。
普段はゴール裏からしか聞こえない多喜城FCのチャントも、今日はメインスタンドやバックスタンドまで広がり、鳴り響いていた。
ゴールの影にならないように、少しメインスタンドよりに掲げられた『俺達はいつだってここに居る! 共に行こう! 頂上へ!』の横断幕も選手たちから良く見える。
一瞬の静寂、そして主審の笛がなる。
同時に、スタジアムの空気を揺るがすほどの音量で、多喜城FCのチャントが始まった。
それは、このサポーターたちの熱狂的な声援に慣れている多喜城の選手たちでも一瞬身をすくませるほどの声。言葉に乗せた気持ちで選手を後押しする、まさに声援だった。
声援に後押しされ、前に進みたい気持ちをグッと堪えて慎重に試合を進める。
多喜城の応援に気圧された面もあるだろうが、鬼怒川も低い位置のボールにはプレスを掛けず、出方を伺っている様子だった。
山田の予言した通り、こちらのスタメンを見て守備的に試合に入るであろうことは、鬼怒川の監督にも読まれていたのだろう。誰の目から見ても、今日はなかなかボールが動かない焦れるような試合が続きそうに思われた。
そんな中、千賀と森のボランチの位置でボールを回していると、少し位置を下げた石元が手を上げてボールを要求する。
ハーフウェイライン付近でボールを受けた石元の位置には、まだプレスはかからなかった。
足元でボールを止めた石元は、あろうことか、ボールをそこに置いたまま、まるでボールを取られる心配のないフリーキックでも蹴るかのように、4歩、後へ下がる。
慌ててボールに詰めようとする相手DFをあざ笑うかのように、狙いすました石元のロングシュートが空を切り裂いた。
蹴った瞬間の音は、まるで特大の布団たたきで布団を叩いたかのような音だった。
無回転のボールはDFの頭上はるか上空を、そしてそのままゴールをも飛び越えそうに見えた。しかし、空中で踊りを踊るかのようにふらりと向きを変えると、ゴール左上隅へ向かって急降下を始める。
慌てて飛び込んだGKの指先がわずかに触れ、方向をもう一度変えると、ボールはクロスバーを振動させ、相手DFの足元に跳ね返った。
一瞬の静寂。
振動するゴールの音が余韻を引く中、すぐさま一層大きなチャントが鳴り響いた。
この一発のシュートにより、鬼怒川は引いてボールを回す多喜城にもプレスを掛けざるを得なくなる。
それに必要な集中力と運動量は、それでなくても精神を削るこの最終戦において、ボディブローの様に効いてくる事になる。
清川はテクニカルエリアでニヤリと笑い、山田は石元の左足のシュート力に、少しだけ嫉妬の視線を向けた。
そして試合は動き出す。
運命の90分間。本当の試合開始の笛は、今吹かれたのだった。
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