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第五章:眷属たちとの本格的な戦いが始まる
第53話「神の名を持つものたちとようじょ」
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朝食の後、僕とチコラとマリアステラ、そしてファンテは、クリスティアーノの部屋に呼ばれて、昨日の眷属の事について話し合っていた。
あ、もちろんここに居るのは、僕たちの家族であるファンテ・サンテグラールだ。
女性の姿の方のファンテ・ボストーネは他の家族たちの面倒を見ていてくれた。
「では、1匹は取り逃がしたのか」
「うん、僕とチコラとファンテ。最強の布陣で臨んだつもりだったんだけど……ごめん。でね、その逃げられた眷属の事で、クリスティアーノに言っておく事があるんだ」
城塞都市ポルデローネを襲った眷属、『鬼神』のチートを持つヴェルディアナの姿を僕は思い浮かべた。
水晶球をテーブルの上に置き、そのイメージを表示する。
3Dホログラムの様に空中に浮かび上がったその妖艶な姿の横に、日本語で説明が表示されていた。
==========
ヴェルディアナ
種族:魔族
クラス:眷属
年齢:643歳
身長:139cm
体重:46kg
能力名:鬼神
==========
「ほう、魔族か……」
クリスティアーノが興味深げに文字を追う。
その視線が、最後の文字を捉えてぴたりと止まった。
チコラもマリアステラも、ほぼ同時に言葉を失う。
ファンテだけが冷静に、僕らの後ろに控えていた。
「アクナレート、……この情報は何かの間違いではないのか?」
「水晶球に限って間違いはないと思う。……チートなんだ」
「ほなコイツも……」
「たぶん転移者……だろうね」
転移者のみがチートを持つことが出来る。ヴェルディアナはチートを持っている。ゆえに、ヴェルディアナは転移者である。
僕は以前と同じ結論を頭の中で導きだし、チコラへ頷き、それを見たみんなは一様に押し黙った。
転移者が、敵になる。
クリスティアーノが今まで一番恐れていた事だ。
実際に戦った僕やファンテ、チコラには、その強さが身に染みていた。
今回は何とか撃退する事が出来たけど、僕のチート武器、ランクSSS+++の最強の武器である死神の鎌ですら効く時と効かない時があったのだ、しかも魔法は完全に打ち消されて効果がない。
ヴェルディアナの持つ『鬼神』と言うチートの戦闘に特化した強さと、彼女のあの人を人とも思わない恐ろしい考え方を思い出すと、僕は未だに体が震えた。
でも、その恐怖と同時に湧き上がる心がざわつくような感情。
小柄な体に似合わない、淫猥な凹凸を持つ肉体。骨のように透き通る、必要以上に露出された真っ白な肌。子供のような丸顔に大きいけれども意地悪そうに細められた瞳。
彼女の視線が糸を引くように僕の上を流れて行った瞬間の感覚が蘇り、僕は呼吸が上手にできなくなったような気がした。
「ねぇ、この娘のチートにも『神』がついてるよねー?」
マリアステラが僕に顔を寄せ、チート表示の『鬼神』の部分を指差しす。
今はロックを解除しているのでそんなに近寄る必要はないんだけど、最近はずっと水晶球にチャイルドロックを掛けていたので、癖になってしまったのかもしれない。
クリスティアーノが苦々しげな顔で咳払いをしたのを受けて、マリアステラは「あはは、失敬失敬」とおっさんのように顔の前に手のひらを立てた。
気を取り直して「ね?」ともう一度『神』の文字を指差し、彼女は僕らを見回す。
彼女が最終的に何を言いたいのかは分からないけど、とりあえず『神』の文字は確かにある。
僕らはうんうんと頷き、先を促した。
「チートのルールでさー、同じチートは1つしか存在しないんだけど、ある特定の文字には同じ複属性があるのよ。例えば『魔』は魔力をエネルギーに変換できるとか、『神』は永遠の存在だとかね」
メニューを選択し、指揮棒と例の黒縁メガネを取り出したマリアステラが、学校の先生のように水晶球の映像を指差して説明する。
さらっと言われたけど、すごい情報じゃないか。
今までチート名からなんとなく想像することしかできなかった能力の詳細が、ある程度特定できるかもしれない。
「じゃ……じゃあ、『神』の名前を持つヴェルディアナも、『女神』のマリアステラと同じように不老不死なの?」
「言ったでしょ、同じチートは2つは無いんだよー。あくまでも永遠不滅の存在であるだけで、不老かは分からないし、それこそ不死かどうかもわかんないんだよー」
「……どういう事?」
永遠の存在なら、不老かどうかは別としても不死なんじゃないのかな?
首をかしげた僕の頭をチコラがコンコンとノックした。
「もしもーし、アホあっくん起きとるかー? 永遠の存在っちゅうても、その実現方法は色々あるやろ。単純に死なんのかもしれん。肉体が滅んでも別の肉体に憑依して生き続けるやつもおるやろ。普通に死んでもすぐに輪廻転生するような奴かもしれん。とにかく、この世界が続く限り……この世界の理に囚われとる限り、ずっとそいつはそこに居るんや。そういう事なんやろ? マリア」
「そうね。『神』って言うのは、そういう呪われた存在なんだよー」
メガネの位置をクイッと直し、くるりと後ろを向いたマリアステラはそう言ってため息をついた。
そのため息は、疲れと諦めに満ちている。
あの明るいマリアステラをここまで苦しめる『神』と言うチートを僕は恐ろしく思った。
「だからね、この世界に倦んだ転移者が、自分を永遠に捕らえているこの世界を無くしてしまいたいって考えるのは……結構『あるある』だとおもうんだよねー」
ぼーっと物思いに耽っているように、天井を見つめながらそう言ったマリアステラは、何も言えなくなってしまった僕たちに気づくと、慌てて「あ、だからと言って本当に世界を無くしてしまえーってなっちゃうのは、ちょっとどうかと思うよ?」と、今言ったことを消してしまおうとでもするように手のひらを振る。
僕は、そのぶんぶんと振り回された手のひらを両手で包むように掴み。ただ「うん、大丈夫」とだけ声をかけた。
僕が掴むマリアステラの手の上に、クリスティアーノが手を重ねる。
「大丈夫だ。……マリアステラ。今のあなたには家族がいる」
いつもなら彼女の事を「女神マリアステラ」と呼ぶクリスティアーノが、今は女神と呼ばないでいてくれることを僕は嬉しく思った。
マリアステラは驚いたように僕とクリスティアーノの顔を交互に見る。
最後に握られた自分の手に視線を落とすと、彼女はいつもの笑顔で笑った。
「えー? あはは、やだなぁ。私は大丈夫だよー。当然でしょ?」
「せやな。マリアはいっつも大丈夫やんな」
チコラが編み上げられたマリアステラの頭へふわっと乗る。
照れたように、目だけで彼を追ったマリアステラは「あはは……」と僕らから手を放し、人差し指で頬をぽりぽりと掻いた。
おもむろに手を伸ばして、自分の頭の上からチコラを抱え上げ、テーブルの上に乗せる。
くるりと後ろを向いたマリアステラは、小さく息を吐いた。
「なによー。そんなに大丈夫大丈夫言われたら、ほんとは大丈夫じゃないみたいじゃない。……とにかく、そのヴェルディアナって娘は自分のチートに絶望してるだけだと思うんだよね。だから……りんちゃんと同じように『この世界の神様に恩を売って、自分の世界に戻してもらう』って言う手があるよって、教えてあげてさ。そして……助けて……あげたいんだよねー」
「うん、僕も助けてあげたい」
「私は救えるものは全て救う主義だ」
僕とクリスティアーノは即答する。
未だに水晶球に浮かぶヴェルディアナの姿を見て、そのままマリアステラの背中に視線を向けると、僕はもう一度確認するように口を開いた。
「助けよう」
僕の希望ではなく、僕の意志。
助けてあげたいのではなく、助けるんだ。
「……うん!」
その僕の言葉を聞いて振り返ったマリアステラの笑顔は、いつもにもまして輝いて見えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねー、エドくーん、あそぼー!」
「エドアルドさん、今日は剣術の稽古はしないんですか?」
僕たちがクリスティアーノの部屋を出て庭へ向かうと、テラスでは暇を持て余したりんちゃんとルカがエドアルドに纏わりついていた。
当のエドアルドはちゃっかりクリスティアーノ特製のビールをぐびぐびと喉を鳴らして飲みながら、まるで野良犬でも追い払うようにシッシッと手を振る。
一気に飲み干したジョッキをどんとテーブルに置き、「ぷっはぁ~!」と口の周りの泡を拭きながら、エドアルドはファンテ・ボストーネにおかわりを要求した。
「どうだね? 私自慢のラガービールは?」
「どうもこうもねぇ、控えめに言って最高だぜ!」
クリスティアーノには、さっきの会議中にエドアルドが新しい転移者であることは告げてある。
初対面はどんな反応をするのかなと、少しハラハラしていた僕の前で、エドアルドを値踏みするように上から下まで観察したクリスティアーノが、最初に掛けた言葉はそれだった。
エドアルドの返事も彼にしてはかなり友好的だ。
僕はほっと胸をなでおろし、クリスティアーノに勧められるまま、久しぶりのビールを口に運んだ。
「……なにこれ? おいしい!」
「だろぉ?! これこそ古き良き日本のビールだぜ!」
なぜか自慢げにエドアルドがジョッキを飲み干す。
以前に飲んだビールもかなり美味しかったけど、今日飲んだそれは、まさにビアホールで飲んだ「生ビール」と言う味だった。
うずうずしているマリアステラにも、後ろで控えめにしているルーチェにも、もちろんチコラにもジョッキを勧め、クリスティアーノもビールを飲む。
僕ら全員――いや、ルーチェを除いて全員がその味と喉越しに感動している様子を眺めて、クリスティアーノは車いすの上でふんぞり返った。
「君たちなら分かってくれると思っていたよ! どうだね?! これこそがたゆまぬ努力の結晶だよ、アクナレート! もちろん、キミにもらった情報の力も大きいが、私の工房の職人たちは良くやってくれた。温度管理を魔法で行うことで、安定した良質のビールを大量生産することに成功したのだよ! 麦芽の選別とローストの方法を新たに開発したことによって――」
「んくっはぁぁぁぁ~~~~!!!」
クリスティアーノの演説を遮り、満面の笑みで歯を食いしばったマリアステラが、空になったジョッキを高々と差し上げながら満足の叫びをあげる。
彼の『女神』であるマリアステラのおっさん的行動に、クリスティアーノは目を丸くして固まっていた。
「あっははは! 思い出した! 私、これのために生きてたんだわ~! ……おかわり!」
さっきまで――表面上はどうあれ――神と言う生き方の苦悩に胸を痛めていたはずのマリアステラの、そのあまりの変わり様に僕は思わず吹き出す。
ルーチェが「苦いです」とテーブルに置いたジョッキも、エドアルドが手を伸ばすより早くマリアステラがかすめ取り、また一気に飲み干した。
「……っげふ」
クリスティアーノの驚きをよそに、マリアステラはげっぷをして、鼻から抜ける炭酸に涙を浮かべる。
僕らはそれからしばらくビールを楽しみ、ビール樽を詰めるだけ積んだ馬車で、一路我が家へと飛んだ。
呆然自失と言った様子のクリスティアーノに、危機の際にはまた必ず助けに来ると約束を交わして。
あ、もちろんここに居るのは、僕たちの家族であるファンテ・サンテグラールだ。
女性の姿の方のファンテ・ボストーネは他の家族たちの面倒を見ていてくれた。
「では、1匹は取り逃がしたのか」
「うん、僕とチコラとファンテ。最強の布陣で臨んだつもりだったんだけど……ごめん。でね、その逃げられた眷属の事で、クリスティアーノに言っておく事があるんだ」
城塞都市ポルデローネを襲った眷属、『鬼神』のチートを持つヴェルディアナの姿を僕は思い浮かべた。
水晶球をテーブルの上に置き、そのイメージを表示する。
3Dホログラムの様に空中に浮かび上がったその妖艶な姿の横に、日本語で説明が表示されていた。
==========
ヴェルディアナ
種族:魔族
クラス:眷属
年齢:643歳
身長:139cm
体重:46kg
能力名:鬼神
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「ほう、魔族か……」
クリスティアーノが興味深げに文字を追う。
その視線が、最後の文字を捉えてぴたりと止まった。
チコラもマリアステラも、ほぼ同時に言葉を失う。
ファンテだけが冷静に、僕らの後ろに控えていた。
「アクナレート、……この情報は何かの間違いではないのか?」
「水晶球に限って間違いはないと思う。……チートなんだ」
「ほなコイツも……」
「たぶん転移者……だろうね」
転移者のみがチートを持つことが出来る。ヴェルディアナはチートを持っている。ゆえに、ヴェルディアナは転移者である。
僕は以前と同じ結論を頭の中で導きだし、チコラへ頷き、それを見たみんなは一様に押し黙った。
転移者が、敵になる。
クリスティアーノが今まで一番恐れていた事だ。
実際に戦った僕やファンテ、チコラには、その強さが身に染みていた。
今回は何とか撃退する事が出来たけど、僕のチート武器、ランクSSS+++の最強の武器である死神の鎌ですら効く時と効かない時があったのだ、しかも魔法は完全に打ち消されて効果がない。
ヴェルディアナの持つ『鬼神』と言うチートの戦闘に特化した強さと、彼女のあの人を人とも思わない恐ろしい考え方を思い出すと、僕は未だに体が震えた。
でも、その恐怖と同時に湧き上がる心がざわつくような感情。
小柄な体に似合わない、淫猥な凹凸を持つ肉体。骨のように透き通る、必要以上に露出された真っ白な肌。子供のような丸顔に大きいけれども意地悪そうに細められた瞳。
彼女の視線が糸を引くように僕の上を流れて行った瞬間の感覚が蘇り、僕は呼吸が上手にできなくなったような気がした。
「ねぇ、この娘のチートにも『神』がついてるよねー?」
マリアステラが僕に顔を寄せ、チート表示の『鬼神』の部分を指差しす。
今はロックを解除しているのでそんなに近寄る必要はないんだけど、最近はずっと水晶球にチャイルドロックを掛けていたので、癖になってしまったのかもしれない。
クリスティアーノが苦々しげな顔で咳払いをしたのを受けて、マリアステラは「あはは、失敬失敬」とおっさんのように顔の前に手のひらを立てた。
気を取り直して「ね?」ともう一度『神』の文字を指差し、彼女は僕らを見回す。
彼女が最終的に何を言いたいのかは分からないけど、とりあえず『神』の文字は確かにある。
僕らはうんうんと頷き、先を促した。
「チートのルールでさー、同じチートは1つしか存在しないんだけど、ある特定の文字には同じ複属性があるのよ。例えば『魔』は魔力をエネルギーに変換できるとか、『神』は永遠の存在だとかね」
メニューを選択し、指揮棒と例の黒縁メガネを取り出したマリアステラが、学校の先生のように水晶球の映像を指差して説明する。
さらっと言われたけど、すごい情報じゃないか。
今までチート名からなんとなく想像することしかできなかった能力の詳細が、ある程度特定できるかもしれない。
「じゃ……じゃあ、『神』の名前を持つヴェルディアナも、『女神』のマリアステラと同じように不老不死なの?」
「言ったでしょ、同じチートは2つは無いんだよー。あくまでも永遠不滅の存在であるだけで、不老かは分からないし、それこそ不死かどうかもわかんないんだよー」
「……どういう事?」
永遠の存在なら、不老かどうかは別としても不死なんじゃないのかな?
首をかしげた僕の頭をチコラがコンコンとノックした。
「もしもーし、アホあっくん起きとるかー? 永遠の存在っちゅうても、その実現方法は色々あるやろ。単純に死なんのかもしれん。肉体が滅んでも別の肉体に憑依して生き続けるやつもおるやろ。普通に死んでもすぐに輪廻転生するような奴かもしれん。とにかく、この世界が続く限り……この世界の理に囚われとる限り、ずっとそいつはそこに居るんや。そういう事なんやろ? マリア」
「そうね。『神』って言うのは、そういう呪われた存在なんだよー」
メガネの位置をクイッと直し、くるりと後ろを向いたマリアステラはそう言ってため息をついた。
そのため息は、疲れと諦めに満ちている。
あの明るいマリアステラをここまで苦しめる『神』と言うチートを僕は恐ろしく思った。
「だからね、この世界に倦んだ転移者が、自分を永遠に捕らえているこの世界を無くしてしまいたいって考えるのは……結構『あるある』だとおもうんだよねー」
ぼーっと物思いに耽っているように、天井を見つめながらそう言ったマリアステラは、何も言えなくなってしまった僕たちに気づくと、慌てて「あ、だからと言って本当に世界を無くしてしまえーってなっちゃうのは、ちょっとどうかと思うよ?」と、今言ったことを消してしまおうとでもするように手のひらを振る。
僕は、そのぶんぶんと振り回された手のひらを両手で包むように掴み。ただ「うん、大丈夫」とだけ声をかけた。
僕が掴むマリアステラの手の上に、クリスティアーノが手を重ねる。
「大丈夫だ。……マリアステラ。今のあなたには家族がいる」
いつもなら彼女の事を「女神マリアステラ」と呼ぶクリスティアーノが、今は女神と呼ばないでいてくれることを僕は嬉しく思った。
マリアステラは驚いたように僕とクリスティアーノの顔を交互に見る。
最後に握られた自分の手に視線を落とすと、彼女はいつもの笑顔で笑った。
「えー? あはは、やだなぁ。私は大丈夫だよー。当然でしょ?」
「せやな。マリアはいっつも大丈夫やんな」
チコラが編み上げられたマリアステラの頭へふわっと乗る。
照れたように、目だけで彼を追ったマリアステラは「あはは……」と僕らから手を放し、人差し指で頬をぽりぽりと掻いた。
おもむろに手を伸ばして、自分の頭の上からチコラを抱え上げ、テーブルの上に乗せる。
くるりと後ろを向いたマリアステラは、小さく息を吐いた。
「なによー。そんなに大丈夫大丈夫言われたら、ほんとは大丈夫じゃないみたいじゃない。……とにかく、そのヴェルディアナって娘は自分のチートに絶望してるだけだと思うんだよね。だから……りんちゃんと同じように『この世界の神様に恩を売って、自分の世界に戻してもらう』って言う手があるよって、教えてあげてさ。そして……助けて……あげたいんだよねー」
「うん、僕も助けてあげたい」
「私は救えるものは全て救う主義だ」
僕とクリスティアーノは即答する。
未だに水晶球に浮かぶヴェルディアナの姿を見て、そのままマリアステラの背中に視線を向けると、僕はもう一度確認するように口を開いた。
「助けよう」
僕の希望ではなく、僕の意志。
助けてあげたいのではなく、助けるんだ。
「……うん!」
その僕の言葉を聞いて振り返ったマリアステラの笑顔は、いつもにもまして輝いて見えた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ねー、エドくーん、あそぼー!」
「エドアルドさん、今日は剣術の稽古はしないんですか?」
僕たちがクリスティアーノの部屋を出て庭へ向かうと、テラスでは暇を持て余したりんちゃんとルカがエドアルドに纏わりついていた。
当のエドアルドはちゃっかりクリスティアーノ特製のビールをぐびぐびと喉を鳴らして飲みながら、まるで野良犬でも追い払うようにシッシッと手を振る。
一気に飲み干したジョッキをどんとテーブルに置き、「ぷっはぁ~!」と口の周りの泡を拭きながら、エドアルドはファンテ・ボストーネにおかわりを要求した。
「どうだね? 私自慢のラガービールは?」
「どうもこうもねぇ、控えめに言って最高だぜ!」
クリスティアーノには、さっきの会議中にエドアルドが新しい転移者であることは告げてある。
初対面はどんな反応をするのかなと、少しハラハラしていた僕の前で、エドアルドを値踏みするように上から下まで観察したクリスティアーノが、最初に掛けた言葉はそれだった。
エドアルドの返事も彼にしてはかなり友好的だ。
僕はほっと胸をなでおろし、クリスティアーノに勧められるまま、久しぶりのビールを口に運んだ。
「……なにこれ? おいしい!」
「だろぉ?! これこそ古き良き日本のビールだぜ!」
なぜか自慢げにエドアルドがジョッキを飲み干す。
以前に飲んだビールもかなり美味しかったけど、今日飲んだそれは、まさにビアホールで飲んだ「生ビール」と言う味だった。
うずうずしているマリアステラにも、後ろで控えめにしているルーチェにも、もちろんチコラにもジョッキを勧め、クリスティアーノもビールを飲む。
僕ら全員――いや、ルーチェを除いて全員がその味と喉越しに感動している様子を眺めて、クリスティアーノは車いすの上でふんぞり返った。
「君たちなら分かってくれると思っていたよ! どうだね?! これこそがたゆまぬ努力の結晶だよ、アクナレート! もちろん、キミにもらった情報の力も大きいが、私の工房の職人たちは良くやってくれた。温度管理を魔法で行うことで、安定した良質のビールを大量生産することに成功したのだよ! 麦芽の選別とローストの方法を新たに開発したことによって――」
「んくっはぁぁぁぁ~~~~!!!」
クリスティアーノの演説を遮り、満面の笑みで歯を食いしばったマリアステラが、空になったジョッキを高々と差し上げながら満足の叫びをあげる。
彼の『女神』であるマリアステラのおっさん的行動に、クリスティアーノは目を丸くして固まっていた。
「あっははは! 思い出した! 私、これのために生きてたんだわ~! ……おかわり!」
さっきまで――表面上はどうあれ――神と言う生き方の苦悩に胸を痛めていたはずのマリアステラの、そのあまりの変わり様に僕は思わず吹き出す。
ルーチェが「苦いです」とテーブルに置いたジョッキも、エドアルドが手を伸ばすより早くマリアステラがかすめ取り、また一気に飲み干した。
「……っげふ」
クリスティアーノの驚きをよそに、マリアステラはげっぷをして、鼻から抜ける炭酸に涙を浮かべる。
僕らはそれからしばらくビールを楽しみ、ビール樽を詰めるだけ積んだ馬車で、一路我が家へと飛んだ。
呆然自失と言った様子のクリスティアーノに、危機の際にはまた必ず助けに来ると約束を交わして。
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