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第五章:眷属たちとの本格的な戦いが始まる
第50話「もう一つの戦いとようじょ」
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話は少し戻る。
これは僕らが災厄の魔王の眷属、鬼神ヴェルディアナと戦っている最中の話だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「なかなかヤバいな、あの黒騎士! あれが本気で暴れたら、あんな街なんか何分もかからずにゴミ捨て場に早変わりだぜ!」
城塞都市ポルデローネの上空、グリュプスの馬車から戦況を見ていたエドアルドが無遠慮な大声でそう告げた。
マリアステラがりんちゃんを抱きしめ、ルーチェがルカを抱きしめる。
2人からの無言の非難と子供たちの不安げな顔を見て、失敗に気づいたエドアルドは、慌てて言い訳を続けた。
「いや、りん、ルカ、大丈夫だって! あっくんなら楽勝だ! いや、あっくんか俺様のどっちかが居れば問題ない! マジで! 心配すんな!」
「エドくん、ほんと?」
「だーいじょうぶだって! あっくんは俺様に勝つくらい強いんだぜ? あんな魔物か人間か分からねェようなやつに負けるかよ!」
「……そうですよね!」
りんちゃんとルカの、エドアルドへの信頼は意外に強い。
保証にもならないような安請け合いの言い訳に納得して、りんちゃんたちは安心した様子だった。
そうこうしている間に、黒騎士はファンテと一対一の戦いを始める。
上空からそれを観察している馬車の窓に、伝書鳩が飛び込んできたのはそんな時だった。
「おおっと」
「あ、それはアンジェリカ様からの連絡鳩です!」
エドアルドが捕まえ、ルーチェが手紙を開く。そこにはアンジェリカの美しい文字が、インクの乾くのも待ちきれなかったようにかすれながら並んでいた。
「アンジェリカ様の……私たちの『街』が、別の眷属に襲われています……」
後になって考えてみれば、眷属は転移者を狙って現れるのだ。
エドアルドの転移や、僕たちが街に移り住んだ事を考えれば、いつ襲われてもおかしくは無い。
それでもこのとき、僕たちはそれを予見することはできなかった。
「……おい、りん。街へ戻るぞ。あそこには今、眷属と戦えるような戦力はねぇ」
「だめよ! あっくんたちがいざという時には、私たちが救助しなければならないんですよ! 私の治癒魔法が……」
「あっくんなら大丈夫だ! それよりこっちの状況を知ってるアンジェリカが、そんな手紙を寄越したんだ。どう考えてもヤバすぎる状況だろ!」
エドアルドが皆を見回し、マリアステラは窓から下を覗く。
そこでは丁度ファンテが黒騎士を押し返し始めた所だった。
「……行こう。私たちが助けに行かなかったことを知ったら、後であっくんに怒られちゃうよ。伝書鳩がここに届くまで30分くらいかかってるはずだけど、ここで色々考えてないで、ぐりりんに今からすぐに向かってもらえば、きっと間に合うよ」
「でも……」
「迷ってる暇はねぇ! りん! 行け!」
「うん! ぐりりん! かえるよー!」
グリュプスは、りんちゃんの命令一下、『街』へと急旋回して羽ばたく。
地上では僕らが黒騎士を吹き飛ばし、ヴェルディアナとの初めての邂逅を果たしているところだったけど、それを確認できたものは誰もいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
名も無く、ただ『街』と呼ばれる、千年王国の支配から逃れた者たちの街。
災厄の魔王との戦いのために、新たなる転移者を呼ぶための施設を持ったその街が、災厄の魔王の眷属によって襲われていた。
「見て! 街が燃えてるよー!」
「私たちの家も!」
マリアステラとルーチェが思わず声に出してしまう。それを聞いたりんちゃんやルカは不安そうな顔で見つめあった。
重苦しい空気が漂いかけた馬車の中に、ガチャリ……と、重い金属の音がする。
それは、マリアステラのメニュー内に預けてあった装飾過多の鎧に身を包んだエドアルドが、ぬっと立ち上がった音だった。
その音に振り向いた子供たちの頭を見もせずにやさしく撫で、彼は馬車の扉に近づく。
不敵に笑ったその表情に、皆の不安は少しだけ軽くなった。
「心配スンナ。任せとけっての! 災厄の魔王をブッ殺すために異世界から召喚された、勇者エドアルド様がここに居るんだぜ? 主人公の登場シーンだ! ここは俺様の強さを見せつけるために、一瞬で全滅させるとこだぜ! よっしゃ、りん! 馬車を城壁の上へつけろ!」
「うん! エドくんがんばってね!」
「おう! おみやげ楽しみにしとけ!」
20メートルほどもある城壁、その上空、さらに10メートルの所で、待ちきれなくなったエドアルドは馬車のドアを開ける。
ぶわっと渦巻く風にルーチェやマリアステラの服の裾がなびくのを見た彼は、ニヤッと笑って親指を立て、何もない空中へと足を踏み出した。
重力に従い、エドアルドの体は城壁へと猛スピードで落ちてゆく。
足が固い城壁の石畳にぶつかる前に、彼は腰に下げたチート武器『魔を払う牙』をスラリと抜き放った。
「おぉりゃあぁぁぁぁ! 行くぜ! 速度重視モードぉぉぉ!!」
刀身に、青い電光パネルの様に『速度重視モード』の文字が流れる。
そのまま城壁の上に居る1メートルほどの黒蟻をエドアルドは一瞬で何十もの破片に斬り飛ばした。
「勇! 者! 見! 参!」
子供のころに見たライダーか戦隊ヒーローのように、城壁に着地したエドアルドは、剣を高く掲げてポーズを決める。
それを見ていたのは数人の兵士たちだけだったが、彼は意に介した様子も無く、そのまま周囲のアリを数匹切り刻んだ。
「おい! こんな雑魚じゃなくて眷属の本体はどこだ?!」
「わ……わかりません! 自分はこのアリの化け物しか見ていません!」
「くそがっ!」
城壁の上を駆け出したエドアルドは、通り道のアリを次々と斬り飛ばしてゆく。
エドアルドにとって、触れば吹き飛ぶていどのこのアリの化け物でも、街の一般の人々にとってはトラやライオン以上に恐ろしい化け物だった。
階段を数段飛ばしで駆け下りながら、さらに何十匹ものアリを斬る。
中央の教会へ向かう大通りに降りた彼は、巨大アリで真っ黒に染まる通りを見て舌打ちをした。
舌打ちついでに剣を振り回し、何十匹かのアリを斬り、自分の周囲の空間を確保はしたが、見渡す限りアリ以外の化け物は見当たらない。
エドアルドはどうして良いか分からず、とりあえず周りのアリを次々に潰すことに集中した。
「眷属がどこに居るかわかんねぇが、全部ブッ殺しゃ同じことだろうがぁぁ!」
彼の叫び声は、数千匹は居そうなアリの群れの中で、むなしく響いた。
……それを上空で聞いていた者が居る。
グリュプスの馬車で上空を旋回し、街から逃げようとしている人たちを援護していたマリアステラだった。
「今の、エドアルドだよね?」
「ええ、あのバカっぽい声は間違いありません」
窓から矢を射て、アリから何人かの人たちを救っていたルーチェがすかさず答える。
反対側の窓から同じく矢を射ていたルカも、「エドさんですね」と頷いた。
「あのバカ……眷属の目的は転移者そのものなのよ。アンジェリカや転移の部屋を守らなくてどうするのよー」
「でも、エドさんがアリをやっつけてくれれば、それだけ逃げられる人たちも増えますよ」
窓の外から聞こえる「オラオラオラオラァァァァァァ!」と言う気合の入った掛け声を聞きながら、マリアステラは頭を抱えた。
「でもアンジェリカは……あぁ、もう。あっくんなら何とかしてくれるのにー」
「えぇ、……あっくんならどうするでしょうね?」
マリアステラとルーチェは顔を見合わせる。
長い沈黙。
その沈黙を破ったのは、ぐりりんへの指示に集中していたりんちゃんだった。
彼女の新たな指示に従って、グリュプスは勢いよく回頭する。
ぐんぐんと高度を落とす馬車の中、りんちゃんは先ほどのエドアルドの様に馬車のドアへ向かった。
「あっくんはね、ぜったいにみんなをたすけてくれるの!」
ばーん! と勢いよくドアを開き、教会の上空からりんちゃんが躊躇なく空中へ飛び出す。
止める間もないその背中へ伸ばしたマリアステラの手を霞めて、りんちゃんは勢いよくアリたちの群れの中へと落ちて行った。
「りんちゃん!!!」
「プリヒール! グローイングハート!」
叫ぶ3人の見ている前で、りんちゃんの落ちて行った辺りに虹色の光が輝く。広がる星の形の瞬きに、周囲のアリたちは目がくらんだようによろめいた。
「きらめく瞳は乙女のあかし!! ヒール・ブレイズ!!」
可愛らしいりんちゃんの声が響き、それに合わせたように、十匹単位でアリが宙を舞った。
蹴り、殴り、触角を掴んで放り投げ、りんちゃんは教会への道を切り開く。
りんちゃんが無事だったことにほっと一息ついたマリアステラは、気を取り直して馬車のドアへと向かった。
「マリア! どうする気ですか?!」
「りんちゃんだけ行かせる訳にはいかないよー。りんちゃんは私がサポートする。こっちはおねがいね、ルーチェ、ルカ」
「だってマリアは戦闘向きのチートじゃないって、いつも言ってるじゃないですか!」
「あはは、私だって伊達に『女神』なんてチート持ってるわけじゃないよー。奥の手があるんだ。まかせて!」
止めようとするルーチェとルカに、マリアステラはにっこりと笑って胸をどんとたたいた。
それでも心配げに彼女を見つめる2人を抱きしめ、頬に軽く口づけをすると、マリアステラもドアから足を踏み出し、宙を舞う。
空中で青く輝くメニューに指を走らせ、彼女は『封』と書かれたボタンに指をかけた。
「私の新しい家族がピンチなの……。みんな……悪いけど力を貸して!」
祈るように、囁くように、千年以上の歳月を生きた女神マリアステラの指が新たなメニューを開く。
そこには両手の指では足りないほどのチートアイテムの名前が、ずらりと並んでいた。
「……シルヴァーナ! あなたの槍を借りるわ!」
逡巡の後、いくつもの名前の中からマリアステラが選んだのは『幻竜の槍』。
それは千年以上も昔、姉妹の様に仲良く暮らした友の、形見の槍の名前だった。
本を読むのが好きだったシルヴァーナ。いつも「読書の邪魔になるから」と前髪をものすごく短く切っていたシルヴァーナ。空中庭園の名前を付けてくれた物知りのシルヴァーナ。
友の思い出に涙があふれる。唇を震わせ、それでも小さく微笑んだマリアステラは、その真っ白な馬上槍を両手でしっかりと抱えた。
「飛びなさい! 幻竜の槍!」
マリアステラの握る馬上槍の両サイド、少し離れた空中に、純白のドラゴンの翼がバンッと風を受けて広がる。
その翼は空気を掴み、マリアステラの体を数回錐もみさせつつ、美しい弧を描いて空を駆けた。
マリアステラと幻竜の槍の進む先に居た不運な巨大アリは、爆ぜる様に飛び散り、魔宝珠へと姿を変える。
どんっ! どんっ! どんっ!
空中で爆発音を鳴り響かせ、何度か加速したマリアステラは、既に教会の中へと侵入しているりんちゃんの後を追った。
これは僕らが災厄の魔王の眷属、鬼神ヴェルディアナと戦っている最中の話だ。
◇ ◇ ◇ ◇
「なかなかヤバいな、あの黒騎士! あれが本気で暴れたら、あんな街なんか何分もかからずにゴミ捨て場に早変わりだぜ!」
城塞都市ポルデローネの上空、グリュプスの馬車から戦況を見ていたエドアルドが無遠慮な大声でそう告げた。
マリアステラがりんちゃんを抱きしめ、ルーチェがルカを抱きしめる。
2人からの無言の非難と子供たちの不安げな顔を見て、失敗に気づいたエドアルドは、慌てて言い訳を続けた。
「いや、りん、ルカ、大丈夫だって! あっくんなら楽勝だ! いや、あっくんか俺様のどっちかが居れば問題ない! マジで! 心配すんな!」
「エドくん、ほんと?」
「だーいじょうぶだって! あっくんは俺様に勝つくらい強いんだぜ? あんな魔物か人間か分からねェようなやつに負けるかよ!」
「……そうですよね!」
りんちゃんとルカの、エドアルドへの信頼は意外に強い。
保証にもならないような安請け合いの言い訳に納得して、りんちゃんたちは安心した様子だった。
そうこうしている間に、黒騎士はファンテと一対一の戦いを始める。
上空からそれを観察している馬車の窓に、伝書鳩が飛び込んできたのはそんな時だった。
「おおっと」
「あ、それはアンジェリカ様からの連絡鳩です!」
エドアルドが捕まえ、ルーチェが手紙を開く。そこにはアンジェリカの美しい文字が、インクの乾くのも待ちきれなかったようにかすれながら並んでいた。
「アンジェリカ様の……私たちの『街』が、別の眷属に襲われています……」
後になって考えてみれば、眷属は転移者を狙って現れるのだ。
エドアルドの転移や、僕たちが街に移り住んだ事を考えれば、いつ襲われてもおかしくは無い。
それでもこのとき、僕たちはそれを予見することはできなかった。
「……おい、りん。街へ戻るぞ。あそこには今、眷属と戦えるような戦力はねぇ」
「だめよ! あっくんたちがいざという時には、私たちが救助しなければならないんですよ! 私の治癒魔法が……」
「あっくんなら大丈夫だ! それよりこっちの状況を知ってるアンジェリカが、そんな手紙を寄越したんだ。どう考えてもヤバすぎる状況だろ!」
エドアルドが皆を見回し、マリアステラは窓から下を覗く。
そこでは丁度ファンテが黒騎士を押し返し始めた所だった。
「……行こう。私たちが助けに行かなかったことを知ったら、後であっくんに怒られちゃうよ。伝書鳩がここに届くまで30分くらいかかってるはずだけど、ここで色々考えてないで、ぐりりんに今からすぐに向かってもらえば、きっと間に合うよ」
「でも……」
「迷ってる暇はねぇ! りん! 行け!」
「うん! ぐりりん! かえるよー!」
グリュプスは、りんちゃんの命令一下、『街』へと急旋回して羽ばたく。
地上では僕らが黒騎士を吹き飛ばし、ヴェルディアナとの初めての邂逅を果たしているところだったけど、それを確認できたものは誰もいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
名も無く、ただ『街』と呼ばれる、千年王国の支配から逃れた者たちの街。
災厄の魔王との戦いのために、新たなる転移者を呼ぶための施設を持ったその街が、災厄の魔王の眷属によって襲われていた。
「見て! 街が燃えてるよー!」
「私たちの家も!」
マリアステラとルーチェが思わず声に出してしまう。それを聞いたりんちゃんやルカは不安そうな顔で見つめあった。
重苦しい空気が漂いかけた馬車の中に、ガチャリ……と、重い金属の音がする。
それは、マリアステラのメニュー内に預けてあった装飾過多の鎧に身を包んだエドアルドが、ぬっと立ち上がった音だった。
その音に振り向いた子供たちの頭を見もせずにやさしく撫で、彼は馬車の扉に近づく。
不敵に笑ったその表情に、皆の不安は少しだけ軽くなった。
「心配スンナ。任せとけっての! 災厄の魔王をブッ殺すために異世界から召喚された、勇者エドアルド様がここに居るんだぜ? 主人公の登場シーンだ! ここは俺様の強さを見せつけるために、一瞬で全滅させるとこだぜ! よっしゃ、りん! 馬車を城壁の上へつけろ!」
「うん! エドくんがんばってね!」
「おう! おみやげ楽しみにしとけ!」
20メートルほどもある城壁、その上空、さらに10メートルの所で、待ちきれなくなったエドアルドは馬車のドアを開ける。
ぶわっと渦巻く風にルーチェやマリアステラの服の裾がなびくのを見た彼は、ニヤッと笑って親指を立て、何もない空中へと足を踏み出した。
重力に従い、エドアルドの体は城壁へと猛スピードで落ちてゆく。
足が固い城壁の石畳にぶつかる前に、彼は腰に下げたチート武器『魔を払う牙』をスラリと抜き放った。
「おぉりゃあぁぁぁぁ! 行くぜ! 速度重視モードぉぉぉ!!」
刀身に、青い電光パネルの様に『速度重視モード』の文字が流れる。
そのまま城壁の上に居る1メートルほどの黒蟻をエドアルドは一瞬で何十もの破片に斬り飛ばした。
「勇! 者! 見! 参!」
子供のころに見たライダーか戦隊ヒーローのように、城壁に着地したエドアルドは、剣を高く掲げてポーズを決める。
それを見ていたのは数人の兵士たちだけだったが、彼は意に介した様子も無く、そのまま周囲のアリを数匹切り刻んだ。
「おい! こんな雑魚じゃなくて眷属の本体はどこだ?!」
「わ……わかりません! 自分はこのアリの化け物しか見ていません!」
「くそがっ!」
城壁の上を駆け出したエドアルドは、通り道のアリを次々と斬り飛ばしてゆく。
エドアルドにとって、触れば吹き飛ぶていどのこのアリの化け物でも、街の一般の人々にとってはトラやライオン以上に恐ろしい化け物だった。
階段を数段飛ばしで駆け下りながら、さらに何十匹ものアリを斬る。
中央の教会へ向かう大通りに降りた彼は、巨大アリで真っ黒に染まる通りを見て舌打ちをした。
舌打ちついでに剣を振り回し、何十匹かのアリを斬り、自分の周囲の空間を確保はしたが、見渡す限りアリ以外の化け物は見当たらない。
エドアルドはどうして良いか分からず、とりあえず周りのアリを次々に潰すことに集中した。
「眷属がどこに居るかわかんねぇが、全部ブッ殺しゃ同じことだろうがぁぁ!」
彼の叫び声は、数千匹は居そうなアリの群れの中で、むなしく響いた。
……それを上空で聞いていた者が居る。
グリュプスの馬車で上空を旋回し、街から逃げようとしている人たちを援護していたマリアステラだった。
「今の、エドアルドだよね?」
「ええ、あのバカっぽい声は間違いありません」
窓から矢を射て、アリから何人かの人たちを救っていたルーチェがすかさず答える。
反対側の窓から同じく矢を射ていたルカも、「エドさんですね」と頷いた。
「あのバカ……眷属の目的は転移者そのものなのよ。アンジェリカや転移の部屋を守らなくてどうするのよー」
「でも、エドさんがアリをやっつけてくれれば、それだけ逃げられる人たちも増えますよ」
窓の外から聞こえる「オラオラオラオラァァァァァァ!」と言う気合の入った掛け声を聞きながら、マリアステラは頭を抱えた。
「でもアンジェリカは……あぁ、もう。あっくんなら何とかしてくれるのにー」
「えぇ、……あっくんならどうするでしょうね?」
マリアステラとルーチェは顔を見合わせる。
長い沈黙。
その沈黙を破ったのは、ぐりりんへの指示に集中していたりんちゃんだった。
彼女の新たな指示に従って、グリュプスは勢いよく回頭する。
ぐんぐんと高度を落とす馬車の中、りんちゃんは先ほどのエドアルドの様に馬車のドアへ向かった。
「あっくんはね、ぜったいにみんなをたすけてくれるの!」
ばーん! と勢いよくドアを開き、教会の上空からりんちゃんが躊躇なく空中へ飛び出す。
止める間もないその背中へ伸ばしたマリアステラの手を霞めて、りんちゃんは勢いよくアリたちの群れの中へと落ちて行った。
「りんちゃん!!!」
「プリヒール! グローイングハート!」
叫ぶ3人の見ている前で、りんちゃんの落ちて行った辺りに虹色の光が輝く。広がる星の形の瞬きに、周囲のアリたちは目がくらんだようによろめいた。
「きらめく瞳は乙女のあかし!! ヒール・ブレイズ!!」
可愛らしいりんちゃんの声が響き、それに合わせたように、十匹単位でアリが宙を舞った。
蹴り、殴り、触角を掴んで放り投げ、りんちゃんは教会への道を切り開く。
りんちゃんが無事だったことにほっと一息ついたマリアステラは、気を取り直して馬車のドアへと向かった。
「マリア! どうする気ですか?!」
「りんちゃんだけ行かせる訳にはいかないよー。りんちゃんは私がサポートする。こっちはおねがいね、ルーチェ、ルカ」
「だってマリアは戦闘向きのチートじゃないって、いつも言ってるじゃないですか!」
「あはは、私だって伊達に『女神』なんてチート持ってるわけじゃないよー。奥の手があるんだ。まかせて!」
止めようとするルーチェとルカに、マリアステラはにっこりと笑って胸をどんとたたいた。
それでも心配げに彼女を見つめる2人を抱きしめ、頬に軽く口づけをすると、マリアステラもドアから足を踏み出し、宙を舞う。
空中で青く輝くメニューに指を走らせ、彼女は『封』と書かれたボタンに指をかけた。
「私の新しい家族がピンチなの……。みんな……悪いけど力を貸して!」
祈るように、囁くように、千年以上の歳月を生きた女神マリアステラの指が新たなメニューを開く。
そこには両手の指では足りないほどのチートアイテムの名前が、ずらりと並んでいた。
「……シルヴァーナ! あなたの槍を借りるわ!」
逡巡の後、いくつもの名前の中からマリアステラが選んだのは『幻竜の槍』。
それは千年以上も昔、姉妹の様に仲良く暮らした友の、形見の槍の名前だった。
本を読むのが好きだったシルヴァーナ。いつも「読書の邪魔になるから」と前髪をものすごく短く切っていたシルヴァーナ。空中庭園の名前を付けてくれた物知りのシルヴァーナ。
友の思い出に涙があふれる。唇を震わせ、それでも小さく微笑んだマリアステラは、その真っ白な馬上槍を両手でしっかりと抱えた。
「飛びなさい! 幻竜の槍!」
マリアステラの握る馬上槍の両サイド、少し離れた空中に、純白のドラゴンの翼がバンッと風を受けて広がる。
その翼は空気を掴み、マリアステラの体を数回錐もみさせつつ、美しい弧を描いて空を駆けた。
マリアステラと幻竜の槍の進む先に居た不運な巨大アリは、爆ぜる様に飛び散り、魔宝珠へと姿を変える。
どんっ! どんっ! どんっ!
空中で爆発音を鳴り響かせ、何度か加速したマリアステラは、既に教会の中へと侵入しているりんちゃんの後を追った。
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