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第四章:新しい街での暮らしが始まる
第40話「朴念仁とようじょ」
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ただ『教会』と呼ばれる、この世界の宗教『イモルターレ』の2大宗派、東方正派も西方公派も、それに含まれない雑多な宗派までも全て合祀した巨大な建物に入ると、そこは大聖堂と言う名に相応しい、畏敬の念さえ抱かせる巨大な空間だった。
入り口で待ち構えていたジョゼフに案内され、奥の部屋から地下へ入る。
永続魔光の魔法がかけられたランタンを手にしたジョゼフが、何の迷いも無く複雑な通路を進むのを追いかけて、僕らがその部屋にたどり着くまでに10分以上かかった。
途中までは、自分の居る場所が街のどのあたりの地下にあたるのかを考えながら歩いていたけど、右へ左へ上へ下へとぐるぐる回っているうちに、それも分からなくなっていた。
「アンジェリカ様。アマミオ殿とマリアステラ様をお連れしました」
「お入りなさいですわ」
緊張感の感じられるアンジェリカの返事を待って、ジョゼフが扉を開ける。
僕はと言えば、確かに「アマミオ殿と呼びます」と約束をしたものの、アンジェリカとマリアステラが『様』なのに僕だけが『殿』であることに、ちょっとした不満を感じていた。
ジョゼフの顔を見たけど、いつものあの憎たらしい笑顔は見えない。
たぶん悪意なく言っているんだろうと納得し、僕らはその部屋に入った。
今までの狭い通路とは違って、天井の高い広い部屋はいくつもの永続魔光の魔法で明るく照らされている。
複雑な模様の刻まれた2m四方くらいの大きな箱が規則正しく並び、その中には魔宝珠がぎっしりと詰まっていて、黒い輝きを放っていた。
それぞれの魔宝珠の中心に、虹色の脈動が見える。
そこには時々画質の荒い映像が走り、僕はその映像によく知っている『トラック』の姿を見て息をのんだ。
「呼び立ててしまってすまないですわ。……ジョゼフは下がりなさいですわ」
いつも通りの舌ったらずな、それでいて魅力的な声で、変なしゃべり方のアンジェリカが僕らを振り返る。
その顔はいつも通り美しかったが、表情の端に隠し切れない疲労が見て取れた。
「……僕は転移者の兆候とか言われても分からないけど……でも確かに、これは転移者の兆候だろうね」
「うん、トラックだもん。しかもシロクマトマトの宅配便のマーク付きで習志野ナンバー。これはもう日本からの転移者に間違いないね~」
ジョゼフが部屋を出て、足音が遠のいたのを確認してから、僕らは少し興奮して口を開く。
僕とマリアステラの言葉を聞いて、アンジェリカは安堵の表情を見せた。
「元転移トラック神の2人がそう言ってくれるのなら安心ですわ」
そう言ったアンジェリカの体がふらりと揺れる。
床に崩れそうになった彼女の軽い体を、僕は間一髪のところで抱きかかえることが出来た。
「っと……大丈夫?」
「……大丈夫ですわ。ちょっと昨日から寝てないだけで、どこも悪くは無いのですわ」
「寝てないって……だめじゃない。少し横になりなよ。ここは僕らが見てるから」
「あたくしは1日や2日寝なくても平気なのですわ。イベントの前は毎回徹夜で――」
「いいから」
マリアステラがメニューに指先を滑らせて出現させたローソファに、無理にアンジェリカを横にさせる。
少し抵抗する素振りを見せた彼女だったが、ふわふわのソファに頭をつけると、ほどなく規則正しい寝息を立てて眠りに落ちた。
「……疲れてたのね」
「うん、アンジェはいつも無理をしてるんだと思うよ」
「そうね。この歳で街の長だもんね。私なら無理だよ~」
この歳で、と言われれば僕は微妙な表情をする他ない。
見た目は10歳くらいの可憐な美少女であるアンジェリカだけど、転移する前の中身は40過ぎのおっさんだ。
アンジェリカのチートが外見を美少女にする能力なのか、肉体を少女にする能力なのかは分からないけど、体力まで10歳の少女になっているのだとしたら、確かに大変な重労働だろうと僕は思った。
マリアステラは眠っているアンジェリカの横にしゃがみ込むと、指先を伸ばしてアンジェリカの頬にかかっている髪の毛を直してあげている。
その表情にアンジェリカを見つめるジョゼフたちと同じ熱を感じ、僕はちょっと心配になった。
難しい顔で見つめる僕の視線に気づいたマリアステラが、ぺろっと舌を出して立ち上がる。
「あはは、ほんっと可愛い。みんなが夢中になっちゃうのも分かるよ~」
「やめてよ、話をややこしくするのは」
「あはは、そうね、あっくんの親戚の子だったよね。大丈夫、いたずらはしないよ~。私、百合属性もロリ属性もないから……たぶん」
「たぶんじゃなくてさ、頼むよ」
「う~ん、彼氏でも出来ればこんな気持ちにもならないと思うんだけどね~。ね、あっくん」
「……彼氏欲しいの?」
「欲しいわよ~。ずっと一人だったんだもん。条件は私より先に死んじゃわない人~」
それは無理だ。マリアステラの能力は『女神』。その内訳には『不老不死』も含まれている。
同じ『神』のチートでも持っていない限り、彼女より長生きできる人など、僕には思いつかなかった。
「難しい条件だね。あ、クリスティアーノならチートで何とかするかもよ」
「クリスティアーノじゃなくてさ~、私と同じチートの神が居るじゃないのよ~……あぁ、もういい。見張りしよ」
マリアステラは大きくため息をついて魔宝珠の前まで進み、そこに時々映る映像を興味なさげに眺め始めた。
どうしてマリアステラはそんなにクリスティアーノのことを嫌うんだろう?
この世界に居る転移者の気持ちが分かる人の中で、一番神様に近い力を持っていると思うんだけど。
僕の頭の中の疑問にマリアステラが答えてくれるわけもなく、僕も手持無沙汰に魔宝珠の前に屈みこみ、それからは交代でそれを監視することになった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……アクナレート、マリアステラ、起きるのですわ」
何度目かの休憩の間に、僕は眠りこけていたようだった。
アンジェリカのために出してもらったローソファーにふんぞり返るように眠っていた僕のお腹の上、覆いかぶさるようにして眠っているマリアステラを揺り起こして、僕は立ち上がる。
マリアステラは上半身だけ起こし、しかし頭の中はまだ眠っている様子でふわふわしていた。
「ごめん、寝ちゃってた」
「いいのですわ。あたくしもずいぶん休めましたし……それよりも、これ、ご覧あそばせ」
アンジェリカに促されて、僕は魔宝珠を覗きこむ。
それは僕が最後に見た時とは違い、全体が虹色の光を放ち、その表面にはノイズにまみれた青白い神殿のようなものが映っていた。
「なんだろうこれ? 僕は見たことないな」
「……それってさぁ、転移トラック神の部屋じゃない?」
小豆色のジャージを着て、寝癖だらけの髪でボーっとしていたマリアステラが、やっと意識を取り戻したかのように、フレームの大きな黒縁メガネをつけて会話に参加する。
アンジェリカがこくんと頷き、2人は納得したように魔宝珠の表面に見入った。
……僕の知ってる『転移トラック神の部屋』とはだいぶ違う。
ただ、以前マリアステラと話をした時に気づいたんだけど、あの『真っ暗で水晶球だけが輝く地獄のような部屋』は僕がデザインしたもののようだ。
僕の姿が死神そのものだったことも、死神の鎌を持っていたことも、たぶん僕が転移トラック神になる時に自分のイメージで決めたものだ。
つまり、今の転移トラック神は、この青白い神殿のような部屋で、信託を授ける神の様にして、人々を転移させるイメージを持っているのだろう。
マリアステラが花と大理石で飾られた世界で美しい女神として転移を行っていたのに近い。
今の転移トラック神は女性なのかもしれないななどと、僕は取り留めのないことを考えていた。
「きっともう転移も近いですわ」
「そうね。後は能力と転移世界を決めるだけだもんね」
「……この世界に決まってるから、こうしてここに映ってるんじゃないの……?」
「そうですわね。たぶんこれは、今までの情報が順次転移されているのが、表面に投影されているだけだと思うのですわ」
アンジェリカの説明によると、人間一人の情報を転移すると言うのは、僕らが居た時代の日本の技術力では膨大な時間がかかり、とても全てを転送することは出来ない。
それどころか人間一人の情報をデータ化する事すら出来ないだろうと言うことだ。
つまり、それ以上のテクノロジー――もしくは神の力――による転移に、1日2日かかっても何も不思議ではない。
魔宝珠が光り始めた時点で全ては決まっていて、そこから遡ってそれまでの全ての情報を転移させる作業が、今まさに終わろうとしているのだろうと、彼女は語った。
「あはは、アンジェリカすごいね。元転移トラック神より転移を理解してるみたい」
「まぁエン……んっうん。え~と、研究のたまものですわ」
それは、20年近くエンジニアをしていたおっさんならではの結論だったのだろう。
言いかけたアンジェリカが言葉を濁すのをマリアステラは不思議そうに眺めていた。
「……ところでマリア、転移者との初コンタクトにこんな恰好で良いの?」
話を変えるために、僕は彼女のジャージの裾を掴んでつんつんと引っ張る。
驚いたように僕から飛びのいたマリアステラは、右手の人差し指の第二関節でくいっとメガネの位置を直し、頬を少し赤くしてメニューを開いた。
とんとんと指先を動かすと、そこに現れたのはマリアステラ(女神Ver.)。
気合の入ったその美しいドレスの裾をチェックして、彼女は「これでどう?」と僕に胸を張っておどけて見せた。
「うん、綺麗だよ」
「………………あっはは、でしょ~? もうやだ~あっくんってば、本当の事ばっかり~」
ちょっとした間があって、マリアステラはいつものように笑う。
それを見たアンジェリカは「本物の朴念仁主人公属性ですわ……」とつぶやいていた。
そんなことをしている間にも、魔宝珠の表面の映像はクライマックスを迎え、黄金色の魔方陣が周囲を覆い、輝きを増してゆく。
その輝きに同期するように、魔宝珠そのものの輝きも溢れ出し、部屋を光で満たした。
「マリア! アンジェ! 離れて!」
2人を背中にかばい、僕は真っ黒なローブをはためかせてデスサイズを両手で構える。
『転移者、エドアルド。転移世界、ジオニア・カルミナーティ。災厄の魔王より、世界を救いなさい』
まばゆい光の中、落ち着いた女性の声がそう告げる。
一瞬、天使の翼のイメージが僕の頭の中に広がり、ハレーションを起こしたように消え去ると、部屋の中の光も魔宝珠も、全てが消えていた。
ただ一つ、今までそこに存在しなかった、人間の姿を残して。
入り口で待ち構えていたジョゼフに案内され、奥の部屋から地下へ入る。
永続魔光の魔法がかけられたランタンを手にしたジョゼフが、何の迷いも無く複雑な通路を進むのを追いかけて、僕らがその部屋にたどり着くまでに10分以上かかった。
途中までは、自分の居る場所が街のどのあたりの地下にあたるのかを考えながら歩いていたけど、右へ左へ上へ下へとぐるぐる回っているうちに、それも分からなくなっていた。
「アンジェリカ様。アマミオ殿とマリアステラ様をお連れしました」
「お入りなさいですわ」
緊張感の感じられるアンジェリカの返事を待って、ジョゼフが扉を開ける。
僕はと言えば、確かに「アマミオ殿と呼びます」と約束をしたものの、アンジェリカとマリアステラが『様』なのに僕だけが『殿』であることに、ちょっとした不満を感じていた。
ジョゼフの顔を見たけど、いつものあの憎たらしい笑顔は見えない。
たぶん悪意なく言っているんだろうと納得し、僕らはその部屋に入った。
今までの狭い通路とは違って、天井の高い広い部屋はいくつもの永続魔光の魔法で明るく照らされている。
複雑な模様の刻まれた2m四方くらいの大きな箱が規則正しく並び、その中には魔宝珠がぎっしりと詰まっていて、黒い輝きを放っていた。
それぞれの魔宝珠の中心に、虹色の脈動が見える。
そこには時々画質の荒い映像が走り、僕はその映像によく知っている『トラック』の姿を見て息をのんだ。
「呼び立ててしまってすまないですわ。……ジョゼフは下がりなさいですわ」
いつも通りの舌ったらずな、それでいて魅力的な声で、変なしゃべり方のアンジェリカが僕らを振り返る。
その顔はいつも通り美しかったが、表情の端に隠し切れない疲労が見て取れた。
「……僕は転移者の兆候とか言われても分からないけど……でも確かに、これは転移者の兆候だろうね」
「うん、トラックだもん。しかもシロクマトマトの宅配便のマーク付きで習志野ナンバー。これはもう日本からの転移者に間違いないね~」
ジョゼフが部屋を出て、足音が遠のいたのを確認してから、僕らは少し興奮して口を開く。
僕とマリアステラの言葉を聞いて、アンジェリカは安堵の表情を見せた。
「元転移トラック神の2人がそう言ってくれるのなら安心ですわ」
そう言ったアンジェリカの体がふらりと揺れる。
床に崩れそうになった彼女の軽い体を、僕は間一髪のところで抱きかかえることが出来た。
「っと……大丈夫?」
「……大丈夫ですわ。ちょっと昨日から寝てないだけで、どこも悪くは無いのですわ」
「寝てないって……だめじゃない。少し横になりなよ。ここは僕らが見てるから」
「あたくしは1日や2日寝なくても平気なのですわ。イベントの前は毎回徹夜で――」
「いいから」
マリアステラがメニューに指先を滑らせて出現させたローソファに、無理にアンジェリカを横にさせる。
少し抵抗する素振りを見せた彼女だったが、ふわふわのソファに頭をつけると、ほどなく規則正しい寝息を立てて眠りに落ちた。
「……疲れてたのね」
「うん、アンジェはいつも無理をしてるんだと思うよ」
「そうね。この歳で街の長だもんね。私なら無理だよ~」
この歳で、と言われれば僕は微妙な表情をする他ない。
見た目は10歳くらいの可憐な美少女であるアンジェリカだけど、転移する前の中身は40過ぎのおっさんだ。
アンジェリカのチートが外見を美少女にする能力なのか、肉体を少女にする能力なのかは分からないけど、体力まで10歳の少女になっているのだとしたら、確かに大変な重労働だろうと僕は思った。
マリアステラは眠っているアンジェリカの横にしゃがみ込むと、指先を伸ばしてアンジェリカの頬にかかっている髪の毛を直してあげている。
その表情にアンジェリカを見つめるジョゼフたちと同じ熱を感じ、僕はちょっと心配になった。
難しい顔で見つめる僕の視線に気づいたマリアステラが、ぺろっと舌を出して立ち上がる。
「あはは、ほんっと可愛い。みんなが夢中になっちゃうのも分かるよ~」
「やめてよ、話をややこしくするのは」
「あはは、そうね、あっくんの親戚の子だったよね。大丈夫、いたずらはしないよ~。私、百合属性もロリ属性もないから……たぶん」
「たぶんじゃなくてさ、頼むよ」
「う~ん、彼氏でも出来ればこんな気持ちにもならないと思うんだけどね~。ね、あっくん」
「……彼氏欲しいの?」
「欲しいわよ~。ずっと一人だったんだもん。条件は私より先に死んじゃわない人~」
それは無理だ。マリアステラの能力は『女神』。その内訳には『不老不死』も含まれている。
同じ『神』のチートでも持っていない限り、彼女より長生きできる人など、僕には思いつかなかった。
「難しい条件だね。あ、クリスティアーノならチートで何とかするかもよ」
「クリスティアーノじゃなくてさ~、私と同じチートの神が居るじゃないのよ~……あぁ、もういい。見張りしよ」
マリアステラは大きくため息をついて魔宝珠の前まで進み、そこに時々映る映像を興味なさげに眺め始めた。
どうしてマリアステラはそんなにクリスティアーノのことを嫌うんだろう?
この世界に居る転移者の気持ちが分かる人の中で、一番神様に近い力を持っていると思うんだけど。
僕の頭の中の疑問にマリアステラが答えてくれるわけもなく、僕も手持無沙汰に魔宝珠の前に屈みこみ、それからは交代でそれを監視することになった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……アクナレート、マリアステラ、起きるのですわ」
何度目かの休憩の間に、僕は眠りこけていたようだった。
アンジェリカのために出してもらったローソファーにふんぞり返るように眠っていた僕のお腹の上、覆いかぶさるようにして眠っているマリアステラを揺り起こして、僕は立ち上がる。
マリアステラは上半身だけ起こし、しかし頭の中はまだ眠っている様子でふわふわしていた。
「ごめん、寝ちゃってた」
「いいのですわ。あたくしもずいぶん休めましたし……それよりも、これ、ご覧あそばせ」
アンジェリカに促されて、僕は魔宝珠を覗きこむ。
それは僕が最後に見た時とは違い、全体が虹色の光を放ち、その表面にはノイズにまみれた青白い神殿のようなものが映っていた。
「なんだろうこれ? 僕は見たことないな」
「……それってさぁ、転移トラック神の部屋じゃない?」
小豆色のジャージを着て、寝癖だらけの髪でボーっとしていたマリアステラが、やっと意識を取り戻したかのように、フレームの大きな黒縁メガネをつけて会話に参加する。
アンジェリカがこくんと頷き、2人は納得したように魔宝珠の表面に見入った。
……僕の知ってる『転移トラック神の部屋』とはだいぶ違う。
ただ、以前マリアステラと話をした時に気づいたんだけど、あの『真っ暗で水晶球だけが輝く地獄のような部屋』は僕がデザインしたもののようだ。
僕の姿が死神そのものだったことも、死神の鎌を持っていたことも、たぶん僕が転移トラック神になる時に自分のイメージで決めたものだ。
つまり、今の転移トラック神は、この青白い神殿のような部屋で、信託を授ける神の様にして、人々を転移させるイメージを持っているのだろう。
マリアステラが花と大理石で飾られた世界で美しい女神として転移を行っていたのに近い。
今の転移トラック神は女性なのかもしれないななどと、僕は取り留めのないことを考えていた。
「きっともう転移も近いですわ」
「そうね。後は能力と転移世界を決めるだけだもんね」
「……この世界に決まってるから、こうしてここに映ってるんじゃないの……?」
「そうですわね。たぶんこれは、今までの情報が順次転移されているのが、表面に投影されているだけだと思うのですわ」
アンジェリカの説明によると、人間一人の情報を転移すると言うのは、僕らが居た時代の日本の技術力では膨大な時間がかかり、とても全てを転送することは出来ない。
それどころか人間一人の情報をデータ化する事すら出来ないだろうと言うことだ。
つまり、それ以上のテクノロジー――もしくは神の力――による転移に、1日2日かかっても何も不思議ではない。
魔宝珠が光り始めた時点で全ては決まっていて、そこから遡ってそれまでの全ての情報を転移させる作業が、今まさに終わろうとしているのだろうと、彼女は語った。
「あはは、アンジェリカすごいね。元転移トラック神より転移を理解してるみたい」
「まぁエン……んっうん。え~と、研究のたまものですわ」
それは、20年近くエンジニアをしていたおっさんならではの結論だったのだろう。
言いかけたアンジェリカが言葉を濁すのをマリアステラは不思議そうに眺めていた。
「……ところでマリア、転移者との初コンタクトにこんな恰好で良いの?」
話を変えるために、僕は彼女のジャージの裾を掴んでつんつんと引っ張る。
驚いたように僕から飛びのいたマリアステラは、右手の人差し指の第二関節でくいっとメガネの位置を直し、頬を少し赤くしてメニューを開いた。
とんとんと指先を動かすと、そこに現れたのはマリアステラ(女神Ver.)。
気合の入ったその美しいドレスの裾をチェックして、彼女は「これでどう?」と僕に胸を張っておどけて見せた。
「うん、綺麗だよ」
「………………あっはは、でしょ~? もうやだ~あっくんってば、本当の事ばっかり~」
ちょっとした間があって、マリアステラはいつものように笑う。
それを見たアンジェリカは「本物の朴念仁主人公属性ですわ……」とつぶやいていた。
そんなことをしている間にも、魔宝珠の表面の映像はクライマックスを迎え、黄金色の魔方陣が周囲を覆い、輝きを増してゆく。
その輝きに同期するように、魔宝珠そのものの輝きも溢れ出し、部屋を光で満たした。
「マリア! アンジェ! 離れて!」
2人を背中にかばい、僕は真っ黒なローブをはためかせてデスサイズを両手で構える。
『転移者、エドアルド。転移世界、ジオニア・カルミナーティ。災厄の魔王より、世界を救いなさい』
まばゆい光の中、落ち着いた女性の声がそう告げる。
一瞬、天使の翼のイメージが僕の頭の中に広がり、ハレーションを起こしたように消え去ると、部屋の中の光も魔宝珠も、全てが消えていた。
ただ一つ、今までそこに存在しなかった、人間の姿を残して。
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