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第三章:神に恩を売るための冒険をしてみる
第30話「両親とようじょ」
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「よく来てくれた、アクナレート、りんちゃん。会えてうれしいよ」
クリスティアーノの『和モダン』と言った雰囲気の寝室に通された僕に、ベッドに上半身を起こしたクリスティアーノが笑顔を向けた。
執事のファンテ――もちろん、僕の家に居る小姓・聖杯ではなく、若い女性コンシェルジュのような姿の小姓・護符――に軽食と飲み物を持ってくるように指示したクリスティアーノに僕はあわてて駆け寄る。
彼の血色のよかった頬はこけて、目の下にはクマが出来ている様子だった。
「クリスティアーノ……ごめん、ここ数日僕も寝込んでたんだ。意識があれば絶対すぐにお見舞いに来たのに」
「いや、気にしないでくれ。これは病気でも怪我でもないのだ。能力を……今回は大アルカナの将軍を同時に3枚も使ってしまったのでね。それでもまぁあと数日も安静にしていれば普段の生活に戻れるさ」
「チートの反動ってそんなにすごいの?」
「私には肉体系チートが無いからね。それなのに強力なチートを3人分同時にも使ったんだ、死にかけるくらいするさ。それより君も死にかけたんだって? 興味深い、詳しく聞きたいな」
以前の行軍の時、クリスティアーノがチートを使いたがらなかった理由が分かった。
僕のチートがアイテムチートで本当に良かったと思う。アイテムチートは盗まれるとかそう言う別の心配はあるけど、使いすぎで死にかけるなんてことは無いから。
それと同時に、僕はやっぱりりんちゃんにチートを使わせるのは控えようと思った。もちろんチコラにも無理をさせないように気を付けよう。
「……あ、僕の死にかけた話の前に紹介するよ。彼女は転移者のマリアステラ。今度僕らの家に一緒に住むことになったんだ」
クリスティアーノも彼女の存在には気づいていたようだけど、ルーチェの後ろに居たので顔は良く見えていなかったのだろう。
僕の紹介に「よろしくね~」と顔を出したマリアの顔を見て、クリスティアーノの笑顔は見る見るうちに凍りついた。
震える手で布団を跳ね飛ばし、僕を押しのけてマリアの元へ駆け寄ろうとする。
しかし、チートによって消耗した彼の足はもつれ、大きな音を立てて床に崩れた。
「クリスくんだいじょぶ?!」
りんちゃんが屈みこんでクリスティアーノの頭をなでる。
普段ならそこそこでれっとした表情を見せるクリスティアーノだったが、その視線は真っ直ぐマリアへ向けられ、他のものは見えてい無いようだった。
ドアの向こうからさっと現れたファンテが、「失礼いたします」とクリスティアーノの肩を支えて起き上がらせる。
立ち上がった彼は、ソファーに体を沈めると、炭酸水でのどを湿らせた。
「あ……貴女は……転移の女神……。いや、転移者だと……? ここ数百年の文献は調べた……先の魔王降臨以来、転移者は数えるほどしか現れなかったはずだ……。アクナレート、彼女はどこに……? いや、マリアステラ……貴女は……私を覚えていないのか……?」
混乱している様子のクリスティアーノと、突然の展開に驚いているマリアを見比べて、僕は途方に暮れた。
とりあえず僕に対する彼の質問に答えることはできるけど、事はマリアのプライベートな部分に関わるだろうし、結局のところ空中庭園で会った事くらいしか言えない。
それならば、マリアに自分で説明してもらうのが一番いいと思ったのだ。
「マリア……いい?」
「あ、うん」
僕が名前を呼ぶと、マリアは気を取り直してクリスティアーノの前へ歩を進める。
膝を屈めて視線の高さをクリスティアーノに合わせた彼女は、頬に向かって伸ばされたクリスティアーノの手にそっと自分の手を重ねて、しばらくの間見つめあっていた。
「……確かに私は転移の女神もやってたけど……ごめん、やっぱ覚えがないな~」
「……そうか。いや、そう言うものかもしれないな。なにしろもう20年も昔の話だ。私もあのころの少年ではないし、貴女は毎日転移者を送っていると言っていたからな」
「あのね、私が転移の女神やってたのって、もう千五百年以上昔なのよ。転移先の時代はそれぞれ自由だから、クリスティアーノくんには20年やそこいらの話かもしれないけど、千五百年も経つと結構忘れちゃうんだよ~」
「千……それは……想像もつかないな。だが、私はハッキリ覚えている。子犬をかばってトラックに轢かれて死んだ中学生の私に、最強のチートと新たな命を与えてくれた、美しい女神のことをね」
「美しい女神? あはは! じゃあ私に間違いないね!」
「ああ、もちろんだ。私が2度の人生の中で最も美しいと思った女神の姿だ。見間違えたりするものか」
「あっはは、あっくんもクリスティアーノくんも、最近の転移者はみんな女の子の口説き方が上手だね~」
「しかし……貴女は変わらないな。姿も言葉づかいも……全てあの時の記憶のままだ。私自身まで少年のころに戻ったような錯覚まで覚えるよ」
「あ~、う~ん。まぁ不老不死だからね~」
美しい女神かぁ。
僕は改めてまじまじとマリアを眺めた。
身長はそんなに高くない。と言うか低い。
たぶん150センチあるかないかと言った所だろう。
髪の毛は日本人らしい黒髪で結構ボリュームがある。普段は編みこみしてあるから気にならないけど、あの寝癖を見た限り、ちょっとウェーブがかかっているっぽい。
くるくると猫の目のように表情を変える濃い紫色の瞳は大きく、少しつり気味なのに、キツイ印象は受けない。
顔も小さく、肩幅も狭く、胸も……うん。まぁ……うん。
全体的に今にも折れてしまいそうなほど細身で、いつも露わにしている足は、その印象を決定付けるようにスラッとしていて美しい。
確かに、ちょっと幼くは見えるけど、美しい女神と言われればそう見えなくもないかなと、僕は思った。
「……オホン。あっくん?」
じろじろとマリアを無遠慮に眺めていた僕の視線を遮るように、ルーチェが目の前に立ちはだかった。
自分の考えの中に没頭していた僕は、彼女が視線を遮った意味を考えることも無く、そのままルーチェを上から下まで眺める。
ルーチェも、美人さんなんだよなぁ。
以前水晶球でチェックした時に、種族が『1/32エルフ』となっていたのを思い出した。
この世界のエルフ族に会ったことは無いけど、ゴブリンやグリフォンの姿が予想通りだったことを考えると、やっぱりあのすらりとした、耳の長いエルフなのだろう。
ルーチェの耳は普通で長くは無いけど、編みこんである栗色の髪はつやつやとしてきれいだし、身長も170センチにちょっと足りないくらいある。
胸も標準以上に大きいし、ウェストも女の子っぽいと言うよりは筋肉質なせいであるものの、きゅっと締まっている。お尻も小さくて、足もスラッと長い。モデルさん的な綺麗さと言うのだろうか、たぶん女神と言うイメージなら、マリアよりルーチェの方が近いような気がした。
そういえばこの世界の大人の女性は、凝っているかどうかは別として、みんな髪を編み上げている。
そういう常識なのかなぁ。
「あ、あっくん? オホンオホン! あの……ここではちょっと……」
「あぁ、ごめん。つい」
無意識にルーチェの髪に手をやって撫でてしまっていた。
手を下ろしてクリスティアーノのの方を見ると、彼は根掘り葉掘り僕との関係をマリアに問いただしているようだった。
「……だから、アクナレートの家ではなく、私の家に住めばいい。部屋も上等だし、不自由はさせない」
「え~、やだよ~。だってクリスティアーノくんだと貞操の危機感じちゃうもん」
「私は女神を穢すようなことはしない! それにアクナレートの方が私より若い男だぞ」
「あっははは! あっくんが私に何かするって? ぷーくすくすー! ないない」
「ちょっと、確かに僕はマリアに何かするつもりは無いけど、その言われ方はちょっと傷つくよ! あと、りんちゃんが居ることを忘れないで会話してよね」
なぜか硬直しているルーチェの横を通って僕も会話に参加する。
りんちゃんはいつの間にか僕の袖口から取り出した水晶球に「ていそうのきき」と話しかけ、その説明を読もうとしてた。
「ああっ! りんちゃんダメ!」
「アホあっくん! りんちゃんに変なもん見せんときや!」
間一髪、水晶球を取り上げたチコラが、僕の方にそれを放る。
袖口に水晶球を仕舞い込み、僕はなんかチャイルドロックのようなものをかけて置かないといけないなと思った。
「あっくん! まるいの! 貸して!」
「だーめ! これは僕の大事なものだから、使うときは僕と一緒にね」
「あ、あの! マリアさんには――」
僕たちがりんちゃんとじゃれているのを遮るように、ルーチェが声を上げた。
りんちゃんを除く全員の視線がルーチェに集中する。
ちょっとだけ怯んだ様子を見せたルーチェは、それでも意を決したように言葉をつづけた。
「――マリアさんには何もするつもりは無いって、あっくんは言いましたけど、私には……あの……私はあっくんの何なんですか?」
「あー、ルーチェ。今はりんちゃんもおるんや、そういう話はまた後で……な」
「嫌です」
ルーチェの顔は真っ赤だ。
何なんですかって聞かれても……。僕は何か彼女を怒らせるようなことをしただろうか?
さっきまでは結構和気あいあいとやれてたような気がしたんだけど……。
「何って、決まってるじゃない」
そう、決まってる。ルーチェはこの世界で初めてできた3人の友達の一人で、りんちゃんとルカに常識の部分の教育をしてくれる先生で……。
「ルーチェちゃんは、かぞくでしょ!」
「そうだよ、家族だよ」
一緒に暮らす家族。決まってるじゃないか。
「……どういう家族ですか?」
「どう言う?」
「妹ですか? ただの親戚ですか? それとも……」
彼女は口ごもる。クリスティアーノとマリア、そしてさっきまでルーチェを制していたチコラまで、今では面白そうに僕らを見ていた。
歳を考えれば、妹かな?
でもそうすると、りんちゃんとルカから見たら「おばさん」って事になるし、それは嫌がるかも知れないなぁ。
そうなると、りんちゃんたちのお姉さんって事にした方が良いかもしれない。
僕から見たら娘って事になっちゃうけど、まぁその方が女の子にとっては良いかな。
「ルーチェは、僕の……」
「ルーチェちゃんは、りんちゃんのママ!」
りんちゃんの爆弾発言に、今度はルーチェだけでなく僕もクリスティアーノたちも皆一様に硬直した。
僕はりんちゃんのパパだ。ルーチェがりんちゃんのママだと言う事は、つまり、僕らは……。
しばらくの間、りんちゃん以外に動くものは無かった。
一番最初に体の自由を取り戻したのはルーチェ。
その双眸からはらはらと大粒の涙を流し、彼女は震える手で僕とりんちゃんを見た。
「りんちゃん!」
感極まったようにルーチェはりんちゃんを抱きしめる。
それを見ていたマリアは「え~、なんかずる~い」と不満を漏らしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あの、お騒がせしました。お大事に」
「いや、なに。アクナレート、君も大変だな。マリアステラの事はいつでも相談してくれ。部屋は準備しておく」
「ぜ~ったい行かないよ~」
マリアに素気無く断られたクリスティアーノは、くじけることなく笑顔を返して手を振る。
僕らも手を振って、クリスティアーノの屋敷を後にした。
一度教会へ寄ってルカの回復のためのアイテムを揃えて来ると言うルーチェを途中で下して、僕らは帰りの馬車に乗っている。
りんちゃんは窓から外を覗いて「可愛いお馬さんの歌(第二楽章)」を歌っていた。
「なぁりんちゃん?」
「なぁにチコラちゃん」
我慢できなくなったように、チコラが口を開く。
「ルーチェがりんちゃんのママなんやろ?」
「うん!」
「あっくんはパパやろ?」
「うん!」
「じゃあルーチェはあっくんのお嫁さんか?」
「ちがうよ! ルーチェちゃんはあっくんのお姉ちゃん!」
なんとなく予想はしていた。
りんちゃんの家族観に理路整然とした相対関係など無いのだ。云わば特殊相対性理論。
一般的な解である「ルーチェ=りんちゃんのママ、あっくん=りんちゃんのパパ、∴ルーチェ=あっくんのお嫁さん」などと言う証明式は成り立たないのだ。
「ルーチェちゃんも苦労するわね~」
「せやな」
2人はさも面白そうに笑う。
僕は、ルーチェよりも誰よりも、僕の方が苦労するに決まってると思いながらも、それをここで言ったら2人の良い話のネタにされるだけだと分かっていたので、家に着くまで沈黙を貫いた。
クリスティアーノの『和モダン』と言った雰囲気の寝室に通された僕に、ベッドに上半身を起こしたクリスティアーノが笑顔を向けた。
執事のファンテ――もちろん、僕の家に居る小姓・聖杯ではなく、若い女性コンシェルジュのような姿の小姓・護符――に軽食と飲み物を持ってくるように指示したクリスティアーノに僕はあわてて駆け寄る。
彼の血色のよかった頬はこけて、目の下にはクマが出来ている様子だった。
「クリスティアーノ……ごめん、ここ数日僕も寝込んでたんだ。意識があれば絶対すぐにお見舞いに来たのに」
「いや、気にしないでくれ。これは病気でも怪我でもないのだ。能力を……今回は大アルカナの将軍を同時に3枚も使ってしまったのでね。それでもまぁあと数日も安静にしていれば普段の生活に戻れるさ」
「チートの反動ってそんなにすごいの?」
「私には肉体系チートが無いからね。それなのに強力なチートを3人分同時にも使ったんだ、死にかけるくらいするさ。それより君も死にかけたんだって? 興味深い、詳しく聞きたいな」
以前の行軍の時、クリスティアーノがチートを使いたがらなかった理由が分かった。
僕のチートがアイテムチートで本当に良かったと思う。アイテムチートは盗まれるとかそう言う別の心配はあるけど、使いすぎで死にかけるなんてことは無いから。
それと同時に、僕はやっぱりりんちゃんにチートを使わせるのは控えようと思った。もちろんチコラにも無理をさせないように気を付けよう。
「……あ、僕の死にかけた話の前に紹介するよ。彼女は転移者のマリアステラ。今度僕らの家に一緒に住むことになったんだ」
クリスティアーノも彼女の存在には気づいていたようだけど、ルーチェの後ろに居たので顔は良く見えていなかったのだろう。
僕の紹介に「よろしくね~」と顔を出したマリアの顔を見て、クリスティアーノの笑顔は見る見るうちに凍りついた。
震える手で布団を跳ね飛ばし、僕を押しのけてマリアの元へ駆け寄ろうとする。
しかし、チートによって消耗した彼の足はもつれ、大きな音を立てて床に崩れた。
「クリスくんだいじょぶ?!」
りんちゃんが屈みこんでクリスティアーノの頭をなでる。
普段ならそこそこでれっとした表情を見せるクリスティアーノだったが、その視線は真っ直ぐマリアへ向けられ、他のものは見えてい無いようだった。
ドアの向こうからさっと現れたファンテが、「失礼いたします」とクリスティアーノの肩を支えて起き上がらせる。
立ち上がった彼は、ソファーに体を沈めると、炭酸水でのどを湿らせた。
「あ……貴女は……転移の女神……。いや、転移者だと……? ここ数百年の文献は調べた……先の魔王降臨以来、転移者は数えるほどしか現れなかったはずだ……。アクナレート、彼女はどこに……? いや、マリアステラ……貴女は……私を覚えていないのか……?」
混乱している様子のクリスティアーノと、突然の展開に驚いているマリアを見比べて、僕は途方に暮れた。
とりあえず僕に対する彼の質問に答えることはできるけど、事はマリアのプライベートな部分に関わるだろうし、結局のところ空中庭園で会った事くらいしか言えない。
それならば、マリアに自分で説明してもらうのが一番いいと思ったのだ。
「マリア……いい?」
「あ、うん」
僕が名前を呼ぶと、マリアは気を取り直してクリスティアーノの前へ歩を進める。
膝を屈めて視線の高さをクリスティアーノに合わせた彼女は、頬に向かって伸ばされたクリスティアーノの手にそっと自分の手を重ねて、しばらくの間見つめあっていた。
「……確かに私は転移の女神もやってたけど……ごめん、やっぱ覚えがないな~」
「……そうか。いや、そう言うものかもしれないな。なにしろもう20年も昔の話だ。私もあのころの少年ではないし、貴女は毎日転移者を送っていると言っていたからな」
「あのね、私が転移の女神やってたのって、もう千五百年以上昔なのよ。転移先の時代はそれぞれ自由だから、クリスティアーノくんには20年やそこいらの話かもしれないけど、千五百年も経つと結構忘れちゃうんだよ~」
「千……それは……想像もつかないな。だが、私はハッキリ覚えている。子犬をかばってトラックに轢かれて死んだ中学生の私に、最強のチートと新たな命を与えてくれた、美しい女神のことをね」
「美しい女神? あはは! じゃあ私に間違いないね!」
「ああ、もちろんだ。私が2度の人生の中で最も美しいと思った女神の姿だ。見間違えたりするものか」
「あっはは、あっくんもクリスティアーノくんも、最近の転移者はみんな女の子の口説き方が上手だね~」
「しかし……貴女は変わらないな。姿も言葉づかいも……全てあの時の記憶のままだ。私自身まで少年のころに戻ったような錯覚まで覚えるよ」
「あ~、う~ん。まぁ不老不死だからね~」
美しい女神かぁ。
僕は改めてまじまじとマリアを眺めた。
身長はそんなに高くない。と言うか低い。
たぶん150センチあるかないかと言った所だろう。
髪の毛は日本人らしい黒髪で結構ボリュームがある。普段は編みこみしてあるから気にならないけど、あの寝癖を見た限り、ちょっとウェーブがかかっているっぽい。
くるくると猫の目のように表情を変える濃い紫色の瞳は大きく、少しつり気味なのに、キツイ印象は受けない。
顔も小さく、肩幅も狭く、胸も……うん。まぁ……うん。
全体的に今にも折れてしまいそうなほど細身で、いつも露わにしている足は、その印象を決定付けるようにスラッとしていて美しい。
確かに、ちょっと幼くは見えるけど、美しい女神と言われればそう見えなくもないかなと、僕は思った。
「……オホン。あっくん?」
じろじろとマリアを無遠慮に眺めていた僕の視線を遮るように、ルーチェが目の前に立ちはだかった。
自分の考えの中に没頭していた僕は、彼女が視線を遮った意味を考えることも無く、そのままルーチェを上から下まで眺める。
ルーチェも、美人さんなんだよなぁ。
以前水晶球でチェックした時に、種族が『1/32エルフ』となっていたのを思い出した。
この世界のエルフ族に会ったことは無いけど、ゴブリンやグリフォンの姿が予想通りだったことを考えると、やっぱりあのすらりとした、耳の長いエルフなのだろう。
ルーチェの耳は普通で長くは無いけど、編みこんである栗色の髪はつやつやとしてきれいだし、身長も170センチにちょっと足りないくらいある。
胸も標準以上に大きいし、ウェストも女の子っぽいと言うよりは筋肉質なせいであるものの、きゅっと締まっている。お尻も小さくて、足もスラッと長い。モデルさん的な綺麗さと言うのだろうか、たぶん女神と言うイメージなら、マリアよりルーチェの方が近いような気がした。
そういえばこの世界の大人の女性は、凝っているかどうかは別として、みんな髪を編み上げている。
そういう常識なのかなぁ。
「あ、あっくん? オホンオホン! あの……ここではちょっと……」
「あぁ、ごめん。つい」
無意識にルーチェの髪に手をやって撫でてしまっていた。
手を下ろしてクリスティアーノのの方を見ると、彼は根掘り葉掘り僕との関係をマリアに問いただしているようだった。
「……だから、アクナレートの家ではなく、私の家に住めばいい。部屋も上等だし、不自由はさせない」
「え~、やだよ~。だってクリスティアーノくんだと貞操の危機感じちゃうもん」
「私は女神を穢すようなことはしない! それにアクナレートの方が私より若い男だぞ」
「あっははは! あっくんが私に何かするって? ぷーくすくすー! ないない」
「ちょっと、確かに僕はマリアに何かするつもりは無いけど、その言われ方はちょっと傷つくよ! あと、りんちゃんが居ることを忘れないで会話してよね」
なぜか硬直しているルーチェの横を通って僕も会話に参加する。
りんちゃんはいつの間にか僕の袖口から取り出した水晶球に「ていそうのきき」と話しかけ、その説明を読もうとしてた。
「ああっ! りんちゃんダメ!」
「アホあっくん! りんちゃんに変なもん見せんときや!」
間一髪、水晶球を取り上げたチコラが、僕の方にそれを放る。
袖口に水晶球を仕舞い込み、僕はなんかチャイルドロックのようなものをかけて置かないといけないなと思った。
「あっくん! まるいの! 貸して!」
「だーめ! これは僕の大事なものだから、使うときは僕と一緒にね」
「あ、あの! マリアさんには――」
僕たちがりんちゃんとじゃれているのを遮るように、ルーチェが声を上げた。
りんちゃんを除く全員の視線がルーチェに集中する。
ちょっとだけ怯んだ様子を見せたルーチェは、それでも意を決したように言葉をつづけた。
「――マリアさんには何もするつもりは無いって、あっくんは言いましたけど、私には……あの……私はあっくんの何なんですか?」
「あー、ルーチェ。今はりんちゃんもおるんや、そういう話はまた後で……な」
「嫌です」
ルーチェの顔は真っ赤だ。
何なんですかって聞かれても……。僕は何か彼女を怒らせるようなことをしただろうか?
さっきまでは結構和気あいあいとやれてたような気がしたんだけど……。
「何って、決まってるじゃない」
そう、決まってる。ルーチェはこの世界で初めてできた3人の友達の一人で、りんちゃんとルカに常識の部分の教育をしてくれる先生で……。
「ルーチェちゃんは、かぞくでしょ!」
「そうだよ、家族だよ」
一緒に暮らす家族。決まってるじゃないか。
「……どういう家族ですか?」
「どう言う?」
「妹ですか? ただの親戚ですか? それとも……」
彼女は口ごもる。クリスティアーノとマリア、そしてさっきまでルーチェを制していたチコラまで、今では面白そうに僕らを見ていた。
歳を考えれば、妹かな?
でもそうすると、りんちゃんとルカから見たら「おばさん」って事になるし、それは嫌がるかも知れないなぁ。
そうなると、りんちゃんたちのお姉さんって事にした方が良いかもしれない。
僕から見たら娘って事になっちゃうけど、まぁその方が女の子にとっては良いかな。
「ルーチェは、僕の……」
「ルーチェちゃんは、りんちゃんのママ!」
りんちゃんの爆弾発言に、今度はルーチェだけでなく僕もクリスティアーノたちも皆一様に硬直した。
僕はりんちゃんのパパだ。ルーチェがりんちゃんのママだと言う事は、つまり、僕らは……。
しばらくの間、りんちゃん以外に動くものは無かった。
一番最初に体の自由を取り戻したのはルーチェ。
その双眸からはらはらと大粒の涙を流し、彼女は震える手で僕とりんちゃんを見た。
「りんちゃん!」
感極まったようにルーチェはりんちゃんを抱きしめる。
それを見ていたマリアは「え~、なんかずる~い」と不満を漏らしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「あの、お騒がせしました。お大事に」
「いや、なに。アクナレート、君も大変だな。マリアステラの事はいつでも相談してくれ。部屋は準備しておく」
「ぜ~ったい行かないよ~」
マリアに素気無く断られたクリスティアーノは、くじけることなく笑顔を返して手を振る。
僕らも手を振って、クリスティアーノの屋敷を後にした。
一度教会へ寄ってルカの回復のためのアイテムを揃えて来ると言うルーチェを途中で下して、僕らは帰りの馬車に乗っている。
りんちゃんは窓から外を覗いて「可愛いお馬さんの歌(第二楽章)」を歌っていた。
「なぁりんちゃん?」
「なぁにチコラちゃん」
我慢できなくなったように、チコラが口を開く。
「ルーチェがりんちゃんのママなんやろ?」
「うん!」
「あっくんはパパやろ?」
「うん!」
「じゃあルーチェはあっくんのお嫁さんか?」
「ちがうよ! ルーチェちゃんはあっくんのお姉ちゃん!」
なんとなく予想はしていた。
りんちゃんの家族観に理路整然とした相対関係など無いのだ。云わば特殊相対性理論。
一般的な解である「ルーチェ=りんちゃんのママ、あっくん=りんちゃんのパパ、∴ルーチェ=あっくんのお嫁さん」などと言う証明式は成り立たないのだ。
「ルーチェちゃんも苦労するわね~」
「せやな」
2人はさも面白そうに笑う。
僕は、ルーチェよりも誰よりも、僕の方が苦労するに決まってると思いながらも、それをここで言ったら2人の良い話のネタにされるだけだと分かっていたので、家に着くまで沈黙を貫いた。
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