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第三章:神に恩を売るための冒険をしてみる

第22話「魔法少女とようじょ」

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 厚く谷を覆った霧に渦巻くように穴をあけて、僕の目に見えたのは馬の顔より大きい黄金色こがねいろくちばし
 それは急にぐんっと宙を持ちあがり、次には同じ場所に禍々しい6本のかぎ爪が現れた。

 速度を落とすことなく、一本一本が500mlのペットボトルほどもあるかぎ爪が目隠しされた馬の首筋へと襲い掛かる。
 僕は馬を……ひいては僕たち全員を悲惨な運命から救うために、死神の鎌デスサイズに手をかけた。

 一歩。
 馬の方向へ踏み込む。
 僕の強い踏み込みに、チコラが支える馬車は大きくかしいだ。

 ダメだ。このまま馬車の上でグリュプスを迎撃すれば、その衝撃で馬車は落ちてしまう。
 咄嗟に空中へと身を躍らせた僕は、空中でぐるんとデスサイズを回転させ、その慣性力で自分も回転しながら、グリュプスの前足へとデスサイズをひっかけた。

 ランクSSS+++のチート武器、ゴブリンや樫の若木をバターのように切り裂く死神の鎌デスサイズが、グリュプスの鱗のような皮膚で覆われた前足に傷をつける。いつもならそのまま切り裂いてゆくはずの鎌は、しかし、表面の薄皮一枚に突き刺さっただけでその動きを止めた。

 確かに、踏込は完璧ではない。振り回した勢いだけで切りつけた斬撃だ。
 それでも、仮にもチート武器がこんなに簡単に止められるとは全く予想できなかった。

――がくん

 耳をつんざく怪鳥けちょうの怒りに満ちた咆哮と共に、僕は一気に数十メートル上空へと引き上げられる。
 振り落とされないようにデスサイズにしがみつき、その切っ先がグリュプスの前足から外されないことを僕は祈った。

「あっくーん! あっくーん!!」

 りんちゃんの悲鳴が上下左右からバラバラに聞こえる。
 濃い霧と遠心力で上下感覚はなくなっているが、どうやら僕はものすごい勢いでめちゃくちゃに振り回されているようだった。

「……チコラ! 今のうちに!」

 舌を噛みそうになって、僕はその先を続けられない。
 チコラからの返事も無かったけど、僕にはチコラが「わぁっとるわ!」と頷く姿が目に見えるようだった。

 思わず口の端に笑みが浮かぶ。
 一瞬力の抜けた僕に呼応するようにデスサイズの切っ先がグリュプスの前足から外れ、僕はふわりと宙を舞った。

 あぁ、これは……終わったかな。
 たぶん、このまま谷底まで落ちてデッドエンドだろう。

 ……僕の使い方が悪いのか、チート武器って言うのは案外そんなものなのか、このデスサイズは雑魚敵殲滅の時以外には、あまり規格外の強さチートを感じさせてくれなかったなぁ。
 もし次に誰かを異世界転移させることがあったなら、この経験を教えてあげよう。

 りんちゃんは無事に対岸へと渡れただろうか?

 馬車の移動さえ終われば、チコラの魔法でグリュプスだって追い払えるはずだ。
 チコラは僕よりよっぽど強い。
 だから僕は安心してりんちゃんを預けられるんだ。

 思えばチコラにはお世話になりっぱなしだった。
 僕が居なければクリスティアーノとの出会いは別な形になっていたかもしれないけど、それ以外で僕が役に立った記憶がない。
 それだって今となってしまえば、チコラとりんちゃんをクリスティアーノが無碍むげにすることもないはずだ。

 つまり、僕の役目はもう終わったってこと。

 あぁ、りんちゃんの七五三とか、入学式とか、いろいろ見てみたかったなぁ……。

――どかんっ

「……っんぐはぁっ」

 感傷に浸っていた僕は、突然背中を襲った衝撃に、肺の中の空気を強制的に全部吐き出させられる。
 ぐわんぐわんと揺れる頭――比喩ではなく、物理的に揺れる頭で周りを見回すと、そこは幌馬車の上だった。

「あっくん!」

 りんちゃんが僕に飛びつく。
 さらに揺れの増した馬車は大きく傾ぎ、まるで斜面を滑るように落ち始めた。

「あっ! あかん! なんでこないなタイミングで落ちてくるんや!? もうちょっと辛抱して対岸についてから……あぁ! あかぁぁぁん!」

 ジジッ……っと周囲を包んでいたピラミッド型の光が揺らめく。
 僕が叩きつけられた部分以外、馬車も馬もまだ健在だったけど、それを支えていた精霊の力は風前の灯だった。

「チコラ! ごめん!」

「話はあとや! 馬には悪いが馬車ごと捨てるで! お前らも吊り橋へはよ飛びや!」

「え? お馬さん?」

「ごめんね、お馬さんは連れていけないんだ。りんちゃんはチコラにつかまって!」

「いや!」

「でもりんちゃん……」

「いーやっ!」

 ああっ! こんな時にまた反抗期が始まってしまった。
 仕方なく僕はりんちゃんの腰のロープがちゃんとチコラにつながっているのを確認すると、自分のロープを吊り橋――今はもう結構な上空に見える――に向かって放り投げた。
 当然のようにそれは引っかかりもせずに外れて落ちてゆく。
 もう一度放り投げようとあわててロープを手繰り寄せていると、隣に立っていたりんちゃんが、何かを決心したように腕を組んだ。

「りんちゃん?」

「あっくん……今までないしょにしててごめんね。りんちゃんは……ほんとはプリヒールなのです!」

「あっくんはよ! もう持たんで!」

「りんちゃん今は……」

「……プリヒール! グローイングハート!」

 りんちゃんが僕を無視してポーズをとる。
 星のまたたきのような虹色の光が彼女を包み、光の中に少女のシルエットが浮かび上がった。
 まばゆい閃光が体を走り、ドレスの形に結実する。
 足首、手首、そして腰、胸元に大きな光がリボンの形に輝いた。

「きらめく瞳は乙女のあかし!! ヒール・ブレイズ!!」

 ぱぁぁっと星形の光が周囲に飛び散り、その中から現れたのはどう見ても10代の女の子。
 頭の上にぴょんとまとめられていた髪は、背中を通って腰の下まで伸びている。しかしその髪はりんちゃんのキャラメル色の髪だ。
 そのかわいらしい表情にはりんちゃんの面影が残り、ピンクと白を基調にしたいかにもな衣装を身にまとっている。
 以前りんちゃんが説明してくれた、魔法少女プリヒールそのものの姿だった。

「えぇ? りんちゃん?」

「りんちゃんじゃないの! プリティでヒーラーな魔法少女プリヒール! ヒール・ブレイズなのです!」

 声は結構変身前のりんちゃんそのままだ。
 呆然とする僕とチコラ、そしてオルコたちの意識を怪鳥けちょうの叫び声が現実に引き戻した。

「あっくん、チコラちゃん、みんな馬車につかまって!」

 言うが早いか、りんちゃんはチコラが張り巡らせていた精霊力ジンのピラミッドをと素手でつかむ。

「ん~~んんんっ!!! とぉぉ~~~りゃぁぁ~~~!」

 そのまま馬車の外、何もない霧の上に両足でしっかりと踏ん張り、まるで旧式一本背負いのように馬車を対岸へと投げ飛ばした。

「んなあほなぁぁぁぁ!!!」

 チコラの絶叫が宙を舞い、僕らは馬車ごと崖の上に飛んでゆく。
 ツッコミの言葉を叫びながらも、なんとか馬車のバランスを取ってくれているチコラに僕は尊敬の意さえ感じた。

「……チコラ! あそこ! 水作れる!」

「あぁ?! なんやて? 水ぅ?! ……あぁ、わぁった。しかし人使い荒すぎやんか?!」

 馬車が落ちて行くであろう場所を確認して、僕はチコラに声をかけると同時に返事も待たず馬車から飛び出した。
 空中で構えたデスサイズを振り回し、ぶつかったらただではすまなそうな大木を力いっぱい薙ぎ払う。

「うぅあぁぁぁぁ!」

 思わず漏れた悲鳴のような自分の声にびっくりしながら、僕はデスサイズを縦横に振るい、幹の部分を細切れにした。
 ……やっぱデスサイズはすごい。僕の胴よりも太い木を割りばしのように粉々にするのを見て、僕は身震いをした。

 割りばしと葉っぱの生い茂った細い木の枝と、地面を覆う草花の上に僕は転がる。
 それとほぼ同時に木々の間から「ちゃぷん」と水が湧き出て、周囲を満たした。
 生木の水分を取り出して飲み水を作る、チコラの魔法だ。

 水と割りばしと葉っぱの生い茂った細い木の枝の中へ、馬車が水しぶきを上げて轟音と共に着地する。
 無事に……とは決して言えないが、少なくとも馬も僕らも大きな怪我はなく、馬車も形を保っていた。
 ずぶ濡れの姿で、少なからず衝撃を吸収してくれた崖の上を覆う原色の草花の上に立ち上がり、僕は谷へ目を向ける。
 そこには空中に立つりんちゃんと、その上空でホバリングするグリュプスのにらみ合う姿があった。

「りんちゃ……」

 言いかけてりんちゃんの頬が不機嫌にぷっくり膨れているの気づいた僕は口ごもる。

「ヒール・ブレイズ! みんな無事や! ブレイズもはよこっちおいで!」

「うん! チコラちゃんちょっとまって! この悪い子にお仕置きしたら戻るのです!」

 どんな姿になっても変わらない、大輪の花が咲き乱れたかのような笑顔でりんちゃん……じゃなかった、ヒール・ブレイズが笑う。

 ヒール・ブレイズことりんちゃんは、ぐっと力をためるように膝を曲げると、宙を蹴ってぐんぐんと空へと登って行った。
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