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第二章:あっくんは貴族となり、平和な生活を城塞都市で営む

第09話「評価とようじょ」

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 体中を地味にさいなむ筋肉痛に顔をしかめながら、粗末な建物から姿を表した僕を最初に出迎えたのは、直立不動の姿勢を取るトリスターノだった。
 その後ろでは、地面に座ったりんちゃんとチコラにルーチェさんが加わり、「せっせっせ~のよいよいよい♪」と、手を繋いで唄っていた。
 この世界にもせっせっせってあるのかな? それともりんちゃんが教えたのかな?
 そんなどうでもいいことを考えながら、僕はトリスターノの前で足を止め、手をとった。

「ご……ごめん。あの、さっきは攻撃しちゃって……」

「いえっ! 戦闘直後の狂戦士バーサーカーに不用意に近づいた自分にも不備はありました。お気になさらずに」

「いや、えっと……バーサーカーじゃないんだけど……」

 トリスターノの肩に目が行く。
 僕が斬りつけたであろう肩口の鎧の継ぎ目には包帯が巻かれ、周囲の布の部分は血で赤黒く汚れていたものの、彼の動きによどみはない。
 不思議に思って僕はそっと肩へ指を伸ばした。

「……怪我は?」

「はっ! ルーチェに治癒魔法をかけさせたので、問題ありません」

「そ……そうなんだ。ほんとごめん」

 怖がってこんな言葉遣いと態度になってるのかと思ったら、トリスターノの目には意外なことに恐怖は全く見えなかった。それどころか、お菓子を見た時のりんちゃんのようにキラキラと輝いているようにも見える。
 まぁコミュ障の僕の見立てだから間違っている可能性も高いけど、もしかしたら、単純に僕の強さに尊敬とか憧れに近い感情を抱いているだけなのかもしれない。

 頭を下げてから、今度はチコラの元へ向かう。

「お~て~ら~の~しょう~さんが~か~ぼ~ちゃ~の~タ~ネ~を~……♪」

「あの、チコラ。さっきはごめん。……それから、ありがとう」

「あ~? なんや~? 前にも聞いたことあったなぁそんなん」

 え? と思ったけど、そう言えば最初に合った日に、りんちゃんを助けてくれたチコラに向かって同じ言葉を言った気がする。

「お前にその時言うたよな~? 今はできなくても、りんちゃんのために頑張ればええて。なぁお前、成長……しとらんのと違うか?」

 返す言葉もない。
 ぼくはやっぱりあの時と同じように、頭を下げたまま涙を堪えることしかできなかった。

「なんや~? 泣くんかぁ? また泣くんかぁ? 成長せんなぁ。泣き虫あっくん? ほれほれ! 泣くんかぁ?」

「チコラちゃん! あっくんいじめちゃダメでしょ~!」

 がばっ、と。
 深く下げていた僕の頭が抱きしめられた。

「あっくんは、りんちゃんの怖~いのをやっつけてくれたの! 怖~い『ワルモン』を懲らしめてくれたの! トリくんとチコラちゃんには間違って痛いのしちゃったけど、『ごめんね』ってしたら、『いいよ~』ってして仲直りしなくちゃダメなの!」

 ワルモンって、あれだよね。りんちゃんの好きなTVアニメ『プリヒール』に出てくる悪役だったよね、確か。
 そうか、りんちゃんは赤ん坊のホブゴブリンまで無条件に殺す僕の事を怖がっていたわけじゃないんだな。
 それを聞いただけで、僕の心は8割方軽くなった。

「ねっ? チコラちゃんはお兄ちゃんなんだから、あっくんが『ごめんね』ってしたら『いいよ~』ってするの! わかった?」

「えっ? お兄……? もちろんや……ぶふっ……もちろんええで」

 チコラが笑いをこらえて震えながら答える。トリスターノやルーチェさんまでが「っく」と小さく息を詰めたような声を発するのが聞こえた。
 りんちゃんの中で、僕が弟でチコラがお兄ちゃんの設定だったのか……。
 少なくない心理的ダメージを受けながらも、僕はりんちゃんに手を引かれるようにしてチコラと対峙する。

「あっくん、はい」

「ご……ごめん」

「ええで! 気にすんなや! お兄ちゃんは許すで!」

 こげ茶色のクマのぬいぐるみ。天使のような羽根をゆっくりと動かしながら宙に浮かぶそれは、尊大に胸をそらしながらそう宣言する。
 頭を下げる僕の背後で、たまらずトリスターノが「ぼふぅっ!」と盛大に吹き出す声と、それを「わ……笑っちゃ悪いですよぉ」と震えながら諌めるルーチェさんの声が聞こえてきた。
 振り返ると、涙を流さんばかりのトリスターノが直立不動で顔を紅潮させている。そのとなりで両手で口を抑えていたルーチェさんは、僕と目が合うと「っふぅっ」と変な声を出して顔を背ける。
 その後ろ、少し離れた場所では、オルコが壁に両手をついてドンドンと叩きながら、ぷるぷると震えていた。

 満足気に僕とチコラを見回して「うん」と笑うりんちゃんと一緒に、僕とチコラはそれぞれ違う意味の涙目で握手をかわした。


  ◇  ◇  ◇  ◇


 帰りの馬車は、朝にもましてのんびりとした旅だった。
 僕はりんちゃんを抱っこして、頭の上に座ったチコラと話をしながら、まだ日も高い街道をゆっくりと進む。
 トリスターノが何度か僕に「何処で鎌術かまじゅつを学んだのか」「何流なのか」「その巨大な鎌は流派独自のものなのか」などなど、色々と聞いてきたけど、そもそも答えを持たない僕が持ち前のコミュ障を発揮して「いや……」とか「とくには……」とか答えていたら、なんとなく勝手に『秘密の流派』的なものを想像したらしく、大いに納得した様子で御者の仕事に戻った。

 まぁ幌馬車の中にある大量の魔宝珠――売ればゴード金貨50枚は下らない――の事を考えれば、些細な事など気にならないのだろう。
 4人で分けたとしても、一人につきゴード金貨12~3枚にはなるのだから。

「りんちゃん。チコラは僕のお兄ちゃんだって言ってたよね?」

「うん、そうだよ。チコラちゃんはあっくんのお兄ちゃんなの」

 まぁ外見はともかく、今までの実績や相談してる時の上下関係から考えれば、それはそう思っても仕方がない。
 特にりんちゃんは外見にこだわらず、内面を見抜く力があるみたいだから。

「じゃあ、りんちゃんは? 僕のなに?」

「りんちゃんはー、あっくんのー、子供!」

「じゃあ、チコラはりんちゃんのお父さんのお兄ちゃんだから、おじさんだね」

 なんとか一矢報いようと、僕はそんな事を言い出す。
 慌てたチコラは僕の白い髪の毛を一本プツッと抜いた。

「おっちゃんちゃうわ!」

「ちがうよ! チコラちゃんはおじさんじゃなくてー、おともだちなの! おじさんはトリくん!」

「え? 俺?」

 いきなり話を振られたトリスターノが驚いて振り向く。
 ルーチェさんがまた口を両手で覆って顔を伏せたのが見えた。
 なんかルーチェさんのイメージ変わったな。もっと落ち着いた大人の女性っぽい人かと思ったのに、笑いのツボが思ったより全然浅い。
 まぁ実際20歳前後だろうし、歳相応って事だろうか。

「俺よりオルコの方が全然年上だよ? おじさんはオルコでしょ?」

「オルコくん? あー、オルコくんはー……? ……知り合い?」

 今まで全く会話や接点のなかったオルコに対するりんちゃんの評価は厳しい。
 僕の膝の上に立ち上がって、後方に居るオルコの顔をしかめ面で確認したりんちゃんの言葉に、ルーチェさんは「っぷふぁふ」とおかしな音をたてて、床に突っ伏した。
 肩がぷるぷると揺れている。笑ってるんだろう。やっぱり案外ヒドいというか、我慢できない人みたいだ。

「あとね、ルーチェちゃんは、りんちゃんの、おばぁちゃんの、でいけやの人!」

「でいけやの人?」

「でいけやの人はね、おばぁちゃんをね、お風呂に入らせてくれるの! やさしいの!」

「……あー! デイケアの人かー。りんちゃん難しい言葉知ってるね」

 僕の言葉を聞いたルーチェさんが突然体を起こし「デイケアの人ってなんですか?」と真顔になる。
 なんですかって聞かれても、この世界には存在しない概念だろうしなぁ。
 どう説明しようか悩んだ末に僕は「お年寄りとか子供とかのお世話をするメイドさんみたいな仕事です」と答えた。
 それを聞いたルーチェさんは、すごく微妙な表情をしていた。

「……俺、おじさんでいいや」

 相対的に言えば悪いポジションではないと気付いたトリスターノがぽつりとつぶやく。
 こんな他愛もない会話のおかげで少し打ち解けられた気がした僕は、その後、彼らとも割と普通に会話することが出来るようになった。
 りんちゃんのパワーはすごい。何しろ僕のコミュ障を軽減してくれるんだから。


  ◇  ◇  ◇  ◇


「アマミオ殿、数日中に面会の算段をつけますので、ある御方と会って欲しいのですが」

 国からホブゴブリンの王国討伐のお触れが発表されるまでと言う事で、僕たちが預かることになった魔宝珠を部屋まで運んだ後、トリスターノが改まってそう僕に告げた。

 正直、聞きたくなかった。『国家諜報局員』としてのセリフだろうと予想がつくこんな言葉。
 せっかく僕にとってすごく貴重な『わりと普通に話ができる友達』になれたと思ったのに。

「……悪い話ではありません。面倒だと思うかもしれませんが、ここは俺の顔をたててもらえませんか」

「あ……うん。わかった」

 ずるい。友達にそんなこと言われたら断れないじゃないか。
 たぶん僕はすごく不機嫌な顔をしてたと思うけど、表情を作る経験がまだ3日しかない僕には、それを隠すのはまだ難しかったので許して欲しい。
 まぁ口に出してそう言った訳じゃないから、きっとトリスターノには伝わっていないだろうけど。

「それでは、また。アマミオ殿」

「うん、また」

「あっくん、トリくんも帰っちゃうの?」

 手を洗い終わってぱたぱたと駆け寄ってきたりんちゃんが、僕の腰に体当りするように抱きつき、トリスターノを見上げながらそう言った。
 なにげに寂しそうだ。

「今日は帰るけど、またすぐ会えるよ。じゃありんちゃん、またな」

「……うん! トリくんバイバイ!」

 りんちゃんに手を振られ、トリスターノはドアをくぐる。
 悪い話ではないってトリスターノが……僕の友だちがそう言ってるんだ。何も心配なんか要らない。
 彼の閉じたドアを見ながら、僕は自分にそう言い聞かせた。
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