鹿翅島‐しかばねじま‐

寝る犬

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七宿 業(ななやど ごう)の場合(◇ヒューマンドラマ◇ホラー)

七宿 業(ななやど ごう)の場合(1/3)

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 ここ鹿翅島しかばねじまには、イノシシやシカなどを駆除する猟友会がある。
 俺は犯罪歴があるために猟銃の資格をはく奪された身だが、十年ほど前までは腕のいい猟師として一目置かれていた。
 だから、この島の人間が化け物ゾンビに変わり始めたとき、真っ先に駆け込んだのは、昔なじみの八十塚やそづか銃砲店だった。

――タァーンッ

 二階建てのしけた銃砲店だが、扱う品物が品物だけに、それなりに頑丈な作りの建物だ。
 入り口のシャッターに鍵をかければ、イノシシ以下の知性しかないゾンビどもは入って来られない。

――タァーンッ

 スコープを覗き、見える範囲にゾンビが居なくなったのを確認して、俺はデッキチェアに深くもたれた。
 温い缶ビールを飲み、メモをつける。
 これで今朝から五十匹。使った弾数は五十七。
 はじめはなかなか死なないゾンビに面食らったが、急所がわかれば簡単なものだ。
 ジンギスカン鍋で焼いていたシカ肉を食べると、俺はまた周囲へと目を配った。

「おっ」

 思わず声が出る。
 建物の角から走り出してきたのは、ゾンビではない若い男女だったからだ。
 スコープで足の先から頭の先までくまなく探ってから、俺は二人を追いかけているゾンビの脳天を打ち抜いた。
 メモをつける。五十一匹目。

「きゃあぁっ?!」

「うわっ!」

 突然はじけ飛んだゾンビに二人は大声を上げる。
 男がきょろきょろと周囲を見渡し、建物の上にいる俺を見つけ出した。

「たっ助けてくれっ!」

 もうすでに一度助けているというのに、礼を言うより先に出た言葉がそれだった。
 シャッターの前まで駆け付けた二人をもう一度観察して、俺はビールをさらに一口飲んだ。

「助けてやってもいい」

 下に向かって新しい缶ビールを放り投げ、俺は銃口を二人へ向けた。

「服を全部脱げ。脱いだらビールで体の泥を全部落として、俺によく見えるようにゆっくりとその場で回れ」

「なっ?! こんな時に何言ってんだあんた!」

「いやなら消えるんだな」

 ぎゃーぎゃーわめく二人をそのままに、もう一度引き金を引く。
 五十二。
 男はまだ文句を言っていたが、倒れたゾンビを見て、女は服を脱ぎ始めた。
 こういう時、だいたい女のほうがリアリストだ。
 全裸になり、寒空の中肩からビールをかけて汚れを落とす女は、妙にエロティックだった。
 汚れを落とした女が胸と股間を隠しながら、ゆっくりとその場で回る。
 観念したのだろう、男も同じように服を脱ぎ、回り始めた。

「体を隠すんじゃねぇ。両手は大きく広げろ」

 男は俺をにらみつけ、女は唇をかんでうつむく。
 それぞれ別な意味で、顔を真っ赤にしてゆっくりと回る男女を俺はじっくりと見回した。
 双眼鏡を使って、体の隅々、ほくろや毛の一つ一つまで見逃さずに観察する。
 そして俺は、男の眉間に照準を合わせ、引き金を引いた。
 五十三匹。

「ひっ!」

 血を噴き出して倒れた男を見て、女は失禁する。
 そのままさらに五分ほど女を回らせておいて、俺は五十四匹目と五十五匹目のゾンビを撃ち殺した。
 そろそろ日暮れだ。
 俺は残りのビールを飲みこむと、冷めて不味くなったシカ肉を持ち、階段を下りた。

「八十塚さん、シャッターの前に女が一人いる、周囲にゾンビはいないから、入れてやってくれ」

 銃をシャッターへ向けたまま、俺はまだ五十にもなっていないのに、つえを突いている八十村さんにそう指示した。

七宿ななやどくん、大丈夫なのかい?」

 この店の先代、俺がお世話になった元店主は、一瞬恐ろしそうにシャッターを見たが、俺がうなずくと、覚悟を決めたようにうなずき返して、シャッターのカギを開けた。

――ガラガラ

 腰の高さくらいまでシャッターを開けたところで、八十塚さんに止めてもらう。
 すぐ目の前でまだゆっくり回っていた女が、あわててシャッターの隙間から中へ入ってきた。

「止まれ! そこでもう一度回るんだ!」

 銃口を向けながら、店の中で全裸の女をもう一度回らせる。
 その間に八十村さんは、店の外に転がる息子だったゾンビの死体に手を合わせ、シャッターを下ろした。
 さっきも確認したが、やはり女のほうには噛み傷はない。
 それに、十分ほどは状況を見ている。
 経験上、感染しているヤツは、噛まれた後十分以内にゾンビ化するはずだった。

「オーケー。服を着ていいぞ」

 俺はやっと一息ついて銃を下ろし、椅子に座る。
 しかし、八十村さんが女に水を渡すのを見て、俺は立ち上がった。

「おい女」

「はっ、はい」

「お前ビールは飲めるか?」

「え? あ……飲めます」

「じゃあ水はやめろ、八十村さんは酒が飲めねぇんだ、水はあまり残りがない」

 八十村さんの息子が買い溜めていたビールを一本放る。
 少し驚いた様子でビールを受け取ると、女はプシュッとプルタブを開け、一口飲んで小さく「にが」と舌を出した。
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