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32 誕生日パーティー 2

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 叔父に声をかけてきた中年男性は、出納係のダレルだった。

 背広を着てタイをきちんと締めた彼は、元はエステルの父に仕えていたのだが、没後は叔父に雇われている。



「なんだ、後にしろ」



 煩そうに顔をしかめた叔父に、ダレルは「ですが……」と、小声で何か囁いた。

 よほど拙い事でも聞かされたのか、ダレルの囁きに、叔父のしかめっ面がますますひどくなる。



「申し訳ございません。お二人方がせっかくいらっしゃってくださいましたのに、仕事で急用が入ってしまいまして……どうか宴を楽しんでくださいませ」



 叔父は粛々と一礼すると、ダレルを連れて足早に会場を出て行った。



「まぁ、こんな時まで仕事だなんて主人ったら……」



 困ったように頬に手を添えた叔母に、アルベルトが軽く手を振る。



「いや、一家の主人として勤めに励むのは何よりだ。私達のことは気にせず、他の客の相手をして欲しい」



 そう言うと、彼はエステルの手を引いてさっさと会場の賑わいの中に歩き出した。



「あっ……」



 アンネリーが手を伸ばすも、先ほどからアルベルトに声をかけようと周囲でタイミングを伺っていた客たちが、どっと押し寄せて間を阻む。



「王太子殿下! お会いできて光栄です」



「今度はぜひ、我が家の宴にもお出で下さいませ!」



 我も我もと寄って来る人々を、アルベルトは決して邪険に扱うでもなく、だが必要以上に構う事もなく、卒なく対応する。

 これが、生まれながらにして人の上に立つ王太子なのかと、エステルは一瞬感心しかけたけれど、すぐに考えを改めた。

 生まれ持っての才覚も勿論あるだろうが、こんなに見事な社交をできるのは、きっとアルベルトが今まで王太子として相応しくあろうと努力し続けたからだ。

 同じ城で暮らし始めてまだ一ヵ月も経っていないけれど、彼がどれだけ常に厳しく、常に努力し続けているのかは容易に察せられた。



(殿下は本当に、とても立派な方よね。大勢の女性に心を寄せられるのも納得だわ)



 そして、そんな素晴らしい彼に釣り合うのは、呪いでたまたま選ばれたエステルなどではなく、彼が心の底から認める立派な女性のはずだ。

 溜息が零れそうになり、ふとアルベルトから目を逸らすと、会場の一画で使用人達に忙しく指揮をしている家令の姿が目に入った。



(サリーもきっと近くにいるわね。一目だけでも見られないかしら? それに家令さんも元気でよかった)



 柔和な顔立ちの老家令は、叔父が元に暮らしていた屋敷から連れて来た人物だ。エステルが下働きをするようになってからの付き合いだったが、いつも親切にしてくれた。



『一つの屋敷に家令は一人』



 これは当然の事柄である。

 よって、エステルの父に長らく仕えていた家令のヨハンは、叔父が家督を継ぐと同時に解雇されてしまった。

 計算の得意な叔父は、それまで経理のことを自身で行っていたので、出納係のダレルは雇い続けることにしたものの、家令は慣れた人物が良いと考えたらしい。

 ただし、叔父はヨハンがまた職を見つけたかった時に備えて良い紹介状を書き、十分な退職金も出したという。

 エステルはそれを聞いて安心したのだが、もし借入金がアルベルトの言う通りに虚偽であったら、ダレルとヨハンの証言はなぜだろうか?



(二人とも、お父様を慕ってくれていたと思うのだけれど……)



 二人も借入金の件で間違った認識をしていたのだろうか?

 もしくは、全て承知の上でエステルを騙そうと……?

 考えると辛くなるが、近いうちに必ず立ち向かわなければならない問題だ。

 そんな事を考えているうちに、気づけばエステルはアルベルトに連れられ、会場の端にある緞帳の影にいた。

 ここなら人目にはつかなくて済むだろう。



「はぁ……これくらい挨拶をすれば十分だろう」



 額に滲んだ汗を拭うアルベルトに、エステルは居た堪れない気分で頭を下げた。



「申し訳ございません。社交を全て殿下に押し付けてしまって……」



 皆、アルベルトにばかり話しかけるから割って入る隙はなかったのだが、もっと社交上手な女性であれば、上手く彼を手助けできたのではと悔やまれる。



「これくらいは構わない」



 アルベルトがエステルの瞳を一瞬見つめ、ふいと視線を逸らした。



「それに、そなたは十分に妃教育に励んで……っ」



 彼がふいに言葉をつまらせ、グラリと身体を傾かせる。

 もう見慣れた光景だが、思った通り次の瞬間、アルベルトは金色の子猫になっていた。
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