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27 王太子の動揺
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「はっ⁉ い、いや、待て……っ!」
驚愕と動揺に、アルベルトは声を上擦らせて硬直した。
昨夜の寝室での、一緒に寝ましょう発言も、今の発言も、エステルの無知からくるだけだというのは十分に解っている。
しかし、だからといって平静にあしらえるかというのは、また別の話だ。
むしろこれが、アルベルトに取り入って既成事実を作りたいという下心丸出しの気配をチラつかせた女相手だったら、ピシャリと断れる自信がある。
だが、エステルは純粋にアルベルトの体調を気にしたり、呪いを解こうと懸命になっているのだ。
彼女の剥き出しのお人好し加減は、そのくらいすぐに察せられる。
元から女性不信で、形だけの結婚をしても相手と本当に夫婦になるつもりなどなかったアルベルトだが、男女の交わりについての教育は一応受けていた。
これは、少年時代から多くの女性に言い寄られた経験を持つ父王が、我が子にも自衛させねばという考えから『覚えておきなさい!』と指示したのである。
その結果、アルベルトは物陰に誘いこもうとしたり、やたらと身体を擦りつけようとしてくる女性がどういう意図を持っているかを察することができたので、非常に感謝している。
しかし、昨今は早い年齢からマセた知識を仕入れてお喋りをする令嬢も増えているものの、エステルにそうした類の友人はいなかったらしい。
昔からの考えであれば、貴族令嬢への性教育は結婚が決まってからというのが通例である。もしくは社交界に出た娘がはしゃぎすぎているようであれば、こっそりと教えて戒めるというものだ。
だから、エステルの亡き両親が娘にそうした教育をしないままだったのは、娘の貞淑さを表すもので、責められるいわれもない。
ただ、エステルが昨今では珍しいほど純粋無垢だというだけだ。
「その、教えると言ってもだな……」
目をキラキラさせ、気合に満ちた表情でこちらを見つめてくるエステルを前に、アルベルトの背をダラダラと冷や汗が伝い落ちる。情けない程に心臓がバクバクと脈打つ。
自分が書物と口頭で教育を受けた時のように、淡々と男女の身体の仕組みについて教えてやればいいと思うのに、口の中がカラカラになって上手く動かない。
単純に性行為の説明は気まずいというのもあるが、それ以上に奇妙な感情が湧きあがる。
(私はエステルを愛しているわけでもないし、彼女も私を愛してはいない。それなのに、身体を開かせるなど……)
政略結婚ともなれば、愛とは関係なく結ばれた相手と子作りをするのが当然だ。
それにエステルは王命で仕方なしとはいえアルベルトと結婚しているのだから、王妃としての立場を盤石にするという意味では、夫婦の営みを行って子作りをした方が良いのかもしれない。
それでもエステルの純真な表情を見ていると、好きでもない男との行為を強要させたくないと思ってしまう。
「殿下、宜しければわたしが説明しましょうか?」
そんなアルベルトを見兼ねたらしく、じれったそうに言い出したリッカに、慌てて首を横に振った。
「っ! 早まるな! 何もまだ、呪いを解く条件は夫婦の契りと確定したわけではないだろう!」
「それはそうですけど……」
「そ、そうだ! 他に何か……例えば、愛の告白などかもしれない!」
殆ど頭が真っ白になったまま勢いで叫んでしまい、直後に自分の発言に青褪めた。
エステルとリッカが、目を丸くしてこちらを凝視している。
「あ……いや……」
(何を口走っているのだ、私は!)
頭を抱えたくなったが、もはや後に引けない。
コホンと咳ばらいをして、エステルの両肩にそっと手を置く。
「エステル、そなたを愛している。そなたにも私を愛していると言って欲しい」
「え? は、はい……殿下を愛しております」
思いっきり面食らった様子ながらも、エステルはコクリと頷き、アルベルトが望んだ言葉を口にしてくれた。
……が。
グラリと視界が歪み、一瞬後にアルベルトは子猫の姿になっていた。
「……あれはないですよ、殿下。あんなに白々しい愛の告白で呪いが解けると、本気で思っていたんですか?」
「ぐっ……少しばかり奇跡に期待しても良いだろう!」
呆れ顔のリッカに、ブワッと毛並みを逆立ててアルベルトは虚しい抗議をした。
一方で、エステルは居心地悪そうにシュンと項垂れる。
「申し訳ございません、殿下。私の気合が足りなかったせいかもしれないので、もっと集中してもう一度……」
拳を握って言いかけた彼女を、アルベルトは片方の前足をあげて制した。
「気合が足りなかったというのなら、そなただけの責任ではない。私達の間には愛などないのだから、形だけの結婚式が駄目だったのと同じだろう」
そしてアルベルトはリッカを見上げる。
「リッカ。解呪の条件についてもっと詳しく調べるように頼む」
「かしこまりました! 現在、ドリスが生前に書いたものを再度調べ直し、彼女が呪いの条件に使いそうなものを探しております」
言われなくてもとばかりに、リッカはアルベルトたちが部屋に入った時に書いていたノートをパンと叩いて見せた。
「では、一先ずはリッカの調査に期待しつつ、私達は夫婦らしいことが何かないか模索してみよう……契り以外でな」
最後の言葉に少し力を篭め、アルベルトはポカンとしているエステルに、これで話は終わりだと尻尾を一振りしてみせた。
驚愕と動揺に、アルベルトは声を上擦らせて硬直した。
昨夜の寝室での、一緒に寝ましょう発言も、今の発言も、エステルの無知からくるだけだというのは十分に解っている。
しかし、だからといって平静にあしらえるかというのは、また別の話だ。
むしろこれが、アルベルトに取り入って既成事実を作りたいという下心丸出しの気配をチラつかせた女相手だったら、ピシャリと断れる自信がある。
だが、エステルは純粋にアルベルトの体調を気にしたり、呪いを解こうと懸命になっているのだ。
彼女の剥き出しのお人好し加減は、そのくらいすぐに察せられる。
元から女性不信で、形だけの結婚をしても相手と本当に夫婦になるつもりなどなかったアルベルトだが、男女の交わりについての教育は一応受けていた。
これは、少年時代から多くの女性に言い寄られた経験を持つ父王が、我が子にも自衛させねばという考えから『覚えておきなさい!』と指示したのである。
その結果、アルベルトは物陰に誘いこもうとしたり、やたらと身体を擦りつけようとしてくる女性がどういう意図を持っているかを察することができたので、非常に感謝している。
しかし、昨今は早い年齢からマセた知識を仕入れてお喋りをする令嬢も増えているものの、エステルにそうした類の友人はいなかったらしい。
昔からの考えであれば、貴族令嬢への性教育は結婚が決まってからというのが通例である。もしくは社交界に出た娘がはしゃぎすぎているようであれば、こっそりと教えて戒めるというものだ。
だから、エステルの亡き両親が娘にそうした教育をしないままだったのは、娘の貞淑さを表すもので、責められるいわれもない。
ただ、エステルが昨今では珍しいほど純粋無垢だというだけだ。
「その、教えると言ってもだな……」
目をキラキラさせ、気合に満ちた表情でこちらを見つめてくるエステルを前に、アルベルトの背をダラダラと冷や汗が伝い落ちる。情けない程に心臓がバクバクと脈打つ。
自分が書物と口頭で教育を受けた時のように、淡々と男女の身体の仕組みについて教えてやればいいと思うのに、口の中がカラカラになって上手く動かない。
単純に性行為の説明は気まずいというのもあるが、それ以上に奇妙な感情が湧きあがる。
(私はエステルを愛しているわけでもないし、彼女も私を愛してはいない。それなのに、身体を開かせるなど……)
政略結婚ともなれば、愛とは関係なく結ばれた相手と子作りをするのが当然だ。
それにエステルは王命で仕方なしとはいえアルベルトと結婚しているのだから、王妃としての立場を盤石にするという意味では、夫婦の営みを行って子作りをした方が良いのかもしれない。
それでもエステルの純真な表情を見ていると、好きでもない男との行為を強要させたくないと思ってしまう。
「殿下、宜しければわたしが説明しましょうか?」
そんなアルベルトを見兼ねたらしく、じれったそうに言い出したリッカに、慌てて首を横に振った。
「っ! 早まるな! 何もまだ、呪いを解く条件は夫婦の契りと確定したわけではないだろう!」
「それはそうですけど……」
「そ、そうだ! 他に何か……例えば、愛の告白などかもしれない!」
殆ど頭が真っ白になったまま勢いで叫んでしまい、直後に自分の発言に青褪めた。
エステルとリッカが、目を丸くしてこちらを凝視している。
「あ……いや……」
(何を口走っているのだ、私は!)
頭を抱えたくなったが、もはや後に引けない。
コホンと咳ばらいをして、エステルの両肩にそっと手を置く。
「エステル、そなたを愛している。そなたにも私を愛していると言って欲しい」
「え? は、はい……殿下を愛しております」
思いっきり面食らった様子ながらも、エステルはコクリと頷き、アルベルトが望んだ言葉を口にしてくれた。
……が。
グラリと視界が歪み、一瞬後にアルベルトは子猫の姿になっていた。
「……あれはないですよ、殿下。あんなに白々しい愛の告白で呪いが解けると、本気で思っていたんですか?」
「ぐっ……少しばかり奇跡に期待しても良いだろう!」
呆れ顔のリッカに、ブワッと毛並みを逆立ててアルベルトは虚しい抗議をした。
一方で、エステルは居心地悪そうにシュンと項垂れる。
「申し訳ございません、殿下。私の気合が足りなかったせいかもしれないので、もっと集中してもう一度……」
拳を握って言いかけた彼女を、アルベルトは片方の前足をあげて制した。
「気合が足りなかったというのなら、そなただけの責任ではない。私達の間には愛などないのだから、形だけの結婚式が駄目だったのと同じだろう」
そしてアルベルトはリッカを見上げる。
「リッカ。解呪の条件についてもっと詳しく調べるように頼む」
「かしこまりました! 現在、ドリスが生前に書いたものを再度調べ直し、彼女が呪いの条件に使いそうなものを探しております」
言われなくてもとばかりに、リッカはアルベルトたちが部屋に入った時に書いていたノートをパンと叩いて見せた。
「では、一先ずはリッカの調査に期待しつつ、私達は夫婦らしいことが何かないか模索してみよう……契り以外でな」
最後の言葉に少し力を篭め、アルベルトはポカンとしているエステルに、これで話は終わりだと尻尾を一振りしてみせた。
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