傲慢猫王子は落ちぶれ令嬢の膝の上

小桜けい

文字の大きさ
上 下
17 / 42

16 結婚式3

しおりを挟む
 混乱の空気は次第に大きくなっていく。



「ど、どうして……」



 エステルもすっかり訳が解らず狼狽えて、大司教と猫になったアルベルトを交互に眺めた。

 どう見ても、今の宣言で正式に婚姻は済んだことになる。

 それなのに、なぜアルベルトはまだ子猫になってしまったのだろう?



「静まれ!」



 不意に国王が立ちあがり、張りのある声が響いた。

 祭壇近くの高座に立つ国王は、私室であった時の気さくで柔和な雰囲気とは違い、一刻の王たる堂々とした威厳を見せている。



「此度の件については、王室で入念な調査を行い、後日正式に結果を公表する」



 そして国王の視線がチラリとアルベルトに向いた。



「アルベルト、それで異論はないな?」



「はい、陛下。このような場で無様に取り乱してしまい、誠に申し訳ございません」



 子猫のアルベルトが、ペコリと頭を下げる。

 その仕草はとてつもなく可愛らしく、客席の方からほぅっと感嘆の息が聞えてきたくらいだったが、エステルはそれにうっとりする余裕はなかった。



(私、何か失敗していたのかしら……?)



 例えば、誓いの言葉を述べる際に、例え本心からの愛の誓いでなくても気合が足りなかったとか……。

 オロオロとするエステルを尻目に、アルベルトは既に気を取り直したらしい。

 子猫ながら威厳たっぷりに周囲を見渡し、口を開く。



「皆にも騒がせてしまったことを詫びる。だが、私にのみ見える赤い糸は確かに彼女に繋がれており、なぜ呪いが解けなかったのかは、陛下の指示通り、慎重に調査をしたいと思う」



 静かになった式堂にその声はよく響き、招待客たちは顔を見合わせ頷きあっていた。

 呪いが解けなかったことについて、当人のアルベルトが誰よりも衝撃を受けていたのは、先ほどの悲鳴からも一目瞭然である。

 その上で国王父子から、冷静に今後についてを説明されれば、これ以上は騒げまい。

 騒ぎが収まったのを見て、国王が再び口を開いた。



「残念ながらこのような結果にはなったが、王太子が妃を迎えたのは事実である。祝いの席は予定通りに開くので、皆も楽しんでくれ。賑やかに祝い、災厄を吹き飛ばそう」



 ニコリと微笑んで国王が最後の台詞を言い終えると、式堂全体から拍手が沸き上がった。



 割れんばかりの拍手の中、エステルはピンと尻尾を立てて歩くアルベルトについて、そそくさと式堂をでる。



「あれしきで取り乱すなど……私は王族として、まだまだだな」



 扉をしめてもまだ中から聞こえる拍手を聞きながら、ボソリとアルベルトがそう呟いた。



「殿下……」



「そなたも驚かせて申し訳ない。だが、なぜ呪いが解けなかったのかどうしてもわからないのだ」



 悲しそうにそう言ったアルベルトの猫耳は、シュンと垂れてしまっている。

 そして彼はおずおずとエステルを見上げた。



「すまないが、急いで移動したい。私の執務室まで抱えて連れて行ってくれるだろうか?」



「えっ! は、はい! 勿論させて頂きます!」



 式堂での堂々とした振る舞いから一転して、アルベルトはまだ動揺から立ち直れていない様子だ。

 勿論、気の毒だとは思うのだけれど、大粒の瞳を潤ませてこちらを見上げる子猫の彼は、卒倒しそうなほどに可愛らしい。

 こんな風にお願いされたら、大抵のことはしてしまいそうだ。



「さ、どうぞ」



 動きにくい婚礼衣装に苦労しながら、エステルは屈んでアルベルトを抱き上げる。



(気持ちいいっっ‼)



 この世のどんな素材も叶わないのではと思う程に心地よい、ふわふわした金色の毛並みに肌をくすぐられる。

 しかし、残念ながらその心地よさをゆっくり味わう暇はない。

 エスエルはションボリ顔で押し黙っているアルベルトを慎重に抱え、彼の私室へと急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載中しております。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...