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13 借入金

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「つまり、私の為に借入金の件を黙っていろと、そなたの叔父はそう言ったのか?」

 不快感たっぷりといった調子でアルベルトに問われ、エステルは返答に詰まった。

「あの、明確に殿下の為と言ったわけでは……叔父にも色々と考えがあってのことだと思います」

 しどろもどろに返答をすると、国王がコホンと咳ばらいをした。

「アルベルト。女性へ問いかける時に、そう凄むものではないよ」

 穏やかに窘められ、アルベルトが決まりの悪そうに猫耳を下げる。

「すまなかった。そなたに憤ったわけではない。ただ……借入金の件なら私もとうに知っていた」

「ええっ⁉」

 思わず大きな声をあげてしまい、慌ててエステルは自分の口を押える。

「自分の結婚する相手に対し、事前に出来る限りの調べをするのは当然だろう? 不快かもしれないが、今朝そなたと別れてからリスラッキ家についての情報をある程度は仕入れてある」

 当然だと言わんばかりの言葉に、エステルは目を瞬かせた。

「そうだったのですか……?」

「ああ。そなたが叔父一家の許でどのように過ごしていたのかに、社交界での立ち位置、そしてご両親の遺した借金を背負っていることもだ」

 アルベルトはそこで言葉を切ると、父王と軽く視線を合わせた。
 何か言葉を発したわけではない。だが、意思の疎通を匂わせるようなやりとりだ。
 エステルが首を傾げていると、アルベルトがすっと前足を揃えて居住まいを正す。

「借入金について黙っていたのは言い辛かったからだと思っていたが、その事情も自分から話してくれたのは有難い」

「え……」

「その件に関しては、後日にこちらできちんと調べたうえ、私が責任をもってきちんと返済しておこう」

 思わぬ言葉に、エステルは耳を疑った。

「殿下が?」

「そうだ。妃教育を受けていないそなたが解らないのも無理はないが、そもそも王太子妃になる以上……」

 小さな前足をピシッとエステルに向けてアルベルトが演説している途中、不意にその身体がグラリと大きく揺れた。

「殿下!」

 子猫のアルベルトが長椅子から転げ落ちてしまうのではないか。
 とっさにそう思い、エステルは彼を受け止めようと両手を伸ばす。
 しかし、その予想は外れた。
 アルベルトの身体からまた黒いモヤが一瞬出たかと思うと、次の瞬間エステルは人間に戻った彼に思い切り抱き着く形になっていた。

「っ!」

 驚いて固まるエステルを、しっかりと抱きしめる腕がある。
 おずおずと見上げると、戸惑ったようなアルベルトの顔があった。

「も、申し訳ございません。殿下が長椅子から落ちてしまうかと思ったものですから……」

 慌てて離れようと身じろぎをすると、アルベルトの腕がさっと解けた。
 素早くエステルは身をずらし、アルベルトから拳一つほど距離を開ける。
 肌が触れたのが嫌だというわけではないが、父親以外の男性に抱き止められたなんて初めてだったから、落ち着かない。

「いや……こちらこそすまない。驚かせるつもりはなかったのだが、猫になる時も戻る時も一瞬で、自分の意思では決められないのだ」

 アルベルトも気まずそうに視線を彷徨わせており、しばし居心地の悪い沈黙が流れる。
 そんな二人の様子を見兼ねたのか、国王が「ところで」と、口を開いた。

「エステル嬢、君が黙っていた事情はよく解かった。だがアルベルトの言う通り、借入金の件については話してくれて良かったよ」

「そ、そうなのですか?」

 どうやら叔父の『黙っている』という提案は、国王と王太子にとってあまり良くないものだったようだ。

「……まぁ、私もそなたに悪意があったとは決して思っていない」

 コホンとアルベルトが咳ばらいをして、居住まいを正した。

「ただ、これから王太子妃となるそなたに、下心を持って近づいてくる者が少なくないことは、よく心に留めておくように」

「下心……」

「そうだ。叔父に多額の借入金を抱いたままでは、対等な存在にはなれないだろう。そこにつけこまれ、私には秘密で何かしらの便宜を図ってくれと要求されたらどうする?」

 深い青の瞳が、厳しい光を帯びてエステルを見つめる。

「それは……困ります。私にそのような権限はありませんもの」

 正直に答えると、アルベルトが溜息をついて頭を振った。

「急なことで実感がわかないのだろうが、そなたはこれから王太子妃になり、王宮で暮らすことになる。当然ながら多くの人がそなたに仕え、それなりの権力を持つことになるのだ」

 物分かりの悪い生徒に説明するように、アルベルトはゆっくりと言葉を紡ぐ。

「で、ですが、私はただ殿下の呪いの関係で、偶然に王太子妃になるわけで……」

 そもそも、エステルとは形だけの結婚だと言い出したのはアルベルトでは?
 エステルの考えでは、結婚式をして夫婦になり呪いが解けたら、エステルは肩書だけ王太子妃のまま王宮のどこか隅っこでひっそり暮らすものだと思っていた。
 おろおろするエステルに、アルベルトが眉を潜めた。

「偶然だろうと何だろうと、そなたには王太子妃としての振る舞いが求められる。よって親族であろうと、特定の者から付け込まれる要素は排除するべきだ。理解してくれるか?」

「か、かしこまりました」

 有無を言わせぬ希薄に目を白黒させながら頷くと、アルベルトがまた息を吐いた。
 手がかかって仕方ないという感じの彼に、エステルは申し訳ない気持ちになって俯く。

「……ともかく、借入金の件については私に任せて欲しい。これはそなたを妃にする以上、私にとっての義務だ」

 きっぱりと言われ、エステルは勢いに負けて頷く。

「はい……」

 それを聞くと、アルベルトが満足そうに頷いた。
 そして国王とまた視線を合わせ、椅子から立ちあがる。

「それでは、まずは最重要の案件から始めよう」

「え……」

 困惑してアルベルトを見上げると、複雑そうな笑みを返された。

「決まっているだろう。呪いを解くための、そなたと私の結婚式だ」
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