13 / 42
12 利点
しおりを挟む
唐突に声を張り上げたエステルに、アルベルトと国王の目が集中した。
「利用……とは?」
一瞬置いてそう尋ねたアルベルトの目には、強い疑いの色が見える。
当然だ。自分を利用すると言われて、良い気のする人間などいないだろう。
「はい。それが……」
しかし、もう誤魔化したり黙っていることは出来ず、エステルはすっかり白状することにした。
――それは今朝、アルベルトがリスラッキ伯爵家へ迎えに来た時のこと。
迎えに出ようとしたエステルを、叔父が急に書斎へ呼んだのだ。
『君のご両親の借入金だが、こちらの要望をきいてくれるのなら、無利子、無期限、無催促にしてあげよう』
そう言われ、エステルは少し困った。
叔父は生前の両親を経済的に助けてくれたそうだし、一人ぼっちになったエステルを見捨てることなく、使用人として屋敷で働き口も用意してくれた。
とても感謝はしているのだが、時おり叔父はエステルを含む使用人仲間に無茶な要求を出し、それが叶えられないと怒るといった、困った所もあるのだ。
『ご要望とは何でしょうか? 私にできる事なら頑張りたいと思うのですが……』
恐る恐る尋ねると、叔父はエステルを安心させるように、ニコニコしながら肩に手を置いた。
『そんなに難しい事ではないよ。これからも私達一家と親しくして欲しい。それだけだ』
『え……?』
本当にそんな事かと、拍子抜けして目を瞬かせたエステルに、叔父は笑みを深めて頷く。
『特にアンネリーには気遣ってやってもらえないだろうか? 君が王太子妃になって家から出たら、華やかな王宮で私たちのことなど忘れてしまうのではと寂しがっていたのでね』
『そんな! 叔父様には感謝しておりますし、アンネリーを忘れるなんて決してしません』
慌てて首を横に振る。
両親が亡くなってからの生活は、決して楽なものではなかった。それでも借金をすぐに返せと迫られず、寒空の下にも追い出されはしなかった。
それはとても有難い事だと思うのだ。
いつもおさがりのドレスを譲ってくれたアンネリーにだって感謝している。
『それは良かった。では、例の借入金のことについては、王太子殿下にも黙っていなさい』
『黙って? どうしてですか?』
実の所エステルは、アルベルトが迎えに来たらすぐ、自分の現状を包み隠さず打ち明ける気であった。
同情を引きたいのではない。
ただ、呪いで求婚せざるを得ないだけでも気の毒なのに、その相手が借金塗れだったなんてさらに最悪だろう。
せめて、正式に結婚をしてしまう前に先に全てを打ち明けるべきだと思ったのだ。
だが叔父は、エステルの考えとは真逆だったようだ。
『せっかく見つけた運命の相手に多額の借金があるなど、王太子殿下が知ったらきっと不快に思われるだろう。呪いのせいで、何があろうと殿下は君を娶るしかないのだからね』
そう言って叔父は、同情めいた溜息を吐いた。
『それは……』
『私も一臣下として、未来の国王たる王太子殿下に不快な思いはさせたくない。そこで、王太子妃になるエステルへの借入金は黙っておくのが良いと結論した。君が我が家と今後も仲良くしてくれるのなら、最悪は未回収のままでもかまわないと思ってね』
『叔父様……』
エステルは感激に目を潤ませた。
この二年間。アンネリーと共に社交場へ赴いても、エステルは積極的に相手を探そうとはしなかった。
両親もなく借金を背負っていても、そういうワケありの令嬢を買い取るように娶りたい男性はいると小耳に挟んだ。
しかし、そういう男性は大抵が買い取った女性を手酷く扱うとも聞いたので、怖かったのだ。
私用に扱いや労働くらいなら、エステルは全然かまわないけれど、その『手酷く扱う』という意味はよく解らないが、とても恐ろしく感じた。
叔父がこの先、借入金の返却を諦めてくれるというのなら、エステルはアルベルト殿下にそのことで不快な思いをさせることもなく、また万が一だが……王太子から『手酷く』扱われることもないわけだ。
その事に心から感謝し、エステルは叔父とこの件を黙っておくことにしたのだった。
「――そういうわけで、私には王太子妃になることで、叔父から借入金の件を不問にして頂けるという利点があったのです」
バクバクと緊張に胸を鳴らしながら、思い切ってエステルは真相を打ち明けた。
魔女から一方的な逆恨みでかけられた呪いのせいで、エステルを娶らなくてはいけなくなったと詫びる国王に、どうしてもこれ以上は黙っていられなかったのだ。
エステルにも利点があると知れば、国王は気を楽にしてくれるだろうし、王太子に不快な思いをさせたくないとこの件を黙っていた叔父にも、悪い印象は抱くまい。
そう思ったのだが……。
「利用……とは?」
一瞬置いてそう尋ねたアルベルトの目には、強い疑いの色が見える。
当然だ。自分を利用すると言われて、良い気のする人間などいないだろう。
「はい。それが……」
しかし、もう誤魔化したり黙っていることは出来ず、エステルはすっかり白状することにした。
――それは今朝、アルベルトがリスラッキ伯爵家へ迎えに来た時のこと。
迎えに出ようとしたエステルを、叔父が急に書斎へ呼んだのだ。
『君のご両親の借入金だが、こちらの要望をきいてくれるのなら、無利子、無期限、無催促にしてあげよう』
そう言われ、エステルは少し困った。
叔父は生前の両親を経済的に助けてくれたそうだし、一人ぼっちになったエステルを見捨てることなく、使用人として屋敷で働き口も用意してくれた。
とても感謝はしているのだが、時おり叔父はエステルを含む使用人仲間に無茶な要求を出し、それが叶えられないと怒るといった、困った所もあるのだ。
『ご要望とは何でしょうか? 私にできる事なら頑張りたいと思うのですが……』
恐る恐る尋ねると、叔父はエステルを安心させるように、ニコニコしながら肩に手を置いた。
『そんなに難しい事ではないよ。これからも私達一家と親しくして欲しい。それだけだ』
『え……?』
本当にそんな事かと、拍子抜けして目を瞬かせたエステルに、叔父は笑みを深めて頷く。
『特にアンネリーには気遣ってやってもらえないだろうか? 君が王太子妃になって家から出たら、華やかな王宮で私たちのことなど忘れてしまうのではと寂しがっていたのでね』
『そんな! 叔父様には感謝しておりますし、アンネリーを忘れるなんて決してしません』
慌てて首を横に振る。
両親が亡くなってからの生活は、決して楽なものではなかった。それでも借金をすぐに返せと迫られず、寒空の下にも追い出されはしなかった。
それはとても有難い事だと思うのだ。
いつもおさがりのドレスを譲ってくれたアンネリーにだって感謝している。
『それは良かった。では、例の借入金のことについては、王太子殿下にも黙っていなさい』
『黙って? どうしてですか?』
実の所エステルは、アルベルトが迎えに来たらすぐ、自分の現状を包み隠さず打ち明ける気であった。
同情を引きたいのではない。
ただ、呪いで求婚せざるを得ないだけでも気の毒なのに、その相手が借金塗れだったなんてさらに最悪だろう。
せめて、正式に結婚をしてしまう前に先に全てを打ち明けるべきだと思ったのだ。
だが叔父は、エステルの考えとは真逆だったようだ。
『せっかく見つけた運命の相手に多額の借金があるなど、王太子殿下が知ったらきっと不快に思われるだろう。呪いのせいで、何があろうと殿下は君を娶るしかないのだからね』
そう言って叔父は、同情めいた溜息を吐いた。
『それは……』
『私も一臣下として、未来の国王たる王太子殿下に不快な思いはさせたくない。そこで、王太子妃になるエステルへの借入金は黙っておくのが良いと結論した。君が我が家と今後も仲良くしてくれるのなら、最悪は未回収のままでもかまわないと思ってね』
『叔父様……』
エステルは感激に目を潤ませた。
この二年間。アンネリーと共に社交場へ赴いても、エステルは積極的に相手を探そうとはしなかった。
両親もなく借金を背負っていても、そういうワケありの令嬢を買い取るように娶りたい男性はいると小耳に挟んだ。
しかし、そういう男性は大抵が買い取った女性を手酷く扱うとも聞いたので、怖かったのだ。
私用に扱いや労働くらいなら、エステルは全然かまわないけれど、その『手酷く扱う』という意味はよく解らないが、とても恐ろしく感じた。
叔父がこの先、借入金の返却を諦めてくれるというのなら、エステルはアルベルト殿下にそのことで不快な思いをさせることもなく、また万が一だが……王太子から『手酷く』扱われることもないわけだ。
その事に心から感謝し、エステルは叔父とこの件を黙っておくことにしたのだった。
「――そういうわけで、私には王太子妃になることで、叔父から借入金の件を不問にして頂けるという利点があったのです」
バクバクと緊張に胸を鳴らしながら、思い切ってエステルは真相を打ち明けた。
魔女から一方的な逆恨みでかけられた呪いのせいで、エステルを娶らなくてはいけなくなったと詫びる国王に、どうしてもこれ以上は黙っていられなかったのだ。
エステルにも利点があると知れば、国王は気を楽にしてくれるだろうし、王太子に不快な思いをさせたくないとこの件を黙っていた叔父にも、悪い印象は抱くまい。
そう思ったのだが……。
13
お気に入りに追加
110
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる