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11 国王シュベール

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「やぁ。よく来てくれたね」

 エステルがアルベルトの後について入室すると、安楽椅子に掛けていた国王が、柔らかな微笑を浮かべて立ちあがった。
 ロヴァエミニ王国二十六代目国王シュベールは、御年四十八歳。焦げ茶色の髪と同色の豊かな髭を備えた美丈夫である。
 かつて、例の魔女が夢中になったように、彼の若き頃から、多くの女性がその魅力の虜になったと聞く。
 しかしシュベールは決して女色に溺れるでもなく、政略結婚で娶った王妃を大切に慈しみ、人に対しても政治に対しても常に誠実な姿勢を崩さなかった。
 まさに、聖人君子とは彼の為にある言葉だと言われるような人物だ。

「エステル・リスラッキと申します。……お、お初にお目にかかります、陛下」

 そんな人物を前に、エステルは緊張で震える声を絞り出すのが精一杯だった。

「ここは私の私室だから、そんなに固くならなくても大丈夫だよ」

 エステルの緊張を見抜いたように、優しく国王が諭す。

「は、はい……」

「妻は生憎と今日も伏せっていて挨拶ができないのだが、気を悪くしないで欲しい。あれもアルベルトの運命の相手が城に来てくれたことに、大層感謝している」

 面目なさそうに言われ、エステルは慌てて首を横に振った。

「とんでもございません! 王妃様のお身体を第一に考えて頂きたく存じます」

 王妃は元からそれほど身体が丈夫ではなかったそうだが、愛する我が子に呪いをかけられたことが、彼女の心身に大きな負担をかけたらしい。
 アルベルトに呪いをかけられた直後、王妃は倒れて床に伏し、公務にも殆ど姿を見せていない。

(殿下の呪いが解けたら、王妃様も少しはお加減がよくなるかしら……?)

 呪いを解くのに、アルベルトが不本意な結婚をしなければいけないのも王妃にとっては苦悩の種だろう。
 だが、アルベルトは最初にきっぱりとこの結婚は呪いを解く為だけのものだと宣言しているし、エステルもそれを了承している。

「ありがとう。君は優しい子だね」

 国王がニコリと微笑み、手仕草で長椅子に座るよう促される。
 アルベルトがピョンと柔らかな座面に飛び乗り、エステルは一瞬迷ったが、彼の隣に腰を降ろした。

「父上」

 最初に言葉を発したのはアルベルトだった。
 すんなりした尻尾をくるりと身体に巻きつけ、きちんと揃えた前足に乗せた姿は、可愛らしいながら凛とした威厳がある。

「幸いながら、エステル嬢には婚約者や恋人はいないそうです。ですから私との婚姻に支障はないと……」

 そこまで言った所で、国王が眉を潜めた。咳ばらいをして、アルベルトの言葉を遮る。

「肝心なのは、そこではないだろう?」

 咎めるような、悲しむような、複雑な声音だった。

「確かに私は、運命の相手には王太子妃になるよう、王命を出した。それが私の事情に巻き込んでしまったお前に対するせめてもの償いだと思った故だ」

「……全ては魔女の仕業。父上のせいではありません」

「そう言ってくれるのはありがたいが、私にはもう一人、詫びなければいけない人物がいる」

 そう言うと、国王が真っ直ぐにエステルを見つめた。

「エステル嬢。これは国王ではなく一人の父親としての頼みだ。どうかアルベルトと結婚をして呪いから解いてやってくれないだろうか」

 向かいに腰をかけた国王から深々と頭を下げられ、腰が抜けそうなほどに驚いた。

「ど、どうか頭をお上げください、陛下!」

「なっ……父上が頭を下げることなど……!」

 アルベルトも相当に驚いたらしく、ほぼ同時に椅子から立ちあがって言葉を発する。
 しかし国王は顔を上げると、ゆっくりと首を横に振った。

「アルベルト。お前が王太子として相応しくあろうと努力しているのも知っているし、親の贔屓目を覗いても優れた人物だと思う。しかし、初対面のエステル嬢をこうして即座に連れて来られたのは、王命という権力があってのものだ」

「それは……」

「たとえ婚約者や恋人がいなかろうと、我々の身勝手でエステル嬢の未来を一方的に決めてしまったには違いない」

 悲しそうなその声と言葉に、いたたまれずエステルは声をあげた。

「どうぞお構いなく! 私がここにいるのは、私の都合からですので! 申し訳ございませんが、殿下を利用させて頂いたのも同然なのです!」
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