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10 下僕希望
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(き、気まずい……)
子猫のアルベルトを前に、エステルは冷や汗をかいて視線を彷徨わせた。
亡き母が猫アレルギーだったので飼ったことはなかったが、猫は昔から大好きだ。
そしてアルベルトの猫姿は、エステルが今まで見たどの猫よりも愛らしく美しい猫だった。
いけないと思うのに、ついつい見惚れてしまいそうになる。
「……その、服を汚させてしまい、すまなかった」
不意にバツの悪そうな声が聞こえ、思わず小さな猫を見降ろすと、アルベルトは金色の猫耳をシュンと項垂れさせていた。
「え……」
「私の発言で、床に這いつくばらせたりしてしまったからな。すぐに着替えを用意させよう」
「そんな、大丈夫です! このお部屋はとても綺麗なので、どこも汚れておりません!」
実際、ピカピカに磨き上げられた床にはチリ一つなく、エステルは無事なドレスを見せる。
「しかし、失礼だったのは確かなのだし……」
「いえ、不敬をしてしまったのは私ですので、どうぞお気遣いなく」
エステルは丁重にお辞儀をし、同時に胸中で安堵の息を吐いた。
アルベルトが女性嫌いで令嬢達にいつも素っ気ないという噂は聞いていたし、実際に会ったらとっつきにくくて怖い人だと思っていたけれど、意外と優しい人のようだ。
強制的に決められた運命の相手がエステルのようなつまらない令嬢で、貧乏くじを引いたも同然と憤っていただろうに、ドレスが汚れたかもと気遣ってくれたりする。
ともあれ、先ほどに見たアルベルトの変身する瞬間は驚いた。
一瞬、アルベルトの長身が黒っぽい影に包まれてグニャリと揺らいだかと思うと、次の瞬間には子猫の姿になっていたのだ。
「……着替えが不要だと言うのなら、今から出よう。陛下の私室を訪ねることになっている」
アルベルトが小さな前足で、ピシリと部屋の扉を示した。
「陛下の……?」
「そうだ。私の運命の相手が見つかったということは今朝に報告してある。そなたを城に招き次第、紹介することになっているのだが……」
そこでアルベルトは一度言葉を切り、悔しそうに自分の身体を眺める。
「この姿に一度なると、何時間後に戻れるのか解らない。いつまでも陛下をお待たせするわけにもいかないだろう?」
しかも、とアルベルトの口調は更に苛立たし気で悔しそうなものになった。
「この身体では扉も開けられない。妻になる女性に対して無礼なのは承知だが、陛下の私室まで案内するのでそなたに連れて行ってほしい」
「わ、私で宜しければぜひ!」
意思とは無関係に子猫の姿になってしまうというのは、きっとエステルには想像もつかない程不便なものだろう。
それは承知なのだが、なんにせよアルベルトの子猫姿は可愛すぎる。こんなに可愛らしい猫ならば、下僕になっても構わないと思うほど尽くしたい。
ささっとしゃがみこみ、両手を広げる。
「殿下、もしお嫌でなければ、目的地までぜひお運びさせてください!」
頬を緩ませないよう精一杯真面目な表情を作って頼み込んだのだが、フワフワの毛皮をもう一度撫でたいという下心を見透かされたのだろうか?
「近くなので運んでもらわなくて結構だ。扉の開閉だけ頼みたい」
思い切り嫌そうな表情をされたあげく、プイと顔を背けて断られ、エステルはがっくりと肩を落とした。
国王の私室は、アルベルトの執務室からほんの少し歩いた場所にあった。
城の衛兵たちは流石に、アルベルトの変身後の姿を知っていたらしい。
金色の毛並みを揺らして堂々とエステルの前を歩く子猫のアルベルトに、ビシッと丁重に敬礼をする。
おかげでエステルも、初めて歩く城内で不審者のように見られずに済んで助かった。
国王の私室の前にも屈強な衛兵が控えており、アルベルトを見ると、通すように指示がしてあったのだろう。
扉を叩いて王太子の訪問を告げ、国王の返事と共に扉を開いた。
子猫のアルベルトを前に、エステルは冷や汗をかいて視線を彷徨わせた。
亡き母が猫アレルギーだったので飼ったことはなかったが、猫は昔から大好きだ。
そしてアルベルトの猫姿は、エステルが今まで見たどの猫よりも愛らしく美しい猫だった。
いけないと思うのに、ついつい見惚れてしまいそうになる。
「……その、服を汚させてしまい、すまなかった」
不意にバツの悪そうな声が聞こえ、思わず小さな猫を見降ろすと、アルベルトは金色の猫耳をシュンと項垂れさせていた。
「え……」
「私の発言で、床に這いつくばらせたりしてしまったからな。すぐに着替えを用意させよう」
「そんな、大丈夫です! このお部屋はとても綺麗なので、どこも汚れておりません!」
実際、ピカピカに磨き上げられた床にはチリ一つなく、エステルは無事なドレスを見せる。
「しかし、失礼だったのは確かなのだし……」
「いえ、不敬をしてしまったのは私ですので、どうぞお気遣いなく」
エステルは丁重にお辞儀をし、同時に胸中で安堵の息を吐いた。
アルベルトが女性嫌いで令嬢達にいつも素っ気ないという噂は聞いていたし、実際に会ったらとっつきにくくて怖い人だと思っていたけれど、意外と優しい人のようだ。
強制的に決められた運命の相手がエステルのようなつまらない令嬢で、貧乏くじを引いたも同然と憤っていただろうに、ドレスが汚れたかもと気遣ってくれたりする。
ともあれ、先ほどに見たアルベルトの変身する瞬間は驚いた。
一瞬、アルベルトの長身が黒っぽい影に包まれてグニャリと揺らいだかと思うと、次の瞬間には子猫の姿になっていたのだ。
「……着替えが不要だと言うのなら、今から出よう。陛下の私室を訪ねることになっている」
アルベルトが小さな前足で、ピシリと部屋の扉を示した。
「陛下の……?」
「そうだ。私の運命の相手が見つかったということは今朝に報告してある。そなたを城に招き次第、紹介することになっているのだが……」
そこでアルベルトは一度言葉を切り、悔しそうに自分の身体を眺める。
「この姿に一度なると、何時間後に戻れるのか解らない。いつまでも陛下をお待たせするわけにもいかないだろう?」
しかも、とアルベルトの口調は更に苛立たし気で悔しそうなものになった。
「この身体では扉も開けられない。妻になる女性に対して無礼なのは承知だが、陛下の私室まで案内するのでそなたに連れて行ってほしい」
「わ、私で宜しければぜひ!」
意思とは無関係に子猫の姿になってしまうというのは、きっとエステルには想像もつかない程不便なものだろう。
それは承知なのだが、なんにせよアルベルトの子猫姿は可愛すぎる。こんなに可愛らしい猫ならば、下僕になっても構わないと思うほど尽くしたい。
ささっとしゃがみこみ、両手を広げる。
「殿下、もしお嫌でなければ、目的地までぜひお運びさせてください!」
頬を緩ませないよう精一杯真面目な表情を作って頼み込んだのだが、フワフワの毛皮をもう一度撫でたいという下心を見透かされたのだろうか?
「近くなので運んでもらわなくて結構だ。扉の開閉だけ頼みたい」
思い切り嫌そうな表情をされたあげく、プイと顔を背けて断られ、エステルはがっくりと肩を落とした。
国王の私室は、アルベルトの執務室からほんの少し歩いた場所にあった。
城の衛兵たちは流石に、アルベルトの変身後の姿を知っていたらしい。
金色の毛並みを揺らして堂々とエステルの前を歩く子猫のアルベルトに、ビシッと丁重に敬礼をする。
おかげでエステルも、初めて歩く城内で不審者のように見られずに済んで助かった。
国王の私室の前にも屈強な衛兵が控えており、アルベルトを見ると、通すように指示がしてあったのだろう。
扉を叩いて王太子の訪問を告げ、国王の返事と共に扉を開いた。
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