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本編
19 異種族間の交際哲学
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満月祭から、二週間が無事に過ぎていた。
ギルベルトにロープを噛み切ってもらった後、エメリナは辺りを見渡し、途方にくれてしまった。
何しろギルベルトは狼のままだし、地面には瀕死の退魔士。公園が無人とはいえ、結界を解いた後にどうしたらいいか……。
選択肢は一つだった。ジークの上着を探って自分のスマホを取りかえし、即座にウリセスへ助けを求めたのだ。
すぐさま来てくれたウリセスは、素晴らしい暗躍ぶりで、瞬く間にもろもろの難処理を片付てしまった。
あまりの鮮やかさに感心し、自分が隠し撮った動画なんか、必要なかったと思ったほどだ。
ギルベルトの家で報告を聞き、携帯端末を返してもらった時に、ついそれが顔に出たらしい。
唐突にウリセスが手を伸ばし、頭を撫で撫でされた。
『他人が眩しく見えて、自分がつまらない存在に思えるなんて、よくある事じゃないですしょうかね?』
『――え?』
『僕も子どもの頃、狼に変身してみたいと、よく思ったものです』
変身できない遠縁から視線を向けられ、ギルベルトが意外そうな顔をしていた。
『動画の他にも手段があったのは確かですが、ジークには一番効果的だったと思いますよ。それに、力で勝る相手に知恵で一泡吹かせるお話は、古来から大人気の王道じゃないですか』
アイスブルーの目が、優しく細められる。まったくタイプが違う顔立ちなのに、こんな表情をすると、ギルベルトによく似て見えた。
『このデータは、エメリナが他力本願の無能な子ではないとの、証拠品ですよ』
密かに感じていた不安を見抜かれ、声が出なかった。
結局、いいように人質に捕られてギルベルトをおびき寄せてしまったあげく、ウリセスに全部の後始末をしてもらったと、心苦しかったのだ。
『僕もエメリナを助手に欲しくなりました』
ウリセスがそういった途端、ギルベルトに腕をとられ、引き剥がされた。
『駄目! 絶対駄目だ!』
大慌てのギルベルトに、ウリセスがタチの悪い笑みを向ける。
『冗談ですって。適材適所が、うちのモットーでしょう? エメリナにはここがピッタリですよ』
ジークも順調に回復し、早くも右腕のリハビリを熱心に取り組んでいると、ウリセスは教えてくれた。
あの凶暴凶悪な退魔士が回復しているなんて、そら恐ろしい気がするが、なぜか少しだけホっとした。
多分、ちらっと見えたあのストラップと、それを指摘された時の、あからさまな動揺を含んだ様子のせいだ。
彼の元には最高の見舞い客が通っているし、とても面白いものを見たと、ウリセスはニヤニヤしていたが、それは詳しく聞かせてくれなかった。
ギルベルトも特に意見は言わなかったが、ホッとしているようだった。もう会うこともないだろうが、同族が死なずに済んだことを、喜んでいるのかも知れない。
***
「――この部分は、狼になった時のためだったんですね」
書斎の大きな窓から、オレンジ色の夕日が差し込み、エメリナとギルベルトを照らす。まもなく夜だが、今夜は新月だ。姿を消した月の変わりに、地上のネオンが夜を賑わせるだろう。
書斎の床にペタンと座り込んだエメリナは、ギルベルトのバックパックを感心して眺めた。
レンジャーの仕事に赴く時に使うそれには、どう考えても不思議な位置に余分な背負い紐が縫い付けられている。
前々から不思議だったが、狼に変化した時にも背負えるための型に改造したものだと聞き、納得できた。
「ああ。狼姿になった方が動くのには便利なんだが、衣服も着れないし荷物の持ち運びも不便で、色々と工夫していたんだ」
ギルベルトが頷き、バッグパックへ荷物を詰めはじめた。
先月からウリセスを散々こき使った代償として、お使いを命じられることになったのだ。
行き先は、とある山岳地帯に住む少数民族の村で、彼らだけが作れる香料を買いに行く。
それほど危険地域ではないが、村人はひどく気難しいらしく、気に入らない相手は即座に追い払う。ギルベルトは以前、無事に購入できたが、今のところ脱落者が続出中らしい。
ギルベルトが荷造りをする横で、エメリナも大はりきりで、自分用に購入したバックパックを取り出す。
「同行できるなんて、夢見たいです」
今回の仕事に、一緒に来てくれないかと誘われた時には、本当に夢だと思って自分を引っぱたいた。
行き先は遺跡ではないけれど、独自の文化を持つその村は、以前にギルベルトから聞いて、とても興味を引かれていた場所だ。
「本当は、エメリナくんが一緒に来てくれたら、どんなに助かるかと、ずっと思っていた」
もう、人狼を隠さなくても良いのだからと、ギルベルトは照れくさそうに笑う。
「もっとも、エメリナくんの同行を一番喜びそうなのは、ウリセスだけどな」
エメリナが同行すれば現地の写真も取れるし、レコーダー類も使える。ウリセスにとって最も重要な宝物の『情報』が、格段に多く手に入るだろう。
荷物を詰め終わると、ギルベルトはふと心配そうな顔になった。
「でも、ご両親は本当に良かったのかな?」
「大丈夫です!」
エメリナは堂々と胸を張る。
先日、ギルベルトと共に実家へ行ってきたのだ。
エメリナをレンジャーとして同行させるなら、危険は少なくともご両親の了解を取るべきだと、彼の主張だった。
心配した母の舌戦は凄まじかったが、結局は父&エメリナの粘り勝ちとなった。それに本当の決め手は、母が相当にギルベルトを気に入ったことだったろう。
『こんな良い男、絶対に逃がしちゃだめよ! お母さんだって若い頃、お父さんを地の果てまでも追いかけてく覚悟で、ようやく捕まえたんだから!』
返り際にヒソヒソと囁かれ、赤面した。
まったく、あの母は……。
「……ところで、今回はエメリナくんにも相当迷惑をかけたから、何かお礼をしたいんだが」
不意にそんな事を言われ、驚いた。
「俺に出来る事があったら、何でも言ってくれ」
「え、そ、そんな……」
この二週間、ギルベルトと色んな話をし、彼自身についても、人狼についても、たくさんの事を教えて貰った。
満月祭の習慣に、北国フロッケンベルクと人狼の因縁。人狼を滅ぼしたのは、濃くなりすぎた血が起こした凶暴性の暴走ということなど……その殆どが、歴史の表に知られていない、狼の子孫だけの秘密だ。
あの満月の夜、彼を人間社会に引き戻したのが最良の選択だったのか、正直に言えば自信がなかった。
それを告げると、エメリナの傍にいれば苦痛が和らぐのだと、教えられた。
『選択したのは俺で、間違っていなかったと自信がある』
そう言って貰えたのがあまりに幸せで、泣きそうになった。
どうしてこう、いちいち人を有頂天にさせるのが上手なのだろう。嬉しすぎて困るくらいだ。大好きで大好きで仕方ない。
「―――本当に何でも良いなら……あの、一個だけお願いが……」
ゴクリと唾を飲み、おずおずと口を開いた。
「ああ、何をすればいい?」
ニコニコと微笑むギルベルトを前に、顔が赤らむのを感じた。
――ほらほら、千載一遇のチャンスだよ? やりたいでしょ? 我慢することないよ! ……と、エメリナを唆す声が脳裏に聞える。
スーツ姿の撮影会も捨てがたいが、あの魅力には勝てない。しかも今日はちょうど新月。
ギルベルトはいつでも狼の姿になれるが、昼だったり月が細ければ、変身しても駆け回りたくなったりしないそうだ。
大きく深呼吸し、思い切って要求した。
「先生の毛皮! 思いっ切り、もふもふさせてください!!」
「……も、もふもふ?」
唖然とした顔で聞き返されたが、こうなれば自棄だと、勢いで詰め寄る。
「狼になった先生、すごく手触り良くって気持ち良いんです! 撫で繰り回して顔を埋めて、尻尾とか耳とか……!!」
「あ、ああ、解ったから落ち着いてくれ。けど、そんな事で良いのか?」
驚いた顔のギルベルトに、猛烈な勢いで頷いた。
「はい! だって……」
これこそが、ギルベルトに信頼されていなくては叶えられない、最高の願い事だ。
研究資料でいっぱいの書斎と裏腹に、寝室にあるのはベッドとチェストくらいだ。部屋自体はそう広くなくても、大きな狼が床に寝そべる空間は、十分にある。
「はぁ~幸せ……」
エメリナは床に膝をつき、両腕をいっぱいに伸ばして狼の身体に抱きつく。
――これ、これ! この手触りが忘れられなかった!!
以前に触った時は、二回とも慌しい非常事態の真っ最中で、楽しむ余裕など到底なかったのが心底悔しかったのだ。
暗灰色の毛皮に顔を埋め、極上の感触を思う存分堪能する。
ギルベルトは前足へ顎を乗せ、静かに目を閉じていた。人間の時も彼は背が高いが、狼の姿になると、更に大きくなる。
これが普通の獣なら、確かに恐怖を覚え、こんなに擦り寄るなど出来なかっただろう。湿った黒い鼻先や、柔らかい腹部までも触らせてもらえるのは、これがギルベルトだからだ。
時おり耳がピクピク動き、尻尾がパサンと揺れる様子もたまらない。
暖かな身体に頬を擦り寄せると、心臓の鼓動が伝わり、かすかに喉がグルグルと低く鳴る音が聞こえる。
「先生、大好き……」
抱きついたまま、うっとり呟くと、不意にギルベルトが身体を起こした。ブルンと大きく身を一振りし、見る見るうちに人間の姿へと戻っていく。
「これ以上の生殺しは勘弁してくれ!」
悲鳴のように訴えられたかと思うと、次の瞬間には押し倒されていた。
「え!? え!?」
「新月だから大丈夫だと思ったら、とんだ計算違いだった」
エメリナを組み伏せ、ギルベルトが呻く。
「嗅覚が鋭くなるせいだと思うが……あの姿でエメリナくんに撫でられ続けると……」
「な、何か、具合でも悪くさせちゃいましたか!?」
うろたえて尋ねると、ギルベルトはパクパク口を開け閉めし、何度か躊躇ったあげく、非常に気まずそうに白状した。
「っ……狼のまま、襲いそうになる……」
しばしの沈黙のあと、念のために聞いてみた。
「ええと……それは、噛みつきたくなるという意味でしょうか?」
「……いや、性的な……って、頼むから、言わせないでくれ!」
――しまった。先生が凹んだ。
つい、ちょっと涙目になったギルベルトも萌えるなぁと思ってしまったら、ベッドに引っ張り上げられた。
「エメリナくんも、けっこう意地悪だ」
少し拗ねたような口調が、やけに可愛い。唇が合わさり、問答無用で衣服が剥ぎ取られていく。
(狼姿の先生と、かぁ……)
ギルベルトなら良いかと、少しだけ思ってしまう。器が人でも狼でも、中身は同じなのだから。
「――あ、ん、ん、あああ!!!」
ビクビクと全身を引きつらせ、両手の指が白くなるほどシーツを握り締める。
「や、あ……ふ……も、も、だめ……」
息も絶え絶えにエメリナは訴えた。もう何度も意識が飛んでいるのに、抱き締める人狼の子孫は容赦してくれない。
「エメリナが可愛すぎて、止まらない」
陶然とした声で囁かれる。
ドラゴン騒動の後もそうだったが、今のギルベルトは、少々我を忘れていらっしゃるご様子だった。
普段は自制心が強すぎる反動なのか、こういう時の彼はとてもタチが悪い。
執拗な愛撫と強すぎる性感に、エメリナが泣き叫んでも手を緩めず、いっそう楽しそうに攻め立て貪る。
何度も注ぎ込まれた精が、突かれるたびにあふれ出してくる。内腿はとうにドロドロで、細い液筋が足首までも伝っていた。
「ふあっ! あ、ああっ!」
耳を甘く噛まれるのさえ、今は強烈な刺激で身悶える。
痛みは欠片も与えられなくとも、過ぎる快楽は苦痛になると、嫌というほど思い知らされた。
ああ、体力有り余る人狼の取り扱いは、要注意。
狼になったギルベルトも大好きだ。見惚れるほど格好いいし、あの暖かな毛皮をもふもふする快感も素晴らしい。
――だが、その後にはとんでもない代償が待っている。
異種族は時に理解しがたく、いつの時代も互いに偏見をもっている。
それでも、人と狼の二つ姿を持つ北の魔獣の伝説を、幼い頃には震えながら聞いていたのに、愛しいギルベルトをもっと知り、いつまでも一緒にいたい。
とりあえず、一番身近な成功例の両親を見て、異種族間の愛を育む哲学を、もっと学ぶことにしようか。
ギルベルトにロープを噛み切ってもらった後、エメリナは辺りを見渡し、途方にくれてしまった。
何しろギルベルトは狼のままだし、地面には瀕死の退魔士。公園が無人とはいえ、結界を解いた後にどうしたらいいか……。
選択肢は一つだった。ジークの上着を探って自分のスマホを取りかえし、即座にウリセスへ助けを求めたのだ。
すぐさま来てくれたウリセスは、素晴らしい暗躍ぶりで、瞬く間にもろもろの難処理を片付てしまった。
あまりの鮮やかさに感心し、自分が隠し撮った動画なんか、必要なかったと思ったほどだ。
ギルベルトの家で報告を聞き、携帯端末を返してもらった時に、ついそれが顔に出たらしい。
唐突にウリセスが手を伸ばし、頭を撫で撫でされた。
『他人が眩しく見えて、自分がつまらない存在に思えるなんて、よくある事じゃないですしょうかね?』
『――え?』
『僕も子どもの頃、狼に変身してみたいと、よく思ったものです』
変身できない遠縁から視線を向けられ、ギルベルトが意外そうな顔をしていた。
『動画の他にも手段があったのは確かですが、ジークには一番効果的だったと思いますよ。それに、力で勝る相手に知恵で一泡吹かせるお話は、古来から大人気の王道じゃないですか』
アイスブルーの目が、優しく細められる。まったくタイプが違う顔立ちなのに、こんな表情をすると、ギルベルトによく似て見えた。
『このデータは、エメリナが他力本願の無能な子ではないとの、証拠品ですよ』
密かに感じていた不安を見抜かれ、声が出なかった。
結局、いいように人質に捕られてギルベルトをおびき寄せてしまったあげく、ウリセスに全部の後始末をしてもらったと、心苦しかったのだ。
『僕もエメリナを助手に欲しくなりました』
ウリセスがそういった途端、ギルベルトに腕をとられ、引き剥がされた。
『駄目! 絶対駄目だ!』
大慌てのギルベルトに、ウリセスがタチの悪い笑みを向ける。
『冗談ですって。適材適所が、うちのモットーでしょう? エメリナにはここがピッタリですよ』
ジークも順調に回復し、早くも右腕のリハビリを熱心に取り組んでいると、ウリセスは教えてくれた。
あの凶暴凶悪な退魔士が回復しているなんて、そら恐ろしい気がするが、なぜか少しだけホっとした。
多分、ちらっと見えたあのストラップと、それを指摘された時の、あからさまな動揺を含んだ様子のせいだ。
彼の元には最高の見舞い客が通っているし、とても面白いものを見たと、ウリセスはニヤニヤしていたが、それは詳しく聞かせてくれなかった。
ギルベルトも特に意見は言わなかったが、ホッとしているようだった。もう会うこともないだろうが、同族が死なずに済んだことを、喜んでいるのかも知れない。
***
「――この部分は、狼になった時のためだったんですね」
書斎の大きな窓から、オレンジ色の夕日が差し込み、エメリナとギルベルトを照らす。まもなく夜だが、今夜は新月だ。姿を消した月の変わりに、地上のネオンが夜を賑わせるだろう。
書斎の床にペタンと座り込んだエメリナは、ギルベルトのバックパックを感心して眺めた。
レンジャーの仕事に赴く時に使うそれには、どう考えても不思議な位置に余分な背負い紐が縫い付けられている。
前々から不思議だったが、狼に変化した時にも背負えるための型に改造したものだと聞き、納得できた。
「ああ。狼姿になった方が動くのには便利なんだが、衣服も着れないし荷物の持ち運びも不便で、色々と工夫していたんだ」
ギルベルトが頷き、バッグパックへ荷物を詰めはじめた。
先月からウリセスを散々こき使った代償として、お使いを命じられることになったのだ。
行き先は、とある山岳地帯に住む少数民族の村で、彼らだけが作れる香料を買いに行く。
それほど危険地域ではないが、村人はひどく気難しいらしく、気に入らない相手は即座に追い払う。ギルベルトは以前、無事に購入できたが、今のところ脱落者が続出中らしい。
ギルベルトが荷造りをする横で、エメリナも大はりきりで、自分用に購入したバックパックを取り出す。
「同行できるなんて、夢見たいです」
今回の仕事に、一緒に来てくれないかと誘われた時には、本当に夢だと思って自分を引っぱたいた。
行き先は遺跡ではないけれど、独自の文化を持つその村は、以前にギルベルトから聞いて、とても興味を引かれていた場所だ。
「本当は、エメリナくんが一緒に来てくれたら、どんなに助かるかと、ずっと思っていた」
もう、人狼を隠さなくても良いのだからと、ギルベルトは照れくさそうに笑う。
「もっとも、エメリナくんの同行を一番喜びそうなのは、ウリセスだけどな」
エメリナが同行すれば現地の写真も取れるし、レコーダー類も使える。ウリセスにとって最も重要な宝物の『情報』が、格段に多く手に入るだろう。
荷物を詰め終わると、ギルベルトはふと心配そうな顔になった。
「でも、ご両親は本当に良かったのかな?」
「大丈夫です!」
エメリナは堂々と胸を張る。
先日、ギルベルトと共に実家へ行ってきたのだ。
エメリナをレンジャーとして同行させるなら、危険は少なくともご両親の了解を取るべきだと、彼の主張だった。
心配した母の舌戦は凄まじかったが、結局は父&エメリナの粘り勝ちとなった。それに本当の決め手は、母が相当にギルベルトを気に入ったことだったろう。
『こんな良い男、絶対に逃がしちゃだめよ! お母さんだって若い頃、お父さんを地の果てまでも追いかけてく覚悟で、ようやく捕まえたんだから!』
返り際にヒソヒソと囁かれ、赤面した。
まったく、あの母は……。
「……ところで、今回はエメリナくんにも相当迷惑をかけたから、何かお礼をしたいんだが」
不意にそんな事を言われ、驚いた。
「俺に出来る事があったら、何でも言ってくれ」
「え、そ、そんな……」
この二週間、ギルベルトと色んな話をし、彼自身についても、人狼についても、たくさんの事を教えて貰った。
満月祭の習慣に、北国フロッケンベルクと人狼の因縁。人狼を滅ぼしたのは、濃くなりすぎた血が起こした凶暴性の暴走ということなど……その殆どが、歴史の表に知られていない、狼の子孫だけの秘密だ。
あの満月の夜、彼を人間社会に引き戻したのが最良の選択だったのか、正直に言えば自信がなかった。
それを告げると、エメリナの傍にいれば苦痛が和らぐのだと、教えられた。
『選択したのは俺で、間違っていなかったと自信がある』
そう言って貰えたのがあまりに幸せで、泣きそうになった。
どうしてこう、いちいち人を有頂天にさせるのが上手なのだろう。嬉しすぎて困るくらいだ。大好きで大好きで仕方ない。
「―――本当に何でも良いなら……あの、一個だけお願いが……」
ゴクリと唾を飲み、おずおずと口を開いた。
「ああ、何をすればいい?」
ニコニコと微笑むギルベルトを前に、顔が赤らむのを感じた。
――ほらほら、千載一遇のチャンスだよ? やりたいでしょ? 我慢することないよ! ……と、エメリナを唆す声が脳裏に聞える。
スーツ姿の撮影会も捨てがたいが、あの魅力には勝てない。しかも今日はちょうど新月。
ギルベルトはいつでも狼の姿になれるが、昼だったり月が細ければ、変身しても駆け回りたくなったりしないそうだ。
大きく深呼吸し、思い切って要求した。
「先生の毛皮! 思いっ切り、もふもふさせてください!!」
「……も、もふもふ?」
唖然とした顔で聞き返されたが、こうなれば自棄だと、勢いで詰め寄る。
「狼になった先生、すごく手触り良くって気持ち良いんです! 撫で繰り回して顔を埋めて、尻尾とか耳とか……!!」
「あ、ああ、解ったから落ち着いてくれ。けど、そんな事で良いのか?」
驚いた顔のギルベルトに、猛烈な勢いで頷いた。
「はい! だって……」
これこそが、ギルベルトに信頼されていなくては叶えられない、最高の願い事だ。
研究資料でいっぱいの書斎と裏腹に、寝室にあるのはベッドとチェストくらいだ。部屋自体はそう広くなくても、大きな狼が床に寝そべる空間は、十分にある。
「はぁ~幸せ……」
エメリナは床に膝をつき、両腕をいっぱいに伸ばして狼の身体に抱きつく。
――これ、これ! この手触りが忘れられなかった!!
以前に触った時は、二回とも慌しい非常事態の真っ最中で、楽しむ余裕など到底なかったのが心底悔しかったのだ。
暗灰色の毛皮に顔を埋め、極上の感触を思う存分堪能する。
ギルベルトは前足へ顎を乗せ、静かに目を閉じていた。人間の時も彼は背が高いが、狼の姿になると、更に大きくなる。
これが普通の獣なら、確かに恐怖を覚え、こんなに擦り寄るなど出来なかっただろう。湿った黒い鼻先や、柔らかい腹部までも触らせてもらえるのは、これがギルベルトだからだ。
時おり耳がピクピク動き、尻尾がパサンと揺れる様子もたまらない。
暖かな身体に頬を擦り寄せると、心臓の鼓動が伝わり、かすかに喉がグルグルと低く鳴る音が聞こえる。
「先生、大好き……」
抱きついたまま、うっとり呟くと、不意にギルベルトが身体を起こした。ブルンと大きく身を一振りし、見る見るうちに人間の姿へと戻っていく。
「これ以上の生殺しは勘弁してくれ!」
悲鳴のように訴えられたかと思うと、次の瞬間には押し倒されていた。
「え!? え!?」
「新月だから大丈夫だと思ったら、とんだ計算違いだった」
エメリナを組み伏せ、ギルベルトが呻く。
「嗅覚が鋭くなるせいだと思うが……あの姿でエメリナくんに撫でられ続けると……」
「な、何か、具合でも悪くさせちゃいましたか!?」
うろたえて尋ねると、ギルベルトはパクパク口を開け閉めし、何度か躊躇ったあげく、非常に気まずそうに白状した。
「っ……狼のまま、襲いそうになる……」
しばしの沈黙のあと、念のために聞いてみた。
「ええと……それは、噛みつきたくなるという意味でしょうか?」
「……いや、性的な……って、頼むから、言わせないでくれ!」
――しまった。先生が凹んだ。
つい、ちょっと涙目になったギルベルトも萌えるなぁと思ってしまったら、ベッドに引っ張り上げられた。
「エメリナくんも、けっこう意地悪だ」
少し拗ねたような口調が、やけに可愛い。唇が合わさり、問答無用で衣服が剥ぎ取られていく。
(狼姿の先生と、かぁ……)
ギルベルトなら良いかと、少しだけ思ってしまう。器が人でも狼でも、中身は同じなのだから。
「――あ、ん、ん、あああ!!!」
ビクビクと全身を引きつらせ、両手の指が白くなるほどシーツを握り締める。
「や、あ……ふ……も、も、だめ……」
息も絶え絶えにエメリナは訴えた。もう何度も意識が飛んでいるのに、抱き締める人狼の子孫は容赦してくれない。
「エメリナが可愛すぎて、止まらない」
陶然とした声で囁かれる。
ドラゴン騒動の後もそうだったが、今のギルベルトは、少々我を忘れていらっしゃるご様子だった。
普段は自制心が強すぎる反動なのか、こういう時の彼はとてもタチが悪い。
執拗な愛撫と強すぎる性感に、エメリナが泣き叫んでも手を緩めず、いっそう楽しそうに攻め立て貪る。
何度も注ぎ込まれた精が、突かれるたびにあふれ出してくる。内腿はとうにドロドロで、細い液筋が足首までも伝っていた。
「ふあっ! あ、ああっ!」
耳を甘く噛まれるのさえ、今は強烈な刺激で身悶える。
痛みは欠片も与えられなくとも、過ぎる快楽は苦痛になると、嫌というほど思い知らされた。
ああ、体力有り余る人狼の取り扱いは、要注意。
狼になったギルベルトも大好きだ。見惚れるほど格好いいし、あの暖かな毛皮をもふもふする快感も素晴らしい。
――だが、その後にはとんでもない代償が待っている。
異種族は時に理解しがたく、いつの時代も互いに偏見をもっている。
それでも、人と狼の二つ姿を持つ北の魔獣の伝説を、幼い頃には震えながら聞いていたのに、愛しいギルベルトをもっと知り、いつまでも一緒にいたい。
とりあえず、一番身近な成功例の両親を見て、異種族間の愛を育む哲学を、もっと学ぶことにしようか。
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定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
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