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本編
13 有能多才のエリート社員
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エメリナの連絡を受けたウリセスは、微塵も驚いていないようだった。
「もしかしてと、調べていましたよ。やっぱりギルでしたか」
そしてたった三時間で、エメリナとギルベルトの荷物を回収してきてくれたのだ。
ついでにと、エメリナに必要な着替えまで持ってきてくれたのには恐れ入った。
なぜかその衣類も『経費落ち』だと言うので、心から感謝をのべ、ありがたく頂いた。
バッグは何度も踏まれたらしく、中に入れていたスマホは無残に割れて壊れていたが、財布や鍵は無事だったのが、せめてもの救いだ。
そもそもイスパニラ王都で、落とした免許証やカード類が無事に戻ってくるなんて、奇跡と言うほかない。
ただ、あの写真を収めた携帯端末だけはどうしても見つからなかったので、悪用されないよう、ひとまず解約してくれたそうだ。
ギルベルトと一緒に写っている写真を思うと悔しくて地団太を踏みたくなるが、涙を呑んで諦めることにした。
それに、他に個人情報などを記している部分はパスワードを二重にかけてあるから、もし誰かに盗られたとしてもそう簡単には開けられない。せいぜい全てのデータを消して、再利用か中古ショップに売られるくらい。
まだ幸いだったと、エメリナは胸中で自分を慰めた。
あれを手に入れたデートの翌日から浮かれ気分満載でつけていた秘密日記を見られたら、羞恥で死ねる。
「ウリセス……頼んでおいてなんだけれど、一体どうやってこれを引き取れたの?」
災害地の遺失物は、役所で引き取りを厳しくチェックされる。どうして本人でもないのに受け取れたのか、不思議でしかたない。
バーグレイ・カンパニーきってのエリート社員は、フフンと得意そうな顔で笑った。
「企業秘密ですよ」
彼はソファーに腰掛け、紅茶と五枚目のホットケーキを口にしている最中だった。なにしろ二人の荷物回収に忙しく、昨夜から何も食べていなかったそうだ。
細身のシルエットに似合わぬ怒涛の食欲でホットケーキ貪り、ジロリとギルベルトを見えげる。
「それはともかく。ギル、今回の騒動は後始末が大変そうですよ。新聞もテレビも大騒ぎです」
「すまない」
フライパンを片手に、ギルベルトがシュンとうな垂れた。
「でも、先生は子どもを助けようと……」
弁護しかけたエメリナに、ウリセスは片手を振って止めた。
「ギルが子どもを見殺しにしていても、僕は責めませんでしたよ。誰しも保身は当然ですし、ギルの立場なら尚更でしょう」
「……一族の皆に迷惑をかけたのは、本当にすまなかったと思っている」
古風な家具に彩られた室内が、シンと静まり返る。
それを唐突に、ウリセスの笑い声が破った。
「あははっ!すいません、イジメすぎちゃいましたね~。あいかわらず、ギルは真面目で可愛いんですから」
ケラケラ笑う親戚を、今度はギルベルトが睨む。
「あのなぁ!俺は本気で悩んで……」
「人に残業と休日出勤をさせて、自分たちはリア充全開なんてしているからですよ」
食後の紅茶をすすり、ウリセスは人の悪い笑みを浮べた。
首元にうっすら残った鬱血を指差され、エメリナは即座に手で隠す。
「あっ!あの、これは、その……」
赤面したエメリナを眺め、ふとウリセスがまた真面目な顔になった。
「エメリナ。ギルと一族について知った事は、今後何があろうと一切他言無用です。これに反すれば、バーグレイ・カンパニーを敵に回すと肝に銘じてください」
ウリセスの表情は氷の刃のように鋭利で冷たく、いつもとまるで別人のように感じた。
「おい、ウリセス……」
声を荒げたギルベルトへも、凍りつかせそうなアイスブルーの視線が向く。
「念を押しておくのは、彼女の為を思うからこそですよ。心配しなくとも、彼女がそう愚かでないのは、貴方が一番ご存知でしょう」
ギルベルトが頷くと、氷の視線が再びエメリナへ向く。
だが、その有無を言わせぬ静かな迫力がなくとも、もとからそんなつもりは無い。
「誓って、誰にも言いません。私はここが好きですから」
きっぱり宣言すると、ウリセスの表情が和らいだ。
「ありがとうございます。僕としても、個人的に君が気に入っていますからね」
いつもの陽気な表情へ戻った青年は、自分の鞄をゴソゴソ探り、ラッピングされた紙包みを取り出す。
「あの子を見殺しにしても責めませんがね、さぞ胸くそ悪い気分にはなったでしょう。
会長と社長も同意見でして、後の始末は心配しないように、とのお達しです」
そしてエメリナの手に、紙包みが押し付けられた。
「これは、バーグレイ・カンパニーからの歓迎プレゼントです」
「え……?」
開けてみると、中には無くした携帯端末とまったく同じ新品が入っていた。
「昨日の雨では、見つかっても壊れてしまっている可能性が高いですからね」
ウリセスはソファーから立ちあがり、ギルベルトとエメリナをぐいぐい押して、並んで座らせる。
そしてエメリナの手から携帯端末を取り上げ、にこやかな笑みを浮べ、カメラレンズを向けた。
「ほら、笑ってくださいよ。また今度、スーツ姿もとってあげますから」
「もしかしてと、調べていましたよ。やっぱりギルでしたか」
そしてたった三時間で、エメリナとギルベルトの荷物を回収してきてくれたのだ。
ついでにと、エメリナに必要な着替えまで持ってきてくれたのには恐れ入った。
なぜかその衣類も『経費落ち』だと言うので、心から感謝をのべ、ありがたく頂いた。
バッグは何度も踏まれたらしく、中に入れていたスマホは無残に割れて壊れていたが、財布や鍵は無事だったのが、せめてもの救いだ。
そもそもイスパニラ王都で、落とした免許証やカード類が無事に戻ってくるなんて、奇跡と言うほかない。
ただ、あの写真を収めた携帯端末だけはどうしても見つからなかったので、悪用されないよう、ひとまず解約してくれたそうだ。
ギルベルトと一緒に写っている写真を思うと悔しくて地団太を踏みたくなるが、涙を呑んで諦めることにした。
それに、他に個人情報などを記している部分はパスワードを二重にかけてあるから、もし誰かに盗られたとしてもそう簡単には開けられない。せいぜい全てのデータを消して、再利用か中古ショップに売られるくらい。
まだ幸いだったと、エメリナは胸中で自分を慰めた。
あれを手に入れたデートの翌日から浮かれ気分満載でつけていた秘密日記を見られたら、羞恥で死ねる。
「ウリセス……頼んでおいてなんだけれど、一体どうやってこれを引き取れたの?」
災害地の遺失物は、役所で引き取りを厳しくチェックされる。どうして本人でもないのに受け取れたのか、不思議でしかたない。
バーグレイ・カンパニーきってのエリート社員は、フフンと得意そうな顔で笑った。
「企業秘密ですよ」
彼はソファーに腰掛け、紅茶と五枚目のホットケーキを口にしている最中だった。なにしろ二人の荷物回収に忙しく、昨夜から何も食べていなかったそうだ。
細身のシルエットに似合わぬ怒涛の食欲でホットケーキ貪り、ジロリとギルベルトを見えげる。
「それはともかく。ギル、今回の騒動は後始末が大変そうですよ。新聞もテレビも大騒ぎです」
「すまない」
フライパンを片手に、ギルベルトがシュンとうな垂れた。
「でも、先生は子どもを助けようと……」
弁護しかけたエメリナに、ウリセスは片手を振って止めた。
「ギルが子どもを見殺しにしていても、僕は責めませんでしたよ。誰しも保身は当然ですし、ギルの立場なら尚更でしょう」
「……一族の皆に迷惑をかけたのは、本当にすまなかったと思っている」
古風な家具に彩られた室内が、シンと静まり返る。
それを唐突に、ウリセスの笑い声が破った。
「あははっ!すいません、イジメすぎちゃいましたね~。あいかわらず、ギルは真面目で可愛いんですから」
ケラケラ笑う親戚を、今度はギルベルトが睨む。
「あのなぁ!俺は本気で悩んで……」
「人に残業と休日出勤をさせて、自分たちはリア充全開なんてしているからですよ」
食後の紅茶をすすり、ウリセスは人の悪い笑みを浮べた。
首元にうっすら残った鬱血を指差され、エメリナは即座に手で隠す。
「あっ!あの、これは、その……」
赤面したエメリナを眺め、ふとウリセスがまた真面目な顔になった。
「エメリナ。ギルと一族について知った事は、今後何があろうと一切他言無用です。これに反すれば、バーグレイ・カンパニーを敵に回すと肝に銘じてください」
ウリセスの表情は氷の刃のように鋭利で冷たく、いつもとまるで別人のように感じた。
「おい、ウリセス……」
声を荒げたギルベルトへも、凍りつかせそうなアイスブルーの視線が向く。
「念を押しておくのは、彼女の為を思うからこそですよ。心配しなくとも、彼女がそう愚かでないのは、貴方が一番ご存知でしょう」
ギルベルトが頷くと、氷の視線が再びエメリナへ向く。
だが、その有無を言わせぬ静かな迫力がなくとも、もとからそんなつもりは無い。
「誓って、誰にも言いません。私はここが好きですから」
きっぱり宣言すると、ウリセスの表情が和らいだ。
「ありがとうございます。僕としても、個人的に君が気に入っていますからね」
いつもの陽気な表情へ戻った青年は、自分の鞄をゴソゴソ探り、ラッピングされた紙包みを取り出す。
「あの子を見殺しにしても責めませんがね、さぞ胸くそ悪い気分にはなったでしょう。
会長と社長も同意見でして、後の始末は心配しないように、とのお達しです」
そしてエメリナの手に、紙包みが押し付けられた。
「これは、バーグレイ・カンパニーからの歓迎プレゼントです」
「え……?」
開けてみると、中には無くした携帯端末とまったく同じ新品が入っていた。
「昨日の雨では、見つかっても壊れてしまっている可能性が高いですからね」
ウリセスはソファーから立ちあがり、ギルベルトとエメリナをぐいぐい押して、並んで座らせる。
そしてエメリナの手から携帯端末を取り上げ、にこやかな笑みを浮べ、カメラレンズを向けた。
「ほら、笑ってくださいよ。また今度、スーツ姿もとってあげますから」
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