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本編

4 満身創痍の初デート 1

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 ――翌日。

 駅にむかいながら、エメリナはそわそわと、服の裾を摘む。
 白い繊細なレースのワンピースは、ローザの店で買ったものだ。揃いで買った靴はヒールが高く、普段より視界が五センチは高い。亜麻色の髪も今日は降ろし、上品な淡いピンクのリボンカチューシャをつけていた。
 ワンピースにヒールの高い靴なんて、親戚の結婚式以来だ。

 普段はカジュアルな服装ばかりしているから、何となく落ち着かないけれど、素敵な恋人との初デートには万全の防備で挑むべきである。
 これこそ現代女子の、まごうことなき戦闘服! 武装は完璧だ!

 ****

 昨日、ギルベルトと誤解が解けたあと、明日一緒に出かけないかと聞かれた。
 十一時に、アパートと職場の中間にある、最寄駅で待ち合わせと決め、スッキリした気分で帰路についた。

(十一時か……じゃぁ、ゆっくり寝てられるなぁ)

 ふむふむと、反すうしながら歩く途中、突然気がついて、ピタリと足を止める。仕事のやり取りのノリで、軽く了解してしまったが……

(これって…………デートだよね!?そういうことですよね!!???)

 思わずとってかえり、ギルベルトを揺さぶって問い詰めたい心境になった。

 ――――どうしよう、なんにもわからない!なんにももってない!

 なにしろ異性経験は、あの最悪な過去だけ。デートなんかしたことない。
 彼氏が欲しいと口で言いつつ、本音はどうでも良かったから、情報も何も仕入れなかった。
 エメリナの休日はもっぱら、溜まった家事にネトゲの狩。
 たまのお出かけは女友達と遊ぶか、ゲームセンターに行くくらいだ。

 そのまま全力疾走で、ローザが勤めている店まで駆けていった。

 もう閉店間際だったにも関わらず、親切な美人店長さんは、焦らなくて良いと言ってくれ、服と靴にバックまで一式を無事に試着して決める事が出来た。
 ついでに髪形やメイクまで、店員たちがこぞってアドバイスをくれた。
 あの店の皆様に、頭があがらない。店員は神さまだった。

 ****

 慣れない靴で転ばないように、慎重に歩く。

(き、緊張しすぎない!!普段どおりにすればいい!!)

 さすがにレンジャーの仕事へはついていけないが、仕事でギルベルトとちょっと外出するくらいはよくある。
 お昼ご飯だって、いつも一緒だ。
 ならばデートなど、恐れるに足らず!!遊びに行くか仕事に行くかの違いだけ!!
 さぁっ!どこからでもかかってらっしゃい!!

 そう考えるとずいぶん気が楽になり、鼻歌でも歌いたい気分で歩く。
 今日はいい天気だし、少し風があるから暑すぎもしない。まったく最高のデート日和だ。
 ……が、ギルベルトの姿を遠くから見つけた途端、途端に動悸が激しくなり、街路樹のオレンジに掴まる。
 彼はいつもと同じようにラフな格好で、石像の横に立っていた。
 長身の美形青年に、通りかかった女性たちが、こっそりと視線を向けていく。

「ああ、そこにいたのか」

 樹の影から亀のように首を伸ばしていたエメリナに、ギルベルトが気づき、歩いてくる。
 エメリナの服装を見ると、少し驚いたような顔をした。

「へ、変でしょうか?」

「いや。普段の感じも好きだけど、こっちもよく似合ってる」

 ニコリと微笑まれ、鼻血を噴きそうになった。

(ふはぁぁっ!!また先生ってば、百点満点の答えを!!)

 くぅっ!と気づかれないように拳を握り締める。
 とりあえず出だしは上々。土産話を期待しているローザに、良い報告ができそうだ。



 特に電車へ乗らなくても、待ち合わせ駅の構内を通り、駅の反対出口へ抜ければ、そこは賑やかな繁華街だ。
 ショッピングモールや各種飲食店、イベント広場に娯楽施設と、大抵のものが揃っている。
 静かなギルベルトの家から、たった数キロしか離れていないなど、嘘のようだった。
 恋人たちや家族連れ、友人たちでの集まりなど、休日の街は人でごった返している。あふれる話声や雑音で、耳が痺れそうだ。

「せんせ……」

 言いかけて、口を押さえる。
 今は、ギルと呼ぶべきなのだろうか?しかし、急に距離をつめすぎか……ギルベルトさん?それとも……ラインダースさん?
 いやまて、無駄に距離を開いてどうする!

「ん?」

「え、えっと、あの……先生を……じゃなくて、こういう時は、どう呼んだら……」

 再び襲ってきた緊張に、舌がこわばる。

「いつも通りでいいよ。俺もいつもと同じに呼ばせてもらう、エメリナくん」

「は、はぁ……」

「変に緊張させてるみたいだからなぁ」

 可笑しそうに笑われ、顔が真っ赤になっていくのを感じる。

「は、初めてなんです!……こういうのっ」

「へぇ、それは光栄だ」

 琥珀色の瞳が細まった。

「俺も久しぶりだし、緊張してる。お互い様だな」

 そんな風には見えなかったが、エメリナを安心させようと、言ってくれたのかもしれない。

「じゃぁ、先生。どこに行きましょうか?」

「そうだな……」

 結局、オーソドックスに映画を見る事にした。
 ギルベルトの家は、テレビすら無いが、エンターテイメントが嫌いというわけではないそうだ。
 自分で操作する必要がないから、映画はよく見に行くのを知っている。

「エメリナくんは、どれが見たい?」

 並んだ映画ポスターの前で、訪ねられた。

「そうですね~……」

 目の前の巨大なポスターには、満月をバックに、血の滴る腕を咥えた人狼と、剣を構えた昔の退魔士が写っていた。この夏注目の話題作らしいが、せっかくの初デートに、スプラッタホラーはいただけない気がする。

「あ、これは避けて欲しいな」

 ギルベルトが苦笑した。

「先生、ホラーは苦手でしたっけ?」

「いや、そういうわけじゃないが……これはあまり好きそうになれない」

 なんとなく、はぐらかすように言い、他のポスターへ視線を移す。

「ふぅん……じゃあ、これはどうですか?」

 隅に張られていた恋愛ものを指した。
 映画情報に疎いので、どんなものか知らないが、純愛+感動を匂わせるあおり文句に惹かれた。

「ああ、ちょうど時間も良いし、それにしようか」

 ギルベルトが懐中時計を取り出し、上映時間と見比べる。
 機械と一口に言っても、彼が苦手なのは、電気を使っているものだけだ。
 子どもの頃かかった医者の診断では、電磁波と体質の相性が悪いのかもしれないと言われたそうだ。
 その証拠に、魔法やネジが動力のものなら、かなり複雑な構造でも、修理や組み立てを容易にできる。
 もっとも、今の機械はほぼ全て電気製品だから、あまり慰めにはならないだろう。

 並んで席に座り、ほどなく上映が始まる。


 ―――――やっちゃった……。


 がっくりと俯き、両手で顔を覆った。
 巨大なスクリーンに、ヒロインが切なく喘ぐ濃密なベッドシーンが映し出されている。
 暗がりでチケットの半券をよく見れば、R15指定だった。
 加えて致命傷なのは、ヒロインの名前がたまたま『エメリナ』なのだ。
 豊満な胸を揺らす、お色気たっぷりの女優は、自分と欠片も似てなくとも、いちいち主人公に名前を呼ばれ、喘ぎまくるのだ。

 いい加減にしろ!どこが純だ。ほとんどポルノだろこれ!こら主人公!お前、たしか不治の病で具合悪い設定だろうが!病院抜け出してそんな事してないで、おとなしく寝てろ!!

 普段なら、つい感動してしまったかもしれないが、非常に利己的な怒りが沸き立ってくる。

(あ、あああ……いたたまれない!!!)

 そっとギルベルトを見ると、特に表情を変えず眺めていたのが、せめてもの救いだった。
 羞恥プレイのような二時間がようやく終り、ぐったりと映画館から出る。
 あの夜を、これでもかと言うほど思い出してしまった。

(違うんです!先生!いかがわしい気持ちは露ほどもなかったんです!!広告詐欺にあったんです!!)

 胸倉掴んで揺さぶりながら言い訳したいのを、寸でのところで堪えた。
 しかし、完全に動揺してしまい、もうまともにギルベルトの顔が見れない。
 カップル連ればかりの小洒落た店で、少し遅めの昼食を取っている時も、顔がぎこちなく引きつってしまう。
 頭がうまく働かず、会話もとんちんかんな受け答えばかりだ。

 いつも仕事場でとる昼食だったら、テレビもラジオもなくても、ギルベルトとのたわいない会話が楽しくて、退屈や気まずさなど感じなかったのに……。



 駅の傍には、大きな公園がある。緑陰爽やかな散歩道や、子ども達の遊具、それに噴水の美しい休憩所など、老若男女のために憩いの場を設けていた。

 中央には大きな芝生の広場があり、いつでも何かイベントを開催している。
 サーカスの興行やチャリティイベントに、物産展、さまざまなショーや大会などに使用されるのだ。

(だ、だめ……帰りたくないんだけど………………帰りたい……)

 公園の静かな散歩道を歩きながら、まだ二時だというのに、エメリナはすでにげっそりとしていた。
 散歩道は、色とりどりのレンガで美しい模様を作り出していた。陽射しは随分強くなっていたが、両脇には手入れされた樹木が並び、アーチ状に伸びた枝が心地いい日陰を作っている。
 周囲には他に、数組の男女が仲よく手を繋いで歩いていた。
 木漏れ日の中、幸せいっぱいで二人の世界を作り上げている彼らに……特に女性の方に、どうしたら自分もそうなれるか、飛びついて極意を聞きたい。
 手を繋ぐどころか、ギルベルトから少し離れてぎこちなく歩くのが精一杯。それすら、もうそろそろ限界だ。会話も途切れがちになってきた。
 おまけに慣れない靴に、足が悲鳴をあげている。

(こんなんじゃきっと、先生も楽しくないよね……)

 のんびりと隣りを歩くギルベルトを、そっと見上げた。頭一つは身長差があるので、首をかなり上向けなくては顔が見えない。
 エメリナの視線に気づいたらしく、琥珀色の瞳がこちらを向いた。

「疲れたなら、どこかで座ろうか?」

「はい…………あれ?」

 散歩道の向こうから、聞き覚えのある音楽が、かすかに届いてくる。広場で開催されているイベントからのようだ。

「っ!!先生!今日って、6日でしたっけ!?」

「ん?そうだけど……」

「あああっ!大会、今日だった!」

 思わず大声をあげてしまい、エメリナは口を押さえる。

「何か大事な用があったのか?」

 怪訝そうなギルベルトに、慌てて手をふる。

「い、いえっ、大事ってほどでも……たかが格闘ゲームの大会です!得意なのだし、賞品が豪華だから、たまには出てみようかなーと、思っていただけです……」

 慌てふためいているせいで、無駄に詳しく説明してしまう。

「先生のほうが、ずっと大事ですし!それより今日の気まずい雰囲気を、これからどうやって挽回するかに必死で……!」

「ああ、それで妙に無口だったのか……」

 小さな溜め息と共に呟かれ、慌ててまた口を押さえた。

「ご、ごめんなさい……」

 広場の方角を眺め、ギルベルトが尋ねた。

「まだ間に合うかな?」

「え?申し込みはしてあるし、大丈夫だと……でも……」

「休日まで俺と過ごしてもつまらないのかと、少し不安だった」

 犬歯の覗く口元が、優しく笑う。

「君が考古学を好きになってくれて、嬉しかった。だから俺も、エメリナくんの好きなものを知りたい」

 頬を軽く撫でられ、きゅうっと心臓が締め付けられる。
 この人は、どうしていつもこうなのだろう。魔法のようにエメリナを幸せにしてしまう。

「は……はい!」

「じゃあ、急ごう」

 小走りに散歩道を急ぐ。数分前とは嘘のように、心が軽い。足の痛みなど、一瞬で吹き飛んだ。

(せ、先生ってば、もう~~~っ!!!!!)

 頭の中は『ギルベルト先生萌え』で祭り状態だったから、いつの間にか、しっかり手をつないで走っていたのに、広場でやっと気がついた。

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