4 / 27
本編
4 満身創痍の初デート 1
しおりを挟む
――翌日。
駅にむかいながら、エメリナはそわそわと、服の裾を摘む。
白い繊細なレースのワンピースは、ローザの店で買ったものだ。揃いで買った靴はヒールが高く、普段より視界が五センチは高い。亜麻色の髪も今日は降ろし、上品な淡いピンクのリボンカチューシャをつけていた。
ワンピースにヒールの高い靴なんて、親戚の結婚式以来だ。
普段はカジュアルな服装ばかりしているから、何となく落ち着かないけれど、素敵な恋人との初デートには万全の防備で挑むべきである。
これこそ現代女子の、まごうことなき戦闘服! 武装は完璧だ!
****
昨日、ギルベルトと誤解が解けたあと、明日一緒に出かけないかと聞かれた。
十一時に、アパートと職場の中間にある、最寄駅で待ち合わせと決め、スッキリした気分で帰路についた。
(十一時か……じゃぁ、ゆっくり寝てられるなぁ)
ふむふむと、反すうしながら歩く途中、突然気がついて、ピタリと足を止める。仕事のやり取りのノリで、軽く了解してしまったが……
(これって…………デートだよね!?そういうことですよね!!???)
思わずとってかえり、ギルベルトを揺さぶって問い詰めたい心境になった。
――――どうしよう、なんにもわからない!なんにももってない!
なにしろ異性経験は、あの最悪な過去だけ。デートなんかしたことない。
彼氏が欲しいと口で言いつつ、本音はどうでも良かったから、情報も何も仕入れなかった。
エメリナの休日はもっぱら、溜まった家事にネトゲの狩。
たまのお出かけは女友達と遊ぶか、ゲームセンターに行くくらいだ。
そのまま全力疾走で、ローザが勤めている店まで駆けていった。
もう閉店間際だったにも関わらず、親切な美人店長さんは、焦らなくて良いと言ってくれ、服と靴にバックまで一式を無事に試着して決める事が出来た。
ついでに髪形やメイクまで、店員たちがこぞってアドバイスをくれた。
あの店の皆様に、頭があがらない。店員は神さまだった。
****
慣れない靴で転ばないように、慎重に歩く。
(き、緊張しすぎない!!普段どおりにすればいい!!)
さすがにレンジャーの仕事へはついていけないが、仕事でギルベルトとちょっと外出するくらいはよくある。
お昼ご飯だって、いつも一緒だ。
ならばデートなど、恐れるに足らず!!遊びに行くか仕事に行くかの違いだけ!!
さぁっ!どこからでもかかってらっしゃい!!
そう考えるとずいぶん気が楽になり、鼻歌でも歌いたい気分で歩く。
今日はいい天気だし、少し風があるから暑すぎもしない。まったく最高のデート日和だ。
……が、ギルベルトの姿を遠くから見つけた途端、途端に動悸が激しくなり、街路樹のオレンジに掴まる。
彼はいつもと同じようにラフな格好で、石像の横に立っていた。
長身の美形青年に、通りかかった女性たちが、こっそりと視線を向けていく。
「ああ、そこにいたのか」
樹の影から亀のように首を伸ばしていたエメリナに、ギルベルトが気づき、歩いてくる。
エメリナの服装を見ると、少し驚いたような顔をした。
「へ、変でしょうか?」
「いや。普段の感じも好きだけど、こっちもよく似合ってる」
ニコリと微笑まれ、鼻血を噴きそうになった。
(ふはぁぁっ!!また先生ってば、百点満点の答えを!!)
くぅっ!と気づかれないように拳を握り締める。
とりあえず出だしは上々。土産話を期待しているローザに、良い報告ができそうだ。
特に電車へ乗らなくても、待ち合わせ駅の構内を通り、駅の反対出口へ抜ければ、そこは賑やかな繁華街だ。
ショッピングモールや各種飲食店、イベント広場に娯楽施設と、大抵のものが揃っている。
静かなギルベルトの家から、たった数キロしか離れていないなど、嘘のようだった。
恋人たちや家族連れ、友人たちでの集まりなど、休日の街は人でごった返している。あふれる話声や雑音で、耳が痺れそうだ。
「せんせ……」
言いかけて、口を押さえる。
今は、ギルと呼ぶべきなのだろうか?しかし、急に距離をつめすぎか……ギルベルトさん?それとも……ラインダースさん?
いやまて、無駄に距離を開いてどうする!
「ん?」
「え、えっと、あの……先生を……じゃなくて、こういう時は、どう呼んだら……」
再び襲ってきた緊張に、舌がこわばる。
「いつも通りでいいよ。俺もいつもと同じに呼ばせてもらう、エメリナくん」
「は、はぁ……」
「変に緊張させてるみたいだからなぁ」
可笑しそうに笑われ、顔が真っ赤になっていくのを感じる。
「は、初めてなんです!……こういうのっ」
「へぇ、それは光栄だ」
琥珀色の瞳が細まった。
「俺も久しぶりだし、緊張してる。お互い様だな」
そんな風には見えなかったが、エメリナを安心させようと、言ってくれたのかもしれない。
「じゃぁ、先生。どこに行きましょうか?」
「そうだな……」
結局、オーソドックスに映画を見る事にした。
ギルベルトの家は、テレビすら無いが、エンターテイメントが嫌いというわけではないそうだ。
自分で操作する必要がないから、映画はよく見に行くのを知っている。
「エメリナくんは、どれが見たい?」
並んだ映画ポスターの前で、訪ねられた。
「そうですね~……」
目の前の巨大なポスターには、満月をバックに、血の滴る腕を咥えた人狼と、剣を構えた昔の退魔士が写っていた。この夏注目の話題作らしいが、せっかくの初デートに、スプラッタホラーはいただけない気がする。
「あ、これは避けて欲しいな」
ギルベルトが苦笑した。
「先生、ホラーは苦手でしたっけ?」
「いや、そういうわけじゃないが……これはあまり好きそうになれない」
なんとなく、はぐらかすように言い、他のポスターへ視線を移す。
「ふぅん……じゃあ、これはどうですか?」
隅に張られていた恋愛ものを指した。
映画情報に疎いので、どんなものか知らないが、純愛+感動を匂わせるあおり文句に惹かれた。
「ああ、ちょうど時間も良いし、それにしようか」
ギルベルトが懐中時計を取り出し、上映時間と見比べる。
機械と一口に言っても、彼が苦手なのは、電気を使っているものだけだ。
子どもの頃かかった医者の診断では、電磁波と体質の相性が悪いのかもしれないと言われたそうだ。
その証拠に、魔法やネジが動力のものなら、かなり複雑な構造でも、修理や組み立てを容易にできる。
もっとも、今の機械はほぼ全て電気製品だから、あまり慰めにはならないだろう。
並んで席に座り、ほどなく上映が始まる。
―――――やっちゃった……。
がっくりと俯き、両手で顔を覆った。
巨大なスクリーンに、ヒロインが切なく喘ぐ濃密なベッドシーンが映し出されている。
暗がりでチケットの半券をよく見れば、R15指定だった。
加えて致命傷なのは、ヒロインの名前がたまたま『エメリナ』なのだ。
豊満な胸を揺らす、お色気たっぷりの女優は、自分と欠片も似てなくとも、いちいち主人公に名前を呼ばれ、喘ぎまくるのだ。
いい加減にしろ!どこが純だ。ほとんどポルノだろこれ!こら主人公!お前、たしか不治の病で具合悪い設定だろうが!病院抜け出してそんな事してないで、おとなしく寝てろ!!
普段なら、つい感動してしまったかもしれないが、非常に利己的な怒りが沸き立ってくる。
(あ、あああ……いたたまれない!!!)
そっとギルベルトを見ると、特に表情を変えず眺めていたのが、せめてもの救いだった。
羞恥プレイのような二時間がようやく終り、ぐったりと映画館から出る。
あの夜を、これでもかと言うほど思い出してしまった。
(違うんです!先生!いかがわしい気持ちは露ほどもなかったんです!!広告詐欺にあったんです!!)
胸倉掴んで揺さぶりながら言い訳したいのを、寸でのところで堪えた。
しかし、完全に動揺してしまい、もうまともにギルベルトの顔が見れない。
カップル連ればかりの小洒落た店で、少し遅めの昼食を取っている時も、顔がぎこちなく引きつってしまう。
頭がうまく働かず、会話もとんちんかんな受け答えばかりだ。
いつも仕事場でとる昼食だったら、テレビもラジオもなくても、ギルベルトとのたわいない会話が楽しくて、退屈や気まずさなど感じなかったのに……。
駅の傍には、大きな公園がある。緑陰爽やかな散歩道や、子ども達の遊具、それに噴水の美しい休憩所など、老若男女のために憩いの場を設けていた。
中央には大きな芝生の広場があり、いつでも何かイベントを開催している。
サーカスの興行やチャリティイベントに、物産展、さまざまなショーや大会などに使用されるのだ。
(だ、だめ……帰りたくないんだけど………………帰りたい……)
公園の静かな散歩道を歩きながら、まだ二時だというのに、エメリナはすでにげっそりとしていた。
散歩道は、色とりどりのレンガで美しい模様を作り出していた。陽射しは随分強くなっていたが、両脇には手入れされた樹木が並び、アーチ状に伸びた枝が心地いい日陰を作っている。
周囲には他に、数組の男女が仲よく手を繋いで歩いていた。
木漏れ日の中、幸せいっぱいで二人の世界を作り上げている彼らに……特に女性の方に、どうしたら自分もそうなれるか、飛びついて極意を聞きたい。
手を繋ぐどころか、ギルベルトから少し離れてぎこちなく歩くのが精一杯。それすら、もうそろそろ限界だ。会話も途切れがちになってきた。
おまけに慣れない靴に、足が悲鳴をあげている。
(こんなんじゃきっと、先生も楽しくないよね……)
のんびりと隣りを歩くギルベルトを、そっと見上げた。頭一つは身長差があるので、首をかなり上向けなくては顔が見えない。
エメリナの視線に気づいたらしく、琥珀色の瞳がこちらを向いた。
「疲れたなら、どこかで座ろうか?」
「はい…………あれ?」
散歩道の向こうから、聞き覚えのある音楽が、かすかに届いてくる。広場で開催されているイベントからのようだ。
「っ!!先生!今日って、6日でしたっけ!?」
「ん?そうだけど……」
「あああっ!大会、今日だった!」
思わず大声をあげてしまい、エメリナは口を押さえる。
「何か大事な用があったのか?」
怪訝そうなギルベルトに、慌てて手をふる。
「い、いえっ、大事ってほどでも……たかが格闘ゲームの大会です!得意なのだし、賞品が豪華だから、たまには出てみようかなーと、思っていただけです……」
慌てふためいているせいで、無駄に詳しく説明してしまう。
「先生のほうが、ずっと大事ですし!それより今日の気まずい雰囲気を、これからどうやって挽回するかに必死で……!」
「ああ、それで妙に無口だったのか……」
小さな溜め息と共に呟かれ、慌ててまた口を押さえた。
「ご、ごめんなさい……」
広場の方角を眺め、ギルベルトが尋ねた。
「まだ間に合うかな?」
「え?申し込みはしてあるし、大丈夫だと……でも……」
「休日まで俺と過ごしてもつまらないのかと、少し不安だった」
犬歯の覗く口元が、優しく笑う。
「君が考古学を好きになってくれて、嬉しかった。だから俺も、エメリナくんの好きなものを知りたい」
頬を軽く撫でられ、きゅうっと心臓が締め付けられる。
この人は、どうしていつもこうなのだろう。魔法のようにエメリナを幸せにしてしまう。
「は……はい!」
「じゃあ、急ごう」
小走りに散歩道を急ぐ。数分前とは嘘のように、心が軽い。足の痛みなど、一瞬で吹き飛んだ。
(せ、先生ってば、もう~~~っ!!!!!)
頭の中は『ギルベルト先生萌え』で祭り状態だったから、いつの間にか、しっかり手をつないで走っていたのに、広場でやっと気がついた。
駅にむかいながら、エメリナはそわそわと、服の裾を摘む。
白い繊細なレースのワンピースは、ローザの店で買ったものだ。揃いで買った靴はヒールが高く、普段より視界が五センチは高い。亜麻色の髪も今日は降ろし、上品な淡いピンクのリボンカチューシャをつけていた。
ワンピースにヒールの高い靴なんて、親戚の結婚式以来だ。
普段はカジュアルな服装ばかりしているから、何となく落ち着かないけれど、素敵な恋人との初デートには万全の防備で挑むべきである。
これこそ現代女子の、まごうことなき戦闘服! 武装は完璧だ!
****
昨日、ギルベルトと誤解が解けたあと、明日一緒に出かけないかと聞かれた。
十一時に、アパートと職場の中間にある、最寄駅で待ち合わせと決め、スッキリした気分で帰路についた。
(十一時か……じゃぁ、ゆっくり寝てられるなぁ)
ふむふむと、反すうしながら歩く途中、突然気がついて、ピタリと足を止める。仕事のやり取りのノリで、軽く了解してしまったが……
(これって…………デートだよね!?そういうことですよね!!???)
思わずとってかえり、ギルベルトを揺さぶって問い詰めたい心境になった。
――――どうしよう、なんにもわからない!なんにももってない!
なにしろ異性経験は、あの最悪な過去だけ。デートなんかしたことない。
彼氏が欲しいと口で言いつつ、本音はどうでも良かったから、情報も何も仕入れなかった。
エメリナの休日はもっぱら、溜まった家事にネトゲの狩。
たまのお出かけは女友達と遊ぶか、ゲームセンターに行くくらいだ。
そのまま全力疾走で、ローザが勤めている店まで駆けていった。
もう閉店間際だったにも関わらず、親切な美人店長さんは、焦らなくて良いと言ってくれ、服と靴にバックまで一式を無事に試着して決める事が出来た。
ついでに髪形やメイクまで、店員たちがこぞってアドバイスをくれた。
あの店の皆様に、頭があがらない。店員は神さまだった。
****
慣れない靴で転ばないように、慎重に歩く。
(き、緊張しすぎない!!普段どおりにすればいい!!)
さすがにレンジャーの仕事へはついていけないが、仕事でギルベルトとちょっと外出するくらいはよくある。
お昼ご飯だって、いつも一緒だ。
ならばデートなど、恐れるに足らず!!遊びに行くか仕事に行くかの違いだけ!!
さぁっ!どこからでもかかってらっしゃい!!
そう考えるとずいぶん気が楽になり、鼻歌でも歌いたい気分で歩く。
今日はいい天気だし、少し風があるから暑すぎもしない。まったく最高のデート日和だ。
……が、ギルベルトの姿を遠くから見つけた途端、途端に動悸が激しくなり、街路樹のオレンジに掴まる。
彼はいつもと同じようにラフな格好で、石像の横に立っていた。
長身の美形青年に、通りかかった女性たちが、こっそりと視線を向けていく。
「ああ、そこにいたのか」
樹の影から亀のように首を伸ばしていたエメリナに、ギルベルトが気づき、歩いてくる。
エメリナの服装を見ると、少し驚いたような顔をした。
「へ、変でしょうか?」
「いや。普段の感じも好きだけど、こっちもよく似合ってる」
ニコリと微笑まれ、鼻血を噴きそうになった。
(ふはぁぁっ!!また先生ってば、百点満点の答えを!!)
くぅっ!と気づかれないように拳を握り締める。
とりあえず出だしは上々。土産話を期待しているローザに、良い報告ができそうだ。
特に電車へ乗らなくても、待ち合わせ駅の構内を通り、駅の反対出口へ抜ければ、そこは賑やかな繁華街だ。
ショッピングモールや各種飲食店、イベント広場に娯楽施設と、大抵のものが揃っている。
静かなギルベルトの家から、たった数キロしか離れていないなど、嘘のようだった。
恋人たちや家族連れ、友人たちでの集まりなど、休日の街は人でごった返している。あふれる話声や雑音で、耳が痺れそうだ。
「せんせ……」
言いかけて、口を押さえる。
今は、ギルと呼ぶべきなのだろうか?しかし、急に距離をつめすぎか……ギルベルトさん?それとも……ラインダースさん?
いやまて、無駄に距離を開いてどうする!
「ん?」
「え、えっと、あの……先生を……じゃなくて、こういう時は、どう呼んだら……」
再び襲ってきた緊張に、舌がこわばる。
「いつも通りでいいよ。俺もいつもと同じに呼ばせてもらう、エメリナくん」
「は、はぁ……」
「変に緊張させてるみたいだからなぁ」
可笑しそうに笑われ、顔が真っ赤になっていくのを感じる。
「は、初めてなんです!……こういうのっ」
「へぇ、それは光栄だ」
琥珀色の瞳が細まった。
「俺も久しぶりだし、緊張してる。お互い様だな」
そんな風には見えなかったが、エメリナを安心させようと、言ってくれたのかもしれない。
「じゃぁ、先生。どこに行きましょうか?」
「そうだな……」
結局、オーソドックスに映画を見る事にした。
ギルベルトの家は、テレビすら無いが、エンターテイメントが嫌いというわけではないそうだ。
自分で操作する必要がないから、映画はよく見に行くのを知っている。
「エメリナくんは、どれが見たい?」
並んだ映画ポスターの前で、訪ねられた。
「そうですね~……」
目の前の巨大なポスターには、満月をバックに、血の滴る腕を咥えた人狼と、剣を構えた昔の退魔士が写っていた。この夏注目の話題作らしいが、せっかくの初デートに、スプラッタホラーはいただけない気がする。
「あ、これは避けて欲しいな」
ギルベルトが苦笑した。
「先生、ホラーは苦手でしたっけ?」
「いや、そういうわけじゃないが……これはあまり好きそうになれない」
なんとなく、はぐらかすように言い、他のポスターへ視線を移す。
「ふぅん……じゃあ、これはどうですか?」
隅に張られていた恋愛ものを指した。
映画情報に疎いので、どんなものか知らないが、純愛+感動を匂わせるあおり文句に惹かれた。
「ああ、ちょうど時間も良いし、それにしようか」
ギルベルトが懐中時計を取り出し、上映時間と見比べる。
機械と一口に言っても、彼が苦手なのは、電気を使っているものだけだ。
子どもの頃かかった医者の診断では、電磁波と体質の相性が悪いのかもしれないと言われたそうだ。
その証拠に、魔法やネジが動力のものなら、かなり複雑な構造でも、修理や組み立てを容易にできる。
もっとも、今の機械はほぼ全て電気製品だから、あまり慰めにはならないだろう。
並んで席に座り、ほどなく上映が始まる。
―――――やっちゃった……。
がっくりと俯き、両手で顔を覆った。
巨大なスクリーンに、ヒロインが切なく喘ぐ濃密なベッドシーンが映し出されている。
暗がりでチケットの半券をよく見れば、R15指定だった。
加えて致命傷なのは、ヒロインの名前がたまたま『エメリナ』なのだ。
豊満な胸を揺らす、お色気たっぷりの女優は、自分と欠片も似てなくとも、いちいち主人公に名前を呼ばれ、喘ぎまくるのだ。
いい加減にしろ!どこが純だ。ほとんどポルノだろこれ!こら主人公!お前、たしか不治の病で具合悪い設定だろうが!病院抜け出してそんな事してないで、おとなしく寝てろ!!
普段なら、つい感動してしまったかもしれないが、非常に利己的な怒りが沸き立ってくる。
(あ、あああ……いたたまれない!!!)
そっとギルベルトを見ると、特に表情を変えず眺めていたのが、せめてもの救いだった。
羞恥プレイのような二時間がようやく終り、ぐったりと映画館から出る。
あの夜を、これでもかと言うほど思い出してしまった。
(違うんです!先生!いかがわしい気持ちは露ほどもなかったんです!!広告詐欺にあったんです!!)
胸倉掴んで揺さぶりながら言い訳したいのを、寸でのところで堪えた。
しかし、完全に動揺してしまい、もうまともにギルベルトの顔が見れない。
カップル連ればかりの小洒落た店で、少し遅めの昼食を取っている時も、顔がぎこちなく引きつってしまう。
頭がうまく働かず、会話もとんちんかんな受け答えばかりだ。
いつも仕事場でとる昼食だったら、テレビもラジオもなくても、ギルベルトとのたわいない会話が楽しくて、退屈や気まずさなど感じなかったのに……。
駅の傍には、大きな公園がある。緑陰爽やかな散歩道や、子ども達の遊具、それに噴水の美しい休憩所など、老若男女のために憩いの場を設けていた。
中央には大きな芝生の広場があり、いつでも何かイベントを開催している。
サーカスの興行やチャリティイベントに、物産展、さまざまなショーや大会などに使用されるのだ。
(だ、だめ……帰りたくないんだけど………………帰りたい……)
公園の静かな散歩道を歩きながら、まだ二時だというのに、エメリナはすでにげっそりとしていた。
散歩道は、色とりどりのレンガで美しい模様を作り出していた。陽射しは随分強くなっていたが、両脇には手入れされた樹木が並び、アーチ状に伸びた枝が心地いい日陰を作っている。
周囲には他に、数組の男女が仲よく手を繋いで歩いていた。
木漏れ日の中、幸せいっぱいで二人の世界を作り上げている彼らに……特に女性の方に、どうしたら自分もそうなれるか、飛びついて極意を聞きたい。
手を繋ぐどころか、ギルベルトから少し離れてぎこちなく歩くのが精一杯。それすら、もうそろそろ限界だ。会話も途切れがちになってきた。
おまけに慣れない靴に、足が悲鳴をあげている。
(こんなんじゃきっと、先生も楽しくないよね……)
のんびりと隣りを歩くギルベルトを、そっと見上げた。頭一つは身長差があるので、首をかなり上向けなくては顔が見えない。
エメリナの視線に気づいたらしく、琥珀色の瞳がこちらを向いた。
「疲れたなら、どこかで座ろうか?」
「はい…………あれ?」
散歩道の向こうから、聞き覚えのある音楽が、かすかに届いてくる。広場で開催されているイベントからのようだ。
「っ!!先生!今日って、6日でしたっけ!?」
「ん?そうだけど……」
「あああっ!大会、今日だった!」
思わず大声をあげてしまい、エメリナは口を押さえる。
「何か大事な用があったのか?」
怪訝そうなギルベルトに、慌てて手をふる。
「い、いえっ、大事ってほどでも……たかが格闘ゲームの大会です!得意なのだし、賞品が豪華だから、たまには出てみようかなーと、思っていただけです……」
慌てふためいているせいで、無駄に詳しく説明してしまう。
「先生のほうが、ずっと大事ですし!それより今日の気まずい雰囲気を、これからどうやって挽回するかに必死で……!」
「ああ、それで妙に無口だったのか……」
小さな溜め息と共に呟かれ、慌ててまた口を押さえた。
「ご、ごめんなさい……」
広場の方角を眺め、ギルベルトが尋ねた。
「まだ間に合うかな?」
「え?申し込みはしてあるし、大丈夫だと……でも……」
「休日まで俺と過ごしてもつまらないのかと、少し不安だった」
犬歯の覗く口元が、優しく笑う。
「君が考古学を好きになってくれて、嬉しかった。だから俺も、エメリナくんの好きなものを知りたい」
頬を軽く撫でられ、きゅうっと心臓が締め付けられる。
この人は、どうしていつもこうなのだろう。魔法のようにエメリナを幸せにしてしまう。
「は……はい!」
「じゃあ、急ごう」
小走りに散歩道を急ぐ。数分前とは嘘のように、心が軽い。足の痛みなど、一瞬で吹き飛んだ。
(せ、先生ってば、もう~~~っ!!!!!)
頭の中は『ギルベルト先生萌え』で祭り状態だったから、いつの間にか、しっかり手をつないで走っていたのに、広場でやっと気がついた。
0
お気に入りに追加
236
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
鋼将軍の銀色花嫁
小桜けい
ファンタジー
呪われた両手を持つ伯爵令嬢シルヴィアが、十八年間も幽閉された塔から出されたのは、借金のかたに北国の将軍へ嫁がされるためだった。 何もかもが嫌になり城を逃げ出したが、よりによって嫁ぐ相手に捕まってしまい……。 一方で北国の将軍ハロルドは困惑していた。軍師に無茶振りされた政略婚でも、妻には一目ぼれだ。幸せな家庭を築きけるよう誠意を尽くそう。 目指せ夫婦円満。 しかし何故か、話し掛けるほど脅えられていく気がするのだが!?
妻には奥手な二十八歳の将軍と、身体の秘密を夫に知られたくない十八歳の娘の、すれ違い夫婦のお話。 シリアス、コメディ要素が半々。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる